瞼の裏、瞳の奥、暗い世界で、シュウは孤独にそこに在った。何かに手を引かれるように、暗闇を歩くうち、誰かの泣き声が聞こえてくる。そのまま歩くと、幼い赤髪の少女が仰向けに倒れ、両手で顔を覆っていた。泣き声の主がその少女だと気づくまで、シュウはかなり長いこと立ち竦んでいたような気になった。
「大丈夫、ですか…?」
シュウが声をかけると、泣き声が止んだ。少女が顔を覆う手を離す。その顔は靄がかかったように曖昧で、しかしどこか安心感を覚えるものだった。
「シュウちゃん…?」
その時、暗い世界は強烈な光に押し流され、目の前には白い空と朱い朝日、そして美しい銀髪の獣人の姿があった。意識が朦朧としているためぼーっと宙を見つめていると、左手に2つの触感があることに気づいた。目をやると、自分の手が鈍い色合いの剣を握っていて、その握る手の指の隙間からカンナが剣に指先で触れている。
「起きたね。その手を離して。」
通った声でそう言われる。どことなく不思議な響きを持つその声によってシュウは覚醒し、現状を理解した。カンナの指が剣から離れないよう、そっと手を離す。
「2人とも、ありがとうございます。もしかして、カルジーナさんてすか…?」
カルジーナは頷いてそれを肯定し、カンナから剣を取り上げた。
「この剣は《
そう言って、剣の柄の部分をシュウの顔に近づける。
「ほら、ここの意匠、かっこいいだろう?幾何学模様と不規則な模様の組み合わせが美しさと気味の悪さをそれぞれ引き立たせている。それにこの剣、元は少し頑丈なだけの普通の剣だったんだ。魔王が使ううちにその魔王、『慟哭の魔王』というのだが、その力の一部が宿った。今体験したよね?泣き叫びたくなるような情景を見たはず。」
カルジーナが饒舌に語りだした内容は、シュウには結構共感できた。カンナは聞いてはいたもののあまり理解できていない様子だった。だが1つ、シュウが見たのは泣き叫びたくなるような情景などではなかった。むしろ安心感を覚えるようなものだったのだ。気がかりだったシュウが話しかけようとすると、カルジーナは話すのをやめた。
「失礼、一方的に話しすぎた。麓の社でリリーが待ってる。着いてきて。カンナちゃんもほら、おいで。」
呼ばれてすぐに小走りで駆けつけ、滑らかにカルジーナの懐へ潜り込んだ。シュウと比べて、随分懐くのが早い。色々とショックを受けたシュウは、手招きに従って山を下った。頭の中で、少女の泣く声がこだましていた。
「帰ってきましたわ!」
社と呼ばれた洞窟の中でリリーがそう言った。セキはそれを聞いて外へ駆け出し、親友を出迎えた。シュウは一旦、幻覚のことは忘れることにした。全員が揃い、とうとうリリーがここに来た本当の理由を話し始めた。
「カルジーナ、あなたの力を貸していただけませんか?とりあえずは、凶悪な転生者が凶悪な
カルジーナはしばしの沈黙の後に答えた。
「わかった。協力する。リリーには
そうして、シュウがローベンの力について、セキが『眩耀の魔王』について説明し、リリーがそれらの捜索について説明した。
「じゃあ、捜索に関しては引き受けるよ。もし見つけたら、みんなが来るまでそいつを足止めする。ただし戦闘には一切手を貸さない。他の捜索班がどこにいるか教えて。」
「ありがとう。助かりますわ。捜索範囲はこの地図の通りよ。この赤く塗られているのが敵がいると思われるエリアで、見ての通り北西の森林からこの国の北部には手が届いていないのよ。ここをお願いできて?」
カルジーナは力強く頷いた。そして、何かを思い出して、一振りの黒い刃の刀を取り出した。
「これは、私の愛刀《
2人はカルジーナからそれぞれの贈り物を受け取った。シュウは受け取った緑の腕輪をじっと眺めた。
「それに魔力を通すと、魔力に従い変形する"練魔石"の腕輪。魔力を込めればある程度大きくもなるし、なかなか頑丈だしでかなり便利だと思う。気に入ってくれたかな。」
シュウはなんとなく魔力を通して遊んでみる。限界まで細くしてみたり、刃のように鋭くしてみたり。魔力が重くなるような感覚があって扱いが若干難しいが、魔法の使えないシュウにとって、自分の魔力が可視化されるというのはとても楽しかった。
「うん。すごくいいです。ありがとうございます。ローベンの件、お願いします。」
皆もそれに続いて挨拶をし、山を去った。帰路の中、セキは心の中で何も貰えなかったことに少しがっかりしていたが、それだけ強いのだと自分を元気づけていた。
刀はかっこいい。