「掲示板の、右下…あった。」
シュウはカイナに教えられた位置にある文書を読んだ。個人ではなく協会に出される依頼のようだが、依頼者の名前が書かれていないことを見るに匿名の依頼なのだろう。紙面上部に書かれた依頼の達成報酬は英雄級のそれに近い異常なものだ。視線を下に移すと真っ先に目に飛び込んできたのはシュウが拾った謎の物体に酷似した"遊魔の卵"の写真。なるほどあれは遊魔という生物の卵だったのかと頭の中で呟き、遊"魔"というからには魔物なのだろうかと考えた。写真の周りには小さな文字で色々な情報が書かれていた。専門的な部分はどうせ分からないので飛ばしていくと、ある一文に目が止まった。
『遊魔の卵に直接触れると、魔力を汚染される恐れがあります。これを扱う場合は必ず5mm以上の厚さがあるものを挟んで下さい。』
これを見たシュウは急いで自分の魔力を確認した。練魔石は問題なく動かせるし、魔力の操作に違和感は無い。大丈夫そうだ。そういえば、カイナと入れ替わりで出てきた女性は分厚そうな手袋をしていたな、と思い出しながら再び掲示板に目を向ける。残った写真の周りの情報はシュウには理解し難いものだったので、紙面下部の依頼内容へ移った。先程までの難解な文章とは異なり、依頼内容は単純で明快だった。
『遊魔の卵全117個の回収』
この辺りでシュウは段々と興奮してきていた。遊魔の卵の魔力の雰囲気はまだ何となく覚えているし、報酬も高額。他にも取り組んでいる冒険者はいるだろうから全額を受け取ることは難しいが、1割でも充分大金だ。今は金の使い道も特にないがあって困るものでも無いのだから稼げるだけ稼ぐことにした。しかし、あの小さいものを探しているだけというのも些か効率が悪そうなのでよく歩く依頼をこなしながらついでに探そうということで落ち着いた。
「今日は戦う系じゃないやつで…あった。」
シュウが見つけたのは『子供の落とし物探し』という依頼。詳細は、子供が山で遊んだ時にヘアピンを落としてしまったから探して欲しいとのことだった。しかし、ヘアピン一つのためにわざわざ依頼を出すとは、よほど大事なものなのか、それとも金を余らせ田舎に引っ越した金持ちの依頼なのだろうか。そんなことを思いながらシュウはまた大車に乗った。
今度の依頼は依頼主の保有する土地で行われるとのことで、シュウはまず依頼主に挨拶することになった。依頼書の住所にあったのは、シュウの想像を裏切らない豪邸で、ところどころにアマノエの方らしい装飾が見られた。シュウは身なりを多少整えて呼び鈴を鳴らす。しかし、いくら待っても扉は開かず、それどころか人が来る気配もなかった。
そこはかとない不安を感じ始めてからさらに時間が流れ、シュウはとうとう痺れを切らし魔力探知で豪邸の中の様子を探った。反応からここにいる人数は15人ほど、建物の規模から見ると少し多いくらいで、魔力の大きさから大人らしいのが10名、子供らしいのが5名といったところだとわかった。大人らしい魔力の中には他と比べて強そうな者が数人いたが、流石にそれ以上はわからない。一見すると異常はないように思えるが、10秒も観察を続ければシュウも事態の異常性に気づいた。全ての魔力が全く動かないのだ。生物の魔力特有の揺れは感じるもののそれも不安定で、不気味だった。シュウはすぐに近くの住人に声をかけて自分が冒険者であることを示しながら医療機関への連絡を指示し、自身は邸宅へ侵入した。
「まずは魔力が弱まってる子供から。」
シュウは脳内で組み立てた救助の段取りを口に出して整理し、実行する。暗殺者としての経験から、こういった豪華な住宅の扉には結界の起動装置が付いていることがあると知っていたシュウは、得意の魔力探知で装置の位置を特定し《貫く矢》でスムーズにそれを破壊した。
「いける。」
放たれた不可視の矢は扉の上部を貫いて結界装置を破壊した。結界が生成された様子は無い。成功だ。少し家を破壊してしまったが、子供らしい魔力の状態が良くない。自分が手にかけた者と似た、別の魔力が潜り込んで制御が効かない状態だとシュウは勘づいていた。魔力の侵入と言えば、遊魔の卵は接触した者の魔力を汚染されると書いてあった。関係があるかもしれないと思考を巡らせるうち、子供のうち3人を見つけた。
「大丈夫?」
一目見て意識はないだろうと感じつつも、声をかけた。反応は無い。魔力探知にそれらしき反応はなく付近に遊魔の卵は無さそうだ。シュウは子供の首元と腹に手を当て、魔力を潜り込ませる。《影鍼》を仕込む時のように細い魔力で相手の魔力を掻き分け…
「ん、あった。」
塊のように淀んだ魔力が、シュウの細く練られた魔力に沿って体外に排出された。子供の魔力は落ち着いたようだ。自分の処置が有効だとわかったシュウは他の2人にも同じ処置を施した。
「次行きたいけど、まあ、見えやすい所に置いておくか。」
シュウはそう言ってまだ意識を失っている子供を机の上に並べて、次の人の元へ向かった。