暗躍していた存在もまとめて薙ぎ払われたことで、統一が早まった事も確かです。
後は降りかかる火の粉を払うだけ。
それは人ならざる最高の為政者をも屠った存在には、あまりにも容易な事でした。
膨大な死体が散乱している中。
一人立ち尽くしている者がいた。
もはや戦意を失って、逃げ腰になっている兵士が、またそのものに斬られる。噂は、本当だったのだ。
ダグザからブリギットに侵攻した一万の部隊は。最新鋭の装備にものを言わせて、抵抗するブリギットの軍勢を制圧していたが。
しかし突如として現れたただの一人の人間……いや人間の形をした何かによって。一瞬で形勢を逆転された。
乱戦の中、ブリギットの新しい女王も苛烈な抵抗を見せていたのだが。
それが来てからは、もはや暴風が荒れ狂うも同じ。
一瞬にして形勢はひっくり返され。
万の軍勢が、木の葉のように蹴散らされた。
そして、指揮官は今。
ヒトの形をした何か。
噂に聞く軍神だろう。それが振り上げる剣と。静かすぎる目を見て、完全に失禁していた。
降伏するとわめき散らすが。
それを軍神は許さない。
振るわれた剣は、首を刎ねるどころか。
死体を一瞬で赤い霧に変えてしまった。
わずかに生き延び縛り上げられたダグザの侵攻部隊の兵士達に、ブリギットの女王の側にいた役人が。ダグザ語で伝える。
「ダグザの軍総司令官に伝えよ。 軍神の噂は本当であった、とな」
「は、はいっ!」
「見逃してやる。 去るが良い」
「……ひ、ひけっ! ひけえっ!」
軍船の大半まで放棄して、ダグザの軍勢は逃げ散っていった。
軍神ベレスは剣を収める。
今、ダグザ語で相手を追い返した者。
ブリギットにて、帝国の大使館で勤めている。今は軍籍を退いた元黒鷲遊撃隊の隊員の一人。現在は役人をしている者が、ベレスに話しかける。
声は震えている。
当たり前だ。
この役人も、元はベレスの教え子だったのだが。それでも、この凄まじい強さを見て、怖れない筈も無い。
「これで良かったのですか」
「ブリギットはフォドラ統一帝国の有力な同盟国だ。 それを軍民関係無く踏みにじった事は、身を以て償って貰う。 それだけだ。 多少脅かした程度では、軍神の名は広まらない。 一万の犠牲を出す事になったが、それが百万の命を救う事になると信じろ」
「は、はい……」
ベレスは死体の山を一瞥すると。
そのまま、帝国本土に戻っていく。
大きく嘆息すると。
既に四人の子を持った、ブリギットの女王が来る。彼女も、幼い頃は人質としてアドラステア帝国におり。成人してからは大修道院でベレスに学んだ一人。そして黒鷲遊撃隊にて、剣腕を振るった者の一人である。
軽く話す。
「ベレス先生、相変わらず凄まじい武勇、です。 到着遅れたら、もっと多くのブリギットの民、殺され、いたでしょう。 ただこの惨状見て、ブリギットの民、怯えない、良い、ですが」
「すぐに本隊三千が到着します。 ベレス師が快速艇で来てくれて良かった。 本隊が到着し次第、死体を片付けて、埋葬しましょう」
「分かりました、です。 此方は此方で、民を落ち着かせ、ます」
ブリギットの女王は、子供時代の一番大事なときに、二つの異なる言語圏に住んだからか。女王になって四人の子を持った今でも、どうも言葉が若干たどたどしい。ただしブリギットとフォドラをあわせても屈指の剣腕の持ち主である事に変わりは無い。ブリギットと帝国の交流が盛んになった今、彼女の剣を学びたいとブリギットに赴く者も増えている。
ため息をつくと、ようやく到着した帝国軍と連携して、ダグザの兵士達の死体を片付ける。
これをたった一人でやったのかと兵士達は驚くが。
それは若い者だけだ。
古参の者は知っている。
軍神の凄まじい暴れぶりを。
軍神は健在だな。そういう古参兵。
既に目元に皺が刻まれている古参兵の言葉を、若い兵士は半信半疑で聞いているようだったが。
この有様を見れば、信じざるを得ない。ブリギットと駐留軍の兵力だけでは、こんな一方的な戦いには絶対にならないからだ。
幸いパルミラの方は、ある理由から最近国家として接近できており、しばらく大規模な戦闘はないだろう。
後はダグザだったのだが。
今回の戦いで、一万の軍勢が単騎に潰されるという事態を目の当たりにし。当面はしかけてくる事もないだろう。仕掛けて来たとしても、また返り討ちにするだけの話である。
死体の数は9700。その内500が駐留していた帝国軍とブリギットの兵士、それに民だった。
ダグザは蝙蝠のように動くしかない小国ブリギットの民を人間だと思っていない様子で、容赦なく虐殺した。駐留していた帝国軍も、容赦なく殺した。
その凶行に対する報いとしては当然の結果だが。
遊撃隊にいた頃からまったく老けていないベレス師の事を思うと、色々と複雑である。
今、貴族制を排除し。
生まれ変わったフォドラ統一帝国で働いている、遊撃隊の主要な面子の事を思い出しながら、レポートを書き。
そして遅れて到着した、帝国の宰相であるフェルディナントに提出する。
その頃には、既に死体の埋葬は終わっていた。
既にすっかり円熟した中年男性になっているフェルディナントは。昔のような陶酔した言動がなりをひそめ、重厚な武人となっている。この辺りは、無能さで知られた彼の父と似なくて良かっただろう。
「相変わらず凄まじいな師は。 全盛期のベルグリーズ伯でも師とぶつかっていたらどうにもならなかっただろう」
「熊と素手で渡り合うという噂があった方ですね。 私は直接の面識はありませんが」
「ああ。 ……ともかく、報告書については受け取った。 ダグザについては使者を出して停戦を行う。 此方に有利に停戦を進められるはずだ」
「これ以上の戦乱の拡大は阻止したいですね」
頷くと、後の指揮はフェルディナントに引き継ぎ。そして幾つかの書類を書き上げて、アンヴァルへと移動。
船での移動を済ませると。
アンヴァルで忙しく働いているエーデルガルト皇帝に謁見。
実際に何が起きたのかを説明する。
エーデルガルトは紋章至上主義どころか、血統主義まで廃止。現在帝国の主要な人物は、血統によらず抜擢された優秀な人材で固められている。人材抜擢にエーデルガルトは卓越した手腕を持っており、民衆に不満の声はほぼない。排斥された旧貴族が治世の最初の頃に多少蠢動したが、それも迅速に鎮圧され。フォドラは黄金期に至っていた。
吟遊詩人達はエーデルガルトを讃える歌を奏で。
ミッテルフランク歌劇団では、帝国のフォドラ再統一についての劇が人気を博しているという。
ただ流石に自分でそれを見に行くつもりはないのか。
エーデルガルト皇帝が足を運ぶという話は聞かないが。
側に控えているヒューベルトもろとも老けたなとも思う。
何でも、皇帝制さえ廃止するつもりらしく。
子孫を残す気は無いらしい。今は、優秀な孤児を育成し、その中から跡取りを見繕うつもりのようだ。
若い頃の苦労が祟ったのか、美貌の中にもどうしても老いが混じってしまうエーデルガルトは。
しかし、まだ明晰なままだった。
「師の活躍については既に聞いている。 新しい報告も客観によるもので、またそなたの活躍にて被害を最小限に食い止められたことも評価できる。 報償は追って与える。 後はしばし休め」
「は……」
一礼して、下がる。
世代は変わったが。
新しくなった帝国が、滅ぶ気配も、揺らぐ様子も無い。
むしろダグザの方がゴタゴタしているようで。
今回の軍事侵攻も、軍の一部が「画期的成果」を求めて起こしたという話がある。結果はお察しであったが。
規模が縮小され、華美さが排除され。どんどん実用的な政府に作り替えられている帝宮を出ると。
自宅に戻る。
ベレス師は、各地で転戦しているらしい。
まだ残っている火種を消し。
そして弛んでいる部隊の鍛錬をし。
またたまに、大修道院跡地に戻っては。
フォドラ全体の士官学校になった大修道院にて、教鞭を振るっている様子だ。
いつまでも若々しいその姿から、本当に人間かどうか疑う者も多いらしい。事実人間かかなり疑わしい。
だがその軍神がいてこそ。
フォドラの新しい鷲たるエーデルガルト皇帝は、フォドラの統一を成し遂げる事が出来。
既得権益の一掃と。
国家の再編成を為す事が出来たのだ。
文明圏そのものが潰れかけていた状態を、立て直せたのは。
エーデルガルト皇帝の手腕によるもの。
そして今後の平和も。
彼女の双肩に掛かっている。
更には、武を担うのは軍神の恐怖。
今回もまた伝説を作った事で、フォドラに手を出せば死ぬという事を、周辺国は学習することになるだろう。
疲れが溜まったので、自宅での作業を切りあげ。飲んでくると妻に告げて酒場に行く。高級軍人や官僚が屯する場所だ。一応役人も官僚に分類されるので、此処で飲むくらいの金はある。
あの無数の死体を見た後だと。
どうしても飲まずにはいられなかった。
ベレス師の事は、元論口には出さないが、内心では恐ろしいと思っている。なぜなら、役人は人間だからだ。
生徒として、優秀な面子に混じって指導を受けていた頃から、戦場に入ったときのベレス師の変わりぶりには恐怖を感じていたし。戦場での暴れぶりの凄まじさには何度も失禁しかけた。
そしてあの死体の山。確かに放置しておけばあの比では無い人間が死んだだろうが。それにしてもまるで容赦の無い斬りぶりは、本当に軍神としか思えない。
話が聞こえてくる。
「軍神殿が、一万のダグザ兵を切り伏せたそうだ」
「まるで衰えずだな。 セイロス騎士団を単騎で撃退したというのもあながち嘘では無かったと言う事か」
「それだけではない。 ダグザが更に軍を動かすつもりであるのなら、今度はダグザに乗り込むつもりであるらしい」
「ダグザの民も不幸なことだ。 どれだけの血の雨が降るのやら」
ネメシスの再来という声も昔はあったが。
今では、ネメシスとセイロスをあわせてもあの方には及ぶまいと言う声に変わっている。
それでいい。
虚名が少しでも広まれば。
それだけで、戦乱の芽はつまれる。
ベレス師自身の幸せについては分からない。あの人が何を考えているのか、学生時代も、遊撃隊にいた時も。徹頭徹尾、最後の最後まで役人には分からなかった。結婚して子供が出来た今もである。
思考回路からして人間と違うだろう人だ。
幸せの定義だって、きっと違っているだろう。
ふと、どよめきの声が上がる。ベレス師が、ベルナデッタを連れて酒場にきたのだ。慌てて酒場の主が、自ら席に案内している。昔同様寡黙なベルナデッタは、帝国の高官になった今でもあまり口を積極的に開かないが。ベレス師の誘いには応じる様子で。たまにこうして酒場などに姿を見せる。
軽く話しているのが聞こえた。
「二人目の子の手が掛かって……」
「政務を執っているのはベルナデッタだろう。 それならば、子育ては乳母に任せてしまってはどうか」
「それでも、あたしの手で直接面倒は見てあげたいんです」
「……そうか。 父親と同じようにはしたくないんだな。 それならば、丁寧に向き合ってやるといい。 今度、様子を見に行こう」
頷くベルナデッタ。
聞こえなかったフリをして、酒を切り上げると酒場を出る。今でも生徒達の面倒を見ているとは、大変な事だ。
軍神は健在。
此処にある。
鷲の飛躍を支えた戦場の暴威は。
今は暴威と共に、誰かの師でもあり続けるようだった。
(終)
如何だったでしょうか。
原作でももっとも過酷であり、主人公が加わった事で圧倒的な帝国軍が、それでもなお負ける可能性が唯一あったそんな会戦。
それについて、細かく描写をしてみました。
乱世を描いた作品ですし、過酷で悲しい話ではありますが。その後は平和な時代が来たと思いたいものですね。