「わか、、なにが?」
「コハルさん…」
「わかる」
「けど先輩に抱き枕にされて平然としてるのはすごい…」
「尊敬」
「私だったら耐えられない…」
「それな」
「あんなのもう○○じゃん…」
「バカ野郎お前、お前バカ野郎」
あれからというもの、イチカの日常にスズランが入り込むようになった。
朝は門の前で待ち伏せされていて、挨拶をするとそのまま隣を歩きながら色々と話しかけてくる。自分のことだったり、最近あったことを楽しそうに話して、イチカの返事が返ってくるのをニコニコしながら待っている。
まるで飼い主に尻尾を振る子犬のように振る舞っておきながら、教室の前で軽く別れの挨拶をした途端に「ヒフミちゃん!」と別の子に擦り寄っていた。誰にでもあの調子なのだろうか。
昼になるとどこからともなくやってきて、お昼ご飯に誘ってくる。食べながら喋るのが得意ではないのか、それとも好きではないのか、意外にも黙々と食べ進める。
もっと意外だったのは、食後も静かだったことだろうか。食事を終えたら朝の調子で喋り出すのかと思いきや、時々蓋付きのタンブラーを傾ける音が聞こえるだけで、静かで落ち着いた時間が流れる。
放課後に正義実現委員会の教室に向かっていると、スズランは後を追って小走りでやってくる。このとき話す内容は大体今日の仕事のことで、イチカが巡回する地区を教えると、スズランはその周辺にあるオススメのカフェや軽食を教えてくれる。
カフェ巡りが趣味なのかと尋ねたら、人からオススメされたもので自分で発掘した訳ではないから趣味とは違う、とのこと。
ちなみに趣味探しをしようか考え中らしい。
外での仕事を終えて報告書を提出するために教室へ戻ると、やはりスズランがいる。今日はトラブル続きでだいぶ遅くなったのにも関わらずだ。
お疲れさま、と労いの言葉の次には必ず、何か飲むかと尋ねてくる。そこで温かいものを頼めばホットコーヒーが、冷たいものを頼めばアイスコーヒーが、報告書の提出を済ませて戻る頃にはミルクと一緒に机に用意されている。
スズランがイチカにイカれたファーストコンタクトを取ってから1週間ほど、こうして仕事終わりにコーヒーを片手にスズランと過ごすのが当たり前になっていた。
「お、ラテアート。器用っすねえ」
「毎回口つける前に牛乳入れるから、今回は先に入れちゃったもんね」
「好きに飲んでいいって言ったのスズランじゃないっすか」
「お子ちゃま舌め〜」
「はいはい」
ジト目で舌をべーっと出すスズランを横目にカフェラテを口に含む。
柔らかな苦味とホットミルクの自然な甘さは今日一日の疲れを溶かしてくれて、鼻孔をくすぐるフルーティーな香りは体の緊張を和らげてくれる。
大変な一日だったばかりに、余計にそう感じるのだろう。
喧嘩を仲裁したと思えばまた他所で喧嘩。それを仲裁すればまた喧嘩。理由を聞けばどれもくだらない小さな事で、それなのに銃を取り出して周りに被害を及ぼすのだからウザったいったら仕方ない。
「ふぅ…今日も美味しいっす」
「どういたしまして」
隣に座るスズランも真っ黒なコーヒーが入ったカップに口をつける。
どうにも間の抜けた顔で飲んでいるものだから、実はそんなに苦くないんじゃないかと思ってしまう。ミルクが用意されてたものだから、なんやかんやブラックでは飲んだことがない。はたして美味しいのか…。
そんな風にじっとスズランのカップを見ていると、ふとスズランと目が合った。
「…一口あげよっか?」
「え、あぁ…じゃあせっかくなんで、いただきます」
やはり気が抜けてしまっている。
疲労とストレスとコーヒーで、スズランのポヤポヤした雰囲気が移ってしまったのかもしれない。
自分のカップを置いて、受け取ったスズランのカップに口をつける。
カフェラテに比べれば苦味が強いが、その分コーヒー本来の香りとコクのようなものを感じられる。美味しいかと聞かれれば、まぁ美味しい。
「イチカ、イチカ」
「うーん、ブラックもいいっすけど、やっぱ牛乳入ってる方が」
「間接キス」
「ブッ」
思わず咽せる。
「も〜、イチカのえっち」
スズランはニヤニヤしながらこちらを膝でつつくが、その頬がほんのり赤くなっていることに気づかないほど気は抜けてない。
普段ならそこを指摘して揶揄ってもいいけど、疲れててようやくリラックスできそうな時にこの絡み方は少しウザい。というか、今日は帰ってきてからの絡みがなんかめんどくさい。
「……はぁ、そんなんで動揺するタイプじゃないっすよ」
「え〜、そっかぁ……仕方ない。じゃあ、少し恥ずかしいけど特別だよ」
そう言うとスズランは気恥ずかしそうに自分の手を口に当てて
「ちゅっ」
優しく差し出すように、指先をこちらに向けた。いわゆる、投げキッス。色気も何もない、ただ動作をなぞっただけのそれは、人をおちょくっているように見えてしまう。
「…………は?なんすか、それ」
「投げキッスだよ。おかしいな、後輩にせがまれてやった時は喜んでくれたのに……なら…セクシーサンキュー」
微笑みを携えた顔を傾げ、私を指差してウインクしながらそう言うスズラン。顔の良さで様になってるのが余計に腹立つ。
「……ふーっ…」
息を吐いて天を仰ぐ。元々少し不思議な子だとは思っていたがここまで訳がわからないとは思わなかった。疲れた脳では拒否感がしてくる。
さっさとコーヒーを飲み干して帰ってしまおうか。明日になれば直ってるかもしれない。
そう思い席を立とうとするより先にスズランが立ち上がり、私の前に両手を広げて立ち塞がった。どうしようか、本格的にイライラしてきた。
「…そこ立たれちゃ邪魔なんすけど」
「ごめんね。でもイチカはボクより背高いから、こうしないと届かないんだ」
そう言ったスズランに、正面から抱き締められた。顔に当たる感触は決して柔らかくはないが、温かい。最近は寒くなってきたから、温かさが心地良くて抵抗する気も怒る気力も失せていく。
身内に怒りを爆発させるなんてもっての外だが、ただ抱き締められただけで落ち着いてしまうほどチョロかった覚えもない。だと言うのに、コーヒーを飲んで一息ついたときのように、だんだん体から余計な力が抜けていく。
「ごめんねイチカ。疲れてるときは楽しくしたり、嬉しくなるより前に、ゆっくり休みたかったよね。気が利かなくて、ごめん」
「……ホントっすよ。割とイライラしたんすからね、アレ」
「ごめんってぇ…でもみんな喜んでくれたんだもん」
「だったら何しても喜ぶに違いないっすよ」
「そんなまさかぁ」
スズランの腕を優しく叩いて、腕を緩めてもらう。
少々不服だけど、少し気持ちが落ち着いた。
机に置いたカップを手に取り、少しぬるくなったカフェラテを一息に飲み干す。この雰囲気のまま一緒にいると本当に気が抜けてしまいそうだ。
「あぁっ、もうちょっとゆっくり飲んでもでもいいじゃん…」
「もう時間も遅いっすから、そろそろ切り上げましょう」
「せめてボクが飲み終わるまで待ってよ、1人で飲んで帰るなんてヤだよ」
「……じゃあ、飲み終わるまでっすよ」
「えへへ、ありがと」
柔らかく笑い、自分のコーヒーに再び口をつけるスズラン。
しっかり味わっているのか、意図的にゆっくりチビチビと飲んでいるのか。どちらにしても遅い、遅すぎる。文句より先に眠気が出てきてしまう。
伸びをして眠気を誤魔化そうとしても上手くいかず、あくびが出てしまったのを手で隠す。
「イチカ」
「んん?終わったっすか?」
横を向けば、カップを置いたスズランが膝をポンポンと叩いていた。
「……家に帰りゃ寝れるんすけどね」
「ほら、帰っても寝るまでに準備があるじゃん。少し休んだ方がそれも楽になるよ。ちゃんと起こしてあげるから」
ほら遠慮しないで、と自分の膝をペチペチ叩いて催促するスズラン。
叩かれるたびに震えている太ももは、先ほどの胸と違い程よく肉がついていて柔らかそうで、寝心地も良さそうだ。
カップに残ったコーヒーの量を見て、考えるのが面倒になってきたイチカはスズランの膝を枕に横になった。
「ちゃんと起こしてくださいね」
「オッケー任セロリ」
その返事に、不安だなぁと思いながらイチカは瞼を閉じた。
足が少し寒いと思っていたら毛布か何かをかけてくれたみたいで、だんだん体が温まる。規則正しく頭を撫でられる感覚に身を任せて、イチカは眠りについた。
朝イチでやって来たハスミに2人して起こされたのは、また別の話だ。
お気に入り、感想、評価、誤字報告等いつもありがとうございます。
私はコーヒー飲むと何故か眠くなります。
今回のイベントはコハルと正実モブが仲良くしてるの見てニコニコしてました。ところでイベントにイチカが見当たらなかったんですけど不具合っすかね…?
感想等いただけるとやる気が出るのでよろしくお願いします。