イライザの部屋のインターホンを鳴らした志麻を迎えたのは、部屋の主ではなく湊だった。
湊から連絡があって来てる以上、それに驚くこともなく志麻は挨拶した。
「こんにちは、湊。ちゃんと知らせられて偉いぞ」
「こんにちは、志麻さん。荷物預かります」
「ああ、ありがとう」
先日、きくりにしたようにイライザにも料理を振る舞うつもりで買ってきた食材を湊に預けると、志麻はそのまま湊の頭を撫でて、奥へと向かった。
「志麻〜、私も風邪ひいちゃったヨ〜」
「食べ物と寒さに気をつけないからだぞ、まったくお前たちは」
「ごめんなさい〜」
酔い潰れて薄着のまま夜を明かしたきくりは勿論のこと、イライザも普段から食事には割と無頓着で、同人誌作成のために夜更かしもするので体調面で心配は尽きない。
当然、志麻は普段から二人に注意しているがこの有様だ。
制服の上着は割と重いからと脱いで薄着になっていた湊も志麻に怒られる前にそそくさと着替えだす。
志麻に怒られるのも当然なのでイライザはしゅん……と申し訳なさそうにする。その小動物のような姿が志麻の庇護欲を刺激する。
いつか言われた母親のよう、という言葉を思い出してしまうくらいには志麻自身、保護者が板についている自覚がある。
それもこれもバンドマンがロクでもない生活送りがちなせいだ。
「起きたことはしょうがないから、これから気をつけるんだぞ」
「は〜い……」
「それじゃ、うどん茹でるからいい子で待ってるんだぞ」
小さな子どもに言い聞かせるような口調になったが、イライザ相手だしな、と志麻が微笑みを浮かべる。
「うん……湊がいるから大丈夫……」
イライザはイライザで弱ってるから素直に聞き入れた。
手招きで湊を呼んで腕に捕まってる姿まで含めて、いっそ小さい子だったかもしれないと志麻が錯覚するほどだ。
「湊にうつったらダメだから、離してあげなさい」
とはいえ、体調管理が大事なアーティストとして、湊がイライザにつきっきりなのも良くない。志麻が忠告をすると、イライザは子犬のような目で、湊も子犬を拾ってきた子どものような目で、志麻を見つめてくる。
志麻からすると二人とも可愛らしい子たち、その二人にそんな顔をされると折れるしかない。
「わかったわかった……湊の分も作るからしっかり食べて予防すること、廣井の禁酒のために湊に体調を崩されたら困るんだ」
「はい!」
「へへー、湊がいるとあったかいヨ〜」
イライザが湊をベッドの中に引き摺り込んで、港の胸に頭をグリグリして甘え出す。どっちが歳上かわからない姿だが、イライザにとって母国語で問題なく意思疎通できる湊が特別なのは当然なので仕方ない。
どちらかと言うと問題はきくりの方だ。酒が抜けて弱気になったきくりを肯定してくれる存在、頼ったり甘えたりしてくる湊やヨヨコがいないと面倒な性格を周りに振り撒いてくる。
ヨヨコが未確認ライオットに向けて打ち込んでる今、湊を生贄に捧げなければきくりの面倒なところを志麻が引き受けることになる。
それは勘弁願いたいので、湊のための食事も考えて志麻は追加で買い出しに出かけた。
湊は男の子の大多数に漏れず、肉が大好きだ。理由はかぶりつけるから。味的な話で言えば魚の方が好きだが、骨を気にして食べるのが嫌というわかりやすさが、志麻は何気に好きだった。
一時期、反抗期で家を出た湊の面倒を見てあげていた時の事を思い出しながら志麻は食材を買い足す。
湊のために料理をするのは久しぶりだと思うと笑みが浮かんでくる。栄養のためにと買いすぎた食材の重さもドラマーの筋力を舐めるなと持ち上げ、部屋へ帰ると、アホがいた。しかも二人。
ベッドに入ったままギターを弾くアホと、止めずに一緒に弾いてるアホ。
「いい子で待ってろって言ったろ!」
ギターを奪いイライザを無理やり寝かせ、湊にチョップをかます。30分も経たないうちに言いつけを破った二人に当然の如く雷が落ちる。
「志麻が優しいからインスピレーションが湧いちゃっテ……」
「せっかくだから帰るまでに曲にしようってなって……」
「早く体調を良くしてくれる方が何倍も嬉しいわ!」
しゅんとする二人に頭を抱える。
このバカ二人はいつもこんな感じだ。幼少期から楽器に触れて、即興で音楽を作るジャズに身を置いていたからかインスピレーションが湧くとすぐに曲を作り出す。
そして、きくりと違って殺意を向けられるタイプのやらかしではない。しかし、志麻は確実にむしゃくしゃする。
結果、ぶつける先が要る。
「湊、ちょっとこっちに来なさい」
小動物のように縮こまった湊を呼び寄せ、その頭に両手を乗せる。
「悪い子にはこうだ!ワシャワシャー!」
「わー!」
大型犬にするように撫で回す。
髪の毛にこだわる女子にはやり辛いことも、男で背の低い頃からの慣習として行える湊相手なら罪悪感無くいくらでも無茶苦茶に撫で回せる。
ハグをするとストレスが減るという言説に基づき、どさくさ紛れに抱きしめたりもしながらしばらく湊を欲望のままに撫で回し一息つくと、袖で額を拭う。
「よし、作るか」
「……ありがとうございます……」
好き放題されて少しぐったりとした湊が単純に休むためにベッドへ向かって、それを慰めるイライザと共に大人しくなるのを見届けて志麻は作業に移る。
自分とイライザと湊の分、ざっくり計算して7人前の量を作るのにこの部屋のキッチンも器具も小さいので、効率的に作業を進めなければならない。ちなみに5人前が湊だ。
繰り返しになるが、湊にはきくりの相手をしてもらうため、万が一にも体調を崩されては困る。
あくまで体力をつけるため、と言い訳をしながら作る料理には、イライザの看病のためと言う割に、かつて湊が美味しいと言ってくれたものが並べられていく。
料理が出来上がると志麻は二人の様子を見に扉を開けた。
静かになったと思ったらだいたい寝ているのがこの二人……というか志麻の周りの人間はだいたいそうだ。
案の定仲良く寝ている二人を思わず写真に収める。
SICK HACKの転機になってくれたイライザ、いつの間にか自分たちの知名度に貢献した上、癒しになっていた湊。二人のことが大事だと、歳上として支えたいと思う。
特に湊は、今の在り方が間違えている。
しかし、それすら気づいていないのか、もしくは目を逸らしている。
勝負が好き、勝ちたいという思いは嘘じゃない、湊が確かに持っているもの。普段の行動からもよくわかる。
だが、もう一つ、普段の行動からわかる愛情が発揮しきれていない。それは表現という意味ではなく、彼の基本がソロであり続けてることから読み取れる。
誰よりも多人数での演奏で力を発揮するのにも関わらず正式にはどこにも所属していないのだ。
改善のため、きくりとイライザと話し合った結論は、人との関わりや苦難の中で自身の輪郭をはっきりさせること。
具体的な行動が何かの答えは存在しない。だから自分は適度に愛を注ぐだけだ。と志麻は寝ている二人の鼻を摘んだ。
「できたからあったかいうちに食べるぞ、食べてからしっかり寝なさい」
「「は〜い」」
本当の姉弟のように声を揃えた二人が起き上がり、食卓を見て顔を輝かせるのを見て、保護者も悪くない、なんて感想が志麻の胸に浮かんだ。
しかし、きくりの保護者は変わらず嫌なままなので、湊の働きに大いに期待を寄せている。
お礼です!
⭐︎9をくださったくーらー様、Jthf様
⭐︎5をくださった桐藤様
感想をくださったなまこな様
皆様ありがとうございます!
皆様に幸あれ、具体的には友達にもらった味噌がめちゃくちゃ美味いくらいの幸あれ!