結束バンドに入るために僕は悪魔と契約をした。   作:アルザス

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第1話

真夜中の狭い部屋で、僕は手を動かす。

自らのペニスをしごきながら、つぶやいた。

 

「虹夏ちゃん」

 

虹夏ちゃん、虹夏ちゃん、虹夏ちゃん、虹夏ちゃん、虹夏ちゃん。

 

頭の中で、彼女の存在が膨大に膨れ上がっていく。まるで破裂しない気球のようだ。

僕の脳内は、僕の虹夏ちゃんの妄想でいっぱいになる。

華奢な体、可愛らしい声、面倒見がよさそうな性格、朗らかなしぐさ。

それらすべてが、僕の心の中に満ちていく。

 

「うっ」

 

射精した。

また、ベッドを汚してしまった。

僕は、のそりと起き上がる。

パジャマのズボンに手を入れ、ねっとりとした精子に指を触れた。

あぁ、僕はいつからこんな人間になってしまったのだろう。

クラスメイトの女子のことを考えて、毎晩オナニーをしている。

ため息をつきながら、部屋を出た。夜の薄暗い階段を降り、一階のトイレで手を洗う。

鏡に映る自分の顔を見た。

さえない陰キャが、映っている。

不細工な造形の顔、薄暗い瞳。

嫌気がさす。

とぼとぼとと自宅の階段をのぼり、自室へと向かいながら、考えた。

僕はなぜ、こんなに情けないのだろう。

 

「バンドメンバー、探してるんだっ!」

 

虹夏ちゃんの明るい声が脳内で響いた。

3か月前。

彼女が教室でそんなことを言っているのをたまたま耳にした。

その時僕は、立候補したかった。

 

「じ、実は、ギター、弾けるんだ」

 

そう言いたかった。

陰キャに見えるけど、いや、実際そうなんだけど、実は音楽が好きで、中学生のころから、ずっと練習していたんだ。

でも、声が出なかった。

そんなこと、言えるわけがない。

クラスが同じってだけで、何の接点もない。

それに、ギターの腕前だって、正直、大したもんでもない。

僕みたいなやつが急に手を挙げたって、虹夏ちゃんは困るに決まってる。

 

「あ、えっとぉ、ご、ごめんねっ!」

 

中途半端に気を使われて、断られるに決まっている。

そんなことになるぐらいなら……。

うつむいて、何も言わなかった。

その後、虹夏ちゃんのバンドはどんどんメンバーが集まっていったらしい。

ベースの山田さん。

この子はクラスメイトだ。

虹夏ちゃんと仲が良いのは前から知っている。

それから、他校の女子二人。

喜多さんって子と、後藤さんって子。

 

「くそっ!」

 

僕は、怒鳴り声をあげて壁を殴った。

喜多さんって子はまだいい。

正直、顔が可愛いし、声だって可愛い。

僕なんか相手にもされないような陽キャだ。

あんな子に負けたって、なにも腹が立たない。

それよりも、後藤ってやつだ。

なんなんだ、あの陰キャは。

それにギターだって、まともに弾けてないじゃないか。

僕は、ずっと虹夏ちゃんのバンドが気になっていたから、初ライブの時、こっそりと見に行った。

虹夏ちゃんの家が、駅から近いビルの地下のライブハウスだってことは知っていた。

彼女から直接チケットを買うのは恥ずかしかったので、当日飛び込みでライブハウスに行った。

そこで僕が見たのは、完熟マンゴーとかいうわけのわからない段ボールに身を隠した陰キャギタリストだ。

あんな奴が、虹夏ちゃんのバンドに!?

くそっ!

それだったら僕が立候補すればよかった。

くそっ。

 

「チクショウ……」

 

普段は使わない汚い言葉をつぶやきながら、自室のドアを開ける。

そこには、悪魔がいた。

 

* * *

 

悪魔。

文字通りの悪魔だ。

映画やら漫画やらに出てくるような、デビル。

赤い体をして、筋骨隆々としていて、角がある。

 

「よぉ、壮太君」

 

悪魔が、手を挙げた。

そいつは、僕のベッドに腰かけていた。

 

「君に会いたくって、待っていたんだ」

「あ、悪魔、なのか?」

 

僕が問いかけると、そいつは笑った。

 

「そう見えるのか? そう見えるなら、そうなのだろう」

 

そいつの体は、実体のようでいて、ゆらゆらと揺らいでいるようにも見える。

 

「それよりも、君、なにか望みはないか?」

 

地の底から這い出てくるような声だった。

 

「望み……」

 

僕は、体が震えていた。

一体こいつは誰なんだ、なぜ僕の部屋にいる。

そういった疑問が湧き上がってくるのに、なぜか、本能的な何かが、今の状況を受け入れていた。

これは、『そういう存在』なのだ、とでも言うかのように。

 

「怖がらなくてもいい。俺は、こういう存在なんだ」

 

まるで心を読むかのように、悪魔が言った。

 

「いつでも、どこにでも存在する。ただし、こうして人の目に触れることは稀なんだがね」

 

ぞっとするような笑みを浮かべた。

 

「さて、壮太君。君は、何か願いを持っているんじゃないかな」

「願い……」

「心の奥底にある願望だよ」

 

悪魔は、まるで僕を見透かすかのように冷徹に話す。

僕は、唇をかんだ。

しばしの沈黙。

それから、僕は、つぶやいた。

 

「時を、戻したい。虹夏ちゃん……クラスメイトの伊地知さんが、バンドメンバーを募集してるって言ったときに、手を上げたい」

「ほぉ。それだけかい?」

「……っ!」

 

僕は、首を振った。

 

「いや、それだけじゃ、だめだ……」

 

頭の中に、いやな考えがよぎった。

 

「あ、えっとぉ、ご、ごめんねっ!」

 

僕を見て気まずそうに断る虹夏ちゃんの妄想。

僕は、顔を上げた。

 

「この姿も変えてほしい。イケメン陽キャになりたいんだ!」

 

悪魔は、うなづいた。

 

「いいだろう。望むとおりにしてやるよ」

 

その言葉を聞き終えた瞬間、目の前が暗転した。

 

 

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