「こんにちは!下北沢から来ました。エゴサが全く機能しません、結束バンドです!よろしくお願いします!」
MCにも慣れてきた喜多が明るく自己紹介をすると、次に見慣れないことが行われる。
「じゃあ一曲目!……の前にリードギターの後藤から一言あるそうなので」
そう言って後藤ひとりへとマイクが渡される。
普段通りどもりながら、しかし大勢の前であっても普段通り程度にしかどもらず、そして、強い意志を込められた言葉で彼女は語り、締めくくる。
「けっ結束バンドの結束力、観てください!」
次の瞬間、彼女が掻き鳴らすギターが会場の空気を変えた。
「これ……高校生かよ……」「こんなバンドいたっけ!?」「一曲目から飛ばすじゃん」
また一つギターヒーロー本来の実力に近づいた後藤ひとりの演奏、そして、他のメンバーも、もはや置いていかれるだけの存在ではなくなった。
確かな結束で、生み出したグルーヴで、会場を沸かせてみせた。
ライブ審査の結果発表までの全行程が終わった後、ライバル達と互いの健闘を讃え合い、SIDEROSと結束バンドはきくりに呼び止められていた。
「この後の打ち上げの話ですか!?」
負けてなお、自分たちは全力を出し切ったと、そして、ライブ審査があまりに高レベルだったが故に、自分たちを含めた上位三組がフェスステージ進出を決めたことで、いつも以上に喜多は輝いている。
「ごめんね、打ち上げも必ずやるから……ただ、この後大事な予定が無いなら皆ついてきて」
やけに重苦しい雰囲気のきくりに、お祝いに呼び止められただけでは無いと一同が悟る。中でも、ヨヨコはその意図に気づくのが早かった。
「フェス進出が二組から三組に繰り上がった……湊に何かあったんですか?」
ヨヨコの言葉にきくりは頷く。
本日のオープニングアクトがSICK HACKであったように、本戦は湊の担当であると、何となく全員が察していた。
そして、本来ならそれが今日、公に知らされるはずだった。
しかし、そうはならなかった。
「銀ちゃんと志麻がタクシーの手配してくれてるから病院へ急ぐよ、事情は……調べたらすぐ出るから……」
各々がスマホで湊の名前でニュースを検索すると、すぐに同じ記事へ行きつく。
『通り魔から勇敢にも女性を守り、腹部を刺された少年はミュージシャンでオーチューバーの咲良湊と見られ、現在は病院へ搬送されています。また、狙われた女性も……』
普段湊を見ない層の人間にも知れ渡っているのか違うサイトやSNSでは事件現場の動画も上げられており、彼を褒め称える声に溢れている。
しかし、そんな湊を知る人間からすれば、そんな名声はいらないから、ただただ彼に無事でいてほしいのだ。
確認のため、恐る恐る動画を確認する。
叫び声があがり混乱する人々の中、背後から女性を突き刺そうと走る男。勢いそのままに刃が女性を傷つける瞬間、別の男が割り込んだ。
この場にいる面々が見間違うはずもない、湊だ。
そして、あの勢いで体重の乗った包丁で刺されて人間が無事なはずがない。
数瞬後、湊が犯人の男を殴り飛ばしたが、じわじわと足元に広がっていく血溜まりが、傷の深さを物語っていた。
それを見て血の苦手な者や、湊に特に強い思いを持つヨヨコと幽々は倒れそうになるのを、周りが支えるが、辛いのは誰もが同じ。一同は病院へと急いだ。
ライブが見たかった……今日に向けて皆が仕上げてきたライブ……SICK HACK、SIDEROS、ケモノリア、結束バンド、関わりの深いバンドが一度に演奏する最高の舞台。
見れなかった事が辛い。
勢いよく突っ込んでくる刃物を止めるため腹筋にかなり力を入れたせいで、辛いもので弱ったケツの方が耐えられないとはなんとも情けない話だ。
今頃バカにされてると思うとSNSを見る事さえできない。
一先ず大きな怪我はないという事で、他の診察が落ち着くまで待ち、今後どうするかは先生と話し合うという事になっていた。
その間安静にし、かつネットに触れないとなるとなかなか暇……なはずだが、そうはならなかった。
隣で感謝の気持ちを表してか、話しかけてくれるギャル……クリムトの夜のワラビさんの話が止まらないから。
本当に刺された傷の方は大した事ないので平気と伝えているのに、心配させないようにするの超紳士じゃん!と俺の事を肯定してるのか話を無視してるのかわからない反応で押し切られ、もの凄く好意を向けられている。
後であの血溜まりが痔だとバレると、どんな手のひら返しが来るのか怖い、なんて考えていると受け答えが適当になって少し申し訳ない。
そんな時間がしばらく続くと診察が落ち着いたのか、先生が来て、ワラビさんは退室させられた。
アイスブレイクか、最初に先生の娘さんがファンで俺の活動を知っていることなんかを話してくれ、おそらく先生の狙い通り、俺は少し緊張が解けて話を聞けるようになった。
「さて……お腹は……痛むかね?」
「はい、大した傷じゃ無いですから」
「いや……言いにくいんだが……」
先生の反応で察した。刺された方ではなく壊してる方だ。
「まだちょっと食べ物も飲み物も入れれないですけど、大丈夫ですよ」
「君は強いね。相当な力がかかったんだろう、内臓の傷は目に見えないけど、大変なことになっているよ」
くしゃみで肋骨が折れる事があるように、俺の腹筋によって押し出された屁、そして力みによってダメージを受けたケツは考えていた以上に深刻な事態のようだ。
「俺、今度フェスで演奏するんですけど、間に合いますか?」
「時期や君自身の回復力にもよるけれど、医者として大声で歌ったり、吹くタイプの楽器、激しいパフォーマンスがあれば厳しいと言わざるをえないね」
……それは、あまりにも悔しい。
廣井姐さんが初代優勝者になったイベント、バンド活動をしていない俺がゲストとして呼ばれるまでに至ったのは誇らしく、そのステージに立つ事が、そしてヨヨコ先輩や皆と同じフェスに出れるのが楽しみだったから。
自然と、涙が溢れてきた。
「演奏できないなんて……俺、周りの人や、声をかけてくれた人たちになんて言えば……こんな情けない理由で……」
激辛料理を食べて腹を壊した挙句、腹に力を込めたら腹筋が強すぎてケツが耐えられなかったなんて、誰が納得してくれるんだ。
完全に自己管理を怠ったバカだ。
「最大限、私も力を貸そう。そして、君の傷が情けないだなんて、誰にも私が言わせない」
「先生……」
悲しみではなく感激の涙を流した湊を医師が抱きしめる。
結果的に湊は驚異的な回復力で一週間後にはほぼ全快する上に、女性を守った際に負った傷(タイミングは同じであるため嘘ではない)という医師からの発表もあり、正式に英雄視され、彼を早期に復帰させた医師も神の手と讃えられることになるのだが、それは少し先の話。
病室の外は、地獄だった。
時間は少し遡る。
医者が湊の病室へ入り、ワラビが出てくるのと同じタイミング、角を曲がってきた一団が彼女の姿を捉えた。
「あっ!」
真っ先に気づいたのは喜多。
モデルもしているワラビの顔とスタイル、そして特徴的な髪が動画と重なり、彼女が襲われた被害者であると頭の中で理解に至る。
普段なら騒ぎ出すところだが、さすがにそんな状況ではない。
代表者として銀次郎が挨拶をし、ワラビもちょうど今病室に医師が入り、本人と話すからと追い出された旨を説明した。
一旦、湊が会話をできる状態であることに安堵する。しかし、病室に入るわけにもいかず、沈黙が降りた。そして、中での会話が外へと漏れてくるのを、聞いてはいけないとわかっていて、その場から誰もが動けずにいた。
湊の緊張をほぐすためか、彼の活動について話し、歳の近い娘がいるから親身になりたいという医師の言葉は、外の雰囲気も少し和らげた。
「さて……お腹は……痛むかね?」
本題に入ったところで、改めて緊張感が少し戻ってくる。
「いえ、大した傷じゃ無いですから」
「いや……言いにくいんだが……」
「まだちょっと食べ物も飲み物も入れれないですけど、大丈夫ですよ」
「君は強いね。相当な力がかかったんだろう、内臓の傷は目に見えないけど、大変なことになっているよ」
「俺、今度フェスで演奏するんですけど、間に合いますか?」
「時期や君自身の回復力にもよるけれど、医者として大声で歌ったり、吹くタイプの楽器、激しいパフォーマンスがあれば厳しいと言わざるをえないね」
「演奏できないなんて……俺、周りの人や、声をかけてくれた人たちになんて言えば……こんな情けない理由で……」
「最大限、私も力を貸そう。そして、君の傷が情けないだなんて、誰にも私が言わせない」
「先生……」
湊の泣き声を聞いて胸が締め付けられて動けなくなる面々の中、やはり頼りになるのは銀次郎だった。
「少し時間を空けましょう、泣いてたのを知られるなんて湊ちゃんも嫌だろうから」
青褪めた顔で動けなくなっているワラビも、きくりに連れられて行動を共にしながら。
お礼です!
感想をくださった夢無き庭園の管理人様、なまこな様、水無月ミオ様、ヤタガラス000様、田中読者様、alcs様
皆様ありがとうございます!
本当に、主人公の痔回に感想ありがとうございます!!
皆様に幸あれ!
具体的には急に休みが増えて1日寝れるくらいの!