「困ったな。はぐれた。」
鬼人族の長と別れてしばらくが経ち、日も沈んだ頃、シュウははぐれていた。普段なら魔力探知によってはぐれることなどないのだが、この山にはどうも魔力操作を乱す何かがあるようで上手くいかなかった。当然、シュウには山登りの経験や知識などは無い。このままであれば数日で飲食が取れずに死ぬだろう。
「補給系の
今はお気に入りの《貫く矢》、《
まず第1に、次からは持ち物を改めること。自分の実力や考えうる状況に対応しやすいものを持つ。今のように水筒すら持たないようでは急に死にかねない。次に、山を降りるか、登るか。山から離れれば魔力探知が使えるはず。そして、たとえ皆が山の反対にいたとしてもレオの膨大な魔力なら必ず探知できる。しかしもしこの山の影響が体から出る魔力を弱めるようなものであった場合、探知できない可能性もある。対して、山を登れば、仲間たちが同じく山を登る限りほぼ確実に合流できる。しかし、山路は厳しい。判断がつかず、途方に暮れて数分を過ごした。そして、シュウの下した決断は「登る」だった。
一方そのころ、他の4人は『二ノ山』ふもとのカルジーナのの社に到着していた。魔力探知ができるセキとリリーがともに探したが見つからず、レオとセキはかなり心配していた。カンナはというと、ザックの予想通り気に入られ、一人奥の部屋へと招かれ行ってしまった。
「もしかして、山に登ったんじゃ…」
リリーが呟く。登ったらダメなのかとセキが尋ねると、神妙な顔で答えた。
「この辺りの山々は全てカルジーナの所有物ですの…それぞれの山には、彼女が戦争の相手から奪った数多の遺物が安置されていて、『二ノ山』はその中でも特に危険なものが保存されているところ。例えば、そうね。カンナさんが持っている《灰燼の剣》に匹敵するようなものもありますわ。」
《灰燼の剣》、その言葉を聞いてレオが顔色を変える。そのとき、奥の部屋から震えるカンナが出てきた。その後ろから、カルジーナが美しい銀の髪と尾をたなびかせてゆったりと歩み出た。
「誰かが、この山に入った。リリー、あなたの連れか?」
カルジーナは縦長に鋭い瞳孔をリリーへ向ける。
「たぶん、そうだと思うわ。カルジーナ。」
リリーが落ち着いて答えると、カルジーナは鋭い爪のある美しい手で軽々とカンナを持ち上げ、借りるぞと言って外へ出た。そして軽く腰を落とし、直後、軽やかに跳躍し去っていった。
「歩いたとき、カンナを持ち上げたとき、飛び上がったとき、一挙一動全てで重心の流れが美しかった。あれが、武神か。」
「レオもその若さに似合わない身のこなし、充分人間やめてますわ。」
2人がそう話す横で、さりげなくセキが2人に茶を淹れた。
「これ、どうぞ。カルジーナさんが奥から持ってきたやつっす。あの人は凄いんすよね。シュウは心配だけど、任せることにします。」
洞窟に作られ冷える社の中で、3人は温かい茶を啜り帰りを待った。
カルジーナが社を出た頃、ちょうどシュウは襲ってきた奇妙な魔物を返り討ちにしたところだった。山の影響で魔力探知はもちろん体表での細かな魔力操作すらままならず、攻撃の度余計に魔力を消費してしまい、少し危険を感じていた。魔力が回復するまで一休みするかと、近くの手頃な石の上に腰を下ろす。
「人型の魔物…見たことも聞いたこともない…何だったんだ……」
シュウを群れで襲ったのは、人型をした魔物。別々の個体が集まって群れを成し、更には高度な戦略的行動をも見せた。魔物は1個体が分裂したりした場合を除けば群れを成さず、知能は良くても犬程度、明らかに異常だ。さらに、魔力量が減って充分に纏えなくなると体が冷え始め、圧力も安定しなくなる。シュウには既に、高山病が発症しかかっていた。気を抜いた瞬間、ゆらりと後ろに倒れ込む。そのとき、
ギギ…
と金属と石が擦れる音がした。背中に冷たいものが当たる感覚に振り向くと、そこにはいくらかの丸太や枝木、それとライターが置いてあった。ちょうどいい、ここで休もうと、木を一つずつとり、焚き火を組んでいく。いい具合の焚き火を組み終え、最後に火をつけようとライターを擦ったとき、シュウは意識を何者かに奪われた。
「間に合わなかったか…」
その直後やってきたカルジーナが目にしたのは、剣を握りながら地に伏すシュウの姿だった。
また、間に合わなかったか…