夜だった。
一月三日。切り裂くような冷たい夜風吹きすさぶ屋外。
大量のコンテナが並べられた、第十二学区のトランクルームに四つの人影がいた。
「んーうっ」
ボロニイサキュバスは寝起きのように両手を上に伸ばした。ばさりという空気を叩く音と共に、すらりと立つシルエットからコウモリに似た巨大な翼が左右へ大きく広がっていく。
第十二学区の領事館は元々アリスのオモチャだった。埴安神袿姫が慰めて直している途中とはいえ、彼女が抜け殻状態になってしまった以上、他の超絶者達が居着く理由はない。臨時で『橋架結社』に所属する超絶者達の全体の指揮をとることになった、もう一人のトップともいえる埴安神袿姫の指示もあったから、全員が躊躇なく捨てた。
あの場所に留まれば、吉弔八千慧が穏便にお願いしてことで撤退させた学園都市の面々と無駄な戦闘を繰り広げることになっただろう。
特にボロニイサキュバスにとって罪もない人間を一方的に殺戮するのは『存在意義』や『設定』に反する。
そんな悪魔の彼女は三人の超絶者と一緒にいた。
ムト=テーベと杖刀偶磨弓と驪駒早鬼の三人組だ。だが何故、驪駒早鬼がいるのだろう?
その理由は埴安神袿姫にアンナ=シュプレンゲルの『処罰』に加わりたいと立候補したからだ。
「負けました・・・・。シークレットチーフであるエイワス共々、普通に倒されて見逃されました。この杖刀偶磨弓は弱き者・・・・です!!」
杖刀偶磨弓はショックを受けて落ち込んでいた。自分の実力の至らなさにだ。
そんな彼女を励ます人物がいた。
右に左にとストレッチをして体の筋肉を良好な状態にしていた驪駒早鬼である。
「なあに、私はアンナ=キングスフォードに勝負の土俵にも立たせて貰えずに負けたんだ。落ち込むことはないし、逆に考えればいいんだ。負けたということは、成長して強くなる余地があるということだと」
驪駒早鬼は明るく笑いながらどんどんと杖刀偶磨弓の肩を叩いて最後にドンマイ!と発言した。
ちなみにボロニイサキュバスはこの場所にいる三人の超絶者と違って『処罰』行為には加わらないで、サポートの占いだけをすることにしたようだ。上条当麻やアラディアと戦う理由がないから。
「ところでボロニイサキュバス。あなたの索敵代わりの占いは埴安神袿姫の縁を辿って対象を探し出す魔術の代わりになるの?」
「普通になるずら」
ムト=テーベの疑問に答えながら、ボロニイサキュバスは小瓶から白く濁った液体をどろりと地面に落とした。身を屈め、指先で伸ばして、地面に禍々しい魔法陣を描いていく。
人の寄り付かない、荒涼とした、それでいて人工物の風景。
こちらを照らすのは冴え渡る頭上の月だけ。
これこそ悪魔の領域である。
「そういえば、サキュバスという存在に占いなんてできるのか?イメージが全く沸かないのだが?」
ボロニイサキュバスにふと頭の中に浮かんできた疑問を驪駒早鬼が投げかけた。
「なーに言っとるずら、わらわはサキュバスである以前に悪魔でもあるばい。どう転がっても破滅にしか進まぬぼっけえ予言なんて悪魔の十八番ぞ?」
「つまり悪魔に相応しい凄い占いということだな!」
そう期待している驪駒早鬼に意地悪い顔を浮かべるとボロニイサキュバスはこう発言した。
「じゃじゃーん!人には言えない男女の液体まぜまぜ占い」
『『『・・・・・・・・・・・』』』
沈黙があった。
ある種のサキュバスは男性を誘惑し、得たものを使って女性を襲う。つまり街の中から条件に合う獲物を探す技術はある訳だ。
ボロニイサキュバスは白く濁った液体を見たことで少し赤面になっている三人の超絶者を見ながらけらけらと笑いながらパタパタ尻尾を振った。
「ちーなーみーにー、スプーン一杯分の牛乳を小皿に乗せて枕元に置いておくとサキュバスは口に出せぬアレと勘違いして男性に被害を及ばさんという、サキュバス対策として結構有名な話は知っとるばい?つまりわらわの唾液と牛乳を混ぜれば擬似的な要件は満たせるずら」
アレイスターやメイザースを筆頭とした『黄金』が魔術を分かりやすくしたように、ボロニイサキュバスも性魔術を当たり前のように簡略化していた。
これは大元のルーツが禍々しい生贄の儀式だったお祭りが時代を経ることで人形や穀物などの代替材料で無害化されて民衆に親しまれるようになるのと似ている。
「さっさとやってくださいよ」
ボロニイサキュバスの占いを杖刀偶磨弓が急かしたが、その表情を見た女悪魔が術式を進める合間に更にからかう。
「おやおやあ、なんかホッとしている表情になっているばい?うっふっへっ、あの埴安神袿姫も含めて、こんなにもナニとナニを勘違いする生真面目ちゃんな超絶者が多かったとは思わなかったのう?」
「期待して損したよ!」
「怒るよ?」
からかわれたことにムト=テーベと驪駒早鬼が反応した。
元から真面目ちゃんなムト=テーベはともかく、生まれたばっかりな二人が、ウブなのは当然の帰結だと思われる。とにかくそういう知識だけを持っている三人の超絶者はボロニイサキュバスからしたら弄りがいがある相手だと認識された。
「さて、と」
遅くなるが何故、縁を辿って相手を探し出す魔術を取得している埴安神袿姫がいるのにボロニイサキュバスが占いで探知する羽目になっているのだろうか?理由は簡単だ。そもそも埴安神袿姫はアンナ=シュプレンゲルとの面識がない。
だからボロニイサキュバスが占いでアンナ=シュプレンゲルの行方を追うのだ。
追跡する相手は下手したら自分達よりも上澄みの魔術師。難なく占いを遮断するだろう。ただし、逆に言えば『占いを邪魔された時の手応え』は完全に隠しきれない。そこから逆算すれば相手の位置を把握することができる。
じゅわ!!という烙印を押したような音と共に、白く濁った液体で描かれた魔法陣の外周の一部が茶褐色に変色していく。
「南南西二・五キロ先ぞ。そうそうわらわの位置から離れてないたい」
「向こうもサーチされた事には気づいたね、なら速攻でケリをつける」
「ちゃんと埴安神袿姫が伝えてきたことを忘れないようにしろよな」
「すぐに忘れそうな雰囲気がある貴方が言えることですか?それ?」
それぞれの方法で夜空を飛んでいく三人の超絶者の後ろ姿を見送りながら、ボロニイサキュバスは占いの結果に違和感を感じていた。
妨害されてよく分からなかったが超絶者だけど超絶者ではない違う雰囲気を持つモノがいたからである。
第十二学区の隣にある第二三学区。
そこにあるホテルで木原脳幹、アンナ=キングスフォードと一緒に潜伏していたアレイスター=クロウリーはあることで頭を悩ませていた。
ゴールデンレトリバーをモフっていたキングスフォード女史に占術を命じて、アンナ=シュプレンゲルがいるところを探知したら、上条当麻だけでなく魔神と一緒に行動しているという結果が出たからだ。
「なんで魔神を拾ってきてしまったんだ。あの少年は・・・・?」
『人間』が魔神にどうやって対処して、アンナ=シュプレンゲルを回収しようかと必死に考えているのを余所にアンナ=キングスフォードは魔神本人は大した問題ではないと思っていた。
(ヘカーティアトいう超絶者ニなった魔神ハ普通ニ話し合いガ通じて刺激しなければ解決◯〼。✕━━━)
知の大女神と呼ばれる偉大なる女魔術師が問題にしていたのはヘカーティア・ラピスラズリが戦闘を起こした場合、周りにどれだけ被害が出るのかということだった。
学園都市サイドにバレないように第十五学区に向かって動いている1両の『プレデターオクトパス』がいた。
それは三人の超絶者の目標が乗っている車両だった。
「十二使徒の一人、聖ペテロは悪魔の手を借りたシモン=マグナスの飛行を許さず!」
三人の内に二人の超絶者がアンナ=シュプレンゲルの撃墜術式で撃ち落とされた。撃ち落とされなかったのは宙を蹴って跳ぶという方法を取っていた驪駒早鬼のみ。
驪駒早鬼が空中に一旦静止して、黒翼を大きく広げるとレーザー状の弾幕が上条達が乗っている『プレデターオクトパス』に雨あられのように降り注いできた。
右に左とアンナ=シュプレンゲルが繰り出す脅威のドライブテクニックで神回避を連発する『プレデターオクトパス』を見ながら、驪駒早鬼は12・7ミリ重機関銃による対空攻撃を回避するついでに距離を取った。
脳筋な彼女らしくない行動ともいえるが、驪駒早鬼は自身の第六感というべきものに従っただけなのだ。あの中には上条当麻やアラディア、アンナ=シュプレンゲル、エイワス以外の何者かが乗っている。もしかしたら埴安神袿姫が連れてきた魔神が車内にいるかもしれない。ならば自然に出てくるまで、しばらく空中から様子を見よう。
アンナ=キングスフォードに〈新天地〉に飛ばされた後、魔神達と戦って、経験値が積もったおかげか。彼女は冷静な行動を取るようになった。得意の接近戦ではなく弾幕を放つという選択肢を取った理由もそれだ。車内にいるモノがどれくらいの刺激で出てくるかを見極めるためだ。
そんな驪駒早鬼を怪訝な目で見ながら、杖刀偶磨弓は取り込んだ学園都市製の兵器の影を自身の身体から出そうとするムト=テーベに静止をかけた。
「ムト=テーベ殿。私の影を取り込んでください。あの車両の中にいるアンナ=シュプレンゲルや上条当麻にメッセンジャー兼偵察用に向かわせます」
「分かった。あなたの影を取り込むよ」
学園都市の兵器を出すのを止めたムト=テーベが照明弾を夜空に向けて放つ。
照明弾の眩い光によって作られた二人の超絶者の影が延びて重なった直後、ムト=テーベの背中から白い杖刀偶磨弓が産まれたと思うと、オリジナルが影の自分を掴むと『ドクターオクトパス』の屋根に向かって勢いよく放り投げた。
「なんだありゃ!!?」
上条当麻がコンソールモニターに映し出されたムト=テーベの術式に驚いている間に白い影の杖刀偶磨弓が剣でハッチをこじ開けると車内に入り込んできた。
「大人しく捕まるなら命は取らないと袿姫様が言ってきましたので、降伏するなら今がチャンスですよ」
入り込んできた白い影の杖刀偶磨弓が取った行動は上条当麻達に一方的に言いたいことだけ言って、すぐに車外に出ていくことだけだった。
どうやら降伏を勧告しにきただけのようだ。
「愚鈍、降伏はしないほうがいいわよ。命だけが助かるだけ事態になるのは丸見えよ」
「アンナのいう通りだと思うわ。悪さができないように、埴安神袿姫によって以前の自分とは違う存在に造り変えられるでしょうね」
「アラディアちゃんの言う通り。埴安神という神は支配欲が強いのが分かるから、ここまで来たら都合の良い存在に造形すると思うわ。そうなりたくなければ貴方達の目的である、『橋架結社』との取引材料を手に入れて、平和的に交渉した方がいいと神託します。幸いなことに彼女は争いごとが嫌いだから、取引さえ成立すれば確実にそうなる心配はなくなりますわ」
何故か埴安神袿姫の理解度が高い三者の超絶者の意見を聞いて投降するのはなしだと思った上条当麻であった。
無意識とはいえ、自身が少し造り変えられているのを分かっていたから、その選択を少年は選んだかもしれない。
上条達と一緒に車内にいた者の正体を伝えて、元の影に戻った白い杖刀偶磨弓を見ながら、三人の超絶者は作戦会議をする。
「今の装備では超絶者になった魔神という存在を相手にするのは心もとないから、わたしは対抗できる質量の兵器を作ってくる」
「袿姫様はあの魔神に刺激を与えないように言いましたけど、このままでは確実にぶつかる展開が見えますね。私も手伝いますよ、ムト=テーベ殿」
「それじゃあ、私は上空から監視して位置を伝えることに徹することにするよ」
第一〇学区の刑務所の中でも、最も壁が分厚い独房。そこに居を構えていても、新統括理事長・一方通行の耳目は生きている。そうでなければ学園都市の管理はままならない。
『人口密度、及びヒト、モノ、カネの流れの動線』
『ネット上の動向、特に危険な流言をリストアップ』
『兵力の展開状況』
『ターゲットと危険分子・超絶者の目標情報の整理とエリアごとの優先づけ』
等と色々な情報が一方通行に送られてくる。
とはいえそれは旧統括理事長・アレイスターが学園都市の隅々に散布・敷設したナノデバイスの『滞空回線』ではない。大仰な覗き趣味の使用キーは凍結している。
とはいえ、ある意味ではこっちの方が反則かもしれないが。
科学の天使と魔術の悪魔。
学園都市を自由に飛び回るそれらこそが、第一位の耳目となる。
刑務所にしては無駄に豪華なベッドに腰掛け、壁に埋め込まれた液晶の大画面に目をやりながら一方通行は静かに考える。ありったけの情報を網羅するが、まだ足りない。
そもそも一番の前提である超絶者についての定義がまるで解明できていない。
(戒厳令は早すぎたか?いや、例の超絶者どものせいでコタツシンドロームとかいうふざけた名前の社会現象が席巻している状況だ。群衆の動きが予測できねェなら封殺しちまった方が安全は守れるに決まっている。今は学園都市にいる普通の連中は外から判断材料を注入されている以上、赤信号を見てきちンと止まる保証すらねェンだから)
そもそも戒厳令は出したが、こんな猫撫で声で受け入れられるのは予想外だった。
こちらは罵声も覚悟で決断したというのに、何なんだ。この気持ち悪い歓迎ムードは。管理社会になることを喜んでいるという感じがする。
「チッ」
こういう守りの思考自体、これまでの一方通行とはかけ離れているだろう。だがこの街の行く末を預かった以上、無碍にもできない。平和と安全に対して義務が生じる。プライドだの美学だの、一人で捨鉢になれば勝ったことにできた頃は違う。
夜空を舞うクリファパズル545からの報告が続いていた。
『目に見えるところですと、第十二学区で砲撃含む車両級の衝突あり。付随して検問の配置に乱れがあります。中央のデータリンクへの末報告案件、発砲した車両については具体的な特定を急いでいますう。それから、あれ・・・・う、嘘でしょお・・・?』
「?」
ムト=テーベ、杖刀偶磨弓といった超絶者達か。
あるいは上条当麻、アラディア、アンナ=シュプレンゲル側か。
何かしらの動きがあった事に予測できたが、答えは一方通行の想像を超えた。
『学園都市の東側外壁を越えて、何かが来る・・・・。ちっ、超絶者ですう!しかも数が多いし!ちょっとこれマジジザザがりガリガリ』
盤面が『橋架結社』に大きく傾いた。
腐っても悪魔。たった一人いれば英国を丸ごと戦争の熱気と錯乱に包み込む魔性。それがあっさりと撃墜された。不死身に近いとはいえしばらく行動不能になるだろう。それは耳目の片方を潰されたのに等しい。
クリファパズル545を撃墜して学園都市に侵入してきたニ、三〇人の超絶者を迎えたのは埴安神袿姫と吉弔八千慧だった。
「待っていましたよ。皆様方」
挨拶をした吉弔八千慧に近づいた超絶者がいた。
それは鉄の処女やてるてる坊主を思わせる鋼のコートを着ている花束のプロダイウェズという超絶者だった。
「あらぁ?貴女が新しく出来た超絶者?あまりにも可愛くてわらわの愛情をたっぷりと注ぎたくなるわねェ」
「遠慮しますよ。逆に私なりの愛情という名の支配を受けてみますか?」
原理は違えど人や虫、魚、畜生等、幅広い生物を支配して操ることができるという感じに能力が被っているのが原因だろうか?心なしか二人は対抗心に燃えた目線で火花が散っているように見えた。
「ところで埴安神袿姫。あの悪魔、記載漏れで消し去ったほうがいいと私は思うんだが?」
吉弔八千慧と花束のプロダイウェズ、両者の精神攻撃の術式で撃墜された挙げ句、アスファルトの上でビクンビクンと水中から釣り上げられた魚のように痙攣しているクリファパズル545を親指で指しながら超絶者ヴィダートリが背中にランドセルのように背負っている球体関節人形ダートリを機織り機に変形させて埴安神袿姫に訪ねた。
「消し去る必要性はないわ。そんなモノに構うより儀式をする場所に移動しましょう」
「埴安神袿姫の言うことなら放っておくか」
一人で世界と戦えるといわれる超絶者達の群れは目的の場所に進む。第十二学区のトランクルームに向けて。
移動する最中、ある超絶者の頭の中に疑問が浮かんだ。
(我らの埴安神袿姫は自分達のようなレギュラー超絶者と違って、本物の神が役を羽織って演じているあべこべぶりを感じる。そもそも、この御方は既存のルールで説明できる存在なのか?造形術を見てみると全く異なる世界のシステムで動いている術技のようだ・・・・。だから新しい世界を造ることを可能しているのでは?)
だが、その超絶者は何も考えずに薔薇の聖者を再誕させるための記号になろうと思い浮かんだ疑問をすぐに消滅させた。
懺悔します。
肉体を持った人間では絶対辿り着けないと言われている第三団の8=3、9=2、10=1の位階とアイン、アインソフ、アインソフオウルを同一視するという、とんでもない勘違いをしていたことを。
セフィロトの樹の上に見えない神様の領域、否定の三重光があるということを分かっていたはずなのに一緒にしていた時期があったことが恥ずかしいです。