グリザイアの教室 作:光と闇の竜
「うおおおおおおおおお!」
「ひゃっはああああああ!」
豪華客船のデッキからどこまでも広がる水平線へと向かって池と山内が叫ぶ。中間テストと期末テストで溜まった鬱憤を全てぶつけるような叫び声だ。最近落ち着きを見せてきた須藤もどことなくそわそわしている。こういう時ぐらいは騒いでも構わないだろう。天国を味わえるのもどうせ今だけだし。そう考えた俺は筋肉をぴくぴくとさせている須藤に声をかける。
「別に混ざってくればいいじゃないか。期末テスト、赤点余裕で回避できたんだしその喜びをぶつけてくるといい。よく頑張ったな、お前の勉強を見ていた人間として誇らしいぞ」
「へへっ、これもお前が付き合ってくれたおかげだぜ。うっし、俺もちょっくら叫んでくるわ」
池と山内のもとに向かう須藤を見送る。部活の合間、勉強会にも真面目に取り組んだ須藤は期末テストで平均60点に迫る成績を叩き出した。正直簡単な問題を取りこぼさなければそのぐらいの点数にはなるのだが、あの須藤がということを考慮すればこれは褒めるべきことだ。池は平均60点を超えた。モテたいという池の強い欲求が成した快挙である。後はこれを継続して積み上げていくだけだ。ちなみに山内はどの教科も赤点ラインを5点ほど上回るギリギリのラインだ。テスト3日前に泣きついてきたので対策ノートのコピーだけ渡してやった。お前そろそろ本当に退学になるぞ。別にいいけど。
「綾小路、お前は行かないのか?」
「これから待ち受けているものを考えたら、到底そんな気分にはなれないな。お前だってそうじゃないのか?」
「こう見えても俺は結構ワクワクしている。無人島なんて楽しみじゃないか、一緒に夏の思い出作ろうぜ」
「どう考えてもサバイバルさせられるとかそんな予感がするがな」
何にせよ猛獣のいるジャングルに比べたら楽園だよ。学校の手が入っているだろうし、疫病の心配もないはずだ。そうじゃないとこんな行事はできない。
「まあクラスの結束力を試すとかその辺りじゃないか?後は体力とかその辺も見られそうだよな……綾小路」
「ああ」
「春寺くん、綾小路くんっ。何話してるの?」
「やっほー。期末テストお疲れ様」
櫛田と一之瀬が近づいてきたので綾小路が凡人モードに切り替わった。今のところ綾小路はクラス内では堀北や櫛田、須藤達以外からは俺の取り巻きモブと思われている。本人的には望み通りの目立たないポジションを手に入れられて満足らしい。
「ん、スイーツバイキングでの事覚えてるか?クラスポイントが大きく変動する行事の話だ」
「帆波ちゃんとひよりちゃんも言ってたね。でも皆で協力すればなんとかなるよね!」
「うんうん、Bクラスも一致団結して頑張っちゃうよ!」
我らがDクラスのアイドル櫛田ちゃんとBクラスの女神一之瀬が両手をグーにして意気込む。可愛い。ここに椎名がいれば完璧なのだが彼女は客室で本に夢中になっている。マイペースな椎名らしい。
「一之瀬はクラスのやつらと一緒じゃないのか?」
いつも誰かと一緒にいるイメージがあるのでついそんなことを聞いてしまう。
「あ、うん。さっきまでは皆といたんだけど、せっかくだから春寺くん達ともお話したいなって!ちょっと抜け出して探してたらそこで桔梗ちゃんとばったり会ったの。ねー」
「ねー♪」
ペカー。漫画だったらそんな擬音が書かれていそうな一之瀬の眩しい笑顔。圧倒的なまでの純粋な光だ。そして光あるところに影あり。櫛田もそれに負けない笑顔を向けてくれる。裏の顔を知っていてもなお見惚れるほどの笑顔だ。誘蛾灯に引き寄せられる虫のように池と山内がでれでれした表情を浮かべてこちら、いや櫛田と一之瀬に近づいてくる。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
「始まったな」
「ああ、行こう」
随分と意味深なアナウンスだ。すでにデッキにいた俺達は非常に意義ある景色とやらを見るために他の生徒が来る前に絶好の場所を確保した。
「ちっ、ムカつくやつらだぜ」
「綾小路くん、怪我とかしてない?」
「ああ、大丈夫だ」
だが、残念なことに島を観察しようと思った俺達はせっかく確保したベストポジションをAクラスの生徒達に奪われてしまった。櫛田、綾小路が突き飛ばされたのはわざと避けなかっただけだから心配するフリしなくてもいいぞ。どうせ櫛田に寄り添われてラッキーとか考えてるに違いない。軽い非難の意味を込めた目を綾小路に向ければ、気まずそうに目を逸らした。
気を取り直した俺達はこれから初めてとなるクラスポイントが変動する行事に備えて島の全景を目に焼き付ける。ここからでも十分に様子は窺える。島まではまだ少し離れておりはっきりとは見えないので各々が雑談を交わしている。
「く、櫛田ちゃんっ」
「ん?なにかな?」
少しだけ離れて綾小路達とひそひそ話していた池が緊張した様子で櫛田に話しかける。両手に花状態だったのによくも邪魔してくれたな池。もちろんそんなことはおくびにも出さず俺は少し離れて一之瀬と事の成り行きを見守る。
「そのさ、そろそろ俺達が出会って4か月ぐらいじゃん?勉強会とかも一緒にしてそれなりに仲良くなったと思うんだ」
「うん、そうだね。楽しかったよね、春寺くん達とも仲良くなれたし」
「だ、だよねっ?だからさ、これからは櫛田ちゃんのこと名前で呼んでもいいかな?桔梗ちゃん、みたいな……」
結構踏み込んだな。恐る恐る伺いを立てる池に対し、うーん、と少し考え込む様子を見せる櫛田。人気者を演じている櫛田の返答など決まっているだろうに、少し池の不安を煽ることで喜びを大きくさせようとしているのだ。あざとい女である。
「オッケーだよ。私も寛治君って呼ぶね♪」
「あっ、桔梗ちゃん……」
満を持して繰り出された櫛田の笑顔に池がノックアウトされた。池、哀れなまでに櫛田の掌の上にだぞ……。
「櫛田ちゃん、俺も俺も!」
「うん、春樹くん」
「ふうううううううう!桔梗ちゃあああああああん!!!」
山内も名前呼びを許されたことで今にもどこかへ飛んで行ってしまいそうな雄叫びを上げる。櫛田はそれを見て笑っているが内心では猛毒を吐いていると思うとちょっと面白い。
「せっかくだし私達もこれからは名前で呼ぶ?優斗くん……なんちゃって。ちょっと恥ずかしいや」
隣にいた一之瀬がこちらを見上げながらそんなことを言ってくる。無意識の上目遣いで照れた顔は反則だと思う。改めて言うが一之瀬の容姿は俺の好みにドストライクなのだ。この学校にいる間だけでいいから彼女になってくれないだろうか。
「いいんじゃないか。帆波」
「うにゃっ!?す、少しも照れないんだね。そうだった、優斗くん女たらしなんだった」
「誤解だ」
一之瀬にそう思われるのは結構ショックなんだが。
「は、春寺。お、オレ達も出会って4か月ぐらい経つよな?」
綾小路、お前が友達に飢えているのは知っているが流石にお前にはときめかんぞ。
「まあそうだな、綾小路って呼ぶのも長くて面倒だしこれからは清隆でいいか?」
「!ああ、俺も春寺と呼ぶのは長くて面倒だから優斗と呼ばせてもらう」
それはちょっと無理があると思う。ただまあ、今まで綾小路、いや清隆はそういった機会すらも与えられてこなかったのだろう。少なくとも俺には雄二がいたしヤブイヌ小隊の皆もいた。その点では俺は恵まれていたんだな。……そういえば、ヤブイヌ小隊も落ちこぼれの集まりだったな。そう考えると俺がこの学校でDクラスに配属されたことも悪くないと思える。
「綾小路くん、私はー?」
「え、いいのか?」
「もちろん!私達も友達でしょ?私も清隆くんって呼ぶね」
「じゃ、じゃあ……帆波」
「あ、照れてる?優斗くんと違って可愛げがあるね」
「何だと。俺だって可愛いだろ」
「どこが!?」
自慢じゃないが俺のプリケツはおっさんが掘ろうとするほどだぞ。……うっ、嫌な記憶が。変な対抗心を出したせいで嫌なものを思い出した。おのれ清隆。
そんなやりとりをしていると、船首の方がわっと湧いた。島が肉眼でも確認できる距離まで近づいてきたようだ。
「わぁ、凄く神秘的……でもこれからたぶん……」
「うん、素直に遊ばせては貰えないよね。せっかくの夏休みなのに……」
本来であればバカンスに目を輝かせていただろうに、これから起こるであろうことに察しがついている櫛田と一之瀬の目は死んでいる。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは三十分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合して下さい。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいて下さい』
どう聞いてもバカンスのアナウンスじゃないな。遊ばせるつもりなら持ち込む荷物を制限する理由なんてないはずだ。
「──ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
Aクラス担任の真嶋先生によるその言葉をもって、本格的なクラス間の争いが幕を上げた。