グリザイアの教室 作:光と闇の竜
勉強会当日である。無事に須藤たち3バカの参加を取り付けた俺達は図書室で赤点を回避すべく勉強に取り組む。そのはずだったのだが──
「どうして櫛田さんがここにいるのかしら?」
「えっ!?駄目、だったかな……?」
主催者の堀北は怒り心頭であった。綾小路から勉強会に誘ってみたが断られたと相談されたので、皆のアイドル櫛田に頼んで開催までこぎつけたのにこの対応である。このままだと櫛田に悪いのでここは綾小路に対応してもらう。俺はその間に須藤たちに簡単な自己紹介と今回はよろしく頼むという話をしておく。
「それが櫛田に協力してもらう条件だったからだな」
「私はそんな話聞いていないのだけれど?勉強会の対象はあくまで赤点の心配がある生徒よ。無駄な労力は使ってられないの」
「方法はオレ達に任せる、そう言わなかったか?これもその内に入るはずだがな」
「……そうね。それに、これ以上時間を無駄にもできないわ。櫛田さん、参加は認めるけれどくれぐれも邪魔はしないで頂戴」
「うんっ。ありがとうね、堀北さん!」
言質は取ってある以上これ以上の問答は不利だと感じたのだろう。その上俺達はあくまで善意の協力者だしな、これからを考えると俺達からの心証にも気を遣う必要がある。それにしてもここまで邪険にされても笑顔を崩さない櫛田は本当に凄いと思う。あるいはその笑顔が偽りの仮面だからこそ可能なのか。……駄目だな、職業柄かあまりに人が良すぎるとつい疑ってしまう。こんなに笑顔が可愛い櫛田に裏なんてあるはずがない。まさか櫛田がどこかの国のスパイなんてこともないだろうし。
櫛田の参加も無事に認めさせ、3バカに加え赤点ラインが近くて不安だという華奢な男子生徒、沖谷の4人を対象とした勉強会は無事に開催された。後はこのまま堀北主導の下彼らの学力を向上させることができればひとまず退学の危機は乗り越えられる。そう考えていたのだが──
「今すぐ勉強を、いいえ、学校をやめてもらえないかしら?バスケットのプロなんていうくだらない夢は捨ててバイトでもして惨めに暮らすことね」
「んだとテメェ……!」
俺の目の前では須藤が堀北の胸倉を掴みあげていた。なんでこうなるんだろうなぁ(遠い目)。いや見ていたからこうなった経緯は分かる。でもなんでこうなるんだろなぁと言いたくなるぐらいにひどい流れだったんだ。
まず須藤たちの学力が予想以上に低かった。どれぐらい低いかというと連立方程式を理解できないレベルだ。堀北が解き方を教えるもそもそもなぜそうなるのかが理解できず、須藤たちがリタイアを宣言。櫛田が堀北に代わって教えてみるもやはり理解できない。そこに堀北から辛辣な言葉が投げかけられてヒートアップ。今に至るというわけだ。
改めて言葉にしてみると本当にひどいな。確かに須藤たちの学力は教える側からしたら苛立ってしまうのも無理はないが、教える側が匙を投げたらお終いだろう。たとえ須藤達の退学を回避させるためとはいえ、渋々参加しているこいつらに煽るような言葉を投げるのは論外だ。軍隊じゃないのに強制できるはずがない。とはいえ堀北に協力している以上放置するわけにもいかないか。綾小路に任せて須藤たちとの関係が悪くなってしまうのも可哀そうだ。
「とりあえず落ち着け二人とも。ここは図書室だ」
「悪いのはコイツだろ」
「私は落ち着いているわよ」
「須藤、お前の怒りはわかるがここは俺と綾小路の顔を立ててくれ。後でジュースでも奢るから。それと堀北、お前は少し黙ってろ。俺達はいつでも協力するのを止めてもいいんだぞ」
「っ……!」
双方に悪い部分はあったが今回に限っては堀北は邪魔だ。堀北がいると話が進まない。
まずは須藤達に向かって頭を下げる。堀北主導とはいえ呼んだのは俺達だからな。
「まずは須藤、池、山内。わざわざ来てくれたのにすまないな。気分を害しただろう。沖谷も巻き込んでしまって悪い」
「……別に、春寺にはムカついてねえよ」
「そうそう、お前は別になんも悪くないしな」
「むしろ櫛田ちゃんと一緒の機会を作ってくれてサンキュって感じ?」
「ううん。平田くん達の方には参加しにくかったし、僕はむしろ助かってるよ」
こうやってこちらから頭を下げれば強気な態度は取りにくい。案の定須藤達はいくらか怒りを収めてくれた。
「でだ。もうすっかり勉強が嫌になったとは思うが、そこを堪えてもう少しだけ頑張ってみないか?この学校の試験はおそらく今までみたいに一夜漬けでなんとかなるレベルじゃないと思うぞ。仮にも国立だからな。須藤、赤点を取って退学になったらバスケどころじゃないだろ?」
「でもよ……」
「春寺には悪いけど、これ以上堀北さんに教わるのは勘弁って感じ?」
「だなぁー。あ、俺は櫛田ちゃんが手取り足取り教えてくれるっていうなら喜んで参加しちゃうぜ!どう、櫛田ちゃん?」
「あ、あはは……」
山内、この空気でその発言ができるのはもう一種の天才だ。空気の読めなさがな。櫛田の苦笑いなんて初めて見たぞ。
「もちろん教えるのは堀北じゃない。俺が責任をもって赤点を回避できるようにしてやる。先月の小テスト、俺は90点を取っている。教師役に不足はしていないと思うが?」
「そう言ってくれるのは助かるけどな……」
まだ弱いか?
「池、これは俺の恩師が言ってたんだけどな。小学生は足の速い奴がモテる。中学生は喧嘩の強い奴がモテる。そして高校生はな、頭のいい奴がモテるんだそうだ」
「何っ、本当か?」
嘘だ。だって平田は顔だけでモテてるからな。もちろん入学して少し経った今でも人気ということは性格もいいんだろうが。
「ああ、間違いない。しかもこれを言ったのは女だぞ、信憑性があると思わないか?例えば、お前が勉強できるようになるとするだろ?そうすると今度はお前が勉強を教える側に回るわけだ。当然、状況によっては女子と二人きりでなんてこともあるかもな」
「春寺っ、頼む!俺に勉強を教えてくれ!東大合格レベルまで!」
よし、池はクリアだ。次は須藤だな。
「須藤、俺はお前の夢を笑わない。素晴らしいことだと思う。お遊びで言ってるんならともかく、本気なんだよな?」
「ああ。これだけは本気だ」
「でも、だったらなおさらある程度の学力は身につけておいた方がいい。テストの度に赤点リスクがある中でバスケに集中できるのか?まだ一年生の春なんだぞ?」
「……お前に教えてもらえれば、赤点は回避できるのか?」
「それはお前の努力次第だ。もちろん俺も本気で教えるが、お前にやる気がなかったらどうしようもないからな。練習時間が減ってしまうのを気にしてるんなら朝練でもしたらどうだ?本気でプロを目指してるんならそれぐらいはできるだろ?」
「へっ、言ってくれるじゃねえか。上等だよ」
後は山内だが、3人のうち2人を説得できればこっちの勝ちだ。お前はどうする?と目を向けてやれば、
「なんだよ須藤も池もやる気になっちゃってよぉ~。しょうがねえから俺も付き合ってやるか~」
といった具合に何もしなくても勝手に参加してくる。調子のいいことを言っているが視線は櫛田の方を向いているのがバレバレである。
「よし。だったら責任を持って俺が須藤達を赤点回避できるようにしてやる。とはいえ連立方程式を理解できないってのはそこそこヤバい。まずは基礎の基礎、中学生の内容から理解する必要がある。少し準備が必要だから今日のところは解散でいいぞ。またこっちから連絡する」
そう言って須藤たち3バカを帰し、俺はずっと黙っていた堀北へと向き直る。
「さて堀北。お前、本当にAクラスを目指すつもりあるのか?」
「どういう意味かしら?」
「言った通りの意味だ。Aクラスを目指す第一歩がこの勉強会だったんじゃないのか?お前が崩壊させてどうする」
「あそこまでやる気がない上に勉強のできない人間がいたとしても足手纏いになるだけだわ。だったら今のうちに退学してもらった方がクラスのためよ」
「それは早計が過ぎるな。この先あいつらの力が必要になるかもしれない」
「私にはそうは思えないけれど」
「まあお前が切り捨てるって言うならそれも構わない。今回俺達の役目はこの勉強会の開催までだからな。そこから先はお前の責任だ」
「そうね、ご苦労様。でもそれならあなたが須藤くん達に勉強を教える理由が思いつかないのだけど?」
「せっかくできた綾小路の友達が減るのは可哀そうだろ?後は単純に興味本位だ」
勉強を教えるなんて凄く普通の学生っぽくないか?実は初めての学生っぽいイベントにわくわくしてる俺がいる。綾小路はどうだろうか?
「堀北、お前も沖谷に関してはしっかり教えてやれよ。学力は少し低いかもしれないがちゃんとやる気はあるんだからな」
「ええ、そうね。やる気があるのなら私も切り捨てるつもりはないわ。沖谷くんも、それでいいかしら?」
「う、うんっ。僕も赤点取って退学なんて嫌だし、頑張るよ」
「櫛田も、今日は悪かったな。こっちから頼んだのに」
「ううんっ。私も力になれなくてごめんね。もしよかったらなんだけど、須藤くん達に勉強を教えるの私も手伝おうか?」
「正直助かる。櫛田がいるのといないのとじゃあいつらのやる気も目に見えて違うだろうからな」
「あははっ、そんなことはないと思うけど。そうだ、綾小路くんとはしたけど、春寺くんとは連絡先の交換まだだったよね。もっと早く交換したかったんだけど中々機会がなくて……いいかな?」
「ああ、もちろん」
そんな感じでひとまず今日は解散したのだが、俺と綾小路は学校の屋上へと向かっていた。特に理由はない。夕日を見て綾小路が「なあ春寺。放課後の屋上で夕日をバックに語り合うって、なんか青春っぽくないか?」と言ったので「確かに。缶コーヒーもあれば完璧じゃないか?」「天才かよ」といったやり取りがあっただけだ。
「あ。そういえば今思い出したんだが放課後は確か施錠されてた気がする」
「もっと早くに言えよ。でもまあ大丈夫だ、ピッキングには自信がある」
「オレは真面目にお前の過去が詳しく知りたくなってきたぞ……」
「お前が先に詳しく話せば教えてやるよ」
俺と綾小路はくだらない話をしながら階段を昇る。電子錠じゃないのならどうとでもできる自信はある。潜入工作の任務も何度かこなしたことがあるしな。
「ん?開いてるな……」
「見回りかもな、ちょっと様子を見るか」
教師に見つかると面倒だ、そう考えた俺達は屋上へ通じる階段の中ほどで立ち止まり気配を殺した。互いになぜそんなことができるかについては触れない。そんなことを知らなくても俺と綾小路が友達ということは変わらないからだ。スニーキングミッションさながらの慎重さで、そっと屋上へと近づき手すり付近から屋上の扉が見えるほうへと顔を覗かせる。
「あれ櫛田じゃないか?」
そこには先ほど図書室前で別れたはずの櫛田がいた。他に生徒がいる気配はない。
「優等生の櫛田にも悪い子な一面があったんだな、どうやったかは知らないが屋上にこっそり忍び込むとは。せっかくだ、櫛田も混ぜて青春イベントといくか」
そう言って櫛田に声をかけようとした俺を綾小路が素早い動きで引き留めた。
「待て春寺。俺達とは違ってあの櫛田だぞ、もしかしたら彼氏との逢引の可能性がある。櫛田は人気者だからな、人目を忍ぶために屋上に来ているのかもしれない」
「確かに……櫛田ならありえる。でもどうしよう、櫛田に彼氏がいたとかちょっとショックなんだが」
「オレもだ。ここにいると櫛田の彼氏と挟み撃ちになる可能性がある。引き返そう」
まだ櫛田に彼氏がいると確定もしていないのに小声でそう結論を下した俺達は踵を返す。
「あ──────ウザい」
そんな俺たちの背後から聞こえてきたのは、今まで聞いたこともないぐらいに低く重い櫛田の声だった。
初期堀北さんの鋭さはすげえよ、ハリネズミでも安全に触れる部位はあるんだぞ。
というわけで次回は闇属性との出会いです。