先生が生徒と添い寝するだけのお話   作:あとらすR

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皆も生徒と一緒に寝たいよなあ!
幸せいっぱいで寝たいよなあ!


セリナは私のママになってくれるかもしれない女性だ

 ”……”

 

「どうしたんですか、先生。手が止まってますよ」

 

 ”……”

 

 ここは学園都市キヴォトス。数多の学園が集まって出来た神秘に満ちた場所である。

 その中でも超法規的な権限を持ち、キヴォトスの様々な問題に対処する組織連邦捜査部――通称S.C.H.A.L.E。

 キヴォトスにおいて唯一”先生”と呼ばれる人間と、各学園から入部した生徒達によって運営されるこの部活はその性質上キヴォトスのあらゆる問題に関わることが出来る。

 

 ”……”

 

 しかし()()()、というだけで全てを解決できるわけではない。

 人員にも時間にも限りがある。だが舞い込んでくる問題は数多く、たった今生徒に問いかけられてなお沈黙を貫く”先生”の机にこれでもかと積み上げられた書類の山がその証拠だった。

 

 先生は超人ではない。それ故に毎日増え続ける仕事を適宜さばききるだけの能力はない。

 しかし先生は聖人であった。聖職者として、生徒から信頼されている大人としてできるかぎり多くの問題を解決して生徒を助けようとする。

 

 その心と不屈の意志があったからこそ各学園、ひいてはキヴォトスに襲い掛かった危機を潜り抜けてきたのであるが――。

 

「先生? ……大丈夫ですか?」

 ”ユウカ……ごめん、コーヒーを淹れてくるね……あっ”

「いえ、コーヒーくらいなら私が……って先生!? 先生大丈夫ですか!? ちょっと誰か!? 医者を呼んできて!」

「はい! 救護騎士団のセリナです!」

「先生が倒れて! ……って、え?」

 

 コーヒーを淹れようと立ち上がった先生は、その瞬間立ち眩みに襲われたようでふらりと倒れこみ、床に体を強かに打ち付けた。

 薄れゆく意識の中、先生は自分を必死に起こそうとする早瀬ユウカの声を聞いていた……。

 

 *

 

 ”う……”

 

 体が重い。頭にもやがかかったかのようにはっきりとしない。

 気怠い感覚の中で先生は目を覚ました。

 

「起きられましたか、先生」

 ”あ、セリナ……”

 

 白いベッドに清潔感溢れる部屋、ここは確かシャーレに併設されている保健室だ。

 起き抜けに声を掛けてきたのは見覚えのある桜色の髪の少女――鷲見(すみ)セリナだった。

 トリニティ学園の救護騎士団という組織において、もっとも献身的に患者に尽くす慈母のような女の子。

 何故か名前を呼ぶだけでいつどんな時でも忍者のように傍に現れる彼女がそこにいた。

 

「先生は仕事中急に倒れられたんですよ。目覚めてよかったです……。ちょっと確認しますね」

 

 彼女の表情と声音はいつも優しさに満ち溢れているというのに、今は少し張り詰めている。

 セリナが体をぺたぺたと触診する間、先生はいささか気まずさを覚えていた。

 

「……大丈夫みたいですね。過労と睡眠不足による一時的な失調でしょう」

 ”ありがとう、セリナ”

「いえいえ」

 

 そうか、自分は書類仕事をしていて気を失ってしまったのかと先生はようやく現状を実感した。

 ここ最近はあまり睡眠を取れていなかったし、寝ていない時間は働きづめだった。生徒のためを思えば心はいくらでも突っ走っていけるけれど、体はそうも行かなかったようだ。

 自分の体調管理もできないなんて先生として失格だなと内省する。しかし仕事を減らすといった選択肢は全く思いつかなかった。

 

 腕を伸ばしてなまった体の調子を確かめる。多少思考が鈍く感じるが、倒れる前に比べればずいぶんと回復したように思う。

 さて、仕事に戻らないと……とベッドを降りようとしたところで、動きが止まった。

 

「先生?」

 ”セリナ、ごめんね。仕事を片付けないといけないんだ”

 

 セリナに腕を掴まれていた。生徒に備わった人間離れした身体能力でがっしりと、それでいてこちらが怪我をしない程度の力加減でだ。

 振り払うことはできないだろう。先生として、生徒の手を振り払うつもりもないけれど。

 そしてセリナはにっこりと笑っていた。これ以上ないほどに明るい笑み、しかし先生はそれを見て背筋が冷える心地がした。

 

「先生? 私、怒っています」

 ”セリナ?”

「前に言ったじゃないですか。困った時には呼んでくださいと。以前倒れた時には、懲りないようであれば怒りますと」

 ”……あ”

「でも今回先生はセリナを呼んでくださりませんでしたし、またこうして倒れて……更にすぐ仕事に戻ろうとするなんて」

 

 いいですか、とセリナは続ける。先生は粛々とセリナの言葉を受け入れることにしたようだ。

 

「今の先生は患者さんです。患者さんが健康になるよう尽くすのが私たちの仕事です。今先生が仕事に戻ったところで、先生の健康問題は解決しません」

 ”でも仕事が……”

「今日はお仕事禁止です。考えることも口に出すこともしないでください。確かにお仕事は大変でしょうけれど、先生が倒れられたらもっと困ります」

 ”休めば大丈夫だから”

「休めてなかったからこうなったんじゃないですか、もう」

 

 返す言葉もないとはこのことだった。生徒に言いくるめられて、心配されて。先生として情けない限りだ。

 セリナは腕を掴んでいた手を先生の掌へおもむろに滑らせて、それからくるくると指先で手相をなぞり始めた。自分より一回りも小さい手が形や感触を確かめるように動くのは、少しくすぐったい。

 

「先生。何かあったんですか? お仕事以外にも何かあったから眠られていないんじゃないですか?」

 ”……”

 

 何かあったかと言われれば、ある。

 最近眠りにつこうとするたびに嫌な想像がふと浮かび上がって眠れなくなるのだ。

 次目覚めた時、大切な生徒達の命が失われているのではないか、この世界が滅んでいるのではないか。そんな杞憂と笑い飛ばすべき不安。

 しかし先生はこれまで生徒達と共に立ち向かってきた数々の出来事からそれが決して杞憂などではないと知っている。

 一つボタンを掛け違えていれば、このキヴォトスは何度か滅んでいた。何かがずれて滅んでしまった世界のことも知った。

 そんな彼にとって、それは想像と言うよりフラッシュバックと言った方が的確かもしれないほどに具体的な光景だ。

 血だまりに倒れ伏す生徒。燃え上がり、灰と化し、■■に吞まれゆく世界。

 脳裏に過るのは安穏とは程遠い物ばかり。それらに苛まれて、ただでさえ少ない睡眠時間がこのところ更に減っていた。

 

 問題はそれを自身の生徒に言っていいのかどうかだ。

 自分がこんな状態だと知って、生徒達は余計な不安を感じることになりはしないか。

 

「先生」

 

 ずいぶん考え込んでしまっていたらしい。逡巡している間に、セリナの真剣な眼差しが目の前に迫っていた。

 透き通った桜色の瞳に圧されて心が揺らぐ。その一瞬で、先生はセリナに抱きしめられていた。

 

 ”セリナ……?”

「大丈夫です。私達は何があっても先生の味方ですから。それに、先生にはずっといろんなものを貰ってばかりですから……少しくらいは返させてください」

 

 それとも私では頼りになりませんか? と続けられて、先生は小さく微笑んだ。

 セリナにこんなことを言わせている時点で、今の自分は先生失格だ。それに相手を信じることが大事だと生徒に説いたのは他ならない自分だ。

 その自分が生徒達を信じられなくてどうするというのか。少し情けないけれど、世界の滅亡だとか大人が背負うべきこと以外は打ち明けよう。そう決心した。

 

 *

 

「なるほど……私達が傷つく想像をしてしまって眠れない、ということですね」

 ”うん”

「想像となると、どうしたものでしょうか。薬、もなんだか違う気がしますし……」

 

 生徒達の傷つく姿が思い浮かんで眠ることができない、ということを伝えた。

 それに対してセリナは不安がる様子もなく、頬に手を当てて対処法を悩んでいるようだった。

 そのことに安堵が心に訪れて、ふと思いなおした。自分が生徒に相談することを躊躇ったのは、自分に幻滅されることを恐れたからか。それこそみっともない限りだ。

 生徒を不安にさせないためではなく、自分の虚栄心を満たすために生徒を頼らなかったということなのだから。そんなつまらない物に拘って、どうして生徒に顔を向けられようか。

 先生は改めて、大切なことを気づかせてくれたセリナに感謝した。

 

「そうだ!」

 

 閃いた! とセリナは人差し指を立てた。

 

「私と一緒に寝ましょう!」

 ”……?”

「ですから、一緒に寝ましょう!」

 ”……??????”

 

 先生の思考は一瞬宇宙を彷徨った。理解しがたいことに直面したとき、人は突然世界の真理を思う。当然何も理解できないのだが。

 そんな先生を他所に、思いついた名案の根拠をセリナは捲し立てる。

 

「いいですか? 先生は私達が傷つく想像で魘されているんです。なら現実はそうでないと、目の前にいる私達は何事もなく平穏に眠ることが出来ていると実感すればそんな想像は自然と無くなるはずです」

 ”うん?”

「それに人と肌を触れ合わせることでリラックス効果が得られると言われていますし、一石二鳥です!」

 ”……うん?”

 

 理屈はわかる。しかし、しかしだ。

 

 ”セリナ。駄目だよ”

「どうしてですか?」

 ”女の子が大人の男と一緒に寝るのはちょっと”

 

 倫理的なあれこれを彼方に投げ捨て去っているのではないかと思わざるを得ない。

 何より先生として、容認するわけにはいかないのだ。

 しかしセリナは納得するどころか、頬を赤らめて食い下がる。

 

「それは、私だって恥ずかしいですけど。でも先生のためなら……むしろ一緒に寝たいですし、それに……」

 

 そういう意味でも、と尻すぼみに小さくなっていった声は幸か不幸か先生に届くことはなかった。

 しかし一瞬でもそんなことを考えてしまったセリナの顔は彼女の髪と同じくらい色づいていた。

 エ駄死! と先生の脳内で猫目の生徒が騒いでいる。何がエッチなのかはわからない。

 

「~~~とにかくです!」

 

 ぼふりと。気付いた時にはベッドに押し倒されていた。

 セリナが自分に馬乗りになっている。彼女の身体は軽いのに、全く押し退けられる気がしない。

 

「先生は睡眠をとるべきです! そのために私と一緒に寝るべきです! わかりましたか!?」

 ”……”

 

 感情のままに動いてしまったのだろう。今の彼女は沸騰して爆発しそうなやかんを彷彿とさせる有様だ。

 今の体勢が非常によろしくないことに気付いたり、下手な言葉で刺激すればいよいよとんでもないことになるのではないか。

 そう思って慎重に言葉を選ぶ。

 

 ”……セリナ、私は生徒と一緒には”

 

 寝られない、と続けようとした。その瞬間、セリナはどこからか携帯端末を取り出してぱしゃりと音を鳴らした。

 ひえっと内心で悲鳴を上げる。セリナはキケンな笑顔であらあらと何やら勿体ぶって、それから端末の画面を差し出した。

 モモトークの画面――先生と面識のある生徒全員が参加しているシャーレのグループトーク――と、送信欄に待機する今の自分を写した写真がそこにあった。

 

 ”ひえっ”

「生徒の足を舐める」

 ”……?”

「生徒と一緒に混浴する」

 ”……!?”

「生徒の部屋で一緒に寝たことは何度でしょうか。ああ、温泉もありましたね」

 ”……!?!?!?”

 

 セリナはにっこりと笑った。悪魔のような天使の笑みだった。

 

「もし断られたら、うっかり手が滑ってしまうかもしれません。どうやら()()()()()()()()ですから、一緒に寝られる人に頼みましょう。ええ、私ではだめなら他の人に頼まなければ。なんといっても先生のためですから」

 ”セリナじゃだめなんて、そんなことは”

「ではいいですよね?」

 ”そんな、ことは……”

「よしよししてあげますよ?」

 ”お願いします!”

「はい♪」

 

 先生は陥落した。セリナから溢れる母性に勝てなかったのだ。彼女は私のママになってくれるかもしれない女性だと、どこかで聞いたセリフが頭を過る。

 立場上そんな考えはロリコーン! とデストロイしていたものだが今ならわかる。女性の涙と母性には勝てない。それが真理なのだ。

 

 セリナはと言うと、機嫌がこれ以上なく良いといった様子で布団に潜り込んできた。

 保健室に漂う消毒液の匂いが、春めいた甘い花の匂いに塗りつぶされる。鼻腔いっぱいに飛び込んできた香りが春風のように心の中に巣食っていた靄を吹き流していく。

 

「……ふふふ、えい♪」

 ”……!”

 

 春の訪れに感嘆していた先生の頭は、悪戯っぽい掛け声とともに抱きかかえられる。

 香りがより一層濃くなり、初めて感じる柔らかさが優しく顔面を包み込んだ。

 先生は言葉もなくただ息を呑む。五感に突然叩き込まれた至福の感覚に思考がショートしていたのだった。

 

「よしよし、先生は良い子です。頑張っててえらいです。セリナが褒めてあげますね♪」

 ”……”

「いいこいいこ。……ふふ、かわいいです♪」

 ”……zzz”

「おやすみなさい、先生」

 

 先生の意識は多幸感の中であっという間に眠りに落ちていった。久しぶりに何にも魘されることのない快眠であった。

 

 *

 

 ――キヴォトス某所

 

「クククっ、そんなことがあったのですか」

 

 一人の男が暗い部屋の中で不気味に笑っている。ガラスに刻まれた銃痕のようにひび割れた顔面から漏れる声はただただ愉快気だ。

 彼が手に持っているのは先生と生徒が一緒のベッドで眠っている画像を印刷した一枚の紙だった。

 

「なるほどなるほど。先生、確かにあなたは我々ゲマトリアをして理解不能な精神性をお持ちの方だ。まるで物語の主人公のように、どんな苦境、困難にあっても立ち向かっていく。それらがあなたに膝をつかせることはないのかもしれないと思っていましたが……」

 

 男は紙を傍らの机に置くと無造作に手を振った。すると彼の手元に柔らかな電子音と共にホログラムが投影される。現れるなり流れ始めた文字の羅列、それを眺めながら男――黒服は笑みを深めるのだった。

 

「生徒のためならあなたは何にでも立ち向かう。それが転じて生徒があなたの弱点とも言えるとは、皮肉なことですね。しかしあなたは非常に興味深い研究対象、このキヴォトスにおいて人間の枠を超えて世界を変える”先生”です。このような些事に苛まれて凡庸な結末を迎えては面白くない」

 

 やがて黒服が文字の羅列の中からある言葉を見つけ出す。それは『クロノス』の単語であった。

 

「ククク、これはビジネスではありません。ちょっとした善意、悪戯です。ですがあなたにも利益をもたらす話だと思いますよ」

 

 さあ、もっと見せてください。そんな黒服の独り言が暗闇に静かに溶けていった。

 

 *

 

 翌日、キヴォトスに衝撃が走った。

 

 ――クロノス新聞号外

 連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生に不調あり!? 彼が求めるのは安眠と生徒の温もりか!?

 「突如キヴォトスに現れ、ヒーローのように生徒達を救ってきたと噂の先生。そんな彼が昨日仕事中に倒れたという情報が情報筋によってもたらされた。幸いなことに慢性的な睡眠不足が原因で体調に異常はなかったそうだ。しかし睡眠不足の原因は明らかになっていない。情報筋によれば、先生は生徒に心を砕くあまり眠る時にも生徒を心配してしまうのではないかとのことだ。連邦生徒会長が失踪してから様々なトラブルに見舞われてきたこのキヴォトスにおいて今最も時の人である先生。そんな彼を救うのは一体誰なのだろうか――」

 

 

 ――先生を癒すために温泉を掘るのだ! 発破ぁ!

 ――疲れた時にはやはり美味しい物を食べるのが一番です。今こそ私達の出番ですわ

 ――やはり労働は悪だ! 先生の為に革命を!

 ――先生が弱った時に権力闘争を仕掛けてくるとは、ロールケーキを口にぶち込んで差し上げましょうか

 ――うふふ、愛しのあの人を蹴落とそうとなさるなど……あなた(オートマタ)方には百年、いえ一生早いですわ

 ――なっなによこの記事!? 計算外だわ!?

 

 あちこちで起きる事件、爆発。

 キヴォトスは荒れに荒れた。この時のことを某学園の風紀委員長は後にこう語る。

 

 もう全部投げ出して先生と一緒にどこかに逃げ出したかった、と。




気分次第で書いてるので不定期投稿です
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