正義…?そこに無ければ無いですね
その日は、朝から曇り空だった。
暗くて、重い、曇り空だ。
今にも落ちて来て、僕をぺしゃんこに潰してしまいそうで、とても不安になる。
「……疲れた」
曇りは嫌いだ。
いつもなら日陰になって見えないところまで、よく見えてくる。
そういうものに限って、大抵良くないものだし。
「……疲れたなぁ…」
呼吸は重く、体の奥まで息を吸い込めない。体も重い、腕も重い。
それでも今まで何百、何千、何万回と払ってきた武器を手放すことなく、振り続ける。
「……疲れたんだよ」
僕は銃の扱いが人より苦手だった。その代わりか身体能力には自信がある。だから僕はお守りとして
「……もう充分やったよ」
神秘を込め続けたその刀身はやがて白銀色から黄金色に変色し、名実と共に僕の代名詞となった。さながら物語の中の騎士のようだと揶揄われた時は嬉しかったけど、流石に恥ずかしかったな。
雲のように白く大きな翼、一つに束ねられた絹糸のような金色の髪、黄金色に輝く剣。
みんな友達から送られた褒め言葉、だった。
「………なんだっけ」
この曇り空は、それらを全部濁らせてしまう。
翼は灰色に堕ち、金色の髪は黄土色にくすみ、剣から輝きは失われる。
綺麗なはずのものが、醜く見える。
曇りは嫌いだ。いつになったら晴れるんだろう。
「…………」
そうだ、晴れたら、みんなでピクニックに行こう。
場所は……あそこがいい、校舎から少し離れたところにある、水が綺麗な湖がいい。
サンドウィッチを作って行って、交換こして、お茶を飲みながら、お話しして、木漏れ日に覆われながらお昼寝するんだ。
夕方にはみんなで寮に帰って、それで、それから……あれ?
「なんだっけ……」
みんなって
「…正義って」
雨が降った。
全身が水を吸ったように重いし、寒い。
寒いけど、僕は傘ではなく剣を手に取った。
僕より寒がってる人に傘をあげなきゃいけない。
…そんな人どこにいるんだろ。
そう思ったとき、雨と一緒に雲が落ちて来た。
僕がそれを剣で受け止めたとき、黄金色だった剣は銀色に戻ってて、あっさりと折れちゃって。
そして、雲は僕をぺしゃんこにしてしまった。
コンコンコン、とノックの音が部屋に響く。
重い瞼を開けると、天井が目に入る。
まだ見慣れない天井だ。その見慣れなさが僕に現実を押し付けてくる。まるで僕をぺしゃんこにした暗い雲のように。
もう一度ノックが鳴る。
か細いため息をつく。僕にはそれくらいしかできないから。
扉が開く音がした。
無遠慮にも入って来たのは、黒い制服に身を包んだ元同僚。
「元気…では、なさそうですね」
牢の柵越しに見るその人は相変わらず色々と大きくて、ただいつもと違って、寂しげな雰囲気がした。
まだ開き切らない瞼を擦りながらのっそりと体を起こした僕は、手首にかけられた手錠にぼんやりと視線をやる。彼女の、ハスミ先輩の顔を見る気にはなれなかった。
「…………罵倒ならお好きにどうぞ。暴力なら…監視に賄賂でも渡せば、見ないフリするんじゃないかな」
「っ、私は!…私達は、あなたの話を聞きたいだけです」
一度深呼吸をすると、ゆっくりと口を開き、力強く問うてきた。
「何故、あんなことをしたのですか」
と芯の通った声が耳を揺らす。
多分、本気で心配して言ってくれてるんだろうな。
あぁ、嫌だなあ。僕に声をかけてくれるのが嫌だ。優しくしてくれるのも、心配してくれるのも嫌だ。それを嫌だとか、今更だとか思う僕がもっと嫌だ。
「……なんででしょう。ね?」
「話してくれなければ弁護のしようもありません。ツルギも、イチカも、マシロも、コハルも、正義実現委員会のみんながあなたを心配しています!みんなが、あなたが帰ってくることを望んでます」
なんて返そうか考えはじめて、自分の手のひらをムニムニといじる。
四六時中剣を握っていたせいで、あまり綺麗とは言い難い。努力の証ではあるのだろうけど、今となっては無意味で無価値なだけ。
「……ここも案外悪くないよ。1日中寝てても、ご飯が出てきます」
「スズラン……あなたが語っていた正義は、どこに行ってしまったのですか」
正義?正義。ふむ、正義ときたか。正義ってなんだっけ、うーん……正義……うん。
「そこに無ければ、無いですね」
特性::しめりけの生徒が近くにいなかったのかもしれない。