シュウたちが温泉から帰ってきたのは、日が落ちる少し前の薄暗い時間だった。
夕飯はビリーの料理だった。新入りには必ず料理を振舞っているビリーは、冒険者という経歴や会話の様子から見事に彼らの食の趣味を当てていた。流石にビリーには料理の腕で敵わないと知っていたし、リヒトたちがどっちが下だと比較するような性格でないのも分かっていたがシュウは少しだけ負けた気がした。そんな彼にビリーは笑顔とグッドサインを送った。
食事が終わり、皆は「Billy's Kitchen」を後にしてホムラとメモリアの家へ向かった。シュウは途中でまで同伴し、そこから自分の家へ帰った。家に帰ってもザックの迎えがあったりするわけではないが、この家はもう彼の心が安らぐ場所となっていた。もう夜も深いので寝る支度をしようとシュウは箪笥を開き、寝間着を用意した。それに着替えて自室へ戻ろうとしたとき、居間の机の上にぽんと袋が置いてあるのが目に入った。その袋はシュウが作った料理をザックに渡すために少し入れておくのに使っていたもので、シュウが触らなければ基本は棚の中にあるものだからシュウはそれがとても気になった。まずは開けずに持ち上げてみると、何やら手に馴染む重みが伝わってくる。内側から圧された袋の形も、それなく内容物を伝えた。自分宛てのものだという殆ど確信に近い推測から、シュウは封を解き袋を開いた。
「あ、これ…」
出てきた物はシュウの予想通りで想像よりずっと良い物だった。料理から木材加工、金属の切断まで幅広く使えるサバイバルナイフ。一目でそうと分かる厚みと鋭さ、刃の反りと柄の長さがそこにあった。半ば衝動的にそれを手に取ると、これまた手に馴染む形状が直感的に伝わる。手形を気づかないうちに取られていたとしか思えないほどのジャストフィットだ。いつ取られたのかを考えかけたが、思い当たる節が無さすぎて怖いのでシュウは可能性から目を逸らして目前の現実に没頭する。しばらく観察して、リムがやっていたナイフをクルクルと回す動作も、適度な長さと軽さを持ち合わせたこれならできそうだと思い立ちすぐに実行、指を滑らせて手のひらを切った。即座に冷静に迅速に手早く傷口を洗い止血する。
「うん。やめておこう。」
実際に血の気が抜けて落ち着いたシュウはナイフを仕舞い、一旦袋に戻した。その時、1枚のカードが中には入っているのを見つけた。ナイフを出した時に見た覚えがなく違和感はあったが、見逃しただけだろうとそれを手に取る。ザックからのメッセージでも書かれているのかと思って裏に返すとそこには、ザックからのメッセージがあった。
“居候のシュウへ”
始まりから少し嫌味っぽい雰囲気だ。ザックの性格上意図せず嫌味っぽくなってしまっているだけなのだろうが、いたたまれないというか、むず痒いというか、そんな気持ちだ。
“このナイフは俺が昔使っていたものをソウジロウに修繕・改良してもらった物だ。刃の部分はもう錆が酷くてほとんど作り直したらしいし、柄もお前の手に合うように新調したらしいのでもはや原型はないが、一応歴史は刻まれている。俺があの時代に持っていた刃物の中で血を吸っていないのはそれだけだ。お前が役割でなく自分のために使ってくれ。”
“家主のザックより”
何事もない、無骨な、しかし内には優しさと思いやりが籠もった文章に、シュウは涙を零した。シュウの感情を孕んだ一粒の雫は、より奥の感情を連鎖するように引き出していった。そしてふと冷静になり、自分の大きな過ちに気が付きてしまった。
「血、吸っちゃった。」
そう。血を吸っちゃったのだ。ちょっとカッコつけて、興味で、遊びでナイフを回し、シュウは自らの血でこのナイフを汚したのだ。
「いや、普通に料理で切ることあるし…」
「木とか切るなら事故も起こるかもしれないし…」
一度感極まったせいでテンションが変になっているシュウはとても焦り始めた。当然だが血を吸うというのは比喩だ。ザックだづてこのナイフで自分の手を切ったことくらいあるし、なんなら足の甲を貫通させたことだってある。
「でもふざけて手を切ったって。なあ…」
独り言をぶつぶつと繰り返すうちに、シュウはどんどん眠くなっていった。昨日までと午前中の疲れ、午後の弛み、旨い夕飯とこの感動。全てが同時に睡魔となってシュウを襲う。それから5分と持たず、彼は居間のソファで眠りについた。
16時、しかし火曜。