「無理だ、俺にはできない」
「大丈夫だ若いの、お前なら出来る」
「駄目だ、VR訓練では爆弾解除をやっていない」
「ファットマンが設置しそうな場所は分かる。私が教えたからな」
「なら俺があっち側。お前はここだ」
「いやだ、無理だ。出来ない。習っていない」
トリステイン王立魔法学院。
ハルケギニアの中で最も長い歴史を持つ王国、トリステインの名門学院である。
ここでは貴族のご子息達に魔法についての教育や礼儀、貴族としての振る舞い方を叩き込む。トリステイン王立魔法学院を卒業するということは貴族の中でも立派な貴族になるということだ。
そして今日、トリステイン王立魔法学院の城壁の外で進級するための重要な儀式が行われている。
その儀式とは貴族の象徴とも言われる使い魔の召喚だ。
貴族を見るならまず使い魔を見ろ、と言う教えがある。それは使い魔が召喚者の鏡と言ってよい存在だからである。
まずはその性格。例えば綺麗な物が好きで自分はさらに綺麗でいたい男は宝石好きのモグラを、心の奥に燻る微熱を持った女は希少なるサラマンダーを、常に冷静で口数が少なくどこか冷たい雰囲気を纏う少女は知恵を持つ幼き風竜を召喚する。
次に属性。魔法には4つの属性が存在しており火、水、土、風に分けられている。もう一つ、失われた魔法属性があるがそれは置いておこう。
上記で紹介した3人はそれぞれ土、火、風の魔法使いだ。3人目の少女はさらにいくつかの魔法が使えるが彼女の元となる魔法は風だ。
それ故に召喚されたのも順番に土、火、風の使い魔。土竜、火竜、風竜だ。最初の一人はどうか分からないが召喚者に劣らずやはり使い魔も美しい。
これが使い魔が召喚者の鏡であるという事だ。
そして使い魔はもう一つ、重要な役割がある。
使い魔は死するまで一生、召喚者の傍にいて主に近づく脅威を払い、時には目に時には耳になり主へと自分の世界を伝える事だ。
簡単に言えば生涯のパートナーだと言う事。
なので一度召喚した使い魔は変えられない。変えたいと思う生徒はいない訳でもないがすぐに愛おしくてたまらなくなる。
だがここに一人、自分たちを引率する教師に向けて異議を唱える生徒がいた。
「Mr.コルベール、召喚のやり直しを要求します」
「Ms.ヴァリエール、それは出来ません」
一蹴、だがここで諦めてしまっては一生のパートナーであり最高の相棒となる使い魔があれになってしまう。
「お願いします!や…、やっと成功した魔法なんです!もう一度出来ます!」
途中悔しげに顔を歪めたがそれでも彼女は言い切った。
少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、貴族の間では名の知れたヴァリエール家の3女だ。
ヴァリエール家と言えば貴族の名家とも言われる家系で王室の血を引く由緒正しき家柄だ。
だが皮肉な事に土埃塗れの彼女、ルイズはヴァリエール家出身にして魔法が一切使えないのだ。
成績は常に学年トップを誇り知識だけでは誰にも負けることはない。でも彼女には実績が無い。
彼女に付けられた二つ名は『ゼロのルイズ』。最高に最低な二つ名だ。
そんなルイズを見ながら炎属性のメイジ、コルベールは内心複雑な心境にいた。
彼女が人一倍努力しているのは知っている、そして成績は学年で一番だと言う事も教師の自分も誇らしい功績だ。
その功績も他の生徒の嫉妬を買い彼女に対する風当たりが強くなるだけだが。
だからコルベールとしてはもう一度ルイズに召喚の儀式をやらせてあげたい。だが教師として定められたルールを破る事は出来ない。
コルベールはルイズの肩に手を置く。力のない自分が恨めしいが彼女には耐えてもらうしかない。
例え召喚した使い魔が見た事の無い造形をした剣だったとしても。
「春の使い魔召喚の儀式は神聖な儀式です。よってやり直しを認める事は出来ません」
「でも!平民の武器である剣を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」
そう、彼女が召喚したのは剣。それも細くて弱そうな剣だ。
世の中にはインテリジェンスソードと呼ばれる剣が存在する。高度な魔法と職人の手によって作られたそれは意志を持ち自分で思考し特殊な能力を持つ事も少なくない剣だ。
召喚した剣がインテリジェンスソードであったならば妥協はしただろう。剣の使い方を習い扱えるようにするだけだ。
だが目の前の剣はインテリジェンスソードではなく、ましてや特殊な能力を持っている訳でもない。あるとすれば風の固定化魔法がかかっているのだろうか、手荷物とブルブルと振動する事だけだろう。
「魔法が使えないからってボロ剣を買ってくるんじゃねえよ!」
「やっぱりゼロのルイズだな!期待を裏切らない!」
辺りから聞こえてくる罵詈雑言。苦虫を噛み潰したような顔でルイズはそれを耐える。
今から泣き出して家に帰ってしまおうか。両親と長女は自分を無能と罵るだろうがちぃ姉様だけは自分の味方でいてくれるだろう。
でも、自分もいつまでも子供ではない。こんな所で諦めて心の拠り所であってくれる姉に縋り付いては見っとも無いことこの上ない。
最後に一回だけ、それこそ土下座する勢いでコルベール先生に頼んでみよう。優しい彼の事だ、もしかしたら。
そう考えて、ルイズはコルベールに声を掛けようとする。
が、コルベールが自分の後ろを警戒の目で見ている事に気付き口を噤んだ。
「Ms.ヴァリエール!貴女が召喚したのは剣だけではありません!
それの持ち主も共に召喚したようです!」
コルベールが声を荒げる。その声を聴いた周りの生徒達は姦しく騒ぎながらルイズ達から距離を取る。
自分一人だけ取り残されたように感じたルイズは急いで自分の後ろへと振り返る。
するとそこには、紫電を纏いながら鎮座する人の形をした靄があった。
その靄は片膝をついた人の状態で突然剣の横に現れたのだ。いや、最初からそこにいたのだろう。
どういった魔法か分からないが姿を消していたのだ。だから誰もその存在に気付く事は無かった、『炎蛇』と言われたコルベールさえだ。
俄かに辺りが静まり返る。紫電が弾けあい音を立て、その場に緊張感を醸し出す。
容姿こそ見えないが確かにそこにいるそれは不気味に鎮座しているだけで動く事は無い。が、危険だとコルベールは想う。
剣を持つと言う事は平民なのだろうか。だが姿を消していると言う事は魔法を使っていると言う事。
だとしたら考えられるのは一つ、人々から忌み嫌われる亜人だ。
亜人とは人の姿をしているものの、そのどこかに人外的特徴がある者を指す。
エルフならば長い耳と忌み嫌われる理由である先住魔法などがある。先住魔法は杖と詠唱無しで使える恐ろしい魔法だ。
もしこの亜人がエルフならば、ルイズには申し訳ないが気絶させて捕えるしかないだろう。
「皆さん、下がっていてください。この者は危険で―――」
言いかけたコルベールの口が止まる。その表情は何かに驚いた時の様な大層な間抜面だった。
何故なら自分の視線の先には、見えない亜人に近付く『ゼロ』と呼ばれる自分の大事な教え子の姿が会ったからだ。