授業中に寝て起きたら山田リョウになってたんだが 作:くるぽん
4、
「このへんにしよっか」
ステージに近づきすぎない位置で虹夏が立ち止まる。
「店員があんまり前に行き過ぎるのはちょっとねー」
なるほど、そういう配慮か。
「ほら、リョウはこっち」
自然に俺のほうをちょっと前に立たせてくれた。
「この位置だと、ベース見やすいでしょ?」
「あ、うん」
リョウって子、ベースが好きなのか?
なかなかマニアックだな。
そんなことを考えていると、耳に鋭いハイハットの音が聞えてきた。
「おぉ、すごい」
一瞬でステージにくぎ付けになる。
音楽は好きだけど、生のライブを見るのは初めてだ。
アンプで増幅された音が、びりびりと体に伝わってくる。
すごい迫力。
俺は圧倒された。
家で配信で聴くのと全然違う。
音は録音みたいにクリアじゃないし、ゆがんで聴き取れない部分もあるけれど、いま目の前で演奏してるんだっていう臨場感。
バンドの動きがそのまま目に飛び込んでくる。
「さすが、人気あるバンドだよね」
隣で虹夏がつぶやいた。
虹夏はすっごくキラキラした瞳でステージに見入っている。
この子、本当にライブが好きなんだな。
つい、ほほえましい気持ちになった。
「ん?」
やべ。
虹夏が俺の視線に気づいたか。
「ちょ、ちょっとリョウ、なんでこっち見てるのー///」
ぐりん。
赤くなって俺の顔を無理やり、ステージの方へ向けさせた。
ま、まぁたしかに今は虹夏を見る時間じゃないな。
真剣にステージを見よう。
ステージに立っているバンドは、虹夏よりも少し年上ぐらいのガールズバンドだった。
でも、相当演奏はこなれている。
ドラムの子はほとんど体の軸を動かしていないのに、すごく素早くて正確なビートを刻んでいる。
体が無駄に動いていないのは、それだけ肘の動きが柔らかいからだ。
ベースの子は、一見音数が少なく見えるけど、音の空白をうまく利用してダイナミックなリズム感を演出してる。
ギターの子もすごい。
ノイジーなギターをかき鳴らしているんだけど、それが音の壁みたいになっていて、ロックらしい激しさを見事に演出している。
そして、ヴォーカル。
時々音程を外してしまうように見えて、それがある種のワイルドさになっている。
可愛らしい女の子ってだけじゃない、攻撃性。
「せぇのっ」
ギターの子が、吠えた。
ギターとベースがユニゾンする。
キマった。
そこにドラムも絡んできて、縦横無尽に叩きまくる。
観客が、沸いた。
気が付くと俺も無意識に、手を振り上げていた。
※
「いやぁ、良かったね~!」
ライブが終わり、虹夏が満足げに笑う。
「うん。すごかった」
「聴かせてくれたお姉ちゃんに感謝だね」
「うん」
俺はただ茫然とうなづいていた。
まだ体の芯が熱い。
これが、生のライブか。
「あっ、早くドリンクカウンターに戻らなきゃ」
虹夏が慌てたように叫んだ。
「え?」
「だってほら、まだドリンクチケット交換してないお客さんがドリンクカウンターに来るから」
そういうことか。
ライブ前に交換するんじゃなくて、終わった後に交換する人もいるんだな。
「手伝うよ」
「リョウ、ありがと!」
俺たちは急いでドリンクカウンターへ。
しばらくは、お客さんの対応に追われた。
やがて大方の人がドリンクを受け取ったのだろう。
再び暇になった。
俺は、ライブハウスを見渡してみた。
ライブが終わった後って、こういう感じなんだな。
すぐに帰るんじゃなくて、お客さんが残っている。
めいめいにお酒を飲んだり、感想を話し合ったり。
お客さんに交じって、さっきライブしていたバンドの人もいた。
「あれ? あの人って」
虹夏に訊いてみる。
「あ、ライオットハウスの葛西さんだね」
「さっきのドラムの人だよね?」
「うん」
お客さんと談笑した後、CDを手渡している。
その場でお金のやり取り。
なんかやばい密売みたいだ。
「手売り?」
「だってレコ発ライブだもん、今回の」
「え?」
「ん?」
やべっ。
虹夏に当然のように用語を使われるとわからん。
レコ発ってなんだ?
俺は慌てて携帯で検索。
あ、音源の発売に合わせてやるライブのことか。
「リョウ? なにやってんの?」
なんか猫みたいなジト目で虹夏がのぞき込んできた。
「な、なんでもない」
「怪しいなぁ」
※
その後、ドリンクカウンターの片づけをしていると、店長さんがやってきた。
「お前ら、そろそろ上がっていいぞ」
「え、まだ途中ですけど」
「バカ、学生を夜遅くまで働かせられないだろ」
「お姉ちゃん、優しいっ」
「風営法を気にしてるだけだっ」
しっしっと追い払うようなしぐさ。
いや、マジで店長さん優しいな。
「それじゃ、お先に失礼します」
「おう……ってか、山田」
「え?」
店長さんがじっと俺を見つめる。
虹夏を大人っぽくしたような顔立ちが実に美人だ……ってそうじゃない。
な、なんか怪しまれたか?
「お前、今日は何で敬語なんだ?」
!?
敬語を怪しまれた!?
まさか、このリョウって子、店長さん相手にも普段敬語を使ってないのか?
ま、マジか。
ある意味すげぇなと思いつつ、俺は冷や汗だらだらだ。
「あ、いやほら、その、昨日ちょっとその、ビジネス系の自己啓発本を読みまして」
適当な言い訳をしてみる。
「うーん……?」
めっちゃ怪しまれてる!?
「…………いや、まぁそれは悪くない心がけだな」
ほっ。
なんか納得してくれた。
俺は胸をなでおろした。
※
虹夏と連れ立って、ライブハウスの階段を上る。
久しぶりの地上だ……っておぉ、外がすでに暗いぞ。
と、階段を登り切って気が付いた。
俺の家、どこだ。
俺は今、山田リョウって子になってるわけで。
帰るなら、この子の家だよな。
急に俺が美少女になって帰ったら絶対に実家の母さん卒倒するし。
でも、この子の家ってどこだよ。
俺はばっと虹夏を見る。
「どうしたの?」
この子ならリョウの家、知ってるよな?
それとなく帰り道で尋ねるしかないか。
「い、いやなんでもない、さ、帰ろう」
「うん」
さりげなく、さりげなくぅ……あれ?
「じゃ、また明日学校でね」
虹夏が天使みたいな笑顔で手を振る。
ライブハウスの階段を登り切ったところのビルに入っていった。
うぉぉぉい、まさかそこに住んでるのか!!
俺は大慌てで虹夏を追いかける。
がーっと自動ドアが開いた。
「あ、あのさ」
「?? 忘れ物?」
「い、いや、その、えっと」
とっさに俺は、言葉を吐いた。
「も、もう少し一緒にいたいから、わ、私の家まで、一緒に帰って」
「へ? え!?」
しばしの無言。
ぼんっと音を立てて虹夏が頭から湯気を立てた。
だ、だめか?
家まで誘導してもらいたいんだが……。
「……し」
「し?」
「しょうがないなぁ、リョウはぁ///」
おぉ、すっごい笑顔だ。
ライブを聴いてた時以上にキラキラしてる。
「いいよっ、リョウの家まで散歩してあげるっ」
特別だよー、とか言いながらも、めっちゃ嬉しそうに腕を組んできた。
少しでも楽しく読んでいただけたら嬉しいです。