ひとしきりヨヨコが泣いた後で志麻がヨヨコの手を、イライザが湊の手を、きくりが酒を、それぞれがしっかりと握ってFOLTへと帰った。
体を冷やしたことを銀次郎に怒られ、着替えの服を借りて暖かい部屋でココアを渡され一息ついた頃、SICK HACKがどう声をかけていいか悩んでいると湊が立ちあがり、乾いてもない制服をカバンに詰め込んだ。
「体あったまりました、ありがとうございました」
そのお礼は誰に向けられたものか、きっと、その場のヨヨコ以外の全員へ向けたもの。お礼でありながら、決別である。
そんな難しい日本語の機微なんてまだわからないからこそ、何の迷いもなく、ただただ愛情のみを以てイライザが湊の手を取った。
その手は未だ、冷えたまま。
「まだ冷たいヨ?もっとあったまってて」
「いや、十分なんで……」
「まだだヨ?まだ冷タい」
そう言ってイライザは掴んだ手を離そうとしない。
「ダメだよイライザさん、離して……離してくれないと俺……ここに居たくなっちゃうから……」
「ん?……居てほシイヨ?」
ここに居ることの何がいけないのかわからないとばかりにキョトンとしたイライザの言葉に、今度は湊が号泣してしまって、イライザが抱きしめると
居場所なんて無い。湊が先ほど言った言葉がどれだけの重みがあったのか、彼の姿を見ればわかった。
自分のせいでバンドが解散して、勝手に傷ついて、身勝手に人を傷つけた。
その弱さを自ら咎め、ヨヨコの顔も曇る。
そんな地獄のような空気をぶち壊すのは、廣井きくりしかいない。
「暗いよ〜、せっかく同年代で良い演奏する二人が揃ったんだからさ、もっと仲良くしようよ〜、お姉さんだからまず大槻ちゃんね!今日は何があったの?」
ヨヨコが話し終える頃には落ち着いた湊からも、なぜ急に離れていこうとしたのかを聞きだして、ふむふむと頷くと鬼ころを啜ってきくりは視線を集めた。
これから何か言う言葉にこの子たちが影響を受けるんだぞという大人側のプレッシャーと、きくりを信じて言葉を待つ少年少女の純粋さに挟まれた中で彼女が口を開く。
「いやー、二人とも重い話だね……とりあえず飲んで忘れようよ!」
瞬間、志麻とイライザからそれぞれチョップを喰らうきくりを見て、自然と湊とヨヨコは笑っていた。
否定でも肯定でもなく、酒で流してしまおうという答えはモヤモヤとした正解の無い問題を置いておくにはちょうど良くて、お互いの辛さを共有した二人に大きな蟠りは無くなっていた。
「改めて、自分のことで当たってごめんなさい。咲良くん……て呼んでいいのかしら、私なんかで良かったらまた一緒に演奏してくれる?」
「いいんですか?俺が居ても」
自分の言葉が今も刺さったままの湊の姿にヨヨコの胸が痛む。
こんな時にどうすればいいかなんて分からない。友人がいなくて対人関係に疎いヨヨコにわかるはずがない。だからさっきのイライザを真似る。
ゆっくりと手を伸ばして近づくと最初は怯えた湊を見てなお、止まらない、他のやり方がわからないヨヨコは止まれず、敵意がないとわかって湊もされるがままにする。
「居た方がいい、バンド解散しちゃったから練習相手が欲しいの、私には君が必要よ、居た方がいいよ。……さっきは本当にごめんなさい」
「うう……大槻さん……」
ヨヨコに抱きしめられて湊が安心したように、ヨヨコも湊の方から背中へ回された手で受け入れられたと安心する。
「もっと気さくに呼んででいいわよ、これからたくさん一緒に練習するんだから」
ここでついでに人生初のあだ名なんかもらえたらいいな、なんて考えていたヨヨコの考えのさらに上を湊は行く。
「じゃあ、ヨヨコ、俺のことも湊って呼んで」
「呼び捨てそっちなの!?それはなんというか……距離が近すぎるというか……」
「じゃあ、ヨヨコ先輩。俺よりも前から廣井さんのこと好きだったから」
この時、ヨヨコに電流走る!
揉めたバンドメンバーも、FOLTで関わる人も基本的に歳上、他の関わりは身長が小さいことでナメてきた同級生達など。
そんな中、先輩と敬称をつけてくる自分の腕の中の歳下の少年。
この時、確かに可愛いと思ってしまったのだ。
「特別に湊も姐さんのことを姐さんと呼んでいいわよ!」
「それ大槻ちゃんの許可制なんだ……じゃあ姉弟の
お酒を持ってフラフラとやってきたきくりから、ヨヨコは湊を隠すように体を回し、つられて湊の体勢が辛そうになる。
「この子の面倒は私が見ます!」
「落ち着けヨヨコ、犬猫じゃないんだぞ」
さらにきつく抱きしめたことで湊の首が絞まり背中をタップされるが、音楽ばかりで格闘技をせず、男子達の格闘技ごっこも知らないヨヨコにギブアップが伝わることはない。
「大槻ちゃん、離してあげなよ」
「いくら姐さんでもお酒を飲ませるなら渡せません!」
「ん〜、きくりもわるいネ」
「でもあれはあれで可哀想というか……」
「扱いが完全に犬猫ね……ってそうじゃなくて助けてあげないと!」
慌てて説得に行った銀次郎によって湊は助け出され、そんな姿を見てケラケラと笑いに包まれたFOLTの空気は非常に良くなっていた。
やることなすこと無茶苦茶だが、終わってみればいい感じになる。
そんな力を持っているきくりの姿に志麻は笑みを浮かべ、今日は奢ってやってもいいかなんて思ったのだが、練習中の新曲の歌詞とコードが酔いで飛んでいたため無かった事になった。
酔っ払って使い物にならなくなったきくりの代わりに演奏した湊には肉まん四つがプレゼントされ、SICK HACKの役に立つその姿にヨヨコが嫉妬しながらも、肉まんを頬張る姿にまたも庇護欲のようなものが掻き立てられ複雑そうな顔をする。
そこからSICK HACKがいる日も、いない日も、予定が無ければ湊とヨヨコは共に練習する事になる。
今が違うとは言い切れないが、この頃ヨヨコは湊を溺愛し、首が絞まるのを危惧した湊によって、後ろから抱きしめるという形が確立された頃だった。
そんな楽しい日々の中、湊が顔を曇らせてFOLTへと顔を出した。
「何があったんだ?また吹奏楽部から何かされたのか?」
「半分くらい?そうです……嫌がらせとかではないんですけど、定期演奏会の本番だけでもいいから来てくれって言われて……」
心配した志麻の言葉に素直に打ち明けると、ヨヨコは誰よりも怒った。
「何よそれ!自分たちで追い込んだくせになんで呼ぶのよ!」
「学校側も湊を出さない訳にはいかないんだろう。世代最強が所属しているのは世間的にもわかっていることだからな」
「何よ、世代最強って……」
「話してなかったのか?」
志麻が見せたスマホの中、ロックではなくクラシックやジャズの分野、様々な楽器での入賞記録を持つと取り上げられた湊の姿があった。
「強豪校に有名なプレイヤーがいるのに出ない、何てことになれば世間的には何かを勘繰られる。それを恐れての事だろうさ」
なぜ自分だけが知らなかったのか、なぜ言ってくれなかったのか、いろんな思いを抱えたヨヨコは、それでも湊が今どう思ってるのか、そっちの方が大事だった。そう思えるほど湊が大事で、過去に身勝手で傷つけたことを悔いていた。
「で、なんて答えたの?」
「……何も答えずに逃げて来ました」
「嫌なら嫌って言いなさいよ!というか私が言うわ」
「それはちょっとマジで勘弁して!」
スマホを取り出したヨヨコを湊が何とか邪魔するが、それで事態が好転することなどまずない、ヨヨコが出張って断った方がまだマシなレベルだ。
だが、そもそも揉めるような事をするのは良い案ではない。
だからそんな行動が湊には取れない。
学校なんて、学生にとっては世界の半分だ。殆どの時間を過ごし、その中に人間関係と社会がある。その場所で揉め事を起こす。そのハードルを簡単に超えられる人間がいたならば、きっとロックンローラーだと評されることになるだろう。
「いいじゃーん!嫌なら断ろうよー!それかムカつくならめちゃくちゃにしてやるとか!」
それを安易に提案するのが廣井きくり、湊にとっていつだって大事なところで道を示してくれるのは彼女なのだ。
「咲良ちゃん、我慢に慣れちゃってない?演奏もそうなんだけど、本心はもっと荒々しいのに隠してるというか、いい子ちゃんやろうとしてるよね」
射抜くような瞳と言葉が湊に襲いかかる。
「もっと我が儘で荒々しくてもいいんだよ?それを受け入れるのがロックなんだから」
一瞬、湊の口角が上がった、しかしすぐに降りる。
「でも、親に迷惑かけるかもしれな「戦いなさい」」
湊の言い訳を遮ってヨヨコが言った。彼の口角が上がったことも、本当は熱い闘争心を持ってることも、そしてそれを解放した方が良い演奏になることも、一番一緒に演奏した彼女にはわかっているから。
「戦え」
「何を?」
「人生を」
ここで戦わなければ、きっと湊の才能は枯れる。退屈な人生になる。
だからヨヨコは叫ぶ。今背中を押さないといけないと。
「居場所ならここにある!私がなる!家出するなら私のところに何泊してもいい!だから思いっきり戦え!人生を!」
初対面のあの日以降、初めて胸ぐらを掴まれた湊は、驚きでもなく、困惑でもなく、悲しみでもなく、笑っていた。
獲物を見つけた獣の如く獰猛に。
「わかった!思いっきりやってくる!」
そして湊は学校史上最悪の定期演奏会と、最高のソロライブを成すため、動き出した。
ヨヨコ先輩だから筋肉少女帯ネタやった、それだけで結構満足。
お礼です。
感想をくださったなまこな様、田中読者様
誤字報告をくださったはにワ様、夜波時雨様
皆様ありがとうございます!