戦場にはそもそも大陸最強の戦闘経験と武勇を持つ将……レア様が参戦しているからです。
残念ながら最初を間違えてしまった人ではありますが。
政治家としても軍人としても、間違いなくフォドラの歴史に輝く偉人と言える人ではあるのです。
地獄に落ちろ、か。
そう言ってはいたが、完全に負けを悟ったディミトリは、むしろ静かな表情だった。勿論天国になどはいけないだろう。だが、地獄に落ちるのはエーデルガルトだって同じ。いずれ地獄で再会することになるだろう。それは覚悟の上である。地獄があれば、であるが。神に等しい存在がいるのだ。地獄があっても不思議ではあるまい。
ヒューベルトが、既に戦場をまとめつつあり。
雨が止んだタルティーンの野には、雲間から光が差しつつあった。
周囲を親衛隊が警戒している。
まだ敵が潜んでいる可能性を否定出来ないからである。
「セイロス騎士団は王都に撤退を開始しました。 王国軍の残党を盾にして、戦力を維持したまま教本のような撤退を行っております」
「レアは白きものにならなかったわね」
「……あの姿、相当に消耗することは確実です。 恐らく切り札として取っておくつもりなのでしょう」
「王都の住民を巻き込みたくはないのだけれど……」
力不足だった。レアを仕留めておけば、流石にセイロス騎士団も半壊。王都の民を巻き込むことは無かっただろう。
レアは人では無い。文字通りの意味で、人外の存在である。
白きものと呼ばれる、巨大な飛竜よりも更に強大な竜の姿を取ることが出来る。その戦闘力たるや、鼠共が自慢げに作り出してきたオモチャなど一ひねりにするほどで。千年間フォドラを支配してきた強大な存在の底力を見せつけるかのようである。
「味方の損害は」
「参戦戦力の二割を超えました。 本来なら損害率から見て敗北ですが……王国軍は事実上消滅し、生存している兵力は千を超えません。 セイロス騎士団も、半壊している状態を考えれば、戦略的には勝利と言って良いかと」
「……」
セイロス騎士団を半壊させたのは師一人だ。
本当に味方で良かったと、胸をなで下ろすばかり。
師は血塗られた道を行くエーデルガルトを認めてくれた。それだけでどれだけ救われたか分からない。心がとても静かになった。戦場でも常に師の存在が大きな助けになっている。
分かっている。
師はどちらかというと中立の存在。そもそもセイロス教会に関係を一切持たずに、各地を傭兵として回っていたと言うだけで異例の存在だ。だから公正に皆を見る事が出来たのである。
歴史にもしもは禁物だが。エーデルガルトの敵に回る展開だってあった可能性が高い。
その時には、最凶の敵になっていただろうし。
帝国の戦力をもってしてなお勝てなかった可能性を否定出来ない。
なお、師は今後の改革に関しては、前向きに意見を出してくれているし。否定もしていない。
ヒューベルトも、暗殺の話は一切しなくなった。
自分達だけでは時間的にも厳しい改革を、師が加わるならより効率よくやれる。そう判断しているのだろう。
師が戻ってくる。
生首を一つ手に掴んでいた。
呆れるようなキルカウントをたたき出す師だ。いちいち首なんか持って来て、戦功を誇るような真似はしない。
つまり、意味がある首、ということである。
その首は、見覚えがあった。いや、見覚えがありすぎる顔だった。
アランデル公フォルクハルト。
帝国の裏で蠢動していたアガルタの民の頭目。そして、名目上はエーデルガルトの叔父である人物であり、現摂政である。いや、摂政だった、か。
「逃げるセイロス騎士団を取り巻きどもと笑っているのを見つけたから、一人残らず斬ってきた。 もう用済みだし、早い方が良いだろうと思ってね」
「そう。 ありがとう、師」
「恨みが重なっているだろう。 私は恨みを晴らした。 後は踏むなり蹴るなり好きにすると良い」
どんと首を机の上に置くと。
青ざめている周囲の者を放置して、師は自分の天幕に戻っていく。大量の血泥に塗れているが、戦場ではいつものことだ。軽く体を拭いた後に寝るそうである。一眠りすれば回復するのだそうだ。
アランデル公の首を見て、思う。
師にとっては、実父の仇に等しい人物だ。随分待たせてしまった。
そして、アガルタの者達は、他人に成り代わる能力を持っている。
アガルタの民の長タレスが、アランデル公に成り代わったのはいつかは分からないが。本物の叔父はとうに死んでいたのだろう。そう考えると、叔父の仇だったとも言える。
そして此奴らが、あのダスカーの惨劇を起こした張本人でもあるから。ディミトリやドゥドゥーの仇でもあったわけだ。
死んだ事で化身の術が解けたのだろう。
異様に白い肌の、まるで別物の風貌に変わる生首。死体蹴りをする趣味は無い。片付けるように指示すると、親衛隊の兵士が頷き、取り下げていった。
「まさに、軍神ですな……その武勇の前に立つ者は一人としてなし。 勿論人外のものとて例外では無い……。 誰にも容赦することはなく、その剣は平等に全てを斬る」
古参の親衛隊の一人がそう呟く。
エーデルガルトも、それを否定するつもりは無かった。
兵の再編成を急がせる。
王国は事実上崩壊。
後は王都を陥落させるだけだが。王都の民を人質にセイロス騎士団がレアと共に徹底抗戦を計るとなると、相当な犠牲が予想される。
今、アリアンロッド方面から西進している部隊と合流し、完全に王都を包囲してからが戦いの本番になるが。
今回の戦いだけで、味方が五千以上の戦死者を出している。乱戦だったからだ。王国軍はほぼ消滅。セイロス騎士団は半減。あわせて一万五千以上の命が失われた。
それは単純な一万五千では無い。
高度な戦闘訓練を受けた人材一万五千だ。
別働隊と合流すれば、戦闘可能な人員はまた一万五千を超えるが、今回の会戦に参加させた部隊は、後方で休ませたい。
指示を出している内に夜中になる。
既に後方に控えていた医療魔道部隊が、負傷者の手当を開始。敵味方の亡骸を葬り始めている。
少しは進軍も遅れるが。
此処で処置をいい加減にすると、疫病が流行ったりして、ろくでもない事になる可能性が高い。ただでさえ、泥濘を浴びながらの死闘だったのだ。疫病になる者は、処置が遅れれば確実にでる。
処置は早い方が良く。遅れると多くの場合、取り返しがつかない事になるのだ。
まだ動ける者はタルティーン平原の周囲を巡回し、敵の奇襲や夜襲に備える。会戦は終わった後も、すぐに休めるわけではないのである。
遊撃隊の精鋭達も先に休ませ。
エーデルガルトは最後まで自分の仕事をしてから眠った。
眠れたのは翌日の昼。
それからほぼ丸一日眠って。
ようやく起きだしてから。既に起きだしていた皆と会議を開く。ヒューベルトが、幾つかの報告をしてきた。
「敵は既に王都に撤退。 徹底抗戦の意思を見せています。 別働隊が先に包囲を開始し、投降を呼びかけてはいますが、返答はありません」
「腐敗した王国に反感を抱いている民も少なくないと思うのだけれども」
「セイロス教団は、王国に撤退してから、徹底的な教化を行っていたと聞き及んでいます」
意見を出してきたのはイングリットだ。
王国の貧乏貴族の跡取りであり。その生真面目な性格から、王国を離脱した者達の長を任させている。
彼女は優秀な航空兵で。
ペガサスを扱わせたら軍随一である。
昔は美しい金髪を背に垂らしていたが。今はより実戦を意識して、髪を編み上げている事が多かった。
「帝国に対するいわゆる情報操作もしていた模様で、帝国軍が来たら殺されるという情報も流れているようです。 今も、民を訓練して民兵にしたてようとしているかも知れません」
「一刻の猶予も無いわね」
「どうして。 もう戦っても勝ち目なんてないのに」
そう嘆くのはアッシュ。
昔は騎士に憧れていた素朴な青年だった。今は戦いですっかり心をすり減らして、相当に参っている。
戦いの現実を知った今。
騎士とは何かを、ずっと考え続けているのだろうが。
そんなものに回答などない。戦争は何処まで行っても殺しあいだ。
それに美学を求めるのは大いに結構。それによって虐殺などを防ぐ事が出来るのなら万々歳である。
だが勝った方が何でも許されるのも戦争だ。勿論その後を考えると、好き勝手は出来ない。だが、勝った側が暴虐を振るってきた歴史は事実としてある。
アッシュのように真面目な者には、つらいだろう。
功績を発表するが、師が一番は当然として。二番はベルナデッタだ。エーデルガルト本人は、自身の功績を数えない。これは皇帝は戦って当然という自負があるからで。部下に報いるのが仕事だからである。
ベルナデッタの狙撃は今回も冴えに冴え渡っていた。
ディミトリの継戦能力を奪ったのも、リシテアとベルナデッタである。エーデルガルトだけでは、勝てたかも知れないが、大きな手傷を受けていたこと間違いなかった。
ちなみに当人は功績に何の興味も無いようで、頷いて報酬を受け取っていた。口を開きもしない。後で珍しい植物でも買うのか、画材でも集めるのか。
まあ好きなように使えば良い。
ベルナデッタが内心エーデルガルトを苦手に思っている事は知っている。指示さえ聞いてくれればそれで良い。それ以上の事は求めない。出来る事をやれる人間がやればいいのである。
それから二日を掛けて戦後処理を終え。合同での大葬儀を行ってから、戦場を後にする。
後は王都だ。最後まで、セイロス騎士団は徹底的に抗戦をすることだろう。レアは既に尋常な様子では無かった。死ぬまであの狂気の暴走は止まるまい。
それにつきあわされる王国の民は少しでも減らさなければならなかった。
進軍の末、四日後に別働隊と合流。
あからさまにアガルタの民の影響力が失われたからか。軍での情報伝達が滑らかになっていた。
ヒューベルトがやりやすくて助かると皮肉な笑みを浮かべていたほどである。
文字通り水をも漏らさぬ包囲を敷く。王都もアリアンロッドほどでは無いが、相当に強力な要塞ではある。
しかし補給が途絶えた以上、どんな要塞でも絶対に落ちる。
レアほどの用兵家が、そんな事が分からない筈も無い。ましてや王国の戦力は既に消滅し。義勇兵の類が蜂起する可能性もない。王国の民に対する略奪や暴行の類は厳禁と厳命を出しており。破った者には厳罰を処している。
ヒューベルトが軍命を破った者には容赦なく対応する、と宣告しただけで、兵士達は震え上がり。各地で絶対に略奪も暴行もしなくなった。
だから、むしろ王国の民は今の時点では、静観している。
セイロス教団のいう事と、帝国のいう事どちらが正しいか、見極めようとしているのだろう。
師が来る。
じっと城壁の一角を見ていた。
考え込んでいる様子だったが、やがてエーデルガルトを見る。昔よりは感情が感じられるが。しかしながら、灰色の悪魔と呼ばれ怖れられる、静かで冷たい目を。
「攻城兵器を」
「師?」
「死の臭いがする。 何かしらの方法で、此方を誘き寄せるつもりだ。 恐らくロクな方法ではあるまい」
「……分かったわ。 即座に攻城櫓と破城槌を」
師はじっとその場に立ち尽くしている。
そして、その言葉はすぐに現実となった。
王都から煙が上がり始める。
まさか、無理心中を図るつもりか。
エーデルガルトは流石に慌てるが。だが、師はじっと立ち尽くしている。立ちふさがる者はただ斬るのみ。
文字通りの軍神がそこにいた。
「大司教レアは王都の民を道連れにするつもりよ! 即座に全軍王都に突入せよ!」
勿論、単に無理心中だけを図るつもりではあるまい。
民を救出しようと乗り込んだところに、最後の総力戦をしかけてくるつもりなのは目に見えている。
勿論、切り札を惜しまず使ってくるはずだ。
白きものの姿になるかも知れない。
破城槌が押し出され、抵抗もしない敵城壁を無視するように突貫。そのまま、何度か突撃を繰り返し、城門を粉砕する。
中は、正に阿鼻叫喚の地獄絵図。
すぐに指示を出す。
「民をすぐに救出なさい! 敵への対応は此方で行うわ!」
炎の中、燃え上がるようにして立ち尽くす巨体。
そう、あれこそが白きもの。
フォドラを支配し続けて来た、歪みの権化。大司教レアの真の姿。
無能ではない。政戦ともに、歴代のどのフォドラの指導者よりも優れているだろう存在。それが大司教レアだ。
ただし、どうしても支配に柔軟性を欠き、ずっとこの大陸が停滞する元凶となってしまったもの。
今、此処で。撃ち倒さなければならない。
どっと、民が炎の中から逃れてくる。着衣に火がついている者も珍しく無い。親を探して泣く者。火だるまになったまま、ふらふらと歩いている者。文字通りの地獄絵図だ。
帝国軍はこじ開けた城壁から中に踊り込んで、流石に息を呑む。
悲惨すぎる光景と。
神話から飛び出してきたかのような巨大な白きものに。
だが、エーデルガルトがもう一度叱咤し。師が真っ先に白きものに躍りかかっていくと、我に返って救助活動を開始する。
白きものは。ゆうゆうと凄まじい巨体を進ませながら言う。
「返せ……それはお母様のものだ……!」
「何を言っているか分からない。 それよりも、これが為政者のする事かしら」
「私は千年にわたってフォドラを守り抜いてきた! それを全て蹂躙された今、残るものなど焼き尽くしてくれる!」
「愚かね。 貴方の能力は敵ながら認めてはいたのだけれど」
凄まじい魔道の障壁が、ただでさえ頑強な白きものの全身を覆っている。
以前も一度だけあの姿は見たが、その時より更に凄まじい。
なるほど、簡単にあの姿にはなれないことはよく分かった。
元に戻るか、或いは化身するだけで、相当な力を失うどころか、寿命まで縮めるのだろう。
レアはただでさえ若々しく、とても1000年にわたって歴史を支配してきた存在だとは思えない。
力をずっと慎重に使ってきたからこそ、だったのだろう。
「千年にもわたって貴方がフォドラを安定させたのは事実よ。 為政者としてはこれ以上もない実力と言っても良いわ。 その代わり貴方はそのやり方を堅持しすぎた。 だから今、フォドラは周辺国に立ち後れてしまっている。 腐敗は取り返しがつかない所まで行き、鼠共が跋扈する状況も作ってしまった。 せめて貴方が少しでも柔軟に動いて、時代に合わせて施政を行ってくれれば、こんな事にはならなかったのにね」
「黙れ! 私はお母様を取り戻したいだけだ!」
レアが吠え猛り。
それだけで、足弱の老人は心臓が止まる様子だ。
確かに、凄まじいプレッシャーが此処まで叩き付けられる。
エーデルガルトは進む。
既にレアと交戦を開始している師。セイロス騎士団も、流石にこの凶行の前には呆然と立ち尽くすしか出来ないらしく。
中には、自ら動いて、民の救助を始めている者までいた。
城壁の一部を破城槌が崩し。
逃げる民を軍が支援する。
ぎりぎりの最前線まで出てきて、医療魔道部隊が支援を開始するが。炎に巻かれた者は、助からない可能性も高い。
いわゆるトリアージをしなければならない。
厳しい判断も、彼らには必要になるだろう。
これが。こんな事が。
恐らくフォドラの歴史上、いやこの世界の歴史上もっとも有能な為政者の末路か。エーデルガルトは、暗澹たる思いを味わった。
周辺国の状況は知っている。
安定した政権など、三百年も続けば良い方。
ダグザだってパルミラだってそれは同じで。何度も国家が勃興しては腐敗し、そして文明圏は再統合されている。
フォドラにはそれがなく。
その代わり、セイロス教団の指示で文明は殆ど進歩せず。
英雄の遺産と、それを使いこなせる紋章持ちが対外武力の要を為した結果。
武器防具の類は、千年間殆ど進歩していない。
新しい技術を作り出した者も多くいたが。
その全てが、セイロス教団の手によって闇に屠られていった。海外から技術を持ち込んだ者も同じだ。
白きものと師の激闘の中に、エーデルガルトも辿りつく。
周囲の炎は凄まじく、歴史ある王国の建造物が次々と倒壊していく。これでは民は半分も助かるかどうか。決死の覚悟でレアを守ろうとする者もいるにはいたが、殆どは炎の中で右往左往するか、或いはもはやこれまでと自害してしまうか。一部はまだレアに殉じようとする。白きものはそんな者をもはや見てもおらず、戦いの余波で踏みつぶしてしまう事さえしていた。
もう、何も見えていない。
終わらせるしかない。
判断したエーデルガルトは、師に声を掛ける。
頷くと、師は。
アイムールを構えたエーデルガルトとともに。
フォドラを安定させ続けたが。
今は最大の災厄と化してしまった白き巨竜に対し、最後の戦いを挑むのだった。
燃え落ちた王都。
師は髪色が最初に出会った時の青黒いものに戻った。心臓が云々と白きものは言っていたが。それが原因かも知れない。
ただ、師の様子は変わりは無い。
感じる圧倒的な力もそのまま。試していたが、天帝の剣もそのまま変わらず使える様子だ。
ということは、レアの影響力が無くなっただけで。中身は軍神のままなのかも知れなかった。
ずっと師の蛍光色に近い緑色の髪を見慣れていたから。
懐かしいと思ってしまう。
六年以上前に出会った時と、師の姿は何も変わらないのだから。
白きものは死んだ。
倒れたレアは、人の姿に戻ると。もはや動く事はせず。無念そうに目を閉じていた。アイムールはへし折れてしまっていたが。別に英雄の遺産の贋作の一つくらいどうでもいい。これからは、超絶たるものが世を支配するのでは無い。人間が少しずつ世界を動かしていく時代にしなければならないのだから。
師はじっと手を見ていた。
エーデルガルトは。何か思うところがあるのだろうと考え、その場を離れる。焼け落ちた街を崩してこれ以上の延焼を防ぎ、生き残りを一人でも助け出す。王国軍の残党だろうが、セイロス騎士団の生き残りだろうがもはや関係無い。
何もかもを踏み躙る白きものの凶行は誰もが見た。
もはや戦意を残した者はいなかったし。
それでも白き者に殉じようと思った者は、皆自害するか、自殺的な突撃の末に死んで行った。
セイロス教団の主だった者達は皆そうして命を落とすか。
或いは軍を離れた。
山賊化するようなら討伐の必要もあるが。
今は追うこともないだろう。
他にやる事がいくらでもあるのだから。
三日三晩かけて、ようやく焼き払われた王都の救出作業が終わる。王都にいた民の実に四割が命を落としていた。
王国はこれで事実上再建は不可能になった。ファーガス神聖王国が築き上げた繁栄は、文字通り白きもの単独によって焼き払われてしまったのだ。勿論帝国軍がレアを追い詰めたという理由もある。
だが、これはいくら何でも。
溜息を零さざるを得なかった。
ヒューベルトが来る。
こんな時でも、黒衣の男は冷静極まりなかった。
「概ね助かりそうな者の救助は終わりました。 後は周囲にいる敵の残党狩りになりますが……」
「それについてはアリアンロッド方面の軍に任せなさい。 遊撃部隊は探し当てておいた鼠共……アガルタの巣穴を潰しに行くわ」
「奴らの本拠は同盟……今は旧同盟領と呼ぶべきですか。 いずれにしても人里離れた土地にある様子です。 この間のアリアンロッドを崩壊させた鼠共の魔道の測定によって確定しました。 以前から大まかな場所は分かっていたのですが、これで確実に潰せましょう」
「急ぐわよ。 タレスを失った今、彼らはただの鼠だけれども、エサを与えれば肥え太る可能性は否定出来ないわ」
皆を急かす。
最後の戦いだ。
白きものとの戦いは、苛烈だった。エーデルガルトも、勝てたのが不思議だと思うほどだった。
あのタルティーンの戦いで、レアがあの姿になっていたら、本当に負けていたかも知れない。
或いはあの土地にレアが何か思い入れがあったのか。
それとも、最後まで「心臓」とやらを取り戻したかったのか。
お母様とレアはずっと言っていた。
心臓とは何かは分からないが。師に関係する何かだったのだろう。或いは、天帝の剣の。いや、英雄の遺産の真実は別にもういい。今は兎も角、フォドラを完全に安定させる事が先だ。
師を呼んだ後は。
早馬で、想定されるアガルタの本拠へ全力で急ぐ。途中で補給を済ませながら、現地に到着するまで三週間。
そして到着後、右往左往している敵の生き残りを、容赦なく殲滅し。地下にあった設備を接収。
フォドラ十傑とネメシスのまがい物らしき、おぞましき実験で作り出されたらしい人間の複製品を全て破壊して。
何もかもを終わらせた。
ネメシスだけは動きだし、抵抗をしようとしたのだが。相変わらずためらいなく動いた師が、一瞬で首を刎ね飛ばし、全てを終わらせ。
そして技術と設備を完全に抑えると。後は持ち出せるものだけ持ち出した後、徹底的に魔道で破壊し尽くし、全てを地の底へと葬った。
これでいい。
大司教レアによる事実上の専横。それによる間隙に生じて跋扈したアガルタ。
そしてフォドラを安定させるために作り出された三国。
更にはセイロス教団。
全ての仕組みは、一度帝国の長であるエーデルガルトの手の元に戻った。
後は発展を阻害されていた技術を発展させ。
戦いで傷ついた土地と民に投資し。
諸外国に対抗できる国へと変えていかなければならない。
遊撃部隊の皆は、師が学生時代に他の学級から引き抜いてきた優秀な生徒達ばかりである。中にはセイロス教団から引き抜いた者や、粉を掛けて味方に引き込んだ教師までもいるが。
いずれにしても、時代を動かすのに必要な英傑である事に変わりは無い。
彼らの力を借り。
そして手段選ばぬ改革を行えば。
フォドラに第二の黄金期を作り出す事が出来るだろう。
師には今後、軍神としての名を喧伝し、周辺国に睨みを利かせて貰う。
フォドラに軍神あり。
人ならぬものすら撃ち倒し。世界に冠たるセイロス騎士団を単独で食い止め。そして文字通りの一騎当千。
立ちふさがる者は、神だろうが人だろうが斬り伏せる。
そんな血に塗れた名を師には受けて貰うが。
師はそれを、何の躊躇も無く受け入れてくれた。
頭を下げるしかない。
帝都アンヴァルに凱旋したのは、更に一ヶ月の後。
再建の時が。
始まった。