十二支史 召喚獣が獣耳少女で困る   作:佐藤 白

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ご褒美とお仕置き

 エトによる一閃は確かにナルカミを切り裂いた。

 だが、その光剣に質量はなく、肉を裂く機能もない。だからこそ、差し込まれた腕で止まることもなかった。

 その役割は込められた権能により雷の鎧を剥がすこと。そして、本命である不可視の一撃で確実に意識を奪うための囮であった。

 

「……今のを躱すのかよ」

 

 死角となった影から射出された、光を透過する目に映らない剣をナルカミは完璧に避けていた。

 

「見えなくても電磁波と音響で大体分かるからね。でも今のは驚いたよ。まさか獣装を解除されるとは思わなかった」

 

 ナルカミは右腕の籠手と胴体の鎧を再生成しながら言った。

 

「普通は全解除されるってのに」

 

 そうなっていれば感知することも出来ず、事前に感知していたとしても避け切れなかっただろう。

 

「三匹が独立してるからかな? 運良く仕様に助けられたわけか。それなら、今ので負けを認めてもいいけれど」

「じゃあそうしてくれよ」

 

 エトは怠そうに言う。ナルカミが渾身の笑みを浮かべていたからだ。

 

「勝負は僕の負けでいいから、もう少しだけ付き合ってもらうことにするよ」

 

 今度はナルカミの姿が消える。

 雷鳴のような爆音と衝撃が伴う雷のような高速移動。観戦する生徒たちの多くは尾を引く残光しか捉えることが出来ずにいた。

 だが、その軌跡が途切れない。それはつまり、エトもまたその速さに対抗しているということ。多くの生徒が彼の姿も見失っている中、全体を俯瞰して見ていたサイバネの目には常にエトの姿が写っていた。

 

「ふむ、やはり手心を加えたのは要らぬ配慮だったか」

 

 サイバネの視線の先にいるエトを謎の悪寒が襲った。

 

「余所見かい?」

 

 その言葉が耳に届くよりも速く、雷を纏った爪撃と遅れてきた衝撃波がエトを襲う。

 

「なら見える速さで動け!」

 

 エトが光輝く霊剣と不可視の実体剣で爪を受け止めたかと思えば、その一瞬でナルカミは背後に回り込んでくる。

 だが、追撃が当たる前にエトもまた一瞬で間合いを空けた。その姿を確認したナルカミは解かれた籠手を瞬時に再構成しながら、再び雷と化して後を追う。

 

「(動きが速いというよりは転移の類かな? それにどうも動きを読まれてる気がする)」

「(こいつ速すぎだろ。なんで瞬間移動に走って付いて来れるんだよ)」

 

 時の流れに抗うような高速戦闘の中で、二人は肉体以上の速さで思考を回す。

 

「(あの光剣に触れると、触れた部分を担っていた召喚獣が強制的に返喚されるみたいだ。そうなると一匹分出力と手数が減って、再展開までの間に逃げられる。

 理想は触れることなく、一撃入れること。だけど、見えない剣と入れ替わる上に気づけば攻撃しようとした場所に置かれている。

 それに攻撃が通ったとしても異様に硬いし、雷の通りも溜まりも悪い。外側に纏う獣装と違って中身が丸ごと変わってるみたいだ)」

「(ネネと融合したってのに、動きが速すぎて見えない所か、予知もギリギリ。なんとか受け止めても一撃が重すぎて反撃なんてしてらんねえ。

 一部でも獣装が解けた隙に転移して態勢を立て直したと思ったら、再展開終わって追いついてくるっておかしいだろ! つーか、打ち消しながら回復してなきゃ移動の余波と雷撃だけで死んでるっての! ちっとは加減しろや! 模擬戦だぞこれ!)」

 

 もはや千日手のような状態が続く。それは双方にとって望ましくない状況であった。

 

「(あー、そろそろ負荷がきつくなってきたかな。この状態って見た目の子供っぽさも好きじゃないけど、単純に疲れるんだよね。まぁ、使ってて楽しくはあるけど。それにしても、これを使ってここまで長く戦うなんていつ以来だろう? 後どれくらいもつか。この際だから出し切っておこうかな)」

「(やばいヤバいヤバイ! 最初の一発で勝負を決めるつもりがここまで長引くなんて。これ以上ちんたらやってたら俺のちんちんがなくなっちまう! その前に勝ちでも負けでもいいからさっさと決着つけねえと! でも、今止まったらたぶんそのまま勢いで死ぬか死にかける! あいつらが出てきて! 周りが物理的に死んで! 俺も精神的に死ぬ! なんとか一発当てて止めねえと!)」

 

 エトの転移後、今度のナルカミは即座に追いかけずに僅かな溜めをつくると、籠手から迸る雷撃が三対六本の薙刀の形をとり、巨大な爪のように左右へと展開される。

 

雷轟槍爪(らいごうそうそう)

 

 一方のエトは体勢を立て直す合間に二振りの剣の更なる力を解放した。光を呑み込むまでに至った実体剣が漆黒の刀身を晒し、闇を消し去る霊剣がもはや直視出来ぬほど眩い輝きを放つ。

 

日蝕ノ剣(にっしょくのつるぎ)』『月蝕ノ剣(げっしょくのつるぎ)

 

 ナルカミは堪え切れない笑みを浮かべながら、エトは抑え切れない焦燥を滲ませながら、二人は演習場を縦横無尽に駆け巡り、その余波で周囲が破壊されていく。誰かが止めに入るのは必然であった。しかし、本来その役目を担うべき教官と補助監督二人は他の生徒を余波から守り、演習場そのものを維持するので手一杯。

 そこで白羽の矢が立った人物は他に候補がいないとはいえ、とてもではないがこの手の仲裁に向いているとは言えなかった。

 

「二人ともそこまでだ」

 

 サイバネの宣言と共に演習場の遥か上空から巨大な光の柱が落ちてくる。その訪れを感じ取ったエトとナルカミは即座に戦闘を中断、一瞬のアイコンタクトで連携しながら演習場の分厚い壁と結界を突き破って逃げ出した。

 

 

 その日、学園の演習場が一つ崩壊したが、教官たちの尽力により生徒たちは全員無事だったという。

 そして、エト、ナルカミ、サイバネの三人は授業開始初日から謹慎処分を下されることとなった。

 

 

 

 

「というのが今回の事の顛末だ。どこか気になる所でもあるのかね?」

「率直に申し上げます。内二名が『大社』と『夜叉』の家名を持つ者とはいえ、あまりにも寛大な処置ではないかと」

 

 学園にある一室で壮年の男と今回の演習で教官を務めた若い男が向き合っている。壮年の男が椅子に体を預けているのに対し、若い男が直立したままであることから二人がもつ立場の差が伺えた。

 

「それを決めるのは我々ではない。加えて言うならば、被った被害は物損のみで弁償及び他生徒への賠償も既に済んでいる。ああ、それとわが校と出資者への献金もな」

「ですが」と尚も言いつのろうとする若い男を壮年の男性は手で制す。

「君は正しい。今回は君たちの助けがあってこそ他の生徒たちは無事だった。次も無事である保証などない」

「でしたら!」

「だが、それは君たちが彼らよりも弱いからだ」

 

 若い男はその言葉に反論しようとして、その鋭い眼光に見据えられて口ごもる。

 

「本来であればもっと早い段階で君たちの誰かが介入するべきであったし、私語をしたペナルティとして問題を解かせるなどであればともかく、体罰の代わりに負傷を容認した上で争わせ、見世物にするのは良くなかった。旧体制の気質が抜けておらんな」

「お、お待ちください! 私は負傷を容認したわけでは」

「我々もまた先方から寛大な処置を受けたのだ。この意味が分かるかね?」

 

 もはや若い男は項垂れるように頷くしかなかった。

 

「では、この話はここまでだ。職務に戻りたまえ」

「……はい」と若い男は力なく部屋を後にした。

 

 その後ろ姿が扉の向こうへ消えるのを見届けると、壮年の男ミズカガミは深く溜息をついた。

 

「やれやれ、ようやく学園の長に就任したというのにこれでは中間管理職ではないか」

 

 ミズカガミの手元には今回の事の顛末を示す資料とその下にもう一つ、どこか古めかしい資料が置かれていた。

 

「『獣装』ではなく『獣化』。既に使い手の途絶えた記録上だけのものと思っていたが」

 

 ミズカガミは上の資料をどかし、広げられたその資料に再び目を通す。

 

「かつて人同士が召喚獣で争っていた時代に終止符を打った魔獣という存在。その祖となったのが、獣化を用いる悪逆無道の集団であったと。……眉唾と切り捨てることもできるが」

 

 おとぎ話でもよくある一説だ。悪いことばかりしていると終には醜い魔獣となってしまうなど。

 ミズカガミはしばし思案にふけると古い資料を閉じ、どかした資料に目を向ける。そこには才気溢れる三人の若者の写真が載せられていた。

 

「新体制に移行して間もなくこのような人材がやってくるとは。これも時代の変化か」

 

 その日、ミズカガミは新たな時代に思いを馳せた。

 

 

 

 

 謹慎を言い渡されたエトは牢獄ばりに堅牢な寮の一室に戻された。彼にとってかなり有難いことに一人部屋である。おまけにそこそこ広い。

 

「あ~、一時はどうなることかと」

 

 足取り重く玄関を開けたエトの目に飛び込んできたのは四つん這いで尻をこちらに向けて尻尾を振る氷天戌ヒヨの姿。

 エトは光速で部屋に入ってカギをかけた。

 

「なにやってんだよ!?」

 

 堅牢故の防音性を召喚獣たちの力でさらに高め、盗撮盗聴対策さえ施された部屋はエトが大声で叫んだところで誰の耳にも入らない。

 

「ご主人がおしり叩くって言った!」

「……まじかよ」

 

 エトは引いた。しかし、その目はヒヨの尻に釘付けになっている。

 興奮した様子のヒヨは息が荒く、頬は上気し、上機嫌を示す尻尾が上を向いて振られているため、ただでさえ丈の短いワンピースの裾が捲れ上がり、滑らかな白い太ももが惜しげもなく晒されている。しかし、それでも下に隠された布地が見えることは決してない。

 そもそも下着なんて身に付けていないのだから。

 

 ふらふらと、エトは徐にヒヨの元へ近寄り手を伸ばす。

 

「ひぅ!」

 

 尻尾を掴まれたヒヨは短く声を上げてその身を震わせ、毛を逆立てた。

 そして、エトはもう片方の手を振りかぶり……。

 

 

 その日、少年は新たな嗜好の園を開拓した。

 

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