「じゃあ、レッスンを始めようか。料理を教えるのは久しぶりだな。なんか作りたいものあるか?」
作りたいもの、シュウはここに来るときに最初に達成したい一つの目標をなんとなく決めていた。
「カレーがいいです。」
わかった、ちょっと待ってなと言ってキッチンの傍にある扉を開けた。そこには、金庫があった。ダイアルを慣れた手つきで回してロックを外す。そして、何かをぼそぼそ呟き始めた。聞き取れた部分から推測するに、開封用鍵呪文の詠唱だろう。10秒くらいで詠唱は終わり金庫の扉が開く。中には、たくさんの紙が丁寧に整えられて保存されていた。そのうちの一枚を抜いてシュウに渡す。
「そこに書いてある通りにやればできる。冷蔵庫とそこの棚に材料は全部入ってる。じゃあ、俺はそこに座ってるからわからないことは聞いてくれ。」
そう言って食卓の椅子を引っ張り出しドカッと座った。おしゃべりなビリーは以外にも放任主義なようだ。シュウは言われた通り、レシピに書いてある通りに作業を進めた。ところどころ知らない用語があるが、注釈に素人でもわかるよう意味が綴られていたため多少手間はかかりつつも苦労はしなかった。調理中、何故かザックがやってきてビリーに軽く挨拶をし、シュウの作業を遠巻きに眺めていた。
「よし。できた。」
1時間ほどの作業の末、カレーは無事完成した。
「美味そうだな。一人で作ったのか?」
満足げなシュウにザックが声をかける。ビリーも歩いてきて香りを嗅ぎ、一口貰ってもいいかと聞いた。シュウはお願いしますと言ってカレーの入った鍋を差し出した。ビリーは木製の匙をとって一掬いし口に運んだ。ちょっと味わい言った。
「少しスパイスの量を入れ違えたか?粉末唐辛子がかなり少ないのと、胡椒が多いな。」
ビリーはその研ぎ澄まされた味覚でシュウの間違いを指摘する。シュウの表情が少し曇るが、ビリーはそれを見てすぐにフォローする。
「大丈夫、スパイスの辺りは複雑だ。むしろこれ以外はほぼ完璧だし、かなり慎重にやったな。なあザック。」
「あ、ああ。そうだな。」
何故かザックは目をそらし、煙草をわざとらしく取り出して外へ出て行った。
「ザックはどうしたんですか?」
「本人に聞きな。」
ビリーは部屋にある時計の針が午後4時を指し示すのを見て少し悩んだ様子を見せたが、すぐに明るく言った。
「飯を食うには微妙な時間だが、それ、食べようか。ザックはどうせすぐ帰ってくる。俺たちで食べ始めようぜ。皿はそっちの棚、米はそこに入ってる。取り分けてくれ。」
シュウは嬉しそうに皿を取り出し、一昨日食べたカレーの盛り付けをイメージしながらカレーとライスを取り分けた。三人分を取り分け終わったころ、ザックがちょうど帰ってきた。三人が席に着いたことを確認したビリーが手を合わせ、シュウに目配せを送る。すぐに意味を理解した二人は手を合わせる。
「いただきます。」
シュウの合図で三人はカレーを食べ始める。その味、香り、舌触りは、素朴ながら味わい深いものだった。ビリーとザックが美味しそうに食べ進めている様子を見て、シュウはとても穏やかな気持ちとなった。食べ進める中でザックの不審な挙動への疑問を思い出したシュウは気安く問いかけた。
「そういえばさっき、怪しい様子だったけどうかした?」
それを聞いたザックは目を逸らす。ビリーはそんな二人を見てにやにやしていた。しばらく経ってザックは渋々口を開く。
「えっと、俺は料理が少し苦手なんだ。」
シュウにとってそれはとても意外な一言だった。あのカレーはとても美味しかったというのに、苦手だなんて。その疑問にビリーが答えた。
「こいつはな、作ってるうちについレシピにアレンジを加えちゃうんだよ。馬鹿だよなあ。こないだのは俺が口出してたから美味かったけど。」
「そうなんですか…」
シュウから見てザックは、住処を貸してくれたり相談に乗ってくれたりした頼れる大人だった。この欠点をザックは恥じているようだが、シュウはあまり気にしていなかった。寧ろ、気の乗らないことを話させてしまったことに後ろめたさすら感じていた。その空気感の中、ビリーが何かに気づいたように口を開いた。
「なるほど!そうかザックお前、そんなにシュ」
ビリーが話終わる前に、ザックが止めろと凄んだ。正直言えばシュウは発言の続きをかなり知りたかったが、そんなに嫌がるなら仕方ないと諦めた。それから、話は普通の世間話へ移っていった。もっとも、会話の9割をビリーが占めていたのだが。話しながら食べていたら、いつの間にか3人の皿は空っぽになった。シュウはこの日以降、たまにビリーの下へ来ては料理を習っている。
ちなみに、家でザックが作っていたのはうどんだそうだ。かなり固いうどんだったので、カレーうどんにして茹で直し、この日の夕飯になったらしい。
この2日間忙しくて投稿爆遅れしました。すみません。今後は投稿日を月水土に変更させていただきます。