その日の夜、2人はそのまま宿に泊まった。以前の襲撃のこともあって、シュウは1つしか無いベッドをサチュアに譲って自分は入り口近くのソファに寝ることにした。仰向けに寝転んだシュウは、低めの天井を見上げながら全てに怯えながら生きていたあの頃をふと思い出した。怯えるという感情、その名前をシュウが知ったのは転生村に入ってからだ。自分の行為の善悪も、自分の可能性も、感情の名前すら知らずにただ生きて殺したあの日々の自分は、今振り返れば酷く惨めで、愚めで、そして憐れな少年だった。しばらく回想に浸り、シュウは現実に戻ってきた。
「ベッドが1つ…ここ2人部屋じゃなかったっけ。」
少し考えたが、何もわからなかったため手違いかなと諦めた。
翌朝、部屋の中で何かが動く音がしてシュウは目を覚ました。扉が開いてないことを確認して振り向くと、首に鈍い痛みが走った。一瞬、死角をとられたのかと錯覚し冷や汗をかいた痛みの感じからして寝違えただけらしい。改めて体ごと向き直ると、そこには荷物の準備をするサチュアがいた。無事に一晩を越せたことに安堵しつつ、シュウは少ない荷物をささっとまとめる。シュウが鞄の蓋を閉めようとした時、サチュアが声をかけた。
「そうだ。この資料、ついでに"探求者の集い"にも提出しておいてよ。原本は僕が持ってるから。」
あまり大きい鞄ではないので少し苦労したが、資料も上手いこと入り切り、2人は速やかに宿を発った。
「そういえば、俺も泊まったし宿代出すよ。前のときは宿代が結構高いって知らなくて気にもしてなかった。」
「いいよ。ここはかなり安い方だし、僕実は結構稼いでるから。」
そんなやり取りをしつつ、2人は"探求者の集い"本部のある町へ続く通りを歩いていった。通りはきれいに舗装されていて、一度だけ馬車も通った。その背後に、不穏な影が迫っていることも知らー
「誰だ?そこそこ上手い魔力隠蔽で尾行してるのは。」
シュウがゆったりと振り向きながらそう言うと、沈黙が訪れる。キョロキョロと付近を見回していたサチュアを後目に、シュウは1歩を踏みすと同時に《貫く矢》をそれぞれの影の足元に向けて放った。その瞬間、聞き覚えのある破裂音が2発、鳴り響いた。それが銃声であることは戦場に身を置いたことの無いサチュアにもすぐにわかった。前回は遅れを取ったせいで地形を活かした上での痛み分けが限界だったが、今度は敵の手札も割れ分身の数も少ない。この状況でシュウが負ける可能性は、ほとんど無いに等しい。
「銃弾は弾いたぞ!サチュアは少し離れてて!!こいつらには、負けない。」
シュウの指示に従って、サチュアは急いで物陰に隠れ、逆に敵2人は《貫く矢》の回避のために物陰から出ざるを得ずその姿を現した。装備はどちらも剣と軽装の鎧を身に付けた一般的な冒険者のような姿に、似つかわしくない銃を構えたものだ。
「アベリアじゃ…ないか。」
敵の魔力量はかなり多く、記憶のアベリアに近かったが予想は外れたようだ。銃を構えながらもいつでも剣を抜ける構えからそこそこの手練れと読めるが、その程度であればシュウに負けはないだろう。
「やりづらい。」
敵は2人、しばらくぶりの対人戦だがその目は冴えている。そして、シュウは魔物たちとの戦いでその身に刻まれた真理を実現する。その真理とはすなわち、先手必勝だ。次の瞬間、シュウは足の裏に魔力を集中させ爆発的に右前方へと跳躍する。至近距離であれば銃撃の脅威は半減するため、まずは右側の敵を制圧すべく短刀を投擲する。敵は空いた手でそれを弾き、発砲するが狙いは外れた。《貫く矢》での攻撃を試みるがもう一方の敵が銃を構え中断。さらに右方へ駆ける。先ほどからどちらも射線が通っているにも拘わらず銃を乱射しないことから、シュウは弾数や頻度に制限があることを予想して移動に集中する。次の瞬間、3人が一直線に並んだ。奥にいる敵の姿は見えづらくなったが、位置は魔力探知で把握できる。片方の射線を切れば実質的な一対一だ。目の前の敵が銃を構える前に、道の端にあった石を拾い投げる。姿勢が悪く肩は入らなかったが、隙を作るのには十分だった。
タン
誘いに乗せられた相手は発砲し、弾がシュウの足を掠る。魔力式のものより僅かに弾速が速かったのは誤算だが冷静に距離を詰め斬りかかる。魔力を纏った刃は胸当てにめり込み、シュウの《影断ち》が通る。魔力を急速に失った相手はよろめいた。シュウはその隙に顎に蹴りを入れながら抑えつけ、銃を奪ってもう一方の敵に銃口を向けた。
「動くなよ。」
シュウは銃が上手くない。知識も少ないから引き金を引いて弾が出るかもわからない。しかしそれを相手は知らず、シュウの実力を今その目で見ている。
「銃と剣を置き鎧を脱げ。魔法を使おうとすれば撃つ。」
シュウは脅迫を続けた。目の前で仲間が負けて萎縮した相手との交渉は容易く、全ての武装を解除させたうえで拘束に成功した。今回の戦いでの負傷は足の掠り傷一つのみ。快勝と言えるだろう。ただ一つ、シュウには心残りがあった。
「勝ったけど…先手の意味あったかなあ。」