悔しい。
年始が汚めな話で始まるの、なんで?
それは、湊にとって覚悟のいる選択だった。
腹を壊してるのなら、出し切ればいいじゃない。
時間が押していた彼はそれを選んだ。代償は今日は腹に力を入れると確実に出血すること。
しかし今日は観客の一人として参加するのだから問題ないと、彼はFOLTへと向かった。
湊が家を出てしばらく後、FOLTではライブ審査が始まり、そのオープニングアクトをSICK HACKが務めていた。
「うぇ……二日酔いなんでエチケット袋持ちながら歌わせてもらいます。吐いたらごめん……」
地獄のような宣言をしたきくりに会場が盛り上がりとドン引き、真っ二つに別れるも、その演奏に、その歌に、すぐに誰もが呑まれていく。
圧倒的カリスマ、廣井きくり。彼女の作り出したサイケの空間を若い力が打ち破っていく。
ケモノリアが奏でるエレクトリックロックはノリやすく親しみやすい空気で確かに会場をモノにした。
実力のあるグループは確実に自分たちの音楽で会場を自分たちの空間にしていく。
それは当然、SIDEROSにも当てはまる。むしろ、会場の誰よりも相応しい。
爽やかな空気?優しい空気?そんなものぶっ壊せと凶悪な音を会場に叩きつける。他の演奏なんて知った事ではないと、誰よりも自分がいい演奏をするのだと。
いつかの文化祭で湊と行ったように、比べる事すら烏滸がましいと思わせるほどの圧倒的な力を見せつけてやるのだ、と。
大槻ヨヨコの演奏と声に込められた熱はひたすらに熱い、しかし、伊達にヨヨコと湊の地獄練習に付き合ってきたSIDEROSではない、それに張り合うだけの実力を彼女達もつけていた。
全員が高レベルでぶつかり合う演奏は、メタルの激しい音に乗り、感情に訴えかけ、目論み通り会場を圧倒した。
「いっ、今の10代って凄いんだな……しょっぱなからこの盛り上がりで……やれるのかひとり!?」
「お父さん、安心してください!」
そして圧倒された中の一人、後藤直樹は娘のひとりがこの空気に挑んでいけるのか心配になる。
そんな彼に、お揃いのシャツに横断幕を掲げた一団が声をかけた。
「きっ、君たちは!?」
「喜多と後藤のクラスメイトで結束バンド応援実行委員会代表の佐々木でーす。結束バンドが優勝できなくても、応援賞はウチらが一位取りますから!」
「そんな賞ないけど!」
そんなクラスメイトからの激励を受けた結束バンド……もとい後藤ひとりは、父の心配した通りかなり緊張していた。人という字をひたすら食べ続けるほどに。
通りすがりの人間がケモノリアかSIDEROSで決まりと早々に決断を下す中、銀次郎が一人の人物を彼女らの元へ連れてくる。
「この方、今日取材で入ってる記者さんなんだけど〜!結束バンドちゃん達のことをね〜!とーってももごごごご」
それは、かつて『結束バンド』を侮ったぽいずん❤︎やみ。彼女が銀次郎の首を締め、言葉を遮った。
「何でも縛れて便利だって話してたんですよね!!」
「突然何を!?」
虹夏のツッコミも他所に早々に走り去る。
後に残された銀次郎から、走り去ったぽいずん❤︎やみが『ばんらぼ』というサイトで結束バンドの事を褒めていたと聞き、後藤ひとりは、ギターヒーローは、心を動かした。
「あっまだ時間あるから、ギリギリまで練習しませんか?」
それは奇しくも大槻ヨヨコに近い思考。
他の誰かがどうではなく、自分たちがどうであるかの追求。
陰で心配していたヨヨコも、それを見て微笑んだ。
「大丈夫そうっすね、結束バンドのみなさん」
「当然よ、姐さんが認めたバンドがこんな所で怖気付くなんて、許されないんだから」
「珍しく元気づけようとしてましたもんね〜」
「うっさい、だいたいこういうのは湊の仕事でしょ、なんでまだ来てないのよ」
いつもなら自分の演奏を褒めに来るはずの湊がまだ来ていない。それにヨヨコは苛立ちと、不安を覚えていた。
時は遡り、湊は確かにライブに間に合う時間に新宿駅へと到着していた。
雑踏と話し声に大音量で流れる宣伝、音に景色を見る湊にとって意識を強く現実へ向けないとぐちゃぐちゃの世界に放り出されるような混沌の中、無視をするにはあまりにも悪意を振りまく呟きがあった。
「クソックソックソクソクソクソクソッ!」
ありふれた言葉、特別なのは込められた悪意の強さだけ。気付かなければスルーできた。賢ければ避けられた。しかし、湊はどちらにも当てはまらなかった。
「ヘンテコな乗り物乗って、目立つ髪にして私美人だから人生上手くいってますみたいな顔しやがって、決めた、あの女だ」
男は懐から包丁を取り出した。左右で髪色を分け、セグウェイを走らせる目立つ女性へと走り出す。
スマホを見ていた通行人や、友人と話していた通行人が気づき、叫び出す中、包丁は他を意に介さず女性へと進んでいく。
そして、背後から彼女を突き刺そうとしたそれは……腹筋に阻まれた。
騒然とする周囲の中、湊は男を殴りつけ、一撃で意識を奪った後、自身の体の痛みと、足を伝っていく血に気がついた。
慌てて救急車を呼び、彼を心配する人々の喧騒で視界を失っていく中、湊は足下の血を見て絶望した。
ナイフを止めるために力を入れた腹筋が引き起こした痔。それを人前で晒したこと。
腹の傷は大した事はないと言っているのに救急車に連れて行かれた事、それらは、彼の心を傷つけるのに十分すぎる力を持っていた。
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⭐︎9をくださったオッテン様、Celesteria様、ルーチン短足様
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