僕が僕でなくなっていく。そんな感覚だろうか?
心と体の動きが段々と錆びついて、歯車が合わなくなっていくような。
エデン条約で多くのことが起きた。
補習授業部のこと、ナギサ様のこと、ミカ様のこと……
コハルちゃん、補習授業部のみんな。助けてあげたかったけど僕の立場がそれを許さなかった。ツルギ先輩とハスミ先輩と本気で口論したのは後にも先にもアレだけだ。
幸い、彼女達は僕が思ってるより強かったみたいで、無事退学の危機を脱した。コハルちゃんにもかけがえのない友達ができたようで、僕も嬉しく思っている。少し寂しいのは内緒だ。
そしてナギサ様。ティーパーティーと正義実現委員会、上部組織とその傘下の関係だが、その立場とは関係なしに仲良くしていただいていた。専属の護衛に、なんて話ももらったけど、正実が好きだったから丁重にお断りさせていただいた。
だから、そんなナギサ様が補習授業部を退学させるつもりだと聞いた時は、悪い冗談だと思った。言っちゃ悪いがこの学校は少し陰湿な部分もある。だからその類の人たちが流した噂だと、信じたかった。
……ミカ様。ナギサ様と同じく仲良くさせていただいていた。天真爛漫なお姫様のような人で、お姫様と御付きの騎士、なんて揶揄われた思い出もある。だから、そんな彼女がセイア様を殺害し、エデン条約の締結を阻止するためにナギサ様を襲撃し、裏切りの手引きをしていたなんて知った時は、脳が壊れるかと思った。
結局、セイア様は生きていたしナギサ様も無事だったが…なんというか、ショックだった。
エデン条約の調印式、僕は必死に戦った。
巡航ミサイルが撃ち込まれ、その後に現れた幽霊のような武装集団、そしてアリウス分校。
傷だらけになりながら、自分の血を撒き散らしながら、力の限り剣を払った。正義を胸に、人々を傷つける悪を許さないと。
そして僕が目覚めたのは全てが終わった後だった。
全てを聞かされた僕は、一人になってから胃の中の物を全て吐き出した。先にアリウスを傷つけたのはトリニティだった。歴史の闇に葬られた過去の因縁が巡り巡って、僕たちの代になって返ってきた。劣悪な環境で育ち、彼女たちは戦うことしか選択肢がなかった。
復讐されるのも、当然の報いに感じた。
傷が癒え正義実現委員会に復帰した後も、頭から離れなかった。
僕が輝きを失った剣で叩きのめした相手が、自身の欲望の為ではなく、必要に駆られて生きるために物を奪ったとしたら。
強盗は悪だ、許されないことだ。生きるために必要だとしたら?真っ当に働けば良い。真っ当に働けないなら?……僕が手を差し伸べるには限界がある。わからない、わからない、わからない!
呼吸がつらい、体が重い、腕はもっと重い。
それでも正義を背負う僕らが顔を曇らせるわけにはいかない。
学校で授業を受けて、正実では不良を倒して、部屋に帰れば食べた物を全て吐き出し、毛布に包まり眠りたくても自己嫌悪と加害妄想が僕を追い立てる。
化粧で誤魔化せないくらい顔色が悪くなった頃に、ツルギ先輩から今日は休めと家に返された。みんなと居た方がまだ心が落ち着く、けど、先輩の無言の圧に負けてしまった。
ただ、家に帰れば、また正義という名の仮面が剥がれて、ボロボロの醜い自分が出てきてしまう。それが嫌で、なんとなく歩き続けていた。
だから当たり前のようにというか、当然不良にも出くわす。
「おうおうおう、お前トリニティだろ。いけねぇなあ、お嬢様がこんなとこまで来ちゃあよ」
「アタシら今ちょーっと金に困っててさぁ」
「痛い目見たくなかったら財布の中身置いてきな」
ここは…ゲヘナ自治区に近いのか。ちょっと歩きすぎちゃったな。
人数は、3人。後ろにも何人か隠れてるな。
「……なんで」
この人たちは…悪者で、いいのかな。わかんないや。
「なんで、こんなことするんですか?」
答えが欲しい。善悪の基準が。どうしようもない悪なら、きっと僕も迷わないでいられる。
「んだよ、ビビっちまって財布も出せねぇか?ンなの金が欲しいからに決まってんだろ」
「さっさと出さないと手ェ出るぞ〜!」
不良の1人が銃口を足元に向け引き金に指をかけた。
威嚇射撃のつもりだろうが、体は反射的に動く。
「正義を……」
僕は剣を手に取る事なく、拳で顔面を殴りつけた。
拳に鼻血がこびりつく。隣のヤツの腹を膝で蹴り上げ、その隣の鳩尾を拳でえぐり、側頭部を蹴り抜き、頭突きで鼻っ柱を折り、力任せに投げ飛ばし、踏みつけ、殴って、殴って、殴り続けて。
気づけば立っているのは僕1人だった。
「……何、してたんだっけ…」
確か、家に帰ろうとして、帰りたくなくて…
……なんでこうなったんだろ…僕が弱いから、かな…
なら、もっと強くならないと。
みんなのところに帰って、ツルギ先輩に稽古、つけてもらわないと…
……?あれ、なんで正実のみんなが
「──ぁ」
血に塗れた手のひら、怯えた顔の
「ちがっ、ぼく、なんで……せんぱ」
たすけて。その一言が出るより前に、ヒュンと銃弾が頬を滑った。それを皮切りに複数の銃弾が僕の体を打つ。
自分でも何が何だかもうわからなくて、怖くて、寂しくて、痛くて、助けて欲しくて、なのに、もう声は出なかった。
「待て!撃つな!!」
撃ったのは先輩じゃない、まだまだ新米の後輩がびっくりして、撃ってしまっただけなのかもしれない。
でも、壊れかけのモノを壊すには充分だった。
帰る場所なんてなかった。
「…すまない、無事か?ここで何があった」
ツルギ先輩を突き放し、ゆっくりと後ろ向きに歩く。
ごめんなさい。今はあなたを、受け入れられない。
だから、どこかへ行って。
ぼくに、ちかよらないで。
────此れこそは苛烈なる陽光
「ッ、総員退避!!!今すぐ逃げろ!!!」
悲しみと、怒りと、やるせなさと…寂しさとがぐちゃぐちゃになって、自分でももう抑えが効かない。
ヘイローとして浮かぶ青色の天球は詠唱と共に赤く変色し、炎のような環は高速回転を始め、広がり始める。
天を裂くは日の映し身
ヘイローが赤からさらに白へと変色した頃、掲げた剣も同様に白く輝いた。どこか優しさを感じた黄金色の光ではない、触れるもの全てを焼き尽くす白い熱量。
「焼き尽くせ、ガラティーン」
ヘイローの回転が止まり、剣が地面に向けて突き刺される。
瞬間、世界の音が消えた。
自身の体と刀身に神秘を過剰に、自壊寸前まで込め続けそれを放出する、ただのゴリ押し。
周囲への被害を一切考慮しない、正に彼女の奥の手。
そして世界が音を取り戻した時、そこに居たのは彼女だけだった。
みんな逃げた。ぼくが追い払った。これでいい。よかったのかな。わからないな。
周囲の道路は爆ぜ、ビルは焼け、草木は灰すら残らず燃え尽きた。
剣を持ち直し、フラフラと彼女は歩き出す。
歩いて、歩いて、歩いて、また撃たれた。誰が撃ったかなんてわからない。ただ撃たれたから応戦した。
ただ歩いて、ただ剣を振り続けた。
「……疲れた…疲れたなぁ……疲れたんだよ」
焦点の定まらない瞳で、しかし止まる事はなく、彼女は進み続けた。
「なんだっけ……正義って……」
雲のように白く大きな翼はもうボロボロで、血で赤黒い。
太陽のように明るい色をしていた瞳は、今にも雷が落ちてきそうなほど暗い。
陽の光で輝くはずのひと束の髪は解け、血でベッタリと体にまとわりついている。
黄金色に輝くはずの剣は鈍色にくすみ、たった今銃弾を受け止めて半ばから砕け、折れてしまった。
そしてついに彼女は力尽きた。
D.U.地区内、連邦捜査部S.C.H.A.L.Eのビルがようやく見えたところだった。数多の生徒を退けながらも力及ばず、その場に倒れた。
「みんな……先、生……」
特に可愛がっていた後輩の先輩離れ、友達その①その②から裏切られバチクソボコった相手は元被害者でなによりバチクソに疲れてたところに身内から攻撃されてしまった主人公ちゃん。
実力とメンタルは比例しない。