このグロンダーズ平原での戦いは、学生時代に一回。その後の第二章に当たる戦乱期にもう一回行われますが。その後半のものが、いわゆる「血の同窓会」といわれる、凄惨な顔見知り達による殺し合いです。
この「血の同窓会」には全四ルートのうちの二ルートで参加することになり、一ルートでは発生はするものの参加はせず(教会ルート)、最後の一ルートでは発生すらしません(帝国ルート)。
この二次創作では、グロンダーズの戦いに、歴史の特異点である「せんせい」が参加しなかった世界(教会ルート)の物語を描いていきます。
朝日が昇る。中央に大きな丘があるこのグロンダーズ平原は、これから血と屍、炎によって蹂躙され尽くすのだ。
今、既に三つの勢力が派遣した主力部隊が、北、東、南に。それぞれ展開を完了している。
ここ数百年フォドラでは起きていなかった総力戦が。
これより此処にて起きようとしているのだ。
文字通り此処こそ歴史の転換点。
既に周囲には、エサが得られる事を察してか。大量のスカベンジャー。鴉や、死肉を漁る畜生の類も集まり始めている。
空は嫌みな程に晴れ渡り。
これから起こる惨劇に、無関心なように見えていた。
フォドラと呼ばれるこの大地には、三つの勢力が古くから均衡してきた。
一つはもっとも古くから存在する最大の国力を持つ国家、アドラステア帝国。その帝国から独立し、一時期はフォドラの北半分を制圧。帝国すら圧倒する勢いを見せたファーガス神聖王国。そしてその王国の混乱に乗じ、王国の東半分が独立する事で出現したレスター諸侯同盟。
ただし、軍事的な支配だけでは無く、精神的な支配も加わると、これに一つ勢力が加わる。
これらフォドラの民を宗教的に支配し、三国の中央に陣取って各地にて高い影響力を持ち。何よりフォドラ最強を謳われる独立騎士団を有する宗教団体、セイロス教団である。
そもフォドラはこの三、いや四勢力によって、絶妙なバランスの上でずっと続いてきた文明圏である。
だが、それも五年前。
突如アドラステア帝国の新皇帝に就任したエーデルガルト=フォン=フレスベルグによって打ち砕かれた。
若き女帝は、セイロス教団が影からフォドラを支配し、多数の非人道的行為によって民草を操り、混沌を作り出し続けて来たと主張。
セイロス教団の本部であり。
フォドラ最大最強の要塞の一つでもあるガルグ=マク大修道院を、圧倒的大軍にて攻撃、少なくない犠牲を払いながらも攻略に成功したのである。
このガルグ=マク大修道院は、フォドラを構成する三国の幹部候補を育成する一種の士官学校を兼ねており。
エーデルガルトは此処の学生であった。
つまり現役の学生のまま皇帝に就任。更には、母校を陥落させた、という事になる。
カリスマであり、セイロス教団の最高指導者であった大司教レアはこの際に行方不明に。一説には帝国に捕らえられているとも言われている。
この一大事にフォドラは激震に叩き込まれた。
大混乱の中、最大の要地を失ったセイロス教団は離散、壊滅。各地にて散発的な抵抗を続ける状態にまで弱体化。
王国、同盟内にいた親帝国派が一気に勢力を高め。更に帝国内部でも粛正が行われ、今まで腐敗を貪っていた大貴族達は悉く更迭されるか殺された。これによって、一気に帝国はその国力を高め、他の二国を圧倒するに至った。
三百年以上動かなかった情勢が。
たった一つの戦略的な手によって、ひっくり返ったのである。特にセイロス教団は千年以上大きくフォドラに関わり続けてきた。その影響力が根底から揺らいだ事は、あまりにも大きな事件だった。
現在は王国は半壊状態。
同盟も一方的な帝国の攻撃を受けている状態である。
そして、つい数ヶ月前になるが。
この事態に水を差す不確定要素が発生した。
ガルグ=マク大修道院が、再度陥落した。
既に戦略上の重要性を失い、半ば廃墟と化していたとは言え。此処に集ったセイロス教団の残党は、侮りがたい戦力を有し。最奪還のために押し寄せたアドラステア帝国の軍勢を一蹴。
軍を率いていたランドルフ将軍が戦死するという事態が発生。
攻めに全力を注いでいたアドラステア帝国軍は、兵力の再配置を余儀なくされた。
此処に軍事的空隙が生じ。
王国軍の残党が、にわかに蜂起。反帝国派に匿われ生存していた王国の跡継ぎであるディミトリ王子に率いられて、ガルグ=マク大修道院の前を通過するようにして、帝国の中枢へと電撃的に侵攻。
これにあわせて、同盟の反帝国派は戦力を整え。
状況を制御するために、これまた帝国への侵攻作戦を開始した。
勿論、帝国側も黙ってはいない。
元々圧倒的国力を持つ帝国である。悠々と戦力を集め、身の程知らずの敵を叩きのめすべく、余裕を持って布陣した。
かくして、フォドラ最大の平原でもあり。
過去に巨大な会戦が何度か行われたグロンダーズ平原。普段は穀倉地帯として機能する帝国最大の平原は。
血に染まろうとしていた。
若き皇帝エーデルガルトは、平原南に陣取りながら、既に全ての仕込みが終わった事を確認。
腹心であるヒューベルト=フォン=ベストラに、意見を聞き。微細な調整をしていた。
エーデルガルトはいわゆる「紋章」。フォドラの貴族の象徴であり、英雄の武器を扱うのに必要な体に宿す力を有している。しかしながら、ヒューベルトはこの紋章を有してはいない。
アドラステア帝国だけでは無い。
基本的にフォドラの国家では、どこも基本的に「紋章」を持つ事が最重要視される。
三勢力全てが、基本的に「紋章を持った貴族」の連合体制であるフォドラは、それにより多くの歪みを生んできた。
確かに紋章を持つ事による強みはある。エーデルガルトはどちらかと言えば平均程度の背丈しか持たない女性で、重厚な鎧を身に纏う屈強な女性武人も珍しく無いこの世界では、むしろ鍛え上げた兵士と並べると弱そうにすら見える。だが実際は身に宿している紋章もあって、その戦闘力は破格であり、体格差を問題にしない。例えば現状も、屈強な兵士でも訓練を受けなければまともに動けなくなる重量を持つ分厚いフルプレートアーマーを身につけ、巨大な戦斧を苦も無く振り回すことが出来る。腕力そのものも、頭二つ大きい屈強な男性兵士を軽々捻るほどだ。
その豪腕を振るい、単独にて対処が極めて難しい凶暴な巨大獣、「魔獣」を単独で複数倒した事すらある。
ただしこの実力は、紋章だけに起因するものではない。
徹底的な戦闘訓練と研鑽を積み、知識によって上乗せし。更には実戦によって鍛えに鍛え抜いたもの。
紋章があれば強い。それは事実だが。
別に紋章があっても、そうでない人間より強いとは限らないのだ。
事実紋章を持たなくとも凄まじい剛力を持つ人物や。恐るべき剣腕を持つ人物を、実際にエーデルガルトは複数知っている。配下にいる場合は重用している。
一例として側近のヒューベルトは紋章を持たないが、自己研鑽によって極めて高い「魔道」の力を有している。知恵自体も現状フォドラ最強の軍師と呼ぶに相応しく、あらゆる手段を持って皇帝の道を舗装してきたのも彼である。
紋章を持たぬものを腹心にする皇帝。それだけでエーデルガルトは型破りだが。その言動は徹底している。
紋章があっても駄目な奴は駄目だし、出来る奴は出来る。
それがエーデルガルトの持論であり。
事実、紋章を持たなくても抜擢され、軍にて活躍している者は多い。
紋章持ちの貴族による封建制度が限界に来ているのがこのフォドラの実情であり。その状況を打開すべく動いたエーデルガルトに賛同する者が多いのは。この紋章絶対主義の弊害で、評価されずに苦しんできた者が多くいるからである。
若き皇帝はカリスマであるが。そのカリスマは、誰かが作り上げたものではない。自力で作ったものなのだ。
故に兵士達は、エーデルガルトに命を捧げる。
ただし、帝国出身の幹部候補達。或いは、可能性が違えばこの戦いに参加していただろう昔の同級生達は、この場にはいない。
大修道院を再陥落させた軍神。
昔のエーデルガルトの教師だった人物についていって、帝国を離れてしまった。
実の所、王国も同盟もそれは同じ。
軍神ベレスは、自分以上のカリスマを持っているかも知れない。エーデルガルトは、そう評価していた。
昔自分の師だった人物を思う。
灰色の悪魔と呼ばれる傭兵であり。その圧倒的な戦闘力で、何度も戦況をひっくり返す所を目の当たりにして来た。
一方で何処か精神に欠けている所が確実に存在し。
敵と見れば子供だろうが容赦なく手に掛けるし。
一度も剣を振るうのを躊躇った所を見た事がない。
味方であれば最強だが。
敵であればこれ以上の脅威は存在しない。事実何度もヒューベルトに暗殺を提案された。
現在暗躍しているフォドラの影を代表する勢力。いにしえよりこの地にて蠢動しているアガルタの民など、この灰色の悪魔から見れば文字通り鼠に等しい。幸いなことに。今回灰色の悪魔はこの場にいない。
いずれ対決するとしても。
このような、乱戦になる事が確実の戦場で。
不確定要素が大きい中、戦いたくないというのがエーデルガルトの本音であった。
斥候が戻ってきて、ヒューベルトに話をしている。
慇懃に礼をすると。
陰気で黒い衣に身を包み、長身でありながら力強さよりも陰険さを感じさせる腹心は、情報をまとめ上げた。
「王国軍の残党は5800から6000。 前衛にはディミトリ王子……現在は王と名乗っているようですが。 まあどうでもいいでしょう。 その王と腹心のドゥドゥーの姿が見えます」
「ダスカーの、あの」
「はい。 始末しておくべきでしたかな」
「……かまわないわ。 今日始末すれば良いのだから」
昔は爽やかな青年だったディミトリは、長く続く苦渋の日々。そして元々ある事件で精神を病んでいた事もあって。今では野獣と呼ぶもおぞましい凄惨な姿になっている。
そして、王国の歴史の暗部とも言える事件。
少数民族の過激派が先代王とその家族、更に護衛の兵士達を殺害したと「されている」事件である「ダスカーの惨劇」の被害者。ダスカー人であるドゥドゥーは。そのようにすっかり変わり果てた主君に、今でも無類の忠節を誓っていた。
ドゥドゥーは極めて長身で屈強な男性で、筋肉質の体は浅黒い肌で覆われている。単純な力比べであれば、紋章持ちのエーデルガルトに匹敵するかも知れない。戦場で無類の暴力的戦闘力を発揮する事が出来る猛将であるが。士官学校にいた頃見たドゥドゥーは、料理を愛し草花を愛する寡黙な男だった。
文字通り忠勇という言葉が相応しい人物でもあるが、しかしながら狂獣と化したディミトリを諌めることもしていない様子だから。或いは、寄り添うことが忠義であると考えているのかも知れない。
それでは駄目だ。
忠臣とは、例え主君を不快にさせたとしても。正論を口に出来る者でなければならない。
エーデルガルトは軍議の際に、配下には自由な発言を許している。エーデルガルト自身が立てた作戦に異がある場合は唱えることも許可しているし。それで罰することもしない。
このため、帝国における軍事は、極めて柔軟に動いている。
「ディミトリ「王」の側には、ギルベルト=プロスニラフの姿も見えますな。 一部の教会から離反した騎士を引き連れて、親衛隊のように動いているようです」
「教会から支援を受けているわけではないのね」
「その様子はありません。 教会が崩壊した時に、恐らく義理は果たしたと判断したのでしょう」
「そう……」
ギルベルト=プロスニラフ。猛者揃いのセイロス教団の中でも、高齢でありながら現役を貫く誇り高い騎士。剣腕も優れており、重厚さから今でも大陸に名を轟かせている。
現状、指導者を失ったセイロス教団の元騎士団員は、ガルグ=マク大修道院に再集結しているが。
一部は野盗になったり。
或いはこうして、何かしらの目的を持って別行動をしている。
ギルベルトの場合は、元々王国の騎士であり。そも名前を本来のものから変え、様々な事情から「信仰」に逃げたという事情がある。
残念ながら、人間はそれほど強い生物ではない。
心身を鍛えた騎士とて同様。
信仰に逃げようが、能力さえ発揮できればそれで別にかまわない。
今回は敵に回った。だから叩き潰す。
それだけである。
「敵の内訳は、航空部隊100、騎馬隊200、弓兵や槍兵などの地上戦力が残りという所です。 寄せ集めの割りには相応の士気を保っておりますな」
「航空部隊を100とは、今の王国の残存勢力にしては良く集めたものね」
「まことに。 あれだけ腐敗していた王国に、今だ忠義を捧げている者がこれだけいるというのは驚くべき事です。 或いは我等に反発しての事かもしれませんが」
「……」
この世界には、ペガサスという翼持ち空飛ぶ馬と。飛竜と呼ばれる、人を背に乗せ天を駆けるほど慣れる小型のドラゴンが存在している。
この二種類の人が操れる獣を駆使した航空部隊は、戦場の制空権を握る重要な戦力である。
そもそも上空からの攻撃に人間は極めて弱い。
このため、そもそも帝国、王国、同盟の三勢力が拮抗していた頃から、各国は航空部隊の育成に余念がなかった。
「ディミトリは」
「やはり英雄の遺産たるアラドヴァルをどこからか入手していたようですな。 それを手にして、真っ先に突撃してくるつもりでしょう」
「想定通りね」
「はい」
にやりとヒューベルトは笑う。兵士達の誰もがこの笑いを怖れる。
陰気な男は、手を血に染めることを厭わない。事実粛正の際には、自分の父すらも手に掛けている。
「同盟の状況は」
「兵力はおよそ7500から8000。 現在事実上の盟主となっているクロード=フォン=リーガンに率いられた、反帝国派の同盟兵が中心です。 内訳は大半が魔道兵と弓兵ですが、クロード自身が150程の航空部隊を率いています。 やはりクロードも、どこからか英雄の遺産魔弓フェイルノートを入手しているようですな」
「リシテアが同盟を離脱していて良かったわ」
「まことに……」
ヒューベルトが苦笑する。
学生時代。同盟から旧師が引き抜いた生徒の中に、天才と呼ばれる魔道の使い手がいたのだ。齢15にて、各国の幹部候補を育成する大修道院に入り、其所でも遺憾なく好成績を残していた俊英。
今敵にいたら、厄介な事になっていただろう。
旧師は人材収集に貪欲だった。
優秀そうな生徒は殆ど手元にかき集めて、そして自分の一大派閥を作っていた。学生時代には、旧師は、いずれ各国に大きな影響力を作って、影から君臨するつもりでは無いかと言う陰口もたたかれたほどで。彼女が指導をしていた教室には、引き抜かれた王国、同盟の俊英が集まっていた。リシテアもその一人であり。魔力だけなら恐らくヒューベルト以上だっただろう。そして旧師のカリスマはエーデルガルトをしのいでいた。事実帝国の幹部候補……当時の同級生は、旧師が五年ぶりに姿を見せると、悉く離反。今では大修道院にて戦力を整えていると聞く。
この会戦に旧師が姿を見せる事も想定していたが。それがなかった事だけは幸いだ。
旧師は戦略眼にも戦術眼にも卓越していた。本人がバケモノじみて強いだけならどうにでもなったのだが、戦闘指揮の手腕は間近で見て良く知っている。あの手腕の下で、リシテアの恐ろしい魔力を存分に振るわれていたらと思うと、ぞっとしない。
同盟には他にも足枷が多い。
クロードの周囲には、殆ど同級生は存在しない。また同盟の主力部隊を全て連れてくる訳にはいかなかったらしい。当たり前の話で、同盟の東北部には「フォドラの首飾り」と呼ばれる要塞地帯が存在している。
これは隣国パルミラの侵攻を抑えるための拠点であり。
同盟の軍勢のおよそ四割が此処に常駐している。
特に強力な隣国パルミラの航空部隊、海軍に備えるため。同盟の航空部隊の大半は首飾りから離れられなかった様子で。
くせ者として知られるクロードも、そればかりはどうにも出来なかったらしい。
昔から、とにかくあらゆる手段を用いて敵に勝つことを得意としていたクロードは、情報戦に掛けては図抜けていた。
今も斥候をかなりの数討ち取られており、王国軍残党に比べるとその実数が把握しづらい。
どう動くか読みやすい王国軍より、ある意味厄介ともいえたが。
しかしながら、まだ国家が崩壊していない王国よりも余剰戦力がある筈の同盟が、この程度の戦力しか出してきていない事から考えても。警戒は怠ることが出来なかった。
「此方の状況は」
「現時点で兵力は二万。 後方にあるメリセウス要塞に更に五千。 死神騎士を其所に控えさせておりますが、恐らく投入の必要はないでしょう」
「いつでも伝令を出して投入できるように手配なさい」
「御意……」
兵力差は圧倒的だが、もしも王国軍と同盟軍が連携して動いてきたら、どのような事が起きてもおかしくない。
戦場ではどんな事でも起きうる。
格下の相手に不覚を取りかけたこともあるエーデルガルトは、油断をするつもりなど最初からない。
二万の兵力の内訳は、騎馬隊1000、航空兵力500、魔道兵500、残りは歩兵である。
重装歩兵が主力であり、敵に対して隙を見せないための、重厚な布陣となっている。
勝つべくして勝つ。
負けない要素を作る。
そのための布陣である。これでもなお、英雄の遺産……英雄の武器を有しているディミトリやクロードは不安要素になりうる。
事前に緻密な作戦は練ってあるが。
それでもなお、である。
昔、学生時代。
此処で旧師に率いられて、学生時代のディミトリやクロードと戦った。その時旧師は定石通りに動いた。
この平原の中央にある丘を電撃的に奪取すると、重装兵を其所の守りに残し、全力で同盟の戦力を蹂躙。とって返して背後から王国の戦力を蹂躙し、圧倒的な勝利をもぎ取ったのである。定石通りだったが、あまりにも鮮やかすぎて、他の教師達も絶賛するしかなかった。
勿論その時の事はディミトリもクロードも覚えているはず。それを逆用させて貰う。
伝令が来た。
馬から飛び降りると、叫ぶ。
「伝令っ! 王国軍、動き始めました!」
「全ては予定通りに」
「はっ……」
慇懃に礼をして、ヒューベルトが配置につくべく、配下の魔道兵達を連れてその場を離れる。
さて、戦いには犠牲がつきものだが。何処まで被害を抑えられるか。
これよりこの平原は地獄と化すのだ。
未来のために、少しでも犠牲は抑えなくてはならないのである。