だが人間の悪意にあまりにも無知だった。
「太陽の騎士」あるいは「陽騎士」
トリニティ総合学園2年正義実現委員会「溝口スズラン」を指す二つ名だ。
真っ白で大きな翼は雲のように柔らかで、青い瞳は空のように透き通っている。陽光を絹糸にしたかのようにきらめくポニーテールには多くの人が目を奪われる。中性的な容姿をしているのも人気を加速させる一因だろう。
そしてなにより彼女を象徴するのは腰に佩いた諸刃の剣だ。
彼女の髪と同じ色をした、黄金色に輝く剣。
守るべき者には太陽のような温かさを、仇なす者には燃え盛る太陽の如く灼熱の炎を。
同じ正義実現委員会の剣先ツルギが「歩く戦略兵器」と畏敬の念を抱かれるのと同様に、彼女が2年生になると「太陽の騎士」の名も瞬く間に広まった。
だが、彼女と交流のある者ならば太陽の名の本質はその容姿ではないと口を揃えて述べるだろう。彼女がトリニティの太陽たり得るのは、その心根が優しく太陽のように暖かい笑顔を浮かべるからだと。
だから、彼女がこんなにも声を荒げて、必死になる様子なんて誰も見たことがなかった。
「なんで…なんでですか!!」
「……落ち着いてください」
「落ち着いてなんかいられるか!さっきから銃声も爆発音もずっと聞こえてる、明らかに異常事態です!!なのになんで
「再三にわたりティーパーティーから待機命令が出されています……スズラン、お願いですから落ち着いて」
「コハルちゃんから、補習授業部から救援の連絡も貰った。あの子たちが今戦ってるのに、見て見ぬフリしろって言うんですか…?治安を維持し、生徒達を守るのが僕たちじゃないんですか…?」
「歯痒いのは私たちも同じです。ですが今正義実現委員会が動けば、彼女達の立場がより危うくなります。だから」
「それでも!守るべき存在だ!!みんな必死に頑張ってた!理不尽の雨に晒されても、諦めまいと一筋の光に向かって進み続けた!彼女達の努力が理不尽に否定されるなんて僕は認めない!!
それともなんだ!?もう退学になるからそんな必要は──」
それ以上先を言う前に、ツルギ先輩が僕の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。
体が軋む音と、壁にヒビが入る音が聞こえた。
「ガッ──ケホッ、ケホッ。ツル、ギ、先輩…」
「…お前だけだと思うな。全員が耐え忍んでいる、全員が同じ気持ちだ……まだ、わからないか」
「………ごめん、なさい……僕が、軽率でした…すみません……ごめんなさい……」
僕は剣を抱えてその場に座り込み、顔を俯けたまま泣いた。
考えの及ばないバカな自分が情けなくて。
みんなを助けに行けない事実が悔しくて。
ヒフミちゃんに恩を返すって約束したのに、約束を守れない自分が恨めしくて。
補習授業部のみんなを信じてあげられない自分が嫌で。
……あれから何度も勉強を教えに行った。正義実現委員会の肩書を通さずに僕と接してくれる気がして、対等な気がして嬉しかった。
でも、あそこまで感情的になって、先輩に怒鳴ってしまうなんて思いもしなかった。僕が思っていたより、補習授業部のみんなは僕の中で大切な存在になっていた。
十字架を抱えて祈るように、自分の剣を強く抱きしめる。
どうか皆に、再び幸せが訪れますように。
その日、ミカ様がトリニティの裏切り者として捕まった。
セイア様を襲撃し、アリウス分校を誘致し、ナギサ様を襲撃しようとした罪で。
……なんで?理屈屋のセイア様とは少し言い合いになってることもあったけど、それでも友達じゃなかったの?
なんでトリニティのみんなを傷つけようとするの?
ミカ様とナギサ様は幼馴染で仲良しだったんじゃないの?
なんで、なんでみんなで傷つけあうの…?
わからない……ここ最近、立て続けに僕の価値観が揺らぐようなことがたくさん起きてる。
僕が僕のままでいることを、否定されてるようで怖い。
だけど、ずっと揺らいだままではいたくなかった。
だからダメ元で面会届を出してみたら、すんなりと申請は通った。
多分というか、ナギサ様だよね…。
今のティーパーティーのホストはナギサ様だし、そもそも今はナギサ様しかいない。
お礼は伝えたい、けど……今は会いたくない。ナギサ様もきっと僕に会いたくないだろうから。それに、ナギサ様に笑顔で向かい合える自信がない。
だからミカ様に会って理由を聞こう。理由がわかれば、僕にも理解できるかもしれない。また一緒に、笑い合えるかもしれない。
それがわかれば、ナギサ様に会う勇気も出るかもしれない。
だから勇気を出して、ミカ様に尋ねてみた。なんで、騒動を起こしたのか。セイア様やナギサ様を襲ったのか。
「理由?そんなの、ゲヘナが嫌いだからだよ」
「……ゲヘナが、嫌い?」
「そ。スズちゃんのとこの副委員長も同じでしょ?ゲヘナが嫌い。心の底から嫌いで仕方ない。あんなツノが生えたヤツら仲良くするための条約なんてありえない」
「それで、セイア様とナギサ様を……?」
「……スズちゃんも本当に純粋だよね。そういうところが可愛いんだけど」
ゲヘナが嫌い……ゲヘナと仲良くしたくないって、それだけで友達を傷つけるの?
なんで?
「わからないって顔してるね。じゃあ、とっても純粋なスズちゃんに教えてあげよっか?みんながみんな手を繋いで、仲良しこよしなんて無理なんだよ」
「そ、そんなこと──」
「どんなに仲が良くても、私たちは他人なんだから、全てを理解し合うなんてできないんだよ」
「っ、でも、でもミカ様は、僕の知ってるミカ様は…」
「それはスズちゃんが私のそういう側面しか知らないだけだよ」
「っ──」
……そう、か、僕がミカ様のことを、きっとナギサ様のことも、全然知らなかっただけだったんだ。
勝手に知った気になって、仲良しだと思って、友達だと思ってた。
お茶してお喋りして、楽しかったのは、僕だけだったのかな。
「…………ごめんなさい。今日は、失礼します」
これ以上話しを続けたら、涙が溢れてしまいそうで、頭を下げて逃げるようにその場を立ち去った。
僕は、ちゃんとみんなのことわかってたのかな……正義実現委員会のみんなに、補習授業部のみんな。
ちゃんと、友達……だよね。
「………わかんないや……」
ハチャメチャにハッピーエンドの作品を読んで、なんでうちのスズランは幸せになれないんだ…?と思いました。私のせいじゃんね。
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