(驪駒早鬼の気配が消えた・・・?別世界に飛ばされたようね)
『橋架結社』の領事館内の食堂で処罰専門の超絶者ムト=テーベと一緒に朝ご飯を食べていた埴安神袿姫は自身が造った超絶者の気配がこの世界から神隠しにあったように消失したのを確認するとすぐさま席を立った。
「どこへ行くの?埴安神袿姫」
「厄介なことになった同じ超絶者を救いに行ってくるわ」
「救うための人手にわたしもいる?」
「厳しい救済活動になるかもしれないからやめておいた方がいいわよ」
「そう・・・・」
話が終わって、黙々と小動物のように頬を膨らませながら幸せそうにエッグトーストを食べる続きをしているムト=テーベを可愛い生き物を見る目で見ながら、いつの間にか白いチョークを手に持ったと思うと正確に自分を囲むように複雑な模様を描き、魔術を発動した。
じゅわ、と音があった。埴安神袿姫を囲む複雑な白いチョークの陣形。それに描かれたある一つの方角といくつかの文字が焼け爛れたように黒く変色した。
それを読み解く。
「新天地か・・・・」
これは囲んでいる対象の縁を伝って、探している人間やモノがどういう場所にいるかと特定するための魔術だ。それで埴安神袿姫は驪駒早鬼にある縁と繋がりのおかげで新天地という場所の情報を得たのだ。
「新天地」がどういう場所なのかを確認した彼女はエプロンのポケットにある粘土ヘラを取り出して何も無い空中にぶっ刺したと思うと驪駒早鬼がいる「新天地」に繋がる空間の歪みを造った。
「それでは魔神達を相手に戦いに行ってくるね」
「行ってらっ・・・・なんて?」
ムト=テーベが埴安神袿姫が魔神という存在を相手に戦闘をすることを宣言したことに驚いて、食事を中断している間に埴安神袿姫は「新天地」に繋がるゲートを通って世界から消失した。
だが、これから起きる超絶者同士の内輪揉めからのそれを見て暴君モードに突入したアリスという展開を考えると驪駒早鬼を見捨てて、そっちに介入した方が良かったかもしれない。
本気を出した超絶者達が衝突する直前に水っぽい響きを含む爆発音が発生して、世界が白く染まった。
いつの間にか意識を失っていたことに気づいた上条が見たのは領事館の敷地内ということを忘れてしまいそうなほど、破壊の跡の光景だった。
地面はあちこち黒土がめくれ上がり、オレンジ色の溶岩が吹き荒れ、尖塔もいくつか崩れて落ちている。
吹きすさぶ風、散っていく粉塵。その奥に何かの影が見えた。
『それ』は潰れたセミのように倒れていたトリスメギストスだった。
一般論を軸にする超絶者の彼はピクリとも動かないが、上条当麻は安心できなかった。当たり前だ。青年執事と同じように残りの三人も地面に倒れていたからだ。饕餮尤魔の切り札の影響だろうか、全員赤く染まっていた。
トリビコスと巨大な動物形埴輪も真っ二つに割れて、赤く染まって倒れていた。
ただの相討ちではないだろう。どんな形であれ脅威が失われたのであれば、上条当麻は倒れている『旧き善きマリア』達に駆け寄っていたはずだ。
そうしたいのに、動けない。死の金縛りが一向に解ける気配を見せない。それに逆らおうとする気力が失われる!?
「下手に動かない方がいいですよ?」
いつの間にか倒れている上条当麻の隣に水色のチャイナカラーにプリーツがついたグリーンのスカートを着た吉弔八千慧という人物が立っていた。ボロニイサキュバスのように特徴的な尻尾や角を生やしている超絶者だ。
「ですし、ですし、ですし。・・・・・『閉廷』ですし?」
上条当麻と吉弔八千慧の目の前をとことこ歩く小さな影があった。アリス=アナザーバイブル。同じ『超絶者』四人をいつの間にか瞬殺した、不思議の国と化したこの世界の小さな主であり神も悪魔も自身の玩具に出来る少女。
身動きが取れない超絶者達を心配する上条当麻は今すぐ駆け寄りたいのに吉弔八千慧の能力に妨害されていた。
ご丁寧に幻想殺しが宿っている右手を動かせないように、脳だけを能力の対象にして右手を動かすという選択肢をなくしていた。
「だから動こうとしない方がいいです。今のアリスに近づいたら死にますよ」
最初の超絶者達が倒れている場所に、ハートの女王の如く暴君になったアリスが遂にたどり着いた。
最初の犠牲者はH・T・トリスメギストスだった。アリスは攻撃に見える攻撃をしていないのに、青年執事は空に勢いよく飛ばされた。そしてトリスメギストスの四肢と首、胴体があらぬ方向に空中でさらにねじれ、全く無抵抗に地面へ落ちて、ごろごろと転がっていく。
「焦らなくてもいいですよ、上条当麻。死なない手加減をするように動けと私の能力で全力でアリスに干渉していますから」
・・・・・あれは、本当に、大丈夫なのか?物理的な衝撃とか圧力とかの話ではない、超絶者としてのもっと根本的な存在の定義から大丈夫なのか!!!?
次の犠牲者を求めてアリスの足元にある影が流動的に蠢く。
「アリスッ!!この件はもう終わった!!『旧き善きマリア』と饕餮尤魔にいたっては何もしてないっ、むしろ俺は彼女達に助けてもらったんだ!だからもういいんだ!」
「ダメですし」
吉弔八千慧に動きを阻害されている上条はアリスにこの件は終わったと口を動かして伝えたが駄目だった。
(この状態のアリスに認識された。上条当麻に喋るなと命令すれば良かったです・・・・)
隣にいる吉弔八千慧は能面みたいな無の表情をしているアリスに上条当麻共々認識されたことで、自分の能力で上条当麻をコントロールすればこの問題は解決するのでは?と思い、この状況に介入したことを後悔し始めた。
「地面にせんせいのモノらしき血の塊がありました」
「っ」
「・・・・『旧き善きマリア』と饕餮尤魔は、間に合わなかった。体を貼ってせんせいを守り切った訳ではなく、危難を見過ごしてから慌てて取り繕っただけなので。故に、ダメですし。この秘密基地のみんなにはちゃんと言っていたはずなので。人を殺すなと、こんな簡単な簡単極まりない約束を守れなかったから、全員ダメなのですし」
アリスは悔しいのだ。
せんせいたる上条当麻が傷つけられたのも、同じ屋根の下で暮らす超絶者達が分かれて殺し合う羽目になったことも。事前に止められなかった自分自身にも。
そしてアリスの視線の中心が上条当麻でなく吉弔八千慧になり始めた。
この状況はまずいと上条当麻は思い始めた。
H・T・トリスメギストスと杖刀偶磨弓、『旧き善きマリア』、饕餮尤魔だけではない。今のアリスのルールだと年末の日の渋谷にせんせいたる上条当麻をめぐって敵味方に分かれて殺し合った埴安神袿姫やアラディア、ボロニイサキュバス。上条や仲間の超絶者達が暴君モードのアリスの手で死ぬことを危険視して助けにきた吉弔八千慧も危なくなってくる。
たった一つの綻びから、身の回りの全てを瓦解させる。それが絶大な力を持ちながら己の感情に振り回されているアリス=アナザーバイブルという暴君だった。
この状況は実にヤバいです。私もアリスの処罰の対象になりはじめています。私を造った埴安神袿姫はどこに行ったのですか!?こういうのは貴方が対処すると聞いたんですけど!!
・・・・これは上条当麻が今のアリスを止めることに全賭けして、能力で援護するしかありませんね。
アリス=アナザーバイブルが出す、対峙するモノの魂を例外なく打ちのめして、学園都市の暗部を一蹴した極彩色の猛威から『橋架結社』の超絶者達を守って、目の前の救うべき対象が抱える歪みを治すためにアリスの目の前に立ち塞がった少年の気力が折れないようにこっそりとサポートすることを決めた吉弔八千慧であった。
「グリフォン、片付けて」
動けるようになった上条当麻が視認出来ないスピードで移動する、グリフォンと呼ばれた巨大な怪物の餌食になりそうな吉弔八千慧を守るように庇うのと同時に嘴の中に反射的に幻想殺しを突っ込む。右腕が千切れたような嫌な音がしたけど、それをフォローするように痛みで気力が折れる気持ちが少年の中から失われて、やる気に満ち溢れていく。
吉弔八千慧は逆らう気力を失わせる程度の能力の応用でアリス=アナザーバイブルを相手にする上条当麻が戦意喪失しないように支えていた。
そして、アリスが出してきたグリフォンは幻想殺しの効果とは違う、上条当麻の右腕の中から出てきた『何か』に破裂させられて消滅した。
「せんせい。この世界のあらゆる物質を無価値させて幻想にする破壊の権化のグリフォンを仕留めただけでいい気になるなですし。少女の抱える『不思議』はまだまだある。相手を殴れば自分の方が砕けるへなちょこゲンコツを振り上げた程度で少女がわんわん泣き出すと思ってんじゃねえよ!!!!」
絵本が中から裂けた。
ハリネズミのボール、フラミンゴのバット、処刑人、料理番、グリフォン、三月ウサギ等の童話『不思議の国アリス』由来の怪物達が次々にアリスから生まれてくる。同時に蛹から蝶が生まれるように変身した、冒涜的とも背徳的ともいえる赤と黒の革衣装に全身を包んだアリスから生まれた敵意や殺意が上条当麻だけに向けられていく。恐怖のあまりに心臓が破裂しそうだ。
アリスが出す威圧は、荒魂と化した埴安神袿姫が出した神威に負けず劣らずの猛威を振るう。
それでも少年はアリスを相手に抗うことを決める。きっとアリスが求めているのは、不自然なほど『優しい』だけの人間だけじゃないはずだ。
それに上条当麻と同じくアリスを制御出来て、お気に入り認定している埴安神袿姫という存在がいるのにアリスが少年をせんせいと呼んで執着する理由が分かった気がする。あの神様はアリスという個人をもう見てないんだ。いくらアリスが埴安神袿姫にかまってほしくて動いても、最早、埴安神袿姫は有象無象の人間と同じ救済対象の困った人間としか見てないんだ。それはなんと残酷なことだろう。ただの子供として、特別視してもらって保護者兼理解者になってほしいのになってくれないなんて。
そして、埴安神袿姫の歪みも分かったような気がする。持っている視点のおかげで周りの相手がどう思っているかが分からなくてすれ違ってしまうんだ。厳しい荒魂としての側面もあるが、世界を救う『優しい神様』として振る舞う故にそうなっているのだろう。だから相手がありがた迷惑と思っても構わずに善意100%で動いて、やらかす危険性を持っている。それが意識的にせよ無意識的にせよ、本人でも薄々と分かっているから『理解者』、上条当麻を求めたのだ。ある意味、真のグレムリンの魔神達が上条当麻を『採点者』として求めたのと同じような感じかもしれない。
それに上条当麻が埴安神袿姫に言われた通りに『採点者』として、『橋架結社』を採点するとなると、100点満点の超絶者はいないと思う。そもそも一人一人が勝手に設定している『救済条件』とやらも非人間的で少年には受け入れることが出来ない。だけど皆、見当違いな方向に向かっているとはいえるかもしれないけど、頑張っているのだ。『救済条件』がないように見えるアリスも埴安神袿姫も。
だから『橋架結社』の超絶者達を否定的に見ることは出来ない。放っておくことが上条当麻には、もう出来なくなった。
もう二度と魔神僧正のような過ちを繰り返さない。もしかしたら僧正とも分かりあえて一緒に笑いあえる仲間になれた未来があったかもしれないのだ。だからアリスだけでなく彼女、埴安神袿姫ともしっかり向き合わなければ。
ボロボロの黒い衣を纏う骨だけの処刑人と呼ばれる存在が、手に持っている柄の底から長い刃が伸びた刀剣を兼ねる片刃の斧を動かしながら『切断の条件』を満たして遠距離から対象の首を切断しようとしたが、火薬の弾ける音がして処刑人が吹っ飛んだ。
アリスは目の前にいる上条当麻をよそに遠くの場所を見ていた。
「・・・・なるほど。骨董品ですし」
処刑人を吹っ飛ばした下手人の正体は、『橋架結社』の領事館の一・五キロほど離れた場所で対空戦闘や対戦車戦闘にも使えるとされたロマン兵器をスナイパーライフルのように扱っていた妹達であった。
「やっぱり撃つならアハトアハトですよね、とミサカ19090号は額の汗を拭います」
慣れない和服姿の御坂美琴は呆気に取られていた。
「市街地で八・八センチ砲の水平射撃とか何考えてんだバカ妹どもーっ!」
「普段から些細なことでキレて街中でレールガン撃ちまくっている小娘が一体何を、とミサカ10032号は冷静にツッコミを入れます」
「それとこれとは話が違う方向で・・・・」
「それから『彼』の危機はまだ去っていません。まだ怪物達は残っていますと双眼鏡で確認したミサカ10777号は言ってみます。アハトアハトを直撃させても原型が残っているなんて恐ろしいですよ」
キンッ、という小さな金属音があった。
御坂美琴が親指でゲームセンターのコインを弾いた音だ。
「なら、最先端の超電磁砲はどうよ?」
第十二学区の上空ではクリファパズル545が重力を無視して漂っていた。
『きっひっひ、やってるやってる。あの人は相手が国際法で守られた領事館だからという理由で目の前の殺人を見過ごすようにできていませんよねえ』
確かに国の代表である領事館はそう簡単に攻撃できない。だけど同時に、領事館は一つの国の中で自由に引っ越しを行うことができる。当然ながら、引っ越しを終えてしまった『跡地』には何の法的拘束力も存在しない。
だからそうした。
新統括理事長の一方通行は学園都市の進んだ科学技術による経済支援の見返りとして、領事館の場所を学園都市の第一学区、もっと条件の良い一等地に引っ越させた訳だ。実際にはグレーもグレーだ。コロドロニアード共和国は『橋架結社』に買われた国だ。向こうの官僚が学園都市か『橋架結社』か、どちらに転ぶか対応は大きく変わる。引っ越し完了確定ではなく、今日一日だけ迷っている、状態に近いだろう。
一方通行はコロドロニアード共和国が貰った恩は『橋架結社』の方が大きいから、外交勝負は負けるだろうと確信していたが、一日の時間があれば充分と思った。後は学園都市が対処する。
そして、領事館の敷地内でも動きがあった。
オティヌスとインデックスが『橋架結社』に身を置く超絶者達を観察して分析していた。
「早くしろ!人間の小娘!!」
「分かっている!でも『超絶者』とは何なのか、と分析する時間が足りない!!」
やってくる。上条当麻を守るために。事件を解決するために。多いの人間達の足音が領事館に近づいてくる。
「吉弔八千慧・・・・・。もう俺を援護するな!!」
「えっ」
上条当麻は彼女のサポートを受けることを拒否して、千切れたはずなのに、いつの間にか生えていた右腕を動かしたと思うと、自分の頭を幻想殺しで触って能力を解除した。
今だけは、この世界の優しさや温かさ、善性にすがってはダメだ。もう誰もアリスとの戦いには巻き込めない。それらを守るために。それでアリスを傷つけないためにも。
自分一人で戦わなければいけないのだ!!
幼い怪物の目の前に、正真正銘、自らの意志と気力で上条当麻は立った。
「他のみんなは見なくて良いから、俺と戦えッ!!アリス=アナザーバイブル!!!!」
だがその言葉は届かなかった。代わりにアリスに届いたのは上条を守るために自分を排除しようとして、領事館に押し寄せようとする無数の足音だった。
「もう良いですし・・・・なんで、みんな、力を振るう少女を怖がるのですし・・・・少女は間違ったことは言っていなくて、何も悪い事なんかしていないのに・・・・袿姫はどこに行ったのですし・・・・」
それを聞いたアリスは、何かを諦めるようになった顔になった。楽しみにしていた遊園地で迷子になった挙句、係員に保護されてもいつまで経っても両親がやってこない。すっかり日が暮れてからようやく自分は家から捨てられたのだと気づいたような顔。
あ、と思った時にはもう遅い。その表情は上条当麻の胸に突き刺さって、罪悪感を植え付けた。
「・・・・先生のばか」
そして、一人ぼっちになった少女は涙を浮かべながら領事館の中にある暗闇に姿を消していった。
ああ、都合の良い神様が新天地入りせずにここにいたら、まだマトモな結果に軟着陸したかもしれない。
新天地=幻想郷
忘れられた存在(神々)が行く場所という意味ではどっちも一緒よ!