十二支史 召喚獣が獣耳少女で困る   作:佐藤 白

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誰だお前と言えたなら

 ナルカミとサイバネは混乱した。

 先程、エトが変身する様子を目の前で見たというのに彼女をエトと認識できなかった。所作も言葉遣いもまるで別人。それが演技だとして、エトにここまで完璧な演技が出来るものだろうかと二人は疑問に思う。

 短い間とはいえエトが隠し事をするのが下手なことを二人は知っている。だからこそ混乱した。誰かと入れ替わったのかと思ってしまうほどに。

 

「言いたいことは分かります。ですが、後にしましょう。今はまだ他に優先すべき事があるはずです」

「「(本当に誰だ?)」」

 

 戸惑う二人を置き去りにしたエトは凍り付いた人型キメラに歩み寄る。

 サイバネによる拘束は既に解かれているが、動き出す気配はおろか生命の鼓動さえ感じ取れない。かといって朽ちる様子もなく、まるで時の流れから隔離された彫像のよう。

 

『天魔降臨・表』

 

 エトの姿が切り替わる。銀色の髪が太陽のように輝く金色に、黒紅の着物は紅白で彩られ、月輪は日輪を模した光輪へと移り変わる。

 人々は趣の異なる二人の天女がくるりと入れ替わる姿を幻視した。当人は全く動いていないというのに。

 ふと、雲の切れ間から一条の陽光が差し込んだ。それはさながらスポットライトのように舞台上の彼女を照らし出す。

 そして、その白くたおやかな手つきと指先で哀れな彫像に触れた。

 

『浄火』

 

 光を束ねた眩い火柱が天へと伸びる。空を覆う雲は払われ澄んだ青空が広がり、顔を出した太陽が微笑むように暖かな陽光が降り注ぐ。

 その光景はまるで宗教画に描かれる奇跡のようで、目を焼くような神々しさに誰もが言葉を失くしてしまう。

 そうして、光が収まればその火元に彫像の姿はなく、代わりに何人もの男女が仰向けで寝かされていた。

 

「なんだそいつら? レジスタンスの奴らか?」

「いいえ、違います」

 

 エンセイの言葉をエトが否定する。

 

「彼らは行方不明になっていた被害者。どうか丁重に扱って下さい。くれぐれもこれ以上傷付けることのないように」

「は、はい」

 

 エンセイは思わず姿勢を正してしまった。それは側にいたハヤテとムラサメも同様である。

 そんな三人の元へエトは歩み寄った。

 

「この場は御三方にお任せします。ナルカミとサイバネの二人も好きに使ってくれて構いません」

「「えっ?」」

「「「かしこまりました」」」

「それともう一つ」

 

 エトは陽光のように暖かく柔らかい笑みと声色で告げる。

 

「素晴らしい演武でした。最後まで見ることが叶わず残念でなりません」

「「「も、勿体なきお言葉」」」

 

 気づけば三人はエトの前に跪いて頭を垂れていた。その様子を横から見ていたナルカミとサイバネは名状しがたい表情を浮かべている。

 

「では、ナルカミとサイバネはまた後で会いましょう」

 

 そう言ってエトは忽然と姿を消した。まるで夢幻だったかのように。

 

「に、兄さん?」

 

 ナルカミは跪いたままのハヤテに恐る恐る声をかけた。

 

「……美しい」

「えっ」

 

 急に立ち上がったハヤテは驚くべき速さでナルカミに詰め寄った。

 

「ちょ、何さ!?」

「ナルカミ、あの御方は一体何者なんだ?」

「……さあね」

 

 心からの言葉だった。

 

 

 

 

 御簾で仕切られた一角の中のさらに奥にある一室で一組の人影が対峙していた。

 片や刀一本のみ構えた無骨な鎧武者、その後ろには結界の中でフジに庇われた華美な着物を纏う幼い少女の姿も見える。

 片や三つ首のキマイラのような召喚獣を用いる黒衣の男。その周囲には複数人の亡骸が無造作に転がされている。

 そして、キマイラに組み付かれて尚態勢を崩さぬ鎧武者の居合がキマイラごと黒衣の男を両断した。

 

「ムラクモ! 表も片が付いたぞ! なんか凄かったのじゃ!」

 

 少女が興奮した様子で喜びの声を上げる。

 

「それは良き知らせですな。聞いたか? 貴様らの野望もここまでよ」

 

 ムラクモの言葉に黒衣の男の男は血を吐きながら不気味な笑い声を漏らす。

 

「競技場、にはいくつもの爆弾、を仕掛けてある。その引き金の一つ、は俺の死だ」

「何じゃと!?」

「その程度では結界に守られた国主様には傷一つ付けられん。死ぬのは無辜の民ばかりぞ」

「知ったこと、か。我らを追いやった者共、に従う衆愚など、死ねばいい」

「どこまでも腐り果てた奴よ」

 

 鎧武者は唾を吐いた。心停止がトリガーでなければ男の首を落としていただろう。

 

「なんとでも、言え。後の事は、後詰めの奴ら、に」

 

 いよいよ男がこと切れるという時、競技場に仕掛けられていたはずの大量の爆弾と共に月輪を背負ったエトが現れた。

 

「でしたら、これらはその後詰めの方々に返して差し上げましょう」

 

 大量の爆弾が数珠つなぎとなって二匹の蛇のように蠢き、黒衣の男の上半身と下半身に巻き付いた。

 

「!?」

「では、ごきげんよう」

 

 そして、爆弾付きの男の半身は二つの空間の裂け目へとそれぞれ放り込まれる。その先は後詰めとして南北に分かれて待機していたレジスタンス達の隠れ家であった。

 裂け目が閉じられ、競技場の外から二度の爆発音が響いてくる。

 なんとも言えない空気の中、冷静に部下を呼び出したムラクモは爆発が起きた場所の調査を命じた。

 そして、刀に手をかけたままエトの方へと向き直る。

 

「待つのじゃ! そ奴は表の騒動も解決してくれた御仁じゃぞ! 兄上とも顔見知りのようじゃった!」

「ですが、素性の分からぬ輩をテンコ様に近づけるわけにはいきませぬ」

「ご心配なく。私の素性はそちらのフジ先生が存じているはずです」

「あの、恥ずかしながら全く覚えがないのですが」

「おや?」

 

 誤魔化すように不敵な笑みを浮かべてしまう口元を扇子で隠すエト。フジへの警戒まで強めるムラクモ。殺気に冷や汗をかくフジ。あわあわと慌てるテンコ。

 場は混沌としていた。

 

「仕方ありませんね。ここは退散するとしましょう」

 

 言うが早いかエトの姿が消え失せる。

 空間に関する能力をもつフジと百戦錬磨のムラクモでさえ転移の起こりも予兆もまるで感じ取れない異常事態。フジは驚嘆し、ムラクモは警戒度をさらに上げた。

 

「テンコ様、追えますか?」

「むむむ、少し待つのじゃ」

 

 テンコは目を閉じながら唸る。しばらくして強く目を見開いた。

 

「おったぞ! ここは、兄上に用意した部屋じゃな。む? なんと! こちらと目が合って手を振っておるぞ! もしや妾や姉上と同じ力を持っておるのか!?」

「フジ、何か隠し立てしているわけではあるまいな?」

「いえいえ、全く見当もつきません。あっ、でも、もしかするとエト君の関係者だったり?」

 

 エト。その名にテンコは聞き覚えがあった。

 サイバネの話では稀有な治癒能力と解呪能力を併せ持つと。であればその師か姉を手配したのだろうかと彼女は考える。加えて実際に表で暴れていた異形を元に戻してみせた。もしかすると本当に姉を救うことができるかもしれない。

 

「ムラクモ! すぐに会いに行くぞ! フジ! 案内するのじゃ!」

「駄目です!」

「何故じゃ!?」

「今はまだ表も裏も騒ぎが収まっておらず、慌ただしくしております故。そのような状況でテンコ様が動くとなれば事態の収拾が遅れてしまいます。上に立つものとしてそれは如何なものかと」

「ぐぬぬ」とテンコは呻く。

「ならばフジが連れてくるのじゃ!」

「申し訳ありません。安全が確保されたと確認できるまで結界を解くわけには」

「ぐぬぬ」と再びテンコは呻いた。

「つまらんのじゃ」

 

 パタリと仰向けに倒れたテンコは白い狐の召喚獣を枕にしてふて寝を始めた。

 その様子を遠目に見たエトは笑い、それを見返すテンコは頬を膨らませる。ただ、姉ともよくしていたそのやり取りが無性に懐かしくなり、テンコの目には涙が浮かんできた。

 

「これもまた仕方がないですね」

 

 結界の中にいるテンコのすぐそばにエトが現れる。フジとムラクモが驚愕を露わにして動き出そうとするも、金縛りにあったかのように体が動かない。

 

「貴方の願いを教えて下さいな」

 

 まるで天使のような微笑みと共にエトは問いかける。

 

「姉上を助けてほしいのじゃ!」

「成程。でしたら力を貸しましょう」

 

 得心がいったとばかりに頷いたエトは優しくテンコの手を取った。

 

「では、しばし彼女と散歩に行って参ります」

 

 ムラクモの射殺すような視線と困惑を隠せないフジの視線を涼しげに受け流し、エトとテンコは姿を消した。

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