「待たせたわね」
カラオケルームの扉が空いて、聞き慣れた声が聞こえる。役者は揃った。
「ふごごごご、ふごごごご(待ってましたよ、ヨヨコ先輩)」
「ちゃんと飲み込んでから話しなさい!……で、こっちが例の声をかけてみるもう一人?」
「幽々は幽々です〜。……湊さんお茶どうぞ」
ヨヨコ先輩にお叱りチョップされたから急いで飲み込もうとして、唐揚げを喉に詰まらせていたところに幽々ちゃんがお茶を渡してくれたので、ありがたく飲ませていただく。
「待ってましたよ、ヨヨコ先輩。お察しの通り、幽々ちゃんも今回の文化祭ライブでベースとして手伝ってもらいます」
「よろしくお願いしま〜す」
「ギター、大槻ヨヨコよ。足引っ張ったら承知しないから」
「どう承知しないんですか〜?湊さん、私怖いです〜」
ヨヨコ先輩がヨヨコ先輩節を発揮して、幽々ちゃんが萎縮して俺に隠れるようにひっついてくる。
「あれは俺のライブ成功させたいってヨヨコ先輩の優しさなんです。慣れてないとキツい言い方に聞こえますけど、先輩はめちゃくちゃ優しいんですよ」
「それ以外にどう捉えるのよ!それに入った時から思ってたけどあんた近いのよ!わざとらしく怖がってるフリはやめなさい!」
「きゃ〜、怖いですぅ〜」
幽々ちゃんが抱きつくようにひっついてくる。ここはヨヨコ先輩がいかに優しいかを伝えなければ!
「あんたわざと挑発し「幽々ちゃん、ヨヨコ先輩はね、冬の寒い日に肉まん半分くれるし、俺が動画で危ないことしたら心配のロインくれるし、いつも動画の感想くれるし、FOLTで撮影の時手伝ってくれるし、パスタ食べに行った時も一口交換ていいながら多めにくれたし、俺が疲れてると寝なさいって注意してくるし、俺がどんなにバカなことしても見捨てないし、ずっと一緒に音楽するって言ってくれたし、BBQの時もたくさん焼いて俺に食べさせてくれるからめちゃくちゃ優しいよ!大丈夫!」
「えっと〜、幽々が抱きついてるのに大槻さんのことばかりなんです?」
珍しく幽々ちゃんが不満そうな表情をしてる。抱きついて怖がるくらいだろうからヨヨコ先輩の優しいところを紹介したんだけど……抱きつかれてる?柔らか〜い、顔近〜い、幽々ちゃん可愛い〜。
「ヨヨコ先輩、こんなに可愛い幽々ちゃんを怖がらせちゃダメじゃないっすか」
「さっきまでのあんたはどこ行ったのよ!」
「冷静に考えたらヨヨコ先輩のことは大好きだけど、さっきの態度はヨヨコ先輩がまあまあ悪いかなって」
ムキーっと怒ったヨヨコ先輩が地団駄を踏んだ後、俺の左隣にピッタリとくっついて座ってきた。このルームそんなに狭くないのにすごい密着度合い。まあいいか、ヨヨコ先輩とはいつもの事だし、幽々ちゃんだけダメって言うのも変な話だし。
「じゃあ早速、『個人ステージ掻っ攫い&SIDEROSメンバー探し作戦』作戦会議を始めましょう!参謀総長ヨヨコ先輩、SIDEROSの曲をお出しください」
ヨヨコ先輩が作詞作曲した譜面を何枚も取り出して並べていく。
俺からヨヨコ先輩への頼みはライブ出演。奇しくもヨヨコ先輩からの頼みもSIDEROS新メンバー募集のためのライブ出演。ギターボーカルは当然ヨヨコ先輩。そこに身近なフリーのベースだった幽々ちゃんを加えて、ドラムを俺が担当することになり、俺の文化祭、ヨヨコ先輩の文化祭、路上ライブの計三回。
幽々ちゃんは俺がパワースポットとかいう謎理論で快くOKをくれたので即席スリーピースバンド結成となった。
「最初に言っとくわ、即席とはいえ妥協しない、5曲きっちり仕上げるわよ」
「こっちは持ち時間15分なんですけど、先輩のところは長いとかですか?」
5曲を短期間でとなると、俺とヨヨコ先輩はともかく幽々ちゃんの負担がすごいことになる。
「うちも15分、だけど湊の文化祭では2曲は湊の好きな曲を歌ってもらうわ。あんたの文化祭よ、目立ちなさい。そっちの……」
「幽々でいいですよ〜、ヨヨコ先輩」
「幽々もいいわね?」
「湊さんのためなら」
内田幽々にとっての湊は突然現れて、すぐに大事になっていた人。他人にバカにされがちなオカルト趣味を理解してくれる霊感持ちで、自分の家庭事情に親身になって食材を買ってくれて、手料理を美味しいと食べてくれる普通なのに異常な人。
彼に振る舞うおかげで段々と料理が楽しくなってきたくらいだ。
そんな彼のためなら元々好きな音楽くらいいくらでもやってやる。そんな思いでヨヨコの提案に乗った彼女にとって、これが生涯で無二の出会になることはまだわかっていない。
今わかっているのは、ただ湊が大事だということだけ。
大槻ヨヨコにとって湊が大事なことは言うまでもない。大事な人のために最高の音を奏でる。その音に集まってきた人間をバンドメンバーにできるのならそれがいい。
初めて出会った頃、同世代の人間とは演奏することもできないほどに傷ついていた湊のために、自分は音楽を辞めないと、実力差に絶望なんかしないと掲げた海外ロックフェスのトリという夢。
あの日の自分では到底手が届かない、出来もしない約束をしたあの日に……力を貸してくれる仲間を集めるならきっとそれは湊のための演奏からがいいと思った。
今求めているのはいい演奏だけ。
大変なことに即答してくれた幽々ちゃんも、それを提案してくれたヨヨコ先輩も、二人が優しすぎて涙が出てくる。
「ありがとうございます!俺、全力以上で楽しみます!」
体の奥から溢れる熱が止まらない。俺のドラムはサックスやピアノと比べて得意じゃないけれど、きっと二人と一緒に奏でたら俺一人でやるサックスにも、ピアノにも必ず勝つ。そんな確信があった。
佐藤(湊のクラスメイト)にとって、湊は友達だった。さっきまでは。
部活が休みだからと野郎どもでカラオケに来たら、湊が泣きながら二人の可愛い女の子に抱きつかれてるのを目撃してしまったのだ。
写真を撮って他の野郎どもに咲良湊という許せない悪の存在を伝える。彼にあたってどうなるかなんて考えていない。
今求めているのは憎しみをぶつけることだけ。
翌日、体育のバレーで異常に湊の顔面に向かってスパイクが撃たれる事になるのを、彼はまだ知らない。
今日も!お礼!!
⭐︎10をくださった三島来夫様、hambrk様
⭐︎9をくださった片腕のシオマネキ様、不可能様、いたんじ様、かんぴょう様
⭐︎4をくださったシャイなルリム様
感想をくださったなまこな様
誤字報告をくださったトッシュ様
皆様ありがとうございます!
皆さんに幸あれ!具体的には出先で食べる予定の昼飯が変わったメニューでワクワクするくらいの幸あれ!