時は少し遡り、後藤ひとりが個人ステージの応募用紙を入れる前日、夜。
店長さんから送られてきたお店に着くと、二人はもう店の前で待ってくれていた。
「すみません、お待たせしました」
「約束の時間よりは早いしいいよ、それよりお前外で見るとデカいな、何cm?」
「174なんで平均くらいなんですけど、ガタイでデカく見られがちなんですよね」
「楽器も筋力いりますし、体力づくりも頑張ってますもんね〜、それに今日は私服が大人っぽいせいかもしれないですね」
夜に食事するから面倒ごとを避けるために私服に着替えてきたけど、まだ厚着とは言えないシャツの上からPAさんにペタペタ触られると照れる。かっこつけて触られてるところに力を入れるてると、余計に興味津々といった風に触られて、こう、何、この気持ち。わからんけど余計に好きになっちゃう。
「店長、湊くんの二の腕、すごく硬いですよ」
「どれどれ、うわっまじじゃん。頑張ってるんだな」
店長さんまで触ってきて、時折見せる優しい微笑みを向けられる。ダメ、店長さんまで好きになっちゃう、元々好きだけど!
「まあとりあえず、続きは中にして店入ろうよ」
「え?続くんですか、この状況」
「そういう意味じゃないから。お前も離れてやれ、湊が困ってるだろ」
「はーい、続きは中でですね」
最後にツーと指で俺の腕をなぞってからPAさんが離れて、お店の中へ入って行った。大人の色気、すげぇ。
「お前はほんと、あんまり酷いと帰らせるからな?行きつけで恥かかせるなよ」
「すいませーん」
「反省してないだろこいつ……暴走したら止めてやるから、湊おいで」
おいでって言葉の魅力すげーよな。言われると嬉しくなる、俺は犬になれる。
「俺、今日お二人と来れて良かったです。もう悔いはありません……」
「なんでもう満足してんの?これからなんだけど」
釈然としない表情の店長さんに連れられてお店に入ると、個室に通される。
メニューは海鮮が充実した良い雰囲気の居酒屋だった。
「ここの店主が元料理人でな、メニューに無いものも言えば作ってくれたりするんだ」
「すごいですね!わっ鯨のベーコンなんて珍しいのもある!」
「店長がたまに連れてきてくれるんですけど、おまかせコースの品数とかすごいですよね〜」
「じゃあ今日もとりあえずコースからいくか」
店長さんが店主さんにスマホの画面を見せて「一人当たりの予算はこれくらいで、これとは別に飲み放題つけてください」と注文してる。こんな注文の仕方初めて見るー!かっこいいー!大人ー!!
ちなみに、これは事前にPAさんと星歌がだいたいの予算を先に決めるために打ち合わせで決めていたやりとりであることに湊が気づくことはない。ただただ憧れの目を向け、そんな子どもらしさに星歌とPAさんが微笑みを浮かべるのみである。
「今日はバイト休みでしたけど、湊くんは何してたんですか?」
「今日は放課後喜多さんとギターの練習して、その後豆腐ドーナツ食べに行ったんですけど、喜多さんがたくさん注文して並べて写真を撮るのに、食べる量は少なめなんでいろんな味をいっぱい食べれたんですよ」
「仲良しさんですねー」
「はい!高校に入ってから友達ができたのも、ほぼ喜多さんのおかげなんです」
PAさんが嫉妬ではなく微笑ましいという表情をする様を見て、星歌が「すげーな、あいつ」とギリギリ湊に届かない程度の声で喜多への賛辞を呟く。
「喜多さんはやっぱりすごいですね」
PAさんとしても喜多は協力者な上に、可愛い結束バンドのメンバーなので嫉妬する理由もなく、湊の学校であったくだらない話なんかをニコニコと聞く。
それは星歌も同じで、動画で昔のコンクール動画なんかも出してる湊に対し、小さい頃に出会ってもないのに大きくなったなぁと親戚みたいな感慨を持って微笑んで話を聞く。
あとは大人になって体型維持や内臓の衰えであまり食べなくなった二人からすると、美味しそうに食べる湊の姿が微笑ましく、酒が進んだ。
それこそ自分たちの料理も湊に分けてあげながら飲むほどに。
「私だってもっと一緒にいたいんですよー」
「飲み過ぎだぞ、もうやめとけ」
「店長さん、俺は飲んでないです」
PAさんに抱きつかれ、店長さんはPAさんを止めようとして、なぜか俺を引っ張ってる。
廣井姐さんを思い出す酔い方だけど、そういえば二人ともご飯を俺にくれてお酒ばかり進めてた。志麻さんがよく怒る飲み方だ。
……今なら勢いでPAさんの名前聞けるか?
「PAさん、俺も一緒にいたいんですけど、仲良くなった証に名前を教えてもらえませんか?」
「んー」
酔って据えた瞳でPAさんが俺を見つめる。と思うと胸元に顔を埋めてきた。
「気づいてほしいんです〜」
「気づいて、ですか?」
「こいつ、ネットで昔からお前と知り合いらしいから気づいてほしいんだとよ、さっさと言えばいいのにな」
だだっ子みたいなPAさん可愛いと思ってると、星歌さんが俺の背中をバシバシ叩いてきた。
てか俺、PAさんと知り合いだったの!?めちゃくちゃ大事な情報じゃん!
「それ、痛いです」
不意にすごいこと聞けたと思ってたのに、店長さんに叩かれた衝撃で俺の胸とぶつかってたPAさんが痛いと講義して、胸をポカポカと叩いてきた。
俺のせいじゃなくね?
これ以上は収集がつかないので、妨害を受けながらも虹夏さんにヘルプ要請して店長さんを回収してもらい、PAさんは……家まで送り届け、なぜか招き入れられ今は部屋に二人になってる。……どうして。
「湊くん、迷惑かけたお礼をさせてください」
帰り道で水も飲んでいたし、酔いはだいぶ収まったみたいで安心する。
「お礼なんて、一緒にいれただけで嬉し……」
PAさんに抱きしめられる。めっちゃ嬉しい。こんなお礼をもらえたならもう充分すぎる。
「私も、一緒にいれると嬉しいです……お礼というのは建前で……傷をつけさせてください、寂しくないように。離れていても湊くんに私が刻まれてる証を……」
PAさんの目に吸い寄せられる。初めて見た時よりずっと。
「はい……」
返事を聞いて妖しく笑ったPAさんに椅子へ座らせられる。
「少し、目を閉じていてください」
目を閉じて待っていると、耳の裏に何かが当てられて少しすると前からも挟まれる形になった。
「もう開けていいですよ」
目を開けると目の前にPAさんがいて、手が俺の耳へと伸ばされている。
「これで湊くんもピアスデビューですね、どんなのをつけてくれるか楽しみにしてます。……廣井さんのピアスを真似しても、誰とお揃いにしても、この穴を開けたのは私だと覚えていてくださいね」
優しく耳を撫でられ、最後にキスをされた。
その後、どうやって帰ったかは覚えていないけれど、朝鏡を見た時に耳についた透明のファーストピアスが、昨日の出来事は夢ではないと教えてくれていた。
お礼申し上げまーす!
⭐︎9をくださったnekosann様、You刊様、イミテリス紫音様
感想くださったなまこな様
皆様ありがとうございます!
皆様に幸あれ!
具体的には美味しそうだなって思って入った飲食店が想像を裏切らないくらいの幸あれ!