「えっ?はい」
「ハスミ先輩とボクどっちが好き?」
「えっ?そ、それは…」
「……やっぱりおっきい方が良いんだ…」
「え、えっち!!」
「身長…」
時刻は日付を跨いで少しした頃、どうにも寝付けなかったボクは学内を散歩していた。
部屋着のまま出歩くのもどうかと思い、わざわざ制服に着替えて。今思えば部屋着の上になにか羽織って出てくればよかったのだけど、気分と直感のまま制服に着替えて、夜の学園を気の向くままに歩みを進める。
夏も終わりに差し掛かり、日が落ちれば涼しさを感じるようになった。散歩をするには適した気温だ。これで誰かと一緒なら、もっとよかった。
その願いが通じたのか、本来なら誰もいないはずの広場で、知人と出会った。
「…誰かと思えば、ハナコさん」
「あら?見つかってしまいました♡こんばんは、スズランちゃん」
「うん、こんばんは。こんな時間にどうしたの?」
「私は少々散歩を、そういうスズランちゃんは?」
「ボクも、散歩。なんだか寝付けなくって」
「そうでしたか……なら、少し一緒に歩きませんか?」
願ってもない申し出だ。なんならボクから誘おうと思ってたから、先手を取られてしまった。
モチロン、と頷いてハナコさんの横に並んでゆったりと歩き出す。
話してみたいことや聞きたいことはいくつかあるけど、まず聞かなければならないことがあった。
「……一つ聞いてもいい?」
「ええ、スズランちゃんならば、どんな質問でも♡」
「なんで、水着なの?」
ハナコさんは少し驚いたような顔をした後、真剣な面持ちでボクを見つめて口を開いた。
「…着たい服を、着たい時に着る。それは悪いことでしょうか?」
「TPOによるかな」
「では、問題ありませんね♡」
いつの間にかトリニティスクエアの中央、大きな噴水のある広場まで歩いていた。水場だから問題ないとか、そういう意味なんだろうか。
確かに泳げそうなくらい大きな噴水だけど。
「…………そうかなぁ」
「そうですよ♡」
「そっかぁ……」
会話が途切れ再び静寂が訪れる。
聞こえるのはコツコツと鳴らすブーツの音と、ペタペタと素足で地面を踏む音。
広場をまっすぐ進むハナコさんは、噴水の手前まで来るとそのへりに座った。
誰もいない夜の噴水、たおやかに腰掛ける美少女を舞台照明のになったような街灯が照らす。
水着じゃなければ、しばらく見入ってしまいそうなくらい画になってたかな、なんて思いながらボクもその隣に腰掛ける。
ここは日中なら多くの生徒が集まる憩いの場だ。座っておしゃべりしたり、昼食を食べたりしている人をよく見かける。
今の時間では、モチロン人なんていない。そのせいでいつもよりずっと広くて静かな場所に感じる。
「ハナコさんは、この噴水好きなの?」
答えが返ってくるより先に隣からちゃぷんと、水音がした。反射的に振り向くと、ハナコさんが噴水に足を浸けていた。
「えぇ、日中にこうすると涼しくて、とても気持ちいいですから」
「…日が出てると、まだ暑い日もあるもんね」
「普段はもう一つ奥に座るのですが…スズランちゃんも、一緒にいかがですか?」
「…ボクは……」
ハナコさんと同じ経験を共有したいという思いはある。もっと仲良くなれたら、それは嬉しい。
でも、そんなことしない方がいいと思ってるボクもいる。もう水遊びをする気温ではないし、常識からも少し外れている。バレたら叱られるし、正義実現委員会としてするべき行為ではない。
腰に下げた剣にそっと触れると、指先の熱を奪っていく。
以前なら少しの暖かさと勇気をくれたけど、それは失われて久しい。
剣から手を離し、冷えた指を温めるようにもう片方の手で握る。
「…どうするのが、いいんだろう」
「好きにしていいんですよ」
冷たいボクの手を包むように、ハナコさんの手が重なる。
「スズランちゃんも、私も、きっと」
まるで大切なものを手に取っているような優しい目つきで、重なり合った手を見つめている。
「それに…ふふっ♡知らない世界に飛び込んでみたら、何か違うものが見えるようになるかもしれませんよ」
照れ隠しするかのように微笑み、いつもの調子に戻ったハナコさんの目を見つめる。
心が決まったボクは、制服に付けてあるマントを取り外した。
「うん、わかった。飛び込んでみる」
「あっ、す、スズランちゃん!?」
助走をつけて噴水の中に飛び込んだ。
本当はこんなことしない方がいいに決まってる。でも、気になってしまった。本当に何の根拠もないけど、ハナコさんが助けを求めてるような、あるいはボクに何か願うような顔をしている気がした。
ザパーン!と大きな水飛沫を立てて水の中に沈む。
ボクとハナコさんは、似ている。多分。
学年が同じということもあり、ハナコさんのことは一方的に知っていた。
ハナコさんは超がつく程の天才児で、まぁ、ボクも様々な才能があった。
ハナコさんは突然礼拝堂に水着でやって来て以来、水着で徘徊する問題児になった。ボクも色々やらかして、さんざ迷惑かけて振り回した問題児。
そして今は居場所を見つけて、素の自分を受け入れてもらっている。
なんとなく分かるんだ。
望んでもない才能を持って生まれた。
優秀であることを求められ、そう振る舞った。
ボクはそれを是としたけど演じきれなかった。
ハナコさんはそれを拒んで己をさらけ出すようになった。
ハナコさんは優しいから、ボクにも救われて欲しいと思ったのかもしれない。ボクがまださまよっているって、気付いたのかもしれない。
「ぷはっ、冷た〜っ」
水面から顔を出して、そのまま噴水の中に座る。顔に張り付いた前髪をかき上げると、優しく微笑んでいるハナコさんと目が合う。
「……ふぅ…うん……思ってたより気持ちいいかも」
「…お隣、失礼しますね♡」
そう言うと、まるで湯船に浸かるかのようにゆったりと、自然な動作でボクの隣に座って、ボクの顔をじっと見つめている。負けじとボクも見つめ返す。
「…………」
「うふふっ…」
「あははっ…」
「うふふふふっ…」
「あははははっ…」
「うふふふふふふっ…」
「あははははははっ!!」
笑い声をあげて、そのまま後ろに倒れた。
一度水中に沈み浮かび上がると、仰向けのまま水の浮力に身を任せて空を仰ぐ。
夜空に浮かぶ星が、とても綺麗だ。
「はーっ、おっかしーの」
「私の勝ち♡ですね」
「えぇ、勝ち負けあったの?」
「ふふっ♡さて、どうでしょう?」
ハナコさんが差し伸べてくれた手を掴んで、体を起こす。
そのままハナコさんの横にぴったりくっついて、肩に頭を預ける。
ハナコさんは嫌がる素振りもなく、優しく頭を撫でてくれた。
「……先輩に叱られるとか、制服洗濯しなきゃとか、濡れたままでどうやって帰ろうとか、コハルちゃんにバレたらハナコさんがドヤされそうとか、色々思いつくけど…」
この感覚を言葉にするのは難しい。心が軽くなったような、息が吸いやすくなったような、とにかくそんな感じ。
初めての体験に緊張しているだけかもしれないし、息を止めたり水に浮かんだり、少しだけど体を動かしたからかもしれない。
一つだけ確かなことは……
「飛び込んでみて、よかった…かな」
えへへ、と笑うと、うふふ♡と微笑みが返ってきた。
「では次回はスズランちゃんも水着で、ですね♡」
「それは流石に恥ずかしいかな……」
「さて…と、そろそろ帰ろう?ハナコさんが風邪引いたらよくないから」
「あら、もっとびしょびしょになりながら、もっと肌を密着させて、女の子同士の秘密のお話をしたかったのですが…」
「んー…じゃあ最後にひとつだけ。水着を着てるのは自分の意思で、だよね?」
「?ええ、誰かに強制された訳ではありませんよ」
「うん、ならよかった」
ハナコさんの手を取って、手を繋いだまま噴水の外まで歩く。
「何か理由があって制服を着たくなかったり、着れなかったりしてるんじゃないかって、少し心配してたんだ」
気分は晴れやかでも、濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪い。
そう考えると水着でというのは案外合理的なのかもしれない。寒そうだけど。
翼を振って水を払い、さっき地面に落としたマントを拾う。
「これは濡らしてないから、はい」
ハナコさんの背中に手を回してマントで包んであげる。これで少しは寒くないはずだ。
「これでよし…さ、帰ろおおっと?」
再びハナコさんと手を繋いで帰ろうとしたら逆に手を引かれて、ハナコさんの胸に顔を埋めることになってしまった。とてもやわらかい。
「…ハナコさん?」
「ハナコちゃんと、呼んでください♡」
「あっはい、ハナコちゃん」
「ウチの子になりましょう」
「ハナコちゃん??」
「うふふ♡冗談です♡」
……?よくわからないまま、手を繋いで一緒に帰った。
ボクの部屋まで付いてきたのは少しビックリしたけどおかげでぐっすり眠れたように感じる。
スズランに性知識があったら不安から関係を迫るメンヘラみたいになってたと思うから無くてよかったと思ってる。