他のルートに比べれば狂ってはいませんが、それでも元々強烈なトラウマで体に悪影響を受けているほど。
残念ながら、彼は王国にせんせいが参加するルートでしか正気を取り戻せないのです……
覇王と暴王の力が激突します。
橋頭堡にて全体の指揮を任されたヒューベルトは、前線を前に出しすぎないように注意しながら、吹き荒れる血吹雪の凄まじさに舌を巻いていた。
元々ヒューベルトは黒衣長身という威圧的な風貌から、学生時代から周囲に極端に怖れられていたし。それをむしろ良しとしていた。
ヒューベルトは狂信者だ。
それを自分でも理解している。
幼い頃からエーデルガルトに仕える事だけを価値基準とし。それ以外の全てを切り捨てて来た。
人間らしい生き方では無いという批判をする同級生もいたが。
それでかまわないと返すと、相手は恐怖を目に浮かべて黙り込むだけだった。
事実、人間らしいと言うのはどういうことなのか、ヒューベルトにはよく分からない。
元々ヒューベルトの家であるベストラ家は、帝国の影を担ってきた一族で。
それでありながらヒューベルトの父は、帝国の混乱を助長した「七貴族の変」に荷担。先代皇帝の権力を奪い。
そして、エーデルガルトが非人道的な人体実験を受ける事になった原因も。
鼠共が帝国内部で好き勝手をするようになる切っ掛けすらも作った。
故にエーデルガルトが権力を握って即位したとき、多くの貴族を処刑したが。ヒューベルトは何の躊躇も無く父を粛正した。
それに関しては何ら後悔もしていないし。
相手に対する何の感情もない。
それらを理解して貰おうとも思わない。
主君ですら時々ヒューベルトの冷徹さには眉をひそめるが、それでいい。
主君が行く血に染まった花道を用意するのが、ヒューベルトの役目なのだから。
そしてそんな冷酷非道なヒューベルトでさえも。
泥濘の中繰り広げられる凄まじい暴虐には、もはやお手上げと言うほか無かった。
文字通り、単独で騎士団数個分に匹敵する暴れぶりである。
戦場を線が走り回っている。
いわゆる蛇腹剣という奴だ。
エーデルガルトが師と呼ぶ軍神ベレスが持つ天帝の剣は、蛇腹剣としての機構を備えている。
普通だったら、余計な仕組みを仕込めば仕込むほど武器は脆くなるのだが、あれは例外で。自己修復機能どころか、敵の血を容赦なく吸い上げていく文字通りの全自動殺戮機械である。
その上それを、人間を止めている身体能力を誇るベレスが振るうとどうなるか。
いにしえの時代、邪王と呼ばれたネメシスが、あのように暴れていたのでは無いのだろうかと。
いや、ネメシスさえ超えるのでは無いのかと。
此処から見ていても思う。
生唾を飲み込んだ伝令に、低い声で告げる。
「何をしている。 さっさと伝令に行け」
「は、はいっ!」
慌てて泥濘を蹴立てて駆け出す伝令。
フォドラ最強を謳われ。
完璧な位置、時間で突っ込んできたセイロス教団の最精鋭、セイロス騎士団。それも、率いているのは大陸最強の用兵家レアである。
それが、たった一人の暴力の前に足止めされている。
レアの正体がセイロスだったとして。
昔に比べて衰えたとも思えない。
むしろ、多大な経験を積んで更に強くなっているだろう。ネメシスを一騎打ちで倒した時よりも、だ。
それでもなお。その上をベレスが行っている、というだけだ。
暴れ狂う威の前に、戦場が蹂躙される。線が虚空に走る度に、鎧ごと切断され、人体が吹っ飛ぶ。それでも気迫を込めて斬りかかる騎士達は、残像を抉るばかり。
泥に足でも取られれば、即座に次の瞬間首が飛ぶ。
それだけではない。
ごっと、凄まじい音が響き。
戦場の中枢に光が炸裂する。
そして、一瞬遅れて、熱風が吹き付けてきたので、ヒューベルトは顔をマントで覆った。
流石に洒落にならないなと、内心で呟く。
ベレスは現時点で恐らくフォドラどころか大陸最強の剣士であるが。
魔道も極めて高い水準で使いこなすのだ。
それも、ヒューベルトやリシテアといった規格外クラスほどでは無いにしても。生半可な魔道の使い手では及びもつかない次元で、である。
暴れ狂うベレスは、フォドラ最強の騎士団を単独で食い止め続け、その間に蹂躙されていた味方が体勢を整え直す。
ヒューベルトが飛ばした伝令が届くと。
味方は槍先を揃え、一斉に反撃に出た。
泥濘の中、敵騎士団の側面を、後方に向け爆走。
レアが即応。この辺りは、流石に歴戦の指揮官である。それも反応が神がかっている。
自身が前に出て。凄まじい武勇を振るい始めるが。それが、セイロス騎士団の消耗を加速させる。
レアの武勇も凄まじい。いや、正直な所、度を超しているというのが正しい。
素手で重装兵を殴り倒し。
更に、蹴り一発で馬の体をくの字に拉げさせ。
振るったどちらかと言えば小さな剣が、騎兵の振るう長柄を見事に真っ二つに両断している。
目には既に正気はない。
だが、それでもレアは戦士としても用兵家としても、最高の実力を維持し続け。大暴れしている。
それすらも、ベレスの前には霞む。
それだけのことだ。
ほどなく、ベレスとレアが接触。精鋭がセイロス騎士団の背後に回り込む。レアが叫ぶと、即座に騎士団が動き出し、包囲の一角を突き崩して、乱戦を続けている王国軍の方へ突貫を開始。
なるほど。
恐らくはディミトリと合流して、その暴勇を生かして反撃に出るつもりか。
あれだけ軍神の暴威を間近で見せつけられていながら、まだやる気なのは流石と言えるが。
いや、違う。恐らくあの動き、あの迷いのなさ。ヒューベルトの同類だ。
苦笑する。
狂信が、恐怖を己から取り除いている。
学生時代に調べたが、セイロス教団の精鋭には、レアに個人的な恩義を感じている者が多数いて。狂信者も珍しく無い。
彼らは例外なく辛い過去を抱えていて。
信仰が彼らを上手に囲い込んでいた。
レアは敵対的では無い相手なら、フォドラの人間ではなくとも、紋章などなくとも優遇するし。
何より人材育成にも優れた手腕を持っている。
事実セイロス騎士団の最強の称号は、此処千年ほど一度も揺らいでいない。三国がしのぎを削るようになってからも、である。
「敵の足を止めろ。 今陛下と遊撃部隊は後方の人型の処理で手一杯だ。 いかなる犠牲を払ってでも防げ」
「分かりました!」
伝令を飛ばすと、魔道部隊を集め、泥濘の中をあり得ない速度で移動し続けるセイロス騎士団の先頭部分に狙いを定め。
雷撃の魔道を、集中的に撃ち放つ。
直撃し、多数の騎士が吹き飛ぶが。
それでもなお、組織的行動を一切止めないセイロス騎士団は、突貫。
防ぎに掛かった三倍以上の帝国軍兵士を、如何に無理に陣を整えて迎撃に掛かったとはいえ、ぐいぐいと押し込んでいく。
更にレア自身は、ベレスとまともに戦って、味方を支援している。
その場は正に神話の戦場と化していて。
とても人が入れる状況に無かった。
だが、ヒューベルトが見た所。どうやらベレスの方が押しているようだった。それも、旺盛な意気で掛かってくるセイロス騎士団を同時に相手にしながら、である。
「貴様の心臓を寄越せ! それはお母様のものだっ!」
何やら喚きながら、レアがベレスに得意の格闘戦を挑もうと躍りかかるが。ベレスは冷静に後退しつつ、魔道を連発。敵の視界を遮りつつ、不意に振り返って、煙幕ごと天帝の剣で敵を切り裂く。
だが、手につけている小さな盾だけで、斬撃を。さっきまで、騎士を鎧ごと紙くずのように切り裂いていた斬撃を、レアは防いで見せる。
どうやら、よほど強力な盾らしい。
時間を掛けて用意してきたというのなら、あんな規格外の代物を持っていても不思議ではないか。
いずれにしても、レアが此処まで突っ込んできていたら、帝国軍は支離滅裂にされていただろう。
伝令が来る。
どうやら、セイロス騎士団が、方向を転換。無理矢理に防衛線を突破。レアの方に一斉に向かい始めたらしい。
さて、狙いは何だ。
あの神話の戦場に入り込めるとは思えないが。
大きな音。
どうやら、王国軍を押さえ込んでいた戦線に、動きがあったらしい。伝令が遅れてやってくる。
「伝令っ! 敵王ディミトリが動き出しました!」
「……そうか。 予定通りに対応せよ」
「ははっ!」
伝令がそのまま駆け去る。
個人的武勇が戦場を左右する時代は終わりつつあると言われていたが。
そんな「常識」は、ベレスが現れてから覆ってしまった。
ヒューベルトは指揮を続けながら、ディミトリによる味方の被害を最小限に抑えつつ。遊撃部隊が敵の切り札である人型を処理するのを待つ。
セイロス騎士団は、どうやら頃合いと見たのだろうか。
レアに連続して魔道を叩き込んでいるベレスに、一斉に矢を射掛け。
天帝の剣がその矢を風圧だけで叩き落とすのを尻目に、レアに馬を貸し、その場を疾風のように離れる。
もう少し、数を削りたかったが。
レア自身も、引くことを選択した。動きが鈍い帝国軍の一部を蹴散らすと、王国軍の後方に回り込み始める。
泥濘すら、奴らの進軍速度を落とさない。
本当にどれだけの鍛錬を続けて来たのか、呆れかえるほどだ。
五年前の大修道院での戦いで、大きな被害が出るわけである。
多分フォドラだけでは無い。
どこの戦場に連れて行っても、猛威を発揮する事疑いない。恐らくは、世界最強の騎士団だ。
そして、その騎士団でさえどうにもできなかったバケモノは。
騎士団の動きを見届けると。
今度は、王国軍との死闘を続けている前線へ、走り出していた。
此方もまた、泥濘をものともしていない。
「伝令、いるか」
「ははっ!」
「すぐに前線に指示を。 軍神が向かう。 巻き込まれないように注意せよ、と」
「分かりました!」
三体目の人型を潰した頃には、既に形勢は逆転。エーデルガルトが見ている前で、兵士達がよってたかって四体目の人型を潰し、五体目も傷だらけになっていた。此処はもう大丈夫かと思ったが、念のためだ。徹底的に潰して行く。
かなりきつそうなカスパルは下がらせ。
その代わりに、フェルディナントの騎馬隊を突撃させる。
未来の帝国宰相と言われるフェルディナントは、昔から何かとエーデルガルトに突っかかって来る男だった。
自己陶酔の激しい自信家だったが。
自信に見合う実力は持ち合わせており。
無能な父親とは正反対。
紋章持ちだからといって有能だとは限らない。その見本である父親と真逆だったのは幸いだっただろう。
もっとも帝国で分厚い装甲に身を固めた装甲騎馬兵が、突貫を開始。兵士達が巻き込まれては災難だと、さっと道を空ける。
泥濘でいつもほどの速度は出せていないが。
特別に訓練された大型馬を駆る重装騎兵の突貫による破壊力は文字通り絶大である。多少の罠程度では、これを止めることは出来はしない。
爆走する騎士団が、最後の抵抗を見せる人型に突貫。
普段は優雅を誇るフェルディナントが、泥にまみれることを何とも思わず、騎馬隊の突進にて、人型を文字通り爆砕する。
踏みにじられた人型を見て、エーデルガルトは呼吸を整えながら、戦況はと叫ぶ。更に増援が現れるようなら、まだ対処しなければならない。
「ベレス様が、セイロス騎士団を単独で食い止め、追い返した模様です!」
「流石ね」
「ただし、王国軍はついにディミトリ王が動き出しました。 前衛に間もなく接触するかと思われます」
「……好都合だわ」
敵は敢えてこの豪雨と泥濘を利用して、消耗戦に持ち込んでくれていたのに。
総力戦に切り替えてきた。
それならば、軍の体力も手数も多い此方が有利になる。
恐らく、最後の力を振り絞って、一気に勝負を付けるつもりなのだろうが。
そうはさせるか。
突撃。吠え猛る。兵士達が、皆それに揃って雄叫びを上げた。
アイムールを振りかざし、泥濘を蹴散らし反転。遊撃隊、つまり帝国の最精鋭とともに驀進する。
途中、ずっと馬に跨がったまま、弓を構えていたベルナデッタに指示。頷くと、ベルナデッタは移動を開始。護衛の兵士達が慌ててその後に続いた。
指示を出さなければ動けないが。
指示さえ出せば最高の動きをする。
「指示待ち人間」などという蔑称があるが。
指示を出せば的確に動けるのであれば、はっきりいって勝手に動いて事態を悪化させるような輩よりも遙かに有能だ。その場合、指揮官に問題があるのであって。指示通りに動いた者に責任は無い。
軍とはむしろそういう場所で。
幹部候補生として育てられたベルナデッタは、むしろ異質ではあるが。
しかしながらスナイパーとしてのフォドラ一の実力を生かせるのであれば、それでまったくかまわない。
途中、橋頭堡により、味方の戦力を再編成。ヒューベルトに直接状況を聞く。セイロス騎士団を師が追い払った事。レアも含めたセイロス騎士団が、一度タルティーン平原の北東に抜け、王国軍の後方に回ったこと。ディミトリが突撃を開始したことが告げられると。エーデルガルトは即断した。
「ディミトリを討ち取ればこれ以上の交戦をセイロス騎士団は諦めるわ。 諦めない場合は一緒に潰すだけよ」
「そう思われたのでしょう。 師も前線に炎のような勢いで突貫していかれましたよ」
「……私達も続くわ」
「ご武運を」
全体の指揮をヒューベルトに任せると、そのまま再編成を終えた親衛隊と遊撃部隊と共に、前線に躍り出る。
ドゥドゥーを失って猛り狂っているかと思ったが、そのような事もなく。むしろ冷静に、淡々とディミトリは魔槍アラドヴァルを振るい、群がる帝国兵を蹴散らしているが。ヒューベルトの指揮によって、見境無く振るわれる槍は、王国兵の残党も巻き込まれている。ディミトリを、敢えて乱戦が続いている場所に誘導する事により。その破壊力を、むしろ王国軍の残存戦力を削る方向でも活用しているのだ。
えげつのない真似をすると思ったが。此処で負ければ、更に死者が増えるのだ。
師が帰還して、一気に形勢は帝国に傾いたが。
五年におよぶ戦いで、既にフォドラは疲弊しきっている。これ以上の戦いは隣国の介入を高確率で招く。特にダグザは文明でも人口でも大きくフォドラを上回る。介入を許すわけにはいかない。
これ以上戦いを続けさせないためにも。
此処で、血を流せるだけ流してしまわないといけないのである。
ディミトリの目が見えた。ディミトリの両目も、此方を見た。雄叫びを上げて、突貫してくる。
エーデルガルト。
叫び声は、獣の咆哮と同じだった。師はと言うと、王国軍の背後に回り込むと、まだ組織的な抵抗を続けようとしている部隊を、天帝の剣で薙ぎ払い、セイロス騎士団との戦術的連携を防いでいる。
それはつまり、この場に横やりが入らないことを示してもいた。
「リシテア、やりなさい」
「ええ」
先ほど、本陣に疲弊が激しい精鋭を下げさせ。温存していた切り札を出す。
リシテア。
十代半ばにて、俊英揃う大修道院でなお、天才の名を恣にしていた魔道の申し子。師が真っ先に引き抜いてきた、恐らく現時点でフォドラ最強の魔道の使い手。
髪の色は銀。
エーデルガルトと同じ、非道な人体実験のエジキにされた形跡がある彼女は。徹底的に鼠共を憎んでいる。
なお、昔は寿命が残っていないと焦っていたようだが。
実の所、よく調べてみると生活習慣が最悪な上に、偏食があまりにも極端だったことが原因だったらしく。
師の指導で食生活を改めたところ、みるみる健康になって、今は寿命のじの字も口にしない。
また、五年前に十代半ばだったということは、当然今は成人。既に成人している割に妙に言動が幼いが、それは天才故の宿痾というものだろう。
そのリシテアが、全身から凄まじい魔力を放出し、魔道を練り上げる。
全身が浮き上がるほどの魔力を放つ者は他にもいるが。
リシテアの場合は、魔力が周囲を灼け焦がすほどで。
練り上げた上でぶっ放す魔道は、意図せずとも広域制圧を可能とするほどである。
撃ち放たれた黒い魔道は。
ディミトリが、叫びながら突貫してきた出鼻を、モロに挫く。既に味方は、ディミトリの周囲から離れていて。ディミトリを直撃した黒い魔道は、周囲を焼き払っていた。
「気を付けて、仕留めきれていない!」
黒いもやを打ち破るようにして、血だらけのディミトリが突っ込んでくる。魔槍アラドヴァルで、無理矢理魔道を撃ち抜いたのだろう。だが、全てを緩和は出来なかったようで、血みどろである。
エーデルガルトが突貫。
此方も消耗は決して小さくはないが、それでもディミトリとまともに打ち合えるのはエーデルガルト他少数しかいない。
師は敵の残存勢力の処理と、セイロス騎士団の横やりを防ぐのに一人で暴れてくれている。
此処はエーデルガルトがどうにかしなければならなかった。
突撃し、アイムールを振りかぶる。
突き掛かってきたディミトリ。
降り下ろしたアイムールと、アラドヴァルが激突し。周囲に爆風を巻き起こした。リシテアの魔道をまともに喰らったディミトリは、間近で見ると凄まじい傷を受けている。彼方此方体が裂け、骨が見えている場所もあった。それでもなお戦い続けるのは、怒りから。もはや精神が肉体を超越してしまっているから、痛みも感じていないのか。いや、単に脳内で痛みを緩和する仕組みが働いているだけだろう。
二合、三合と渡り合う。
ディミトリが踏み込むと、槍を横薙ぎに振るって来る。
それをアイムールを振るい上げて、迎撃。
弾きあった。
先に踏み込んだエーデルガルトが、アラドヴァルを狙って、降り下ろす。相手も即座に狙いに気付いて、踏み込もうとするが。
その足を、矢が貫いていた。
さっき、ベルナデッタに告げたのである。
ディミトリの動きだけを止めろと。
更に、二の矢。ディミトリの脇腹を貫く。
生半可なスナイパーの矢ではない。幾多の敵を屠ってきたベルナデッタの矢だ。五年でのキルスコアは帝国軍全体を見ても師を除けば最多。更に遊撃隊として精鋭に編成してからは、彼女の鏃はどれだけの敵将の血を啜ってきたか分からない。
動きを止めるディミトリ。
アイムールを降り下ろし、アラドヴァルを思い切り地面に叩き付け。敵の武具の柄を踏みつけつつ、当て身を浴びせる。蹈鞴を踏んで下がるディミトリに、更に矢が連続で三本突き刺さる。いずれも人体急所を貫いているが、なおもディミトリは交戦の意思を崩さない。
「リシテア!」
叫ぶと同時に、機を窺っていたリシテアが、第二射の魔道を叩き込む。
手負いの獣を相手にするには、人間が一人では足りない。
流石にアラドヴァルもない状態。
モロにフォドラ最強の魔道を喰らったディミトリが吹っ飛ぶ。そして転がったディミトリに、容赦なく追撃の矢が二本突き刺さっていた。
ベルナデッタがああも容赦なく撃ち込んでいると言うことは。
まだディミトリは死んでいないと言うことだ。
指示通りにしているだけ。ベルナデッタの目は、ディミトリが死んでいない事を見抜いている。
ベルナデッタが非道なのでは無い。戦場というものが非道なだけである。
大股で歩み寄る。もはや槍さえうしなったディミトリは、唸り声を上げながら立ち上がろうとする。その膝を矢が突き抜くが、それでも立とうとする。恐怖の声が、味方から上がる。
流石に度が過ぎている、というのだろう。
だが、エーデルガルトはそうは思わない。
ディミトリは、既に色々な意味で人間を止めてしまっている。間近で見て、それはよく分かった。
「エーデル……ガルト……っ! 全てを蹂躙する悪鬼め……!」
「学友のよしみよ。 遺言くらいは聞いてあげるわ」
「地獄に落ちろ。 先に炎に灼かれながら待っているぞ」
「……そう」
アイムールを振り上げると。
降り下ろす。
流石に、首を叩き落とされては、どうにもならない。しばらく沈黙が続いたが。それでも、誰の目にも勝敗は明らかだった。
かなり危なかった。唇を噛むエーデルガルト。
師が育ててくれた有能な味方達の支援と。
乱戦の中、多くの犠牲を出しながらも、最後の勝利を信じて戦い抜いてくれた兵士達。英雄だけでも、兵士だけでも勝利は無かった。
雨がやっと止みはじめる。
懐に忍ばせている短剣を思いながら。
エーデルガルトは、命を落としたディミトリを、じっと見下ろし。そして、こわごわと近寄ってきた親衛隊に指示した。
「相手はファーガス最後の王。 手篤く葬ってやりなさい。 ドゥドゥーの遺体も側に」
「は……」
一度、ヒューベルトの所まで戻る。
残党狩りは師に任せておけば良い。あの人が、不覚を取ることなど、あり得ないのだから。