十二支史 召喚獣が獣耳少女で困る   作:佐藤 白

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町が村であった頃より昔の話

「話は分かった」

 

 ナルカミとサイバネからエトの欠席を伝えられたヒノヤビは不機嫌そうに腕を組んだ。

 

「それで、何故エトは自分で言いに来ない」

「先生に怒られるのが嫌だったんじゃないですか?」

「直接言うのは怖いと言っていたな」

「軟弱者め。遅いか早いかの違いだろうに」

 

 変な所で臆病なのは相変わらずだとヒノヤビは溜息をついた。

 

「学内対抗戦の話を伝えたかったが仕方ない。最近、どうにもあちこちがきな臭いからな。一先ず無事に戻って来ることを祈るとしよう」

 

 先のレジスタンス壊滅に参加したヒノヤビであったが、捕らえたレジスタンス達の中に獣化の研究を担っていた者は皆無だったのだ。残党か、それとも外部協力者か。どちらにせよ、不穏の種は依然として蒔かれたままなのだ。

 

「エトなら大丈夫じゃないですか? 周辺の被害はともかく死ぬことはないでしょうし」

「民間への被害を度外視するのは如何なものだろうか?」

「おっと、そうだね。ごめんごめん」

 

 二人が雑談を始めそうになった所でヒノヤビは手を叩いた。

 

「席に着け! 授業を始める」

「「はい」」

「せっかくの機会だ。風龍大社に関係のある時代の話をしよう。無法な時代だ。風龍大社だけでなく多くの社で祀られる降魔命が護法の名を冠するようになったのは詰まる所、それだけ世が荒れていたということでもある」

 

 

 

 

 千年以上昔のこと。各地の勢力が統一されて葦原が建国される前の群雄割拠の乱世。戦乱と飢饉が合わさったその年は多くの難民が発生した。

 ある一団も戦火に巻き込まれ、村を捨てざるを得なかった難民の集団であった。老若男女含む村人達の道中は過酷としか言い様のないもの。

 賊による襲撃や生活環境の悪化に伴う病の流行もあり、村を出た時と比べて人数は半減。運良く生き残った者の疲労も空腹も限界に達していた。

 そんな時、川を辿っていく内に山の麓にかけて広がる田畑へと辿り着く。昨今の不作とは無縁とばかりに瑞々しい野菜や果物の数々が実る様はまるでおとぎ話に聞く桃源郷のよう。

 しかし、傾斜に沿って段々になった田畑は明らかに人の手で管理されたもの。ただ、自分たちを除いて辺りに人の姿は見当たらない。思えば、この辺りに来てから獣もまるでみかけていなかった。

 何かがおかしい。そう考える余裕すら彼らにはなかった。

 誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる。あるいは自分のものであったかもしれない。

 誰もが口を開けなかった。子供でさえその場の空気に呑まれて口を噤んでいる。

 此処が賊に落ちるかどうかの分岐点であると皆理解していた。一人でも手を出せば終いだと。

 それでも、耐え切れなくなった一人が恐る恐る手を伸ばす。それを咎めることが出来る者は彼らの中にはいなかった。

 

「待て!」

 

 聞き覚えのない声による一喝が辺りに響く。

 声の主を探せば、一人の男が駆け寄って来るのが見えた。

 息を切らして村人達と畑の間に割り入った男は田畑や山の番を任されている者であると名乗る。

 

「この田畑は仙人様のもの。盗みを働けば恐ろしい罰が下る。早々に立ち去るがいい」

「しかし、我々にはもうこれ以上歩くだけの力も残されていないのです」

 

 村人の中で最も年長の翁がこれまでの経緯を話し出す。それを黙って聞いていた山番の男は難しい顔で頷いた。

 

「相分かった。しばし此処で待っておれ。決して作物に手を出すでないぞ」

 

 山番はそう言い残して駆け出した。

 しばらくして、山番は大きな平たい籠を持って戻って来る。その籠の中には野菜や果物に加えて握り飯や干した肉と魚が入れられていた。

 

「今日明日に私が食べる予定であった食事だ。皆で分け合い、休んでから此処を出るといい。申し訳ないが、私に許された裁量ではこれが限界だ。足りない分は動ける者が野草を摘むか魚を取るなどして補ってくれ。ただし、これ以上山を登ることは許可できない。此処は獣も滅多に近寄らぬ神聖な山なのだ」

 

 村人達は激怒した。

 山番が持ってきた食糧は一般的な村人一人が一日二日で食べる量としては非常に多く贅沢なもの。だが、二十人近くいる村人達の飢えを満たすには到底足りなかった。

 目の前の畑には多くの作物が実っており、山番もまるで食事に困っている様子は無い。だというのに、これっぽっちの糧を分け合えというのか。

 殺気だった村人達は山番を打ち倒してしまう。

 そうして一線を越えてしまえばもう止まれない。彼らは倒れ伏す山番の制止の声も聞かずに毟り取った作物や果実を口にし、その味に感涙した。

 そして、我先にと競い合うように畑を荒らしてしまった。

 最初に我に返ったのは彼らの中でも赤子の次に幼い子供であった。

 気づけば辺りが暗くなっていたのだ。

 頬を撫でる風もどんよりと重く湿っている。まるで嵐が来る前触れのよう。だが、やってきたのは嵐だけではなかった。

 龍だ。龍が嵐を纏ってやってきた。

 

「嗚呼、……風龍様」

 

 憤怒に染まった眼光を向けられた子供は恐慌状態に陥り、他の者たちも龍の襲来に気づく。

 だが、遅すぎた。

 悲鳴が龍の咆哮にかき消され、恐怖で立ち竦む足がその場から逃げることも隠れることも許さない。

 

『また人の子か。あるじの田畑に手を出すとは見下げ果てた盗人共よ。畜生でさえ此処には近寄らぬだけの分別をもつというのに』

 

 人の言葉ではない。だが、嵐の只中にあっても不思議とその意味が聞き取れる。間違いなく高位の存在。その内容からも獣とは別格の知性を有することが伺えた。

 

「皆! 逃げ」

 

 村一番の勇猛な男が武器を手に皆を庇うように前へ進み出た。そして、瞬く間に血霞と成り果て辺りに降り注いだ。それらは風雨に紛れ、一人の人間がいた痕跡など跡形もなく消し去ってしまう。

 

『愚かな。妾に敵うと思うてか? 逃げることなど許さぬ。死して肥やしとなるがよい』

 

 村人達は絶望した。

 恐れていた事態になったと、山番でさえ諦めたように目を閉じる。この後に起こるであろう惨劇から目を逸らしたのだ。

 そして、風が一層強くなり、不意に止んだ。

 

「無事か?」

「……仙人様」

 

 いつ間にか浮世離れした気配を纏う男が立っていた。山番はすぐさま立ち上がろうとしたが、それを手で制される。

 

「動くな。すぐ治してやる」

 

 仙人がそう口にしたそばから体中の痛みが消えていくのを山番は感じた。

 

『あるじよ。その役立たずを治してどうするというのだ。放っておいても死ぬほどの傷ではなかったであろう』

「そう言うなよ。お前が力ならこいつは対話。役目は果たしただろ。まぁ、残念な結果になったのは確かだが。さて……」

 

 仙人の眼差しが村人達へと向けられる。その瞬間、村人達は己の首元に刃が添えられる様を幻視した。

 

「施しを無下にして人の畑を荒らす輩とはいえ、龍に立ち向う蛮勇を見せた男の命に免じて収穫前の作物を盗った点については目を瞑ろう。しかし、こいつが受けた仕打ちに対する罰はどうしたものか」

 

 風龍や山番に対する親しげなものとはまるで違う。底冷えするような声色と態度で仙人は語る。

 

『何を迷う。田畑を荒らす害虫害獣は一匹残らず駆除すべきと言っていたではないか』

「虫と獣では対処法が違うように、人が相手でも対処法は変えるさ。もっともこちらの者が打ち殺されたとあっては皆殺しにする他なかったが、命に別状はないときたもんだ」

 

 仙人の手に見慣れぬ武具や法具が現れては消えていく。

 その一挙一動が村人達を震え上がらせた。ふとした拍子に首を刎ねられてもおかしくない。そんな重圧が彼らを覆い尽くしていた。

 

「であれば、当人に沙汰を任せるか。お前はこいつらをどうしたい?」

 

 突然、話を振られた山番はつい呆けてしまった。

 

「わ、私がですか?」

「そうだ。生かすも殺すもお前が決めろ。手間も気にしなくていい。手を下すのであればこちらでさくっとやるさ」

 

 村人達の縋るような視線が山番に突き刺さる。

 正直、山番からすれば村人達の印象は最悪だ。せっかく差し出した己の食事をぶちまけられて襲われたのだから当然である。

 それでもその境遇には共感も同情もするし、死んでほしいとまでは思っていない。

 しばし、考え込んだ山番は何かを決意した様子で口を開く。

 

「彼らを私の元で働かせようと思います。つきましては彼らがこの地に住まい、新たに土地を開拓する許可を頂けないでしょうか? 次の年からは此度の被害を上回る収穫をお納めすることを約束いたします」

 

 山番はそう言って地に付くほど頭を下げる。それを見た村人達も慌てて地面に頭を擦り付けた。

 

「それは構わないが、新たに土地を切り拓くというのはどうなんだ?」

『妾の土地を余所者に荒らされるのは好かぬ』

「だろうな。そこでこの田畑をお前達に任せる。住居はまぁ、空いている場所を好きに使え。それでいいか?」

「はい! 有難く拝命いたします!」

「それと明日の朝、そいつらの中から代表者を一人選んで連れてこい。詳しい話はそこで決める」

 

 そう言って仙人は風龍の頭の上に跳び乗ると、飛び上がった風龍と共に山にかかる雲の上へと消えていった。

 ようやく一息ついた山番は村人達が未だに頭を下げていることに気づく。

 村人達は施しを受けながら怪我を負わせたことを謝罪し、それでも尚見捨てず庇ってくれたことに感謝した。

 

「お前たちを許したわけじゃない。ただ、私もかつては村を賊に襲われ孤児となった。仙人様に拾われていなければ野垂死ぬか悪事に手を染めていただろう。だから、お前たちにも一度くらいは機会を与えたいと思っただけだ」

 

 仙人と出会った過去を思い返し、目を細めた山番は地面に落ちた己の食事を手早く籠に集めて歩き出す。

 

「どうした? 付いてこい。一先ずお前たちの寝床を用意する。その後で、先の男と一緒にここまでの旅路で犠牲になった者達を弔ってやれ」

 

 村人達は慌てて立ち上がり、山番の後を追った。その足取りは未だ重い。ただ、先の見えない行く先に一筋の希望が見え始めたのは確かだった。

 

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