タルティーン平原会戦   作:dwwyakata@2024

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タルティーン平原は泥濘の地。

こういった場所では大軍が運用しづらく、歴史上何度も大番狂わせが起きています。

エーデルガルトはそれを知った上で、王国最後の反撃を受けて立ちました。

リスクよりも完全勝利による戦争の早期決着を考えたためです。


1、大会戦の始まり

泥を蹴立てて、圧倒的大軍で帝国の前衛部隊が敵に迫るが。その足並みは雑多だ。

 

騎馬隊は凄まじい雨と川だらけの地形に進む事さえ苦労し、歩兵もそれは同じである。胸元まで水が来てしまう場所も少なくない。そんな場所を強引に進みながら、敵と戦うのである。

 

幸いにもと言うべきか。

 

王国軍も時間稼ぎを狙っていた様子で。

 

更に言えば、元から敷いていた縦深陣が、この凄まじい豪雨で滅茶苦茶になっている。

 

要するにどちらも規則的な動きが出来ず。

 

士気が乱れる前に。

 

そもそも軍として統率された動きが、どうしてもしづらい状況にあった。

 

既にどこが前線かもよく分からない状況で、両軍は激突している。航空部隊も、視界がロクにきかない中、敵味方の識別さえ苦労しながら、彼方此方の空でぶつかりあっている。

 

このままだと同士討ちも起きるな。

 

そうエーデルガルトは、悠々と前進し。時々踊り掛かってくる敵兵を、親衛隊に任せ。或いは自身で大斧アイムールにて斬り伏せながら。敵の密度が高いタルティーン平原北東部へと進軍していく。

 

一度、川を越え。

 

そして此処に前線基地を築く。

 

周囲の敵を注意深く掃討しながら、徐々に前線を進めていくが。敵が雨の中、突然至近距離に現れる事も多く。

 

皆、慌てきっているのが分かった。

 

側に控えていたベルナデッタが。不意に弓を引き絞ると、矢を放つ。

 

悲鳴とともに、いつの間にか側まで来ていた敵兵が、倒れ伏し。親衛隊が、滅茶苦茶に槍を突き込んで、とどめを刺していた。

 

「良くやったわ」

 

「はい」

 

ぐっと、眼の辺りを擦るベルナデッタ。

 

元々親に虐待同然の教育をされていた彼女は、大修道院でともに学んでいた頃から極端な人見知りで、絶対に冒険的行動というものをしなかった。使い物にならないのでは無いかという声も上がっていたのだが。そんなベルナデッタを鍛え抜いたのは師である。

 

元々の素質が高い事を見抜いた師は、狙撃手を任せ。

 

技量を見る間に開花させたベルナデッタは、普通どうしても戦場では興奮に背を押されて前に出たり、荒れ狂ったりする者が多い中。淡々と冷静さを保ち、指定された位置から絶対に動かず。そして針の穴を通す正確さで敵を撃ち抜き続けた。味方でベルナデッタを守るだけで、恐ろしいキルスコアをたたき出す事が出来るため、エーデルガルト自身が驚愕したほどである。

 

どうしても、世の中には他人と上手く接することが大事で。あらゆる全てがそうだと考える者がいる。

 

だが、狙撃の腕だけを特化して磨き。

 

最低限の指示だけ受けて、その通りに動けば良い。

 

その状況に置かれたベルナデッタは、こうして戦場ではある意味極めて地味ながらも、確実な活躍を見せている。

 

照明弾が上がる。

 

魔道によるものだ。

 

同時に頷くと、ベルナデッタは其方に弓を引き絞る。

 

エーデルガルトは、ベルナデッタを守るように周囲の騎士達に指示。分厚い装甲で身を固めている騎士達が、ベルナデッタを守る。

 

矢を放つ。

 

同時に、ぎゃっと鋭い悲鳴が上がった。

 

雨の中、見えているのだ。

 

続けて放たれた矢も、直撃した様子である。更に黙々と矢を番え、放ち続けるベルナデッタ。

 

敵からして見れば、恐怖でしかないだろう。

 

照明弾で多少は見えるが。多少でしかない視界で敵味方を区別し。確実に射貫いていく。

 

ベルナデッタが、学生時代だった五年前から怖れられ。

 

そして帝国軍が攻勢に出てからは。音無き矢として怖れられているのも納得である。

 

この攻撃は、最初に決めていた通り。平原中央に位置し、頃合いを見て遠距離魔術での広域制圧を狙っていた部隊を師が捕捉。そこに師がしかけると同時に、ベルナデッタが支援を開始したのである。

 

更に味方航空部隊が、照明弾を見て一気に群がり、上空から敵魔道部隊を襲う。

 

そんな乱戦の中でも、ベルナデッタは淡々と矢を放ち続け、一射確殺を続けていく。速射ではないが、命中率が尋常ではないので、見ていて安心感がある。むしろベルナデッタには余計な声を掛けないようにと、エーデルガルトは周囲に厳命している程だ。

 

斥候が飛んできた。文字通りの意味である。天馬に跨がった航空兵が、側に降り立ったのだ。

 

「前衛にて魔獣出現! 分散している味方が苦戦しています!」

 

「魔獣を敵が従えていることは分かっていましたが、これは困りましたな」

 

「すぐに精鋭を集めなさい。 私が処理するわ」

 

「ははっ!」

 

斥候が散り、この地点を確保したままにするようにヒューベルトに指示すると、エーデルガルトは大股で歩き出す。

 

師は恐らくもう魔道部隊を斬り伏せ尽くしているだろう。

 

あの人は軍神だ。

 

単独で一軍に匹敵する戦力を持ち。魔道だろうが分厚い鎧だろうが、その手にした天帝の剣にて見る間に薙ぎ払っていく。

 

一対一でやりあったら、エーデルガルトでも勝てる自信は無い。恐らく伝承に残るフォドラ十傑でも無理だ。

 

もし師に単独で勝てるとしたら。それは確実に人ならざる存在。

 

フォドラを裏から支配してきた者。白きもの。

 

それくらいだろう。

 

闇の中、徐々に速度を上げて行く。周囲の親衛隊が、どよめきの声を上げた。

 

巨大なる魔獣は、フォドラの各地に出現する。特に赤狼や大鷲と呼ばれる魔獣が有名であり。人間単独では対応が難しい巨大な体格と、魔道に対する強固な守りもあって、並大抵の人間が手に負える相手では無い。

 

だが、無言で突貫したエーデルガルトは。

 

跳躍すると、アイムールを魔獣の頭に叩き込む。

 

そして怯んだところに、一斉に親衛隊が槍を突き込み。動きが鈍ったところを滅多刺しにする。

 

血をぶちまけながら暴れる魔獣は、狼のようにも見えるが、どうもおかしい。

 

爪を大斧アイムールで弾き返しながら、エーデルガルトは返す刀でもう一撃相手の腹を切り裂く。

 

地面がぬかるんでいて力を出し切れないが。

 

それでも、魔獣にとどめを刺すことは出来た。

 

そして魔獣は程なく、人間の姿に戻っていく。

 

それは、どうみても王国軍の騎士だった。

 

事切れている騎士。

 

似た現象は、以前見た事がある。

 

マイクランという男が、紋章無しで英雄の遺産と呼ばれる武器を使おうとしたとき。こうなった。

 

どうやら王国軍は、意図的に味方を魔獣にしたらしい。決死隊を募り、魔獣になる者を選んだのだろう。

 

従えていたのでは無い。

 

騎士が魔獣になった、と言う事だ。

 

恐らく理性も消し飛んでしまうだろうが。

 

精神鍛錬を厳しくしていた騎士達だ。

 

魔獣になっても、この会戦が終わるくらいまでもてばいい。そういう考えだったのだろう。

 

まずいな。

 

エーデルガルトは独りごちる。

 

決して武勇に卓越していた訳では無いマイクランでも、魔獣になった時の戦闘力は相応のものだった。

 

王国にはまだ優れた戦士や騎士がいる。

 

特にディミトリの片腕である戦士ドゥドゥーが魔獣になる事を選んだら極めて厄介だ。どんな凶悪な魔獣が出現するか、知れたものでは無い。

 

師は予定通り動いているはず。

 

もしドゥドゥーがいるなら。

 

ディミトリから、そう離れてはいない筈だ。

 

「斥候を飛ばし、ドゥトゥーを探しなさい!」

 

「私が見たわ」

 

そう答えたのはイングリット。

 

王国の貴族出身のペガサス使いである。

 

極めて真面目な性格から、王国からの離反者をまとめる役を担っているのだが。今日はまだ戦線に投入せず、近くに置いていた。これは、何があっても伝令が出来る人材を、側に置いておきたかったからである。

 

とはいっても、伝令で何度もエーデルガルトの所と、重要な局面を行き来しているが。

 

「この少し東で、何名かの騎士達とともに陣を引いているのを見た。 周囲は泥沼、かなり厄介よ」

 

「……」

 

位置的に考えて。

 

ディミトリがこの更に先にいるとしたら。

 

決着を焦った場合、側背を襲える位置か。しかも見かけの兵力だけなら、本来なら無視して敵本陣を襲う方が正しい。

 

この辺り、ディミトリも考えている。

 

精神を病んでいても、致命的に壊れているわけでは無い、と言う事だ。

 

王国に逃れたセイロス騎士団とレアが、王国の崩壊を防いだ。

 

その時、或いは何かしらの手段で、ディミトリが致命的に壊れるのを防いだのかも知れない。

 

そしてドゥドゥーは、ディミトリにとって無二の忠臣。ディミトリのためなら、魔獣になる事など厭いはしないだろう。

 

嘆息すると。

 

エーデルガルトは師を信じる。

 

戦場は更に拡大し、各地で乱戦が続いている。魔獣には精鋭をあたらせているが、決して味方が優勢ではない。

 

だからこそ、不確定要素は全て排除しなければならない。

 

周囲を見回す。イングリットには、何人かの味方に声を掛けて来るように指示。同時に、エーデルガルトはアイムールを振るい上げ。

 

味方を鼓舞。

 

前方に突入した。

 

乱戦の中である。雨の中で、どうしても同士討ちは起きる。慌てて味方だと気付いて槍を引くもの、隣にいるのが敵だと気付いて大慌てで剣を抜くもの。混乱は凄まじく、王国軍でも当然同士討ちは起きている様子だ。

 

その中、エーデルガルトは無言で突貫し。敵だけを冷静に見極めて斬り伏せていく。

 

英雄の遺産の模造品とはいえアイムールの破壊力は凄まじく、あらゆる敵の鎧を紙屑のように切り裂き。

 

たまに現れる魔獣も蹴散らし、踏み躙る。

 

恐らくだが。

 

師の予想通りなら、そろそろセイロス騎士団が姿を見せるはず。戦闘が混沌を極めている現状。

 

勝ちに来るはずだ。

 

見えた。

 

濁流と汚泥の中、ドゥドゥーと精鋭を集めた部隊が、武具を構えている。

 

ドゥドゥーはエーデルガルトに気付くと、自ら大斧を手に立ち上がる。

 

優れた戦士だ。

 

ダスカーの民の生き残り。

 

元々優れた体格と身体能力を持つ事が多いダスカーの民でも、傑出した戦士であるドゥドゥーは。寡黙で忠実な、勇敢なる戦士だ。

 

敵としても惜しみない称賛を送る事が出来る相手であり。

 

この状況においても、その鉄壁の忠誠心は微塵も揺るいでいない。

 

多分だが、ディミトリと二人だけになったとしても。なおも王国のために尽くそうとするだろう。

 

そんな忠勇の士だ。

 

今後のフォドラには本来必要な人材だが。残念ながら、絶対に降伏はしないだろう。

 

だから今此処で斬らなければならない。知恵持つ猛獣を逃すわけには行かないのである。

 

突入。

 

敵も突貫してくる。

 

この乱戦だ。戦場一つに投入できる戦力は決して多く無い。数で揉み潰すと言う訳にはいかない。

 

躍りかかり、敵を斬り伏せつつ、確実にドゥドゥーに迫る。

 

魔獣になるには、時間がある程度掛かると見た。敵兵の壁を親衛隊とともにこじ開け、至近に迫る。

 

上空から、数騎の航空兵が横殴りに来たが。

 

イングリットが、さらにそれを横殴りに襲い。槍で一閃。叩き落とすと、混乱した敵に旋回して乱戦を挑む。数対一で一歩も引いていない。流石である。

 

泥を抜けると。

 

同時に、ドゥドゥーが斬りかかってくる。

 

大斧の一撃は凄まじく、力だけならエーデルガルトに勝るかも知れない。紋章無しでこの力。

 

本当につくづく惜しい。

 

ダスカーの民は素朴な生活をしていた穏やかな集団だったと聞いている。

 

だが、だからこそに。

 

王国内部での腐敗と。更には闇に蠢くアガルタの陰謀に巻き込まれ。

 

ダスカーの悲劇を引き起こす原因になった。

 

ドゥドゥー自身家族を失い。ダスカーの民も離散して、殆ど生き残りはいないと聞いている。

 

本当だったら、フォドラそのものを恨む資格があるだろうドゥドゥーだが。

 

それでも身を挺して自分を助けたディミトリに忠義を誓うことを選んだ。

 

それならば、その強い覚悟に、報いる戦いをするだけだ。

 

相手に対する敬意を忘れるつもりは無い。エーデルガルトも戦士であるからだ。故に相手には全力で攻撃し、必要となれば容赦なく殺す。それが戦場での敬意の払い方だ。

 

激しいつばぜり合いの後、弾き返す。

 

アイムールの性能にものを言わせて、相手の斧を集中的に狙う。

 

良い斧だが、流石に英雄の武器の模造品には勝てない。

 

鼠共の作るものにはロクな代物が無いが、このアイムールだけはエーデルガルトも気に入っていた。

 

使えるからだ。

 

武器など、使えるだけでいい。武器の造形など、二の次だ。人と同じように。

 

斧を打ち砕くが。そもそも、ドゥドゥーの本領は格闘戦だ。

 

身を伏せて、首を刈りに行ったアイムールの一撃をかわすと、そのまま回し蹴りを叩き込んでくる。

 

アイムールの柄で重い一撃を受け止める。ずり下がり、泥に片足を突っ込む。

 

更に、拳を叩き込みに来るドゥドゥー。泥の中、泥臭い戦いを挑んでくる。時間をあまり掛ける訳にはいかない。

 

二撃、当てせさせてやる。

 

鎧の上でも、重い一撃が入ったが。

 

それでも、踏みとどまると。

 

エーデルガルトは。そのままアイムールを降り下ろしていた。

 

「陛下……」

 

ドゥドゥーが最後の言葉を残し、その場に倒れる。

 

死体を見下ろす。

 

そして、南を見た。

 

喚声が巻き起こっている。どうやら、味方が相当な苦戦にあっているらしい。

 

間に合ったと言うべきか。

 

それとも、師の読みが凄まじいと言うべきなのか。

 

どうやら、本命の相手が来たらしい。

 

セイロス騎士団が、戦場に到着したのだ。

 

 

 

セイロス騎士団。

 

フォドラにて最強の名を恣にしてきた集団で、その練度は帝国、王国、同盟、どこの騎士団の練度をも凌ぐ。

 

宗教が持つ強力な求心力でまとめ上げられ。そして何より、大司教レアのカリスマによってまとめられた騎士団は。意外にも懐が深く。所属人員には元ダグザの兵士だったものや、パルミラとの戦いで得た捕虜がいたりもする。それら影のある人生を送ってきた者達は、レアを狂信しており。

 

そしてレアも、自分を慕う相手には聖母のように振る舞う。

 

レアは政治家としても軍人としても超一流だが。

 

特に人心掌握に関しては、少なくともエーデルガルトも認めざるを得ないほどに高い手腕を持っている。

 

そのレアの率いる最精鋭。

 

それも、レアのためなら死ぬ事を一切怖れぬ精鋭部隊が。

 

突貫を開始していた。

 

泥も川も、彼らの前にはまるで意味など成さない。

 

その先頭にはレアがいる。

 

昔、聖者セイロスは、邪王ネメシスを単独での一騎打ちで仕留めたとされている。

 

今、精神の均衡を崩しているらしいレアは、自身でセイロスと名乗っているようだが。

 

エーデルガルトは知っている。

 

レアが、セイロスである事を。

 

千年の時を生き、本人フォドラ全土を支配し掌握し続けた人ならざる者。

 

通称「白き者」の正体こそ、レア。そして、今に至るまで生き続けているセイロスなのである。

 

突貫してくる敵の勢いは凄まじく。

 

乱戦の中、散っていた味方は文字通り蹴散らされている。

 

予想をして備えていたのにこの状況だ。

 

レアは近年精神の均衡を崩し、その様子を怖れてレアの元を離れる者が出始めている。事実、そういった者が帝国に逃れてきて、レアの狂態について報告してきている。間諜もレアの様子がおかしいことは告げてきており、事実である事は疑いない。

 

だが、それと同時に。

 

レアがフォドラ最強の用兵家であり。

 

戦士としても最強の古強者である事実もまた揺るがないのだ。

 

味方が吹っ飛ばされるのが見えた。凄まじい騎兵突撃だ。さて、師は想定通り動いてくれているか。

 

一瞬だけひやりとしたが。

 

それも、一瞬だけ。

 

閃光が、戦場に走る。

 

そして、敵の前衛が消し飛ぶのが分かった。

 

どうやら、乱戦を無理矢理押し通った師が、今ようやく敵の前衛を押さえ込んだ様子だ。後は、師に任せていればいい。

 

レアの相手をしても消耗するだけ。

 

エーデルガルトは、ここぞと伝令を飛ばす。

 

「全軍収束せよ! ディミトリ王の首を取る!」

 

「おおーっ!」

 

喚声が上がる。

 

同時に、乱戦が一気に収束し始める。今まで散って戦っていた味方が、最初から指定されていた地点へと集まり始める。

 

この急激な変化に。

 

王国軍は対応出来なかった。

 

恐らく、忠誠度が高い有能な騎士から、先に魔獣になっていたという弊害もあったのだろう。

 

彼らは喜んで王国に殉じた。

 

だが、だからこそに。

 

この戦いにおける最大の局面で、人として動く事が出来なかった。

 

数の暴力を最大限に生かす。後方は師にだけ任せれば良い。あの人は単独でレアとセイロス騎士団を食い止めるくらいのことはやってのける。

 

勿論、手練れに支援はさせるが。

 

それも必要かどうか分からない。

 

掛かれ。

 

声を掛けると同時に、まだ味方が浸透していないタルティーンの北東部に、味方の魔道部隊が燃える石を叩き込む。

 

古来空より襲い来たといわれる隕石を模した魔道、メティオである。

 

広域制圧を行うための魔道で、消耗が激しく使えるものも少ない。ヒューベルトが精鋭を揃えて、広域に対する制圧火力の切り札として、部隊を編成したのだ。各地の戦場で猛威を振るったメティオの弾幕は。一度の戦闘で使うのは二度が精々だが。それでも、乱戦が急激に収束しつつある中。敵が潜んでいる可能性がある一角をモロに吹き飛ばした事には大きな意味があった。

 

燃え上がるタルティーン平原の一角に。

 

人影が見える。

 

メティオを受けてまだ立ち上がってくる人間。

 

恐らくあれがディミトリだ。

 

王国軍もまとまり、苛烈な抵抗を始めるが。予定通り動くように指示を出す。そのまま、前に進もうとしたその時だった。

 

後方に、巨大な人影が生じる。

 

まだ別働隊がいたのか。

 

「巨大な人影です! 魔獣ではありません!」

 

「後方の部隊、被害甚大!」

 

これは恐らくレアの切り札だな。

 

エーデルガルトはそう判断する。

 

以前、魔道で動く巨大な人型の兵士を見た事があるが、恐らくはそれだろう。レアも自分を食い止める師の存在を意識し。自分の突撃を止められたときに備え、広域を制圧するための切り札を容易していた、と言う事だ。

 

アレは確か魔道に対する強い耐性を持っていたはず。

 

前線は。

 

ディミトリは恐らく、耐え抜いたとは言え相当な打撃を受けているはず。それならば、戦いを完勝に導くには。

 

考えろ。

 

エーデルガルトは意識を集中し、そして歩きながら、前線を見やる。

 

集結した味方は、もみ合うような乱戦の中、確実に敵を孤立させ、包囲し、殲滅している。

 

同士討ちも起きているが、それでも被害は目に見える程度に小さい。

 

これならば。

 

照明弾を挙げさせる。

 

敵の人型が姿を見せる。数は四、いや五。いずれもが、生半可な魔獣を凌ぐ凄まじい性能を持っている様子だ。王国兵の生き残りも、群がって対応しようとしている帝国軍も、まとめて薙ぎ払っている。

 

無茶苦茶だが、レアの精神状態を思うと、ああいう無差別殺戮兵器を投入するのも納得出来る。

 

小走りで、味方の橋頭堡へ急ぐ。

 

既に周囲に、動く者は殆どいない。

 

前線に突入した味方。

 

レアに対応している師と精鋭部隊。

 

それに後方から遅れて前線に向かっている部隊。それくらいだ。

 

雨はまだ激しく降り注いでおり、誰かを見る度に、敵か味方か見定めなければならない。

 

たまに敵の生き残りに遭遇する事もあり、後衛に辿りつくのが遅れる。忸怩たるものがあるが、この状況、敵も勝負を賭けて来ている。

 

此方の予想外の手を打ってくることも、勿論想定し。

 

そしてそれでなお、噛み破らなければならなかった。

 

ほどなく橋頭堡に到着。

 

ヒューベルトが、後方について知らせてくる。伝令がかなりの数行き交っていた。

 

「あの人型、手に負えませんな。 魔道もほぼ通じない様子。 更にどのような素材で作られているのか、生半可な武具では通りません」

 

「私が行くわ。 ベルナデッタ、支援を。 カスパルは」

 

「今丁度敵に挑んでいる所ですが……分は良くないようです」

 

「そう」

 

帝国随一の喧嘩屋カスパル。軍務卿ベルグリーズ伯の孫であり、その喧嘩は実戦でも通じる。

 

勿論最高の装備と親衛隊を与えてあるが、それでも分が悪いか。

 

行くしかあるまい。

 

「前線はそのまま敵の殲滅を継続。 ディミトリには安易にしかけないように」

 

「御意。 ただ、相手が来る可能性もありますが……」

 

「メティオは控えなさい。 前線がかなり押しているから、味方を巻き込むわ」

 

「仰せのままに」

 

ヒューベルトは冷徹だが。

 

この戦場での被害が大きいことは、自覚しているのだろう。

 

エーデルガルトは、再び泥濘に突入する。親衛隊が相当に疲弊しているのが分かるが、彼らも続く。

 

泥に足を取られて転ぶ者もいるが、誰も嗤うことは無い。

 

皆の消耗が凄まじい。

 

誰がいつ転んでも不思議では無い。

 

しかも此処は戦場。武器もたくさん散らばっている。下手に転ぶことは、そのまま死を意味する。声を掛け合いながら、血と泥の川を渡る。

 

味方が、消し飛ばされて、吹っ飛んでくる。

 

無言のまま、突入。

 

一体目の巨大な人型を確認。アイムールを振るって打ちかかる。人型の背丈は人間の五倍もあり、その威容は圧倒的だ。前に見た奴よりも大きいかも知れない。

 

装甲は本当に何で出来ているのか、凄まじい火花を挙げながら、アイムールの一撃にも耐え抜く。

 

ただし、亀裂が走る。

 

其所へ、綺麗にベルナデッタが矢を吸い込ませた。そう、撃ち込んだと言うよりも、当ててから放っているのだ。

 

弓の達人だけが出来る事だが。

 

ベルナデッタは寡黙に淡々と、己の内側に向く武術を師に言われて鍛え続けた結果、その領域に達している。騎乗での弓もまったく威力精度ともに落ちない。しかも絶対に突出も勝手な行動も(ただし先を読んでの行動も)しないので、守ってやりさえすれば最強の固定砲台として機能してくれる。無論前に出ることも絶対にしない。

 

黙々と放たれる矢。一撃、二撃と、矢が人型の傷に吸い込まれる。痛みを感じぬはずの巨体が確実に軋む。

 

回転しながら周囲を薙ぎ払おうとする人型の腕に斬りかかり、回転を止める。ずり下がるが、それでも動きを一瞬だけでも止める。腕にも大きな傷をつける。おおと、兵士達が歓声を上げ。更に、群がってよってたかって人型に斬りかかり始める。こうなると、流石の巨体もどうしようもない。

 

更に、抉りあげた傷が、深々と人型の装甲を抜き。

 

雄叫びとともに、カスパルがここぞと追撃を叩き込む。喧嘩屋の拳が、直接装甲を拉げさせる。

 

其所に吸い込むように入り込んだ矢が、致命傷を与えた。

 

沈黙する人型。

 

「やったぞ! 気勢を上げよ! あの者に続け!」

 

喚声を挙げる兵士達。

 

困惑するベルナデッタだが。仕事はきっちり続けてくれる。そのまま、二体目の人型に躍りかかるエーデルガルト。此処を超えれば。戦いに、終わりが見える。

 

そう自分に言い聞かせながら。

 

先と同格か、それ以上に思える人型に、エーデルガルトは挑みかかった。

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