ガールズ&パンツァー  これが三代目の戦車道です(女神達のメッセージ改)   作:熊さん

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少し暗い話になります。
試合のシーンもありますが、試合の流れが中心なので、地の文が多くなってます。
ちょっと長いお話ですが、そこはご容赦を。
それでは、続きをどうぞ。



亜希子さんの葛藤です。

 

 交流会も午後八時半に終了し、招待されていた大洗女子学園のメンバーが待機していた大型バスに分乗して学園艦に帰る。

 隊長である祐子と副隊長の亜希子は、バスの最前列に座っている。

 ただし、助手席側の二人掛けシートが隊長席で、運転手側の二人掛けが副隊長席と分かれている。

 

(亜希子さんには、試合の事上手に切り出せなかったなぁ。西住流を教えてもらう相談もあるし……)

 

 祐子は亜希子の様子を窺うように何度も横目で運転手側の窓側に座る彼女をチラ見をしているが、亜希子は窓の方を向いていて様子が分からない。

 亜希子は、移動するバスから見えているコアラの森学園艦の街並みを見つめながら、考えている。

 

(違う。この一年、病気は出なかったじゃない。きっと、昨日あまり眠れなかったせいよ。次は、黒森峰と試合。……私が本当は行きたかった黒森峰。必ず見返してやるわ……。私に「戦車道を辞めろ」と言ったあの人に……)

 

 亜希子は見えてきた大洗女子学園学園艦を見ながら決意していた。

 

 亜希子が座る席の後ろに浦田姉妹が並んで座っていて、翔子は最後尾の五列シートの真ん中に座り、そこから最前列に座る祐子と亜希子の様子を見ている。

 

 学校にバスが着くと、校舎の三階にある生徒会室に明かりが灯っており、また戦車整備倉庫も室内にある水銀灯が全力で光を地面に照らしている。そしてバスは運動場を横切り、戦車倉庫の方へと向かった。

 

 戦車整備倉庫という施設は、戦車倉庫の横に新しく建てられた小さな体育館ほどの大きさの建物で、試合で大破した『ルノー』『38t』『89式』が試合終了直後からドラゴンワゴンによって運び込まれ、自動車部やそこから分離した戦車整備を行う機工部の部員達の手により、今、全力で修理作業の最中である。

 

 バスから降りた参加者達は戦車倉庫にある更衣室で制服に着替えると、それぞれが帰宅の途に就く。

 着替えを終えた祐子は、倉庫を閉めるために倉庫の扉の前で全員が出るのを待っていた。そこに亜希子が恵とかなえを連れて近づいてくる。

 

「隊長さん、ちょっと相談があるのだけど、いい?」

 

 亜希子は、祐子の前に立って話しかけてきた。

 祐子は三人を見ながら「はい、何でしょう?」と答えると、亜希子は考えていた事を祐子に話す。

 

「来週は『黒森峰』との春の定期交流戦よね。その試合、私に戦車隊の指揮をさせてもらえない?」

 

 亜希子の相談の内容を聞いた祐子が答えようとするが、それより先に三人の後ろから「亜希子、てめえ、ふざけたこと言うな!」と怒りの声が倉庫の中に響く。

 祐子と三人が声の主を見ると、そこには腕を組み、仁王立ちしている翔子がいた。

 

「ふざけた事? 別にふざけてなんかいないわ?」

「てめえ、今日の試合でお前がやった事、忘れてんのか?」

 

 翔子は腕組みをとくと、怒りの表情で三人に近づいてくる。

 亜希子は、後ろにいた恵とかなえを押しのけるようにして翔子の前に出てきた。

 にらみ合う二人の後ろから、恵がこの場に似合わない声、間延びした話し方で二人の仲裁に入る。

 

「あのねぇ『ものは試し』っていうよねぇ。今日だってぇ、途中までは良かったじゃないのぉ」

「……お姉ちゃんの言う通りだと思う。別に公式戦じゃないのだし、試す事も必要……」

 

 亜希子の助け舟をする二人に翔子は苦々しい顔をするが、視線は一番後ろにいた祐子の表情を見て、彼女の変化に気づいた。

 

(あっ、祐子の目が死んでる。何を考えているんだ?)

 

 そして、そう思った後、すぐに祐子の目の焦点が戻ってきた。

 

「うん、わかった。亜希子さん、今度の黒森峰戦の指揮をお願いします」

「祐子、いいのか!」

「うん。翔子ちゃんが私の立場を考えてくれて、言ってくれている事は分かるから……。亜希子さんには臨時の隊長をしてもらうね。私は、定期戦には病欠という事にして出場しないから。それだったら、他の人達も納得してもらえると思う」

「マ、マジでそれでいいのか?」

 

 祐子の思いもよらなかった返事に驚いた翔子だが、直前に見せた祐子の表情を思い出した。そして、直ぐに交流会の時に言った祐子の「西住流を教えてもらう」という言葉も思い出す。

 

(そうか、祐子は亜希子の指揮の中から、西住流を学ぶつもりなのか……)

 

 翔子は祐子の意図をくみ取り、渋々答える。

 

「わかったよ。隊長がそう言うのなら、文句はねえよ」

「翔子ちゃん、ありがとう。亜希子さん、宜しくお願いね」

「ええ、まかせて下さい」

 

 こうして、一週間後に行われる黒森峰との練習試合の指揮官が決まった。

 

 境港港を同日の真夜中に出港した学園艦は、日本海を左回りで南下、長崎県の南端、野母崎を回り込んで熊本港を目指す。

 航海は順調に進み、翌日の夕方に熊本港に学園艦は入港した。

 

 熊本港に入港する間、亜希子が西住流の戦術を中心にした作戦を立案し、その作戦をメンバーに伝える。

 場所は戦車倉庫。ホワイトボードを背にして亜希子は、立てた作戦をメンバーに伝えている。

 

「交流戦の会場は草千里ヶ浜です。遮蔽物が一切ないのでお互いの練度の差が勝敗に直結します。予想される黒高の布陣は、隊長車が『ティーガーⅠ』か『ティーガーⅡ』。重戦車が二両、多分『ヤークトティーガー』は出てきます。後の五両は、おそらくパンターでしょう。そして、西住流の基本は重戦車を盾にして、ひたすら前進しながら相手を押し潰す戦車道です。なので、私達はその前進してくる黒高戦車隊の圧力に負けない事が一番大切です」

 

 亜希子はそこまで話すと後ろを向き、ホワイトボードに自軍と黒森峰の戦車配置図を書き出す。

 そして書き終えると、またメンバーの方を向いた。

 

「私達は持っている戦車八両、全車両の投入になります。しかも、今回は殲滅戦なので役割分担をしっかりと理解して実行しないと、火力差と装甲厚の差でやられます。ですので、今回は二段階に作戦を分けます」

 

 亜希子は、自軍の配置図、パンツァーカイルの頂点に並べて書いている『M3』と『ポルシェティーガー』の内『ポルシェ』の方と二列目に書いた『89式』『38t』を丸で囲み、囲んだ後『89式』と『38t』をそれぞれ『ポルシェティーガー』の直後になる所に矢印を引き、縦一列のになる様に丸を書く。

 新たに書き加えられた配置は『ポルシェ』『38t』『89式』の順に縦一列となっている。

 

「この三両は正面から黒高に突っ込みます。そして、黒高の中に潜り込んだら『ポルシェティーガー』を盾にしながら『38t』と『89式』は各戦車の履帯を破壊して動けなくする事が目標です。三両が突入するまで、他の戦車は援護射撃を行います。破壊活動が始まったら、三両以外の戦車は散開して、動けなくなった戦車から各個撃破に作戦を移行します。重戦車、特に『ヤークト』は後回しです。重戦車群は残った戦車で一両一両確実に落とします。作戦は以上です。質問はありますか?」

 

 亜希子の問いに、メンバー全員が首を横に振った。

 

 作戦会議は終わり、祐子が亜希子の横に立ち、訓練開始を告げる。

 その直後、通信手部門リーダーは補習に出る為に校舎に向かい、今回も試合メンバーから外れた。

 

 試合が始まる前日まで作戦に沿った全体練習を続け、前日になる土曜日に祐子は選抜メンバーを発表する。

 彼女は先のコアラの森戦で出場できなかったメンバーの内、事情がある者以外全員を選抜した。

 訓練終了後、全戦車八両をドラゴンワゴンに載せて準備が整ってから全員が下校した。

 

 そして、翌日の日曜日。

 午前七時に出発した選抜チームを乗せたバスとドラゴンワゴンは、試合会場となる熊本の名山、阿蘇山のカルデラ湖周辺に広がる『草千里ケ浜』へと向かった。

 

 黒森峰と試合のレギュレーションは、試合形式は殲滅戦、時間が五時間、試合エリアが『草千里』一帯、戦車数はそれぞれ八両、総重量の統一は無し、である。

 

 大洗からは『ポルシェ・ティーガー』『ルノーB1』『M3Lee』『三式中戦車』『Ⅲ号突撃砲』『38tヘッツァー』『八九式甲型』そして『マークⅣ』の全戦力。

 黒森峰の方は『ヤークトティーガー』『エレファント重駆逐戦車』『ティーガーⅡ』で残りの五両全て『パンターG型』の戦力で、それぞれ『M3Lee』と『ティーガーⅡ』に指揮官が搭乗している。

 大洗の『M3Lee』に戦車長兼隊長代理の亜希子、副砲手に恵、副砲装填手にかなえ。操縦手として翔子が乗り込んでいた。

 

 当日、予定通り出発前に体調不良になった祐子は、試合に参加するメンバー達に指揮権を亜希子に委託する事を伝え、その後、草千里ヶ浜近くの展望所に設置された観覧席で試合を観戦するつもりで展望所までの臨時観戦直行バスで現地までやって来た。

 

 試合は、定刻通りの九時半に開始された。

 祐子は、試合を中継しているマルチビジョンの中、緑の絨毯を拡げたような草千里ヶ浜の大地をパンツァーカイルで前進していく仲間達の乗った戦車群を見つめている。

 

(皆、頑張って……。作戦通りに……)

 

 試合開始後、東西に分かれていた両軍が進軍してきて、双方の距離が2000mまで近づいた時に、大洗側は陣形を組み直し『ポルシェ』『38t』『89式』が、縦一列の突撃隊形になる。

 そして、残りの五両で牽制の援護射撃が始まる中、突入隊の三両が速度を上げた。

 祐子は、ここまで作戦通りに進み、全体練習で訓練してきたフォーメーションの組み換えと援護射撃の正確性が上手くいっている事にホッとしていた。

 黒森峰側も、突撃隊の接近を防ごうと『ヤークト』と『エレファント』が最前方に横に並び、盾替わりとなり、他の戦車も含めて集中砲火を浴びせるが、突撃隊は蛇のように左右に移動し、時には『ポルシェ』の全面装甲で砲弾を弾き返しながら黒森峰との距離を詰めていく。

 突撃隊の後方、100mの位置で横一列になり援護射撃をしながら追走している他の五両。

 突撃隊が残り400mで、黒高戦車隊とぶつかるというところで、大きな誤算が起こった。

 

 『ヤークトティーガー』の発射した牽制用の一発が、たまたまだろうが『M3』の砲塔を掠めたのである。

 かすめた瞬間『M3』の車体が左右に大きくぐらつく。

 すると、突然グルッペから亜希子の上半身が現れて、右手を大きく前方に差し出して何かを叫んでいる。

 それまで、作戦通りに整然と進軍していた大洗隊の動きが突然可怪しくなる。

 突撃隊以外の五両が速度を上げ、突撃隊に追いつくと、大洗の全車両で『ヤークトティーガー』に向けて攻撃を始めたのである。

 重戦車二両の左斜め後方にいた指揮車の『ティーガーⅡ』は、すばやくヤークトの後ろに隠れる。

 それを合図に、黒森峰の戦車達が牽制の砲撃を止め、全車両が速度を上げた。

 モニターを見ていた祐子が、思わず叫ぶ。

 

「ああっ……。ダメッ、亜希子さん、ヤークトは一番最後に残った車両で攻撃しないと、他の戦車に……、あっ!」

 

 祐子が言いかけた時、突然『ヤークト』と『エレファント』が停車して、その直後に後ろに隠れている指揮車と共に後退を始めた。

それを合図に、重戦車二両を頂点にしたパンツァーカイルだった黒森峰の戦車群が一斉に大きく左右に散開する。

 

「危ない、黒高に包囲される。亜希子さん気付いて!」

 

 祐子は思わず叫びながら、席から立ち上がる。

 しかし、亜希子は後退していく前方の『ヤークト』見据えたままで、今だにヤークトを攻撃し続ける大洗の戦車群。

 黒森峰の動きに気づいていないのか、対応する気配がない。

 そして……。

 

 左右から包囲された大洗隊は、右往左往の状態になり『パンター』と再び前進してきた『ヤークト』『エレファント』の攻撃に、次々に撃破され、白旗を出していく大洗の戦車達。

 こうして、定期戦の結果は八対零の完封負けとなってしまったのである……。

 

 

 試合後の交流会には祐子達試合不参加組も招待され、新チーム同士の交流を深める。

 祐子は体調不良の為試合に参加しなかった事を詫び、黒森峰隊長からお見舞いの言葉をもらった。

 祐子は黒森峰隊長と二人で会場を回り、黒森峰のメンバー達と交流を図る。その時、視線の先に亜希子と翔子の姿を見つけた。

 二人は壁際に並び、何やら話をしている。

 そこへ恵とかなえも加わり、四人が輪を作り、会話を始めたようである。

 何を話しているのか気になる祐子だったが、黒高の隊長に促されて別の隊員がいる所に案内され、その場を離れた。

 

 交流会終了後、学園艦に戻ったメンバーの内、祐子と亜希子は遠征での二試合の結果を報告する為に校舎三階の生徒会の会長室へと向かう。

 祐子は「今日はありがとう。お疲れ様」と声を掛けたが、亜希子は「ごめんなさい」と返事をしただけで会話が続かない。

 祐子はさらに話しかけたい素振りを見せるが、亜希子は視線を落としたまま、祐子の右隣を歩いている。二人は、今日の試合の感想すらできていない……。

 

 三階の生徒会室前まで来た二人は、ドアをノックして、学年と名前をそれぞれが告げ、祐子が「試合の結果を報告に来ました」と来訪の目的をドア越しに中へ告げる。「入りなさい」と中から静かな通る声が聞こえると「失礼します」と挨拶をして、二人は、生徒会室へ入室した。

 生徒会室の中、扉のすぐ前に、全部で八人ほど座れる、本革製の応接セットがあり、その中の一人掛シートに、同高の生徒会長で四月から三年生となる、佐々木レイナが座っていた。

 彼女は『大洗の奇跡』と呼ばれるほどの才女であり、見た目は亜希子の完全上位互換版という感じの女子生徒で、普通科、水産科、農業科、航海科などの学園にあるいくつものの科を束ねる才女というにふさわしい雰囲気を持っている。

 彼女には『妹』が一人いて、この妹も戦車隊に大きく関わる事になる。

 ちなみに、彼女は航海科の出身で普通科ではない。これは、二十八年ぶりの事である

 

「こちらに座りなさい」

「「失礼します」」

 

 五人掛けのシートを手で示すと、レイナは二人にそこへ座るよう促す。最上級生であり、生徒会長という役職に就く彼女の指示に、二人は少し緊張しながら返事をしてそこに座った。

 レイナは、表情を変えずに静かに「報告を聞きましょう」と言う。それに対して、祐子がコアラの森学園の試合経過を、仕合開始からフラッグ車を撃破されるまでの順を追って説明した。そして、亜希子が黒森峰との試合を報告する。

 亜希子が話し終えると、祐子がレイナに対して報告を締めた。

 

「……以上の経過を辿り、二試合とも負けてしまいました」

 

 黙って報告を聞いていたレイナだが、祐子の「負けてしまいました」と締めくくったのを聞くと、二人の顔をジッと見つめながら言った。

 

「隊長さんは黒森峰との試合には出なかったのね」

「はい……。体調を崩してしまって、副隊長に指揮をお願いしました」

「そう。……体調管理をしっかりする事も上に立つ者の大事な務めです。肝に命じなさい」

「はい」

 

 返事をした祐子から視線を戻すと、今度は二人を交互に見ながらレイナの質問は続く。

 

「二度の試合の様子は分かりました。では、負けた原因は何処にあったの?」

 

 レイナが静かに尋ねると、祐子が率先して答えた。

 

「コアラの森では、私の指示ミスでフラッグ車単独で相手のフラッグ車を攻撃してしまった事と黒森峰では、私の作戦自体が間違っていた事です」

「……」

 

 レイナは祐子の嘘の回答を黙って聞く。そしてまた二人に別の質問を投げ掛けた。

 

「貴方達は、二度の試合で何か得るものがあった?」

 

 祐子はコアラ隊長の正体を知り、そこから大切なアドバイスをもらった事を思い出し、即座に言葉に力を込めて「はい」と答えた。

 

 レイナは祐子の目を見つめて「そう」と答えて、次に亜希子を見た。

 レイナの目に圧力を感じた亜希子は、視線を彼女から外し俯く。

 

「……いいえ」

 

 亜希子は、驚くほど小さな声で答えた。

 レイナは、返事を聞くと深くため息をついてゆっくりと話し出す。

 

「二人の試合経過の報告を聞いて、感じた事を言うけど……。二度の敗戦の原因は、指示ミスでも作戦ミスでも無いんでしょ?」

 

 レイナの言葉に、驚く二人。

 彼女は、視線を亜希子に向けて言った。

 

「原因は……、あなたよね。北川さん」

 

 亜希子は、また小さな声で「はい」と答え、そして、項を垂れた。

 

「私も妹と二人、中学まで戦車道の道場に通っていたから、少しは戦術や戦法を理解しているわ。だから、二人の報告を聞いて思ったの。途中まで順調だったのに、何故ってね。でも、両方の試合とも大切な所で戦車長であり指揮者である北川さんが絡んでいる。あなたが、命令無視か作戦無視したんでしょ?」

 

 返事ができない亜希子と二人のやり取りをオロオロした表情で見ている祐子。

 そして、レイナは「あなた、副隊長でしたね」と確認した。

 亜希子が「はい」と答えると、彼女に対して信じられない言葉を発した。

 

「あなた、副隊長を辞めなさい。いいえ、それだけじゃないわ、戦車道を辞めた方がいいわ」

 

 祐子と亜希子は、同時に驚きレイナの顔を見る。 

 レイナは淡々とした口調になり、二人に今の言葉の意味を話す。

 

「今の大洗女子学園は、西住先輩を頂点にした戦車隊が守ってくれたもの。だから、私は戦車隊に特別な感情があるの。私が一年生だった時、学校が廃校になるという事実を知らされて、先輩達と一緒に学園艦が解体される予定の広島の呉港までの最後の航海に出たわ。そして、先輩や同級生達は三交代の勤務の中、泣きながら学園艦を動かしていたのよ。でも、初代の戦車隊が学園艦を守ってくれた。試合に勝った連絡と廃校撤回の知らせを聞いて、戦車隊を迎えに行く時の皆の顔を、私は忘れられない」

 

 レイナは視線を天井に向けたまま、懐かしそうに話した後、視線を亜希子へ向ける。

 

「チームで戦うスポーツにとって、勝つための作戦というのはとても大事な事は分かるよね。その作戦を実行していく途中で、作戦の進捗と現状の誤差を修整していく隊長の命令は絶対なのよ。その命令から各チームの戦車長は自分の出来る事を全力で行うの。それが戦車道なのよ」

 

 そして、レイナは語調を強くする。

 

「副隊長という指揮権を持っているあなたが、事前に立てた作戦を無視する。最高の権限を持っている隊長の命令も聞かない。そんな人は戦車道だけではないわ。チームスポーツ自体に向いていない」

 

 レイナの言葉に、亜希子はさらにうつむいた。

 祐子の方は、ハラハラとした表情になり、二人のやり取りを見ている。

 

「もうすぐ新年度になるわ。来年の選択科目は戦車道以外を取ることね」

 

 レイナはそこまで話すと、普段の口調に戻った。

 

「それはそれとして、二人とも試合の指揮と交流会の接待、お疲れ様だったわね。報告は受け取りました。もう家に帰っていいわよ」

 

 そして、レイナは立ち上がると、応接セットの奥になる会長机に戻ると、開けたままだったノートパソコンのキーボードを打ち出した。

 二人は立ち上がると「失礼します」と言って生徒会室を後にした。

 

 祐子は廊下に出た後、すぐに亜希子に声を掛けた。

 

「亜希子さん、辞めないよね……。戦車道、辞めないよね?」

 

 亜希子はその声に返事をせず、涙を浮かべたまま廊下を走りだした。

 後を追う祐子が運動場まで来ると、そこで亜希子が祐子の方を向いて、校庭いっぱいに響くような声で叫んだ。

 

「ついて来ないで! 一人にさせてよ!」

「あ、亜希子さん……」

 

 亜希子は走って戦車倉庫に入ると、更衣室に向かい自分のロッカーからパンツァージャケットをひったくるように掴むと、そのまま正門の方へ走って行った。

 運動場の真ん中で立ちすくんでいる祐子に、戦車倉庫にいたのだろう、翔子と恵、かなえの三人が飛び出してきて、祐子のもとに走ってきた。

 

「おい! 祐子! さっき亜希子のやつが泣きながら更衣室からジャケット持って出ていったぞ」

「祐子ちゃぁん、北川さんはぁ、どうしたのぉ。何かあったのぉ?」

「……お姉ちゃん、何かあったから泣いているんだと思うよ……」

 

 三人が口々に祐子に尋ねてくるも、祐子には、何があったのかを三人に話せるはずがなかった……。

 

 

 正門を飛び出した亜希子は、学園艦の進行方向左手になる、左舷デッキ公園へと走って行く。

 その左手には、今日まで大切にしていた、学章が背中にプリントされた、パンツァージャケットを握りしめている。途中、何度も溢れてくる涙を、右手で拭いながら……

 そして、左舷デッキ公園に着くと、持っていたジャケットを有明の海に捨てようとした。

 投げる構えをしたが、途中で投げるポーズで止まる。

 そして彼女は、持っているジャケットの背中にプリントされている、大洗の楽章を見つめた。そして、そのまま近くに設置されていた、木製のベンチに座る。

 彼女は、握っていたジャケットを、背中部分を上にして膝の上に置き、大切そうに拡げると右手で学章部分を優しく撫でた。

 彼女の瞳からは、今も涙が溢れ続けている。

 亜希子は、その楽章を見ながら、小さな声で呟く。

 

「また、言われちゃった……。『戦車道を辞めろ』って、また……。どうして、皆、私に『戦車道を辞めろ』って言うの? 戦車道が好きなだけじゃダメなの? 祐子さんみたいに才能がないと、戦車道やっちゃいけないの?……」

 

 ジャケット見て、涙を流しながら自問する亜希子。

 

「どうして、……どうして病気が出ちゃうのよ? 大洗に入ってからは、全然出なかったのに……」

 

 そこへ、ベンチ前の左右に延びる散歩道路を、歌を歌いながら、自転車に乗って走ってくる女性がいたのである。

 

♪~エンター、エンターミッション! 早くおいでぇ、一生懸命、追いかけたいよぉ~♪

 

 歌声がだんだんと自分の方へ近づいてくる事に気づいた亜希子は、涙を拭き、顔を見られないようにベンチに座ったまま頭を下げて顔を隠す。

 すると、自転車が自分の前で『キキーッ』という甲高い音を立てて止まる気配がして、「へい、彼女! どうかしたの?」という声が聞こえたのである。

 





誤字、脱字がありましたら、ご指摘お願いします。

次回は、仮題「『大洗の母』のアドバイスです」です
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