だが何かを失うのはいつだって落雷のように一瞬だ。
「と、言うわけで改めて。コハルちゃんの先輩です、よろしくお願いします!あ、こちらつまらないモノですが…こちらは先生に、もう一方は補習授業部の皆さんでどうぞ」
一旦落ち着いた僕たちは、さっき教室から出ていった水着徘徊の人、浦和ハナコさんも交えて改めて自己紹介をしていた。
補習授業部のメンバーはコハルちゃん、阿慈谷ヒフミちゃん、白洲アズサさん、浦和ハナコさんの4人。
ちなみにヒフミちゃんとは友達である。
"あ、これはご丁寧に。ありがたく頂きます"
「それで!その、なんで先輩が合宿場に…?」
「可愛い後輩の為に、一肌脱ぎに来たんだよ」
「まぁ♡コハルちゃん、あれだけ恥ずかしがっていたのに懇ろな関係の方がいたんですね!!想い人以外に肌を見せるべきではないとそう言うことだったんですね!?」
「ち、違う!!先輩とはそんな爛れた関係じゃないもん!!エッチなのはダメ!禁止!!」
「あはは…えっと、結局スズランちゃんはなぜここに?」
勉強の助けになれればと思って来たはずなんだけどな。なんでこんなワチャワチャしたことになってるんだろう。おかしいね?
「一肌脱ぎに来たっていうのは本当だよ。僕そこそこ成績いいから、みんなの助けになれないかと思って」
と言うわけで、僕は1年生の範囲を勉強中の2人の様子を見ていた。
1次試験に落ちたというからどれだけヤバいのかと思ったが、模試の答案を見せてもらったところ2人とも意外と問題を解けていた。合格点まであともう一踏ん張り、と言ったところだ。
正直教えるところがあんまりない。
凡ミスは基礎をやりこんでウッカリを無くすしかないし、この文言が出てきたら大体コレを使うだとか、引っ掛け問題の傾向とか、簡単なことしか教えることがない。
せ、先輩としての威厳が……ただ差し入れ持ってきた構ってちゃんみたいになってしまう!
「え、嘘、こんな簡単に解けちゃった…」
「流石コハルの先輩…エリートの中でもさらにエリートというわけか」
「ふふん、でしょ?先輩は私よりずっとずっと凄いんだから!」
……へへへ。可愛いやつらめ。
アズサさんのこと一回捕まえちゃったし、仲良くできるか不安だったけどなんとかなりそうだ。
そして休憩時間、貴重な休息の時間を奪ってしまうのは申し訳ないが伝えておかなければならない。コハルちゃんがトイレに行ってる今の間に。
「……白洲アズサさん。先日は申し訳ありませんでした。事情を知らなかったとは言え、生徒を助けたあなたに剣を向けてしまった」
「別に、謝罪されるようなことじゃない。確かに喧嘩を売られたけど買ったのは私だし、私も撃ち返した」
「それでも、です。最初に歩み寄ろうとしなかった僕たちの落ち度です。…それと、ありがとう」
「?感謝されるようなことは何もしてない」
「ううん。コハルちゃんと仲良くしてくれてる。あの子はプライドが少し高いし、素直じゃないから心配してたんだ。だから2人が肩を並べて、一緒に助け合いながら勉強してるってわかって、とても嬉しかった」
それも別に、感謝されるようなことじゃない。そう言おうとしただろうアズサさんにわざと言葉を被せて伝える。
「感謝されて然るべきことだよ。それに、アズサさんが受け取ってくれないと僕の感謝の行き先がなくなっちゃうな」
「そう、か…うん。なら、受け取っておく」
「うん、ありがと。これからもよろしくね」
そうして、優しくアズサさんの頭を撫でた。……距離詰めすぎたかな。いや大丈夫、これは純粋に撫でられる理由が分かってない顔だと思う。多分。
「あ、アズサずる…じゃなくて!なんか急に仲良くなってる?」
「僕は良い子の味方だから。コハルちゃんもおいで、なんならハグでもいいよ。ストレス緩和にいいらしいからね」
「こ、子供扱いしないでください!アズサもいつまでも撫でられてないで勉強!!」
「ふむ、コハルがしないなら私がいいか?本当にストレス緩和に繋がるのか気になる」
「なっ、だ、ダメ!早く勉強しないとダメ!」
「まだ休憩時間はあるぞ?」
「そ、それでもダメったらダメ!えっち!死刑!!」
僕に近づくアズサさんに必死に止めるコハルちゃん、それをニコニコしながら見守る他の面々。別に2人一緒でもいいんだけどな、と思っていた矢先にこんな提案が飛び出てきた。
「ふふっ、ならみんなでしちゃいましょうか♡人数が増えればハグの効果も増すかもしれませんよ?」
ハナコさん……やはりハナコさんもやはりストレスが溜まってたのか。
それもそうだ。水着なのに誰も服を貸してくれない心細い環境、そして補習授業。なにもイライラだけがストレスではない、寂しさや孤独もストレスになる。
「肌と肌を密着させて体を一つに…あら?」
「ハナコさんもいいんだよ。何かツラいことがあったのかもしれないけど、ここにいる皆は、きっと優しい人だから」
ハナコさんの頭を、優しく胸に抱く。身長がほぼ同じだから少し屈ませてしまうけど、そうするのがいいと思った。
「ええと…困ってしまいましたね…」
「よしよし……今度服が水着しかなかったら、上着貸してあげるからね…」
「……あら?」
この後なんやかんやみんなでハグをしあって、微笑ましそうにこっちを見てた先生も巻き込んでワイワイした。同性なんだから遠慮することないのに "百合に挟まるのは私のポリシーに反するから" とか訳のわからないことを言っていたのでみんなで挟んでやった。
あの後も勉強を教え、せっかくだからと一緒に夕ご飯をいただいて、先生に贈ったコーヒー粉と補習授業部に差し入れしたスイーツで食後のデザートまでキメてしまった僕は、なんだか帰るのが惜しくなってウダウダとしていたら先生から"もう夜遅いから泊まっていけば?"と提言いただいたのだった。
流石は先生、言いにくかったことを的確に代弁してくれた。
今はお礼を伝えに、先生の部屋にやってきたところだ。
静かに3回ノックをすると"どうぞ"と声が返ってきた。
扉を開けると、先生はまだお仕事をしていた。補習授業部のために模擬試験を作ったり、シャーレの仕事だったりするのかもしれない。
「失礼します、先生」
"スズラン、どうかしたの?"
「改めてお礼を伝えたく思いまして。まずは、遅くまでお疲れ様です」
先生のデスクに近づき、ココアの入ったカップを手渡す。
「コーヒーの方がお好みかとは思いますが、徹夜して欲しくありませんし、体調のことを考えてココアを。よければ召し上がってください」
"ははは…ありがとう、いただくね。スズランもよければ座って。あと、もっと砕けた口調で構わないよ"
「本当?後からやっぱりダメ〜、なんて無しだよ」
先生に促された通りに座り、先生にしっかり向き直る。
「じゃあ先生、改めてありがとう。急に来たのに受け入れてくれて、あと宿泊の許可をくれて」
"こちらこそ。スズランが来てくれたおかげでみんないつもより集中できてたし、楽しそうに過ごしてたよ"
「そう?ならよかった。その…みんな楽しい人ばっかりだから、家に帰るのが少し寂しくなってしまって。僕から泊まりたいって言い出すのも迷惑かな〜って思ってた時に、先生から声かけてくれてすごい嬉しかった」
"たまたまだよ。それに暗い中、女の子を1人で帰らせるわけにもいかないしね"
「……まったくもう。先生がみんなから慕われるのもわかる気がしますよ、キヴォトスでそんなこと言う人いないし」
さて!と話を区切り椅子から立ち上がる。
先生とお話しするのは楽しいけど、あまり話し込んでは先生の時間を奪ってしまう。仮にそれを話したら絶対に、気にしなくていいって言うだろうから尚更ダメだ。
「では、僕はそろそろお暇します。お仕事頑張ってください、先生。またお話ししようね」
"うん、ありがとう。……ねぇスズラン"
「ん、なにか忘れ物でもしちゃいました?」
"何かあったら、ううん。何かなくても、いつでも来ていいからね。私は、スズランのこと待ってるから"
「……先生、誰にでもそんな事言ってたら、いつか後ろから刺されますよ?」
"えっ、それってどういう…"
「では、今度こそお疲れ様です。先生」
ポカンとした顔の先生を横目に、お辞儀をしてからゆっくりと部屋を出る。
あれが大人の女性か……大人びた生徒は今までにもいたけど、それとはまた違った余裕というか、こう、抱擁感…?守ってあげたいと思うと同時に守ってほしいと思わせるような、不思議な感覚だった。まだちょっとドキドキしてる。
こんな時は……素振りだ。素振りはいい。場所を取らないし、無心でやれる、なにより体を動かせば心が落ち着く。
外に出て制服を脱いで綺麗に畳み、インナーの姿になる。下着じゃなくてTシャツとショートパンツだよ。剣で動き回る時にスカートの下がパンツだと少々危ういので対策はしてあるのだ。
剣を鞘から抜き、ゆったりと上段に構え、ゆっくりと振り下ろす。
歪みを正し、歯車を噛み合わせるように。
凪いだ水面のように、雲ひとつない青空のように、綺麗な太刀筋を。
噛み合ったと感じたら、スピードを上げていく。
体が温まったら真っ直ぐ振るのではなく、袈裟、逆袈裟、一文字、思うままに剣を振るう。
ここまで来ると段々と楽しくなってくるもので、ついつい仮想敵をイメージしての模擬戦に発展してしまう。
「ふっ!──シッ、セイッ!………ふぃ〜っ……やっぱ強いなぁ」
仮想敵*1に3敗し、ようやく一本取ったところで一息つく。
剣を鞘に収めたところで後ろから拍手が聞こえてきた。
「む?おや、ヒフミちゃん。見られちゃいましたか」
「あはは…覗き見るつもりじゃなかったんですけど、カッコよかったのでつい。よければタオル使ってください」
「お、流石ヒフミちゃん、気が効くね。ありがたく……こ、これはっ!?」
手渡されたタオルを広げて気づく。これはただの紺色のタオルじゃない、これは…!
「ウェーブキャットさんのマフラータオル!!」
正実の仕事が忙しくてついぞ手に入れることの叶わなかったウェーブキャットさんのロングマフラータオル……流石に正実の生徒がブラックマーケットに行くのはマズイしそもそも校則で禁止だから泣く泣く諦めたあの…!
「そうです!!この前ゲームセンターで手に入れて、たまたま持ってきていたので!あ、もちろん未使用ですよ!」
「つ、使っちゃっていいの?本当に?後から法外な対価を要求したりしない?」
「しませんよ!?そもそも、スズランちゃんにプレゼントしようと思ってた物なので、ぜひ受け取ってください」
「ヒ、ヒフミちゃん……ありがとう。この恩は必ず返すと約束します!」
ヒフミちゃんにしっかりお礼を伝えてから、僕は思い切ってウェーブキャットさんのタオルで顔を拭いた。可愛いものに包まれるって幸せだよね。ほのかにヒフミちゃんの匂いもするし。
「幸せだ……さて、僕はもう少し涼んでから戻るから、ヒフミちゃんは先に戻ってて。体冷やしたら良くないからね」
「はい。スズランちゃんも、あんまり頑張りすぎないでくださいね」
手を振ってヒフミちゃんを見送る。
本当にいい子だなぁ……今更だけどなんでヒフミちゃんが補習授業部にいるんだろ。優等生ってイメージだし、補習を受けなきゃいけないほど成績悪くなかったと思うんだけど、何かあったのかな。
「考えても仕方ないか、そろそろ戻ろ」
せっかく運動しても体を冷やしては疲労が残ったり体が硬くなったり逆効果だ。今日はシャワー浴びて、柔軟してゆっくり……シャワー?
「……着替え持ってないじゃん…」
本当は夕方には帰る予定だったからすっかり忘れていた。汗だくだからこのまま寝る訳にもいかないし…ヒフミちゃん以外もうみんな寝てるだろうしなぁ…。
ぐぬぬ、先生にドキドキさせられなければこんな事には……あ、そうだ!先生ならまだ起きてるだろうし、着替え余ってたりしないかな。
善は急げ、夜も遅いので足音を立てないよう静かに歩き出す。
予想通り先生の部屋の扉からは光が漏れていた。
寝る直前だったりしたら申し訳ないけど、流石に汗だくで寝たくないし、全裸で寝る趣味もないのだ。ノックをしようと近づいたところで、中から話し声が聞こえてきた。
「……?」
この声は先生に、ヒフミちゃんとハナコさん?
こんな夜更けに何を…
──退学なんです!私たちは、トリニティを去らないといけないんです……!!──
……は?
……その後は、聞かない方が良かったんだと思う。でもそんな訳ないって、嘘だって思いたくて、聞き耳を立ててしまった。
補習授業部はエデン条約の邪魔をする、裏切り者の疑いのある生徒を退学させるための部活で、先生も騙されてここにいる。コハルちゃんは成績が悪いのは事実だけど、正実への人質で、ただのとばっちりだった…?
なんで?なんでそんな事を、あの優しいナギサ様が、なんで……
心がザワザワして、居ても立っても居られなくなった僕は合宿場を飛び出て、走り出した。
理由を本人の口から聞きたくて、嘘だって否定して欲しくて。
その日はもう深夜だったからナギサ様とは会えなかった。
そして次の日も、その次の日も、その次の日も。
補習授業部の試験会場が爆破されて、みんな不合格になってしまったとコハルちゃんから涙ながらに聞かされた日も。
いい加減、流石に僕でも気づいた。ナギサ様は僕と会う気が無くて、遠ざけているんだって。
僕を信じることなんてできないんだって。
今まで一緒にお茶して、お喋りしたのも……楽しかった思い出も。
今まで全部、嘘だったのかな…
間の悪い女、溝口スズラン。
全員と絡ませたくて結局長くなっちゃった。
スズランがゲヘナだったらを想像してみたけど大抵ロクなことにならなそうでした。
珈琲同好会をブチ上げて港で紅茶を作るテロリストになるしかない。
感想いただけると投稿頻度が上がったり上がらなかったりします。