未確認ライオットのライブ審査という大事な日であっても、いや、大事な日であるからこそ、大槻ヨヨコは万全のコンディションを作っている。
以前は緊張して寝れなかった本番前も、海外のコンクールで時差があっても万全の状態を整える湊と知り合ってから、しっかりと自己流のやり方で眠りにつくようになっている。
そして眠りの中、ヨヨコは幸せな夢を見る。それは中学生の頃、自分の事を先輩と呼び慕ってくれた湊を好きなだけ可愛がる夢。
何も我慢する必要などなく、抱きしめ、撫で、とにかく可愛がる。やがて成長し大きくなっていく湊、それでも自分の言うことを素直に聞いて甘えてくる湊を可愛がり、そして逞しさにも惹かれ……キスをした時、鼻に抜けるアルコールの臭い。
さっきまで湊とイチャついていたはずなのに、夢の中でヨヨコはきくりとキスをしていた。
なんでだと混乱するうちにアラームで目が覚めた。
アラームで湊を好き放題する夢から覚めたヨヨコは、いつものルーティーンで10分、抱き枕を力強く抱きしめる。
キスの経験が酒に酔ったきくりとしか無いせいで、夢の中で湊とキスをしても毎回アルコールの味と臭いと共にきくりに置き換わるのが悩みだなんて誰にも言えず、そのイライラを振り払うように抱き枕を締め付ける。
咲良湊抱き枕カバー(非公式ファングッズ)が締め付けられる姿を本人が見たら、いつも自分がヨヨコに窒息させられる原因を理解するであろうその状態をしっかりと楽しんで、最後に照れながらも抱き枕の湊にキスをして、現実に向き合う勇気をつけ、ヨヨコは立ち上がる。
緊張はする。恐怖もある。しかし、止まれはしない。
何よりもここで止まってしまうことが怖い。
結果を出さず、湊を一人にしてしまいたくない。
示さなくてはならない、同世代に凄いミュージシャンがいるのだと。
世代最強は孤高ではないと、その立場を狙う人間がいるのだと。
そうして意思を燃やして立ち上がった時、万全な大槻ヨヨコでいられるのだ。
そして、本番前に立て直すまでは徐々に不安になっていくのもセットだ。
各々に朝がある、後藤ひとりはライブ審査に緊張してトイレから出れず、妹に連れられ、山田リョウは寝坊し廣井きくりは酒を飲む。
そんな朝、咲良湊もまた戦っていた。
「ぐぅっ……はぁ……はぁ……はぅっ!」
下痢。
激辛チャレンジメニューに挑戦する動画のため痛めつけられた胃腸は悲鳴を上げ、彼がトイレから離れることを許さない。
熱く焼けるような感覚のする肛門の感覚に絶望しながらも、その目は光を失わない。
必ずSICK HACK、SIDEROS、ケモノリア、結束バンドの揃うライブを観に行くんだ、と諦めない。
しかし、その心を打ち砕かんとする便意は、やはり立ち上がることすら許さない。
何故こんなことになったのかと、彼は昨日の事を思い出す。
湊も、湊をサポートする1号、2号もこんな事が起こらないように立ち回る。
しかし、コラボとなれば話が変わってくる。
OP、EDを依頼してくれたり、普段からオーチューバーとして関わりのあった数人での大食い企画、出てくる品は店任せ。
終盤に出てきた激辛メニュー、腹に余裕のあるメンバーの中で辛いものが食べられる人間が湊に限られていた事もあり、自ら名乗り出た。
結果、訪れる腹痛。必然、故にロックンローラーが打ち破るべき敵。
幸いリハの時間もあり、湊がFOLTに行くのには時間の余裕がある。
最悪の場合の手段も考えながら、湊は腹痛と向き合った。
「ヨヨコ先輩、そんなソワソワしないでほしいっす」
「そうだよー、湊くんも予定あるのかもしれないし」
「無いわ、私と廣井姐さんが演奏するのに湊が会場についた連絡をしてこないなんて、何かあったに違いないのよ」
「そんなに心配なら自分から連絡すればいいんです〜」
「嫌よ、自分以外のものに調子を左右される人間だなんて思われたくないから」
SIDEROSメンバーがヨヨコに対してめんどくさいなと思っている頃、結束バンドが先日見かけた街中での湊の姿について話しながら入ってくる。
一瞬、湊もいるのかもと顔を輝かせたヨヨコは、その姿が無いのを確認してすぐに表情を戻す。
「え、なんかヨヨコお姉ちゃん一瞬すごい笑顔だったんだけど、どうしたの?」
「お姉ちゃん言うな!」
「ごめん、|美爛〈びらん〉ミュージックの視聴者そっちの方が慣れてて……」
湊のチャンネルリスナー的にお馴染みのお姉ちゃん呼びに、虹夏にそう呼ばれるいわれは無いとヨヨコが怒るが、それもどこか気迫がない。誰がどう見ても他人に調子を左右されているその姿が見ていられなくて、あくびが手を貸すことにした。
「湊さんが珍しく挨拶に来ないんで心配してるんす」
「あー、湊くんてライブ前の差し入れとかしてくれるタイプだもんね、連絡取れないなら心配かもね〜」
「でも湊くんが体調崩してるところ、想像できないですし……気になりますね……」
なんとなく皆が心配する空気になったところで、何人かから連絡を飛ばすが返事がない。
トイレにスマホを持って行かなかった湊は、着信があっても腹痛で取りにいけないからだ。
なんとか母親に取ってきてもらってスマホを手にすると、皆からの「大丈夫?」という通知や着信。
返事を打とうとした時、また電話がかかってきた。
湊に電話をしても繋がらない、それはヨヨコの心配を加速させた。
万が一、動画の撮影をしている可能性にかけて1号2号に電話をするが、彼女達も結束バンドの応援に来るので今日の撮影は無いと言う。
そこまで聞くとヨヨコは我慢できなかった。
自身のスマホを取り出して電話をかける。
湊が体調を崩すはずがない、なら今電話に出ないのは忙しいから。事故や事件に巻き込まれてるなんて事はない。
他の誰でもなく自分からの電話なら、仮に忙しくて他の人からの電話に出なくても出るはずだ、と。
そしてその考えを裏付けるように、湊は電話に出た。
「先輩……心配、してくれたんですか?」
うめき声が混じった、苦しそうな声。ヨヨコは確信する、湊は大変な状況に陥ってるのだと。
「あんた今どこにいるの!?大丈夫なの!?すぐ行くから!」
「大丈夫ですから……自分の事に集中してください……一番になるとこ、見に行きますから……」
「私の事よりあんたの方が大事でしょ!言いなさいよ!どこにいるの!?」
ヨヨコが真剣に心配すればするほど、湊は恥ずかしくて腹を壊してるだなんて言えなくなる。トイレに助けに来られても恥ずかしさが増すだけだ。
そして再び襲ってくる腹痛の波に耐えながら、湊は会話を締めにかかる。
「ヨヨコ先輩……絶対見に行く、大丈夫」
通話を切られたスマホを眺めるヨヨコの目にはうっすらと涙が滲む。
何か大変な事が起きてるには違いない、しかし自分はそれに関わることも許されなかったのだ。
「ど、どうしたんすか?ヨヨコ先輩」
「湊、苦しそうだったわ……なのに、何も教えてくれなかった……私、湊の先輩なのに……」
「ちょっとした体調不良とかじゃないんすか?」
「あんな苦しそうな声、何か怪我してるはずよ……なのに湊、自分のことはいいからって……」
シリアスな雰囲気に耐えかねて虹夏が「あの〜」と言いながら手を挙げた。
「湊くんのスタッフ曰く、激辛メニュー大食いしてお腹壊してるだけだろうからほっといていいよ、とのことです」
「あー、それは確かに苦しい声出るっすね」
「あんまり言われると恥ずかしいから自分の事に集中しててほしいねー」
「というか、スタッフさんの話を最後まで聞いてから電話したらよかったんです〜」
シリアスな空気を出していたヨヨコの顔が急速に赤くなっていく。
SIDEROSメンバーが言う通り、自分が焦って行動した上に湊に恥をかかせて勘違いしただけなのだ。
先ほどとは別の意味で涙が出てくる。
隠れてしまいたいが隠れる場所もない。
「というか、幽々ちゃんはよく耐えたっすね」
「連絡来てましたから〜、彼女舐めないでください〜」
「言いなさいよ!」
ヨヨコの抗議は、適当に流されて虚しく消えた。
お礼です!!
⭐︎9をくださった
プロヴィデンス吉村様、uni_xj様、MiRiC4様
感想をくださったなまこな様、田中読者様
皆様ありがとうございます!
年末で仕事や飲み会で忙しいでしょうが、皆様に幸あれ!
具体的には美味い海鮮食えるくらいの幸あれ!