既に国家は半壊状態(もともと風花雪月の世界では貴族の合議制の面が強く、あくまで「帝国」「王国」「同盟」の三勢力は、その時にそれぞれに属している貴族の連合政体にすぎません。 このため勢力を鞍替えする貴族も普通にいます)とはいえ、王国軍は戦意旺盛。しかも圧倒的武力を誇るディミトリ「王」が最前衛にいます。
しかし残念ながら「王」は正気を失っています。元々精神を病んでいた彼ですが、既にその病は取り返しがつかないところまで進行してしまっていました。
それが戦闘の結果を、開始前から決定してしまっていたのでした。
グロンダーズ平原は、北部が若干高く、南部に掛けてゆっくりとした坂になっている。中央部にある丘がなければ、北部に戦力を配置しただけで勝利が近付く。そういう場所だ。とはいっても、中央部にある丘があらゆる戦術的機動を邪魔する上、視界まで阻害する。更に北部の森の中にまで下がると、戦場を一望できる。
以前、エーデルガルトが学生だった頃。
レアをはじめとするセイロス教団の要人達は、其所から「模擬戦」である鷲獅子戦を見ていたものだ。
現在、半壊している王国から良くも集めて来たものだと感心する6000弱の兵は、ゆっくりと動き始め。徐々に速度を上げてきている。
既に丘を抑えている部隊に旗を振って連絡。
勿論、作戦通りに動けと言う意味である。
当然王国軍は、丘を狙って動いてくる。
その前に、やっておく事がある。
「ヒューベルトに指示を」
「ははっ!」
伝令が飛び出していく。
そして、程なく。空から、無数の炎の石が、グロンダーズ平原「東」へ向けて降り注いでいた。
魔道の力、である。
魔道とは、人間が自然の力を操作して、炎や氷、風などを操る文字通り魔の力。フォドラではこの魔道が発展しており、大きな怪我を即座に回復させたり、解毒を行ったり、戦闘に利用したりと言った事が当たり前に出来る。ただし魔道を用いるには専門の訓練が数年単位で必要なため、どうしてもその使い手は少なくなる。高度な魔道になればなるほど当然その傾向は強い。十代で使いこなせるものは例外なく天才と呼ばれる。ましてや十代半ばとなれば、一世代に一人いるかいないかである。
ヒューベルトとその配下の精鋭魔道兵が、今はなった魔法はメティオ。
いにしえの時代に、空から降り注いだ星の石を想像させる火球を敵陣に叩き込み、広域を制圧する強力な魔道だが。
当然ながら消耗が凄まじく、短時間で連発出来るものではない。
そして今回は、そもそも当てるつもりもない。
横やりを入れられるのを防ぐために、敵陣との間を壁で塞いだのである。
クロードはどう動くか分からない。
それならば、最初から交戦は避ける。
ただでさえ王国軍との交戦中に横やりを入れられるのは避けたいのである。こうやって、壁を作るのは当たり前だと言えた。
「敵の動きは」
「王国軍、一丸となって丘に直進! 丘の防衛部隊と激戦を繰り広げておりますが……味方が押されています」
「そうでしょうね」
王国軍の先頭にはディミトリとドゥドゥーがいる。
ディミトリは紋章持ちで、その手には英雄の遺産、魔の槍アラドヴァルがある。
文字通り一薙ぎで重装兵の一部隊を蹴散らす破壊力を誇り。
フォドラの外敵を鎧柚一触に薙ぎ払ってきた凶悪な兵器である。
ディミトリの手に渡ってからは、無差別に血を啜ってきたようだが。今回の戦場でも、それは同じだろう。そしてその隣には無双の猛将ドゥドゥーもいるのだ。
英雄の遺産のおぞましい正体については今はどうでもいい。
これより、作戦通りに動かすだけだ。
「敵軍の勢い凄まじく、味方、丘を喪失します!」
「工兵、予定通りに」
「は……!」
あの丘にいる兵士達は元より決死隊。
どのように作戦を動かすかは既に伝えてある。
そして志願兵を募った。
笑って死んで行く事を良しとした者達ばかり。だから、この戦いで負けるわけにはいかないのである。
丘が。燃え上がった。
このグロンダーズにおける最大の戦略的要衝が、一瞬にして炎の山と化したのである。
大量の油をしみこませた藁を、事前に仕込んでおいたのだ。
旧師の見せた、軍略の手本のような動きを、ディミトリもクロードも覚えている。そしてそもそも、今のディミトリはエーデルガルトを殺す事しか考えていない。
それなら、丘の南に陣取ってやれば、こうして突貫してくる。
其所を、まとめて焼き払ってやれば良いだけのことだ。
猛火が噴き上がり、文字通り丘を占領しかけていた王国軍残党は、一瞬にして灰燼と化す。王国軍残党兵の数割が消滅した。即死したものも多いが、軍事行動を取れなくなればそれは壊滅と同義だ。
凄まじい悲鳴が、エーデルガルトが布陣している場所まで聞こえてくる。
同時に、手を左に。
頷くと、伝令が動き。騎士団と、航空部隊が動き始めた。西に、である。
炎の中に取り残された一部の味方と、ディミトリに従って突貫した王国兵の大半は、一瞬にして黒焦げだ。更に炎は上昇気流を生じさせ、航空部隊の動きを著しく阻害する。伝令が来る。
「伝令! 王国軍の中衛から後衛、西に転進! 丘を迂回して、此方を突く構えの模様!」
「ヒューベルトに下がるよう指示」
「ははっ!」
流石はギルベルト。歴戦の騎士らしい的確な判断だ。
だが、今回は先に此方に布陣したエーデルガルトに分がある。西に動いた騎士団が、兵力にものをいわせ、突撃を開始した王国軍を真正面から迎え撃つ。北上しつつ、両軍が激突。
大修道院での戦いで何名かの将を失ったのは痛いが。
五年間で育て上げてきた将達の実力を、エーデルガルトは信頼している。敗残兵の群れである王国軍残党との実力差は歴然だと判断出来る。そして、何よりも。三割近くが炎の中で焼き尽くされた王国軍と、ほぼ無事な帝国軍主力の激突では、結果が見えているのは当たり前だった。
互角のぶつかり合いは一瞬。すぐに騎士団が怒濤の猛攻を敵に加え始める。必死に粘る王国軍残党。
だが、上空での戦闘で、雑多な装備の王国軍航空部隊を、精鋭を集めた帝国軍航空部隊が蹴散らし始めると。
敵に上空から投擲槍の雨が降り注ぎ始める。
さて。そろそろか。
そう思っていると。
丘を無理矢理突破して来た影が、どよめきの中着地した。
元々凄惨な姿。
片目まで失っている。
王国は、大修道院が陥落した直後崩壊。ディミトリは捕らえられ、処刑寸前に脱出したが。その時に右目を失っている。猛火の中を無理矢理突破して来たその姿は、まるで手負いの猛獣である。
周囲の兵士達が怖れる。
エーデルガルトは、手にしている「人工」英雄の遺産。アイムールを振るう。文字通り、あらゆる全てを叩き潰す最強の斧である。
こうやって、ディミトリが無理矢理猛火を単独で突破してくるのは分かりきっていた。
ディミトリはエーデルガルトを殺す事しか考えていない。
ドゥドゥーも続くかと思ったのだが。
あの者はもう少し冷静に、猛火の中で兵士達を率いて、丘を脱出する方向で動いた様子だ。
「見つけたぞエーデルガルト……!」
昔は端正で。
少年時代は中性的ですらあった容姿は。
煙と煤と狂気に塗れ。
今はもはや、誰もが恐怖を感じさせるほどのものとなっている。失った眼は眼帯で隠し、そして傷だらけの全身はもはや完全にあらゆる制御が解かれてしまっている。
予定通りだ。
エーデルガルトが斧を構えると同時に。
凄まじい勢いで槍を構え突っ込んでくるディミトリ。
旧師がいた頃、二度対戦したが。
二度とも、旧師の指揮もあって、勝つことができた。今旧師はいないが、敵に回っていないだけ良しとするしかない。
凄まじい突貫と同時に、槍を降り下ろしてくるディミトリ。
煤に汚れた金髪が、獅子の鬣のように猛った。
此方もアイムールを振るって迎撃。
弾き返す。
一撃、二撃、攻撃をいなしつつ、ゆっくりと下がる。腕力だけなら向こうが上だが、装甲と速度は此方が上だ。
確実に、直撃すれば一撃で首が飛ばされかねない攻撃をしのぎつつ。じっくりと敵の動きを見極める。
叫び声と共に、一撃を打ち込んできて、思わずずり下がる。
二つの英雄の遺産が全力でぶつかり合っている状況。既に、常人が入り込める場所ではない。
一撃ごとに辺りの地面が抉れ、草が吹き飛ばされ引きちぎれ、そして暴風が巻き起こる。
紋章持ちが英雄の遺産を手にした時。
その全力を引き出す事が出来る。
紋章持ちがフォドラで優遇される理由であり。
パルミラやダグザという、文明も進んだ周辺の大国から、フォドラを守り抜いてきた要因でもある。
だが。
猛烈な一撃を弾きながら、エーデルガルトは見る。
今度は、ヒューベルトの魔道兵達が、後方にメティオをぶっ放す。猛烈な炎の壁が、グロンダーズの南を覆った。
退路が断たれたようにも見えるが。違う。
後方からの急襲を避ける為の行為である。
よし。
呟きながら、エーデルガルトは目配せ。
同時に、遠くから戦況を伺っていた狙撃兵達が、一斉にディミトリに向け矢を放った。
アラドヴァルを振り回し、その爆風だけで矢を吹っ飛ばすディミトリだが。
その隙に今度はエーデルガルトが攻勢に出て、連続でアイムールを叩き込む。
しかしながら、既に憎悪で完全に脳が焼き尽くされているディミトリは、むしろ凄惨な笑みを浮かべて、その打撃を受け止めて見せる。
二つの英雄の遺産が吠え猛る中。
第二射。
矢が暴風の中。
一つ、抜けた。
抜けた矢は、元々乱戦でぼろぼろになっていたディミトリの鎧の隙間に、見事に吸い込まれていた。
精神がとっくの昔に限界を超えてしまっているのか。
ディミトリはそれでもまるで気にする様子が無い。というよりも、この程度の負傷は、今まで散々してきたのだろう。
だが、二本目。三本目の矢が鎧を貫くと。
流石に鬱陶しそうに、狙撃手達が隠れている土嚢の向こうを一瞥。同時に、渾身の一撃を、唐竹にエーデルガルトが叩き込む。
槍で受け止めたディミトリだが。
岩盤が砕け、周囲に土砂が吹っ飛ぶ。
「卑怯者がっ! そうやって貴様はどれだけ殺してきた!」
「貴方が帝国兵だというだけで見境無く殺してきた人数も大して変わらないのではないのかしら」
「黙れっ!」
押し返してくるディミトリ。
まだまだ戦いは終わりそうもない。飛び退くと同時に、また狙撃。ディミトリに、更に二本の矢が突き刺さった。
ディミトリの単騎奮戦と裏腹に、王国軍残党は悲惨な状態になりつつあった。
蹴散らされた航空部隊の支援が無くなった地上部隊が、数によって蹂躙され始めたのである。
グロンダーズの北部には川が流れており、其所まで後退して何とか体勢を立て直そうとしたギルベルトだが。文字通り支離滅裂に蹂躙された兵士達は、撤退を上手くこなすことが出来ず。
下がる過程で、大半が討ち取られた。
帝国軍はそのまま爆走。敗残兵狩りなど意にも介さず、燃えさかる丘を横目に、突貫を続ける。
ギルベルトは老練な騎士であるから。
体に突き刺さった矢を引き抜きながら、その目的を見抜いていた。
そういう、事か。
最初から、あの主力部隊の狙いは、同盟軍だったのだ。
現在、セイロス教会が介入する余裕が無い状況。
帝国にとってもっとも脅威になるのは、まだ国家として踏ん張っている同盟の機動戦力である。
今戦場に出てきている8000弱ほどの同盟軍は、恐らくその出せる機動部隊全て。
あれを粉砕してしまえば、もはや残る敵は存在しない。
最悪の状況で帝国の南西にある超大国ダグザが介入してこない限り、帝国の勝ちは確定である。
味方の戦死報告を聞きながら、ギルベルトは素早く計算を巡らせる。
残った兵力は千程度。それも、ほぼ全員が負傷している。
帝国軍は二千ほどの重装兵が敵の本陣近くを固め、突撃しても突破する隙は存在しない。更に重装兵の後方には魔道兵も存在していて、場合によっては遠隔で火力による広域制圧をしかけてくるだろう。
同盟軍は。
燃えさかる丘と、メティオ二回で作られた炎の壁に阻まれて、動けないでいるか。
いや、違う。最初から、かなり位置を変えている。
最初グロンダーズの東に布陣していた同盟軍は、既に北部へと移動を開始。航空兵を全て惜しみなく出しつつ、川の側に布陣していた。
此方も、最初から帝国の手を読んでいたか。
膨大な矢が撃ち放たれ。帝国軍の航空部隊と前衛の出鼻を挫く。
落馬する騎士を、別の騎士が踏み砕き。翼をやられたペガサスが墜ちる。当然乗っている騎士は助からない。
だが、数の暴力を生かして突貫する帝国軍に、どうしても同盟の兵は分が悪い。特に装甲が分厚い帝国兵の中には、矢の雨をものともせず突貫するものが多かった。
だが、これぞ千載一遇の好機。
丘と川の間の狭い地形。其所を利用して、クロードは上手く兵力差を補っている。爆風のような帝国軍の突進をかろうじていなしているという段階だが。これならば。
「兵の再編成を急げ! 北上する!」
ギルベルトは自分の手当も後回しにさせて、無事だった兵を集め、何とか指揮系統を回復させる。
そして、帝国軍の本陣では無く。
誰もいない、王国軍残党が最初に布陣していた坂を駆け上がる。
此処を駆け下ったついさっきと比べて、兵力は五分の一以下になっているが。
それでも、まだやれることがあるなら、やらなければならない。
ドゥドゥーは。忠勇なるダスカーの戦士は。
走りながら探すが、姿は見えない。或いは、猛火をどうにかかいくぐろうとしているのだろうか。
出来れば合流してほしいのだが、姿が見えないのでは仕方が無い。ともかく。坂を駆け上がる。
呼吸を整えながら、見下ろす。
凄まじい光景だ。
あの中央部の丘が、完全に灰燼に帰そうとしている。
更に、同盟軍は徐々に押されはじめ、とくに航空部隊の苦戦が酷い。次々に墜ちていく航空部隊。三倍の敵兵力を相手に、クロード自ら魔弓フェイルノートを惜しみなく使い、豪矢を放って対応しているが。それでも対応仕切れていない。
異国には既に「大砲」と呼ばれる遠距離兵器が普及しているというが。
英雄の遺産がなければ、そもそもフォドラはパルミラにもダグザにも対応出来なくなりつつある。
このまま内戦が長引けば。
特にダグザは、もう一度確実に介入してくるだろう。
十五年前の戦役では、ダグザの軍勢を完膚無きまでに叩き潰して壊滅させた帝国軍だが。それは腐敗していたとは言え、強大な軍事力と英雄の遺産があっての事。
もしも戦いが長引き国力を消耗し人材が払底すれば。
次があるとはいえない。大国であるダグザの方が体力はあるのだ。
周囲を確認。ドゥドゥーはいない。彼がいてくれれば、少しはマシになったのだろうが。
ギルベルトは、敵軍の中枢。敵本隊を率いている将軍を見定めると。
斧を振るい上げ、雄叫びを上げた。
「駆け下れ!」
敗残兵が、ギルベルトを中心に突貫を開始。
狭い場所で乱戦を繰り広げていた帝国軍主力の、最前衛の少し後ろ、果敢に指揮を執っていた敵の中枢部分を直撃した。
坂を駆け下りながらの突貫である。
残り少ない騎馬隊も全て投入。勢いを全力で生かして、もはや王国軍の動きなど意にも介していない敵への奇襲を成功させた。
だが、数が違いすぎる。
もみ合いの中、見る間に生き残っていた王国軍残党は削り取られていく。
乱戦の中、無理矢理に突貫して見つけた。
帝国軍の将軍だ。多少負傷はしているが、猛烈な指揮をしている。一目で分かったが、紋章を持っていない。指揮能力で抜擢された将軍だろう。まだ若い。そして、叫んで躍りかかると。此方を見て、一瞬だけ怯んだ。
或いは知り合いだったのかも知れない。大修道院の生徒だった者だろうか。
乱戦の中、敵将を一息に斬り下げる。
落馬した敵将だが、帝国軍は敗走には移らない。多少混乱しつつも、狭い地形の中激闘を続ける。
ほどなく、継戦能力は。王国軍残党から失われた。