゛……ふむ゛
先生が休憩室の電気をつけると、ベッドの布団の中からピンクの髪の毛がぴょこんとはみ出しているのが見えた。大きなアホ毛だ。くるりと弧を描いて、枕の上で揺れている。
゛ふあーあ。眠たいなーこのまま寝てしまおうかな゛
何とはなしに言ってみるとそのアホ毛はピンと真っ直ぐ伸びて、それからそわそわと左右に触れ始めた。それで先生は足音を忍ばせてこっそりと近寄っていくことにした。一歩、二歩と。そうしているうちにもピンクの房は忙しなく動いている。
゛わっ゛
「ひやあっ!? せ、せんせいー……もう、驚かさないでよー」
布団を思い切りめくり上げてみれば、中ではホシノが猫のように丸まっていて、これまた猫のように勢いよく飛び跳ねた。
゛ごめんごめん。ホシノがいるのがわかっちゃったから゛
「せっかく驚かそうと思ったのに、おじさんの方がびっくりしちゃった。心臓バクバクで破裂しちゃうよー」
ほー、と胸に手を当ててよくわからない息を漏らす。その頬は薄く赤らんでいる。左右で別の色をした目線はぐるぐると泳いで、先生を捉えてはまたあらぬ方向に逸れる。
゛どうしたの?゛
「いやー、あのね? ちょっとだけお昼寝しようかなーって思って。おじさんいつもより頑張って書類をすこーし多めに片づけたから、ここの寝心地を確かめようと……」
゛そう言えば、確かにいつもより仕事が早く終わったかも゛
「でしょー? おじさんもやればできるんだよー?」
゛偉い偉い。ありがとうね゛
「うぇへへー。て、照れちゃうよ~」
なでりなでりと頭を撫でまわしてあげると、ホシノは頬を掻きながらはにかんだ。
「そ、それでね、先生。なんだか寝心地が物足りないから、あんまり寝付けなくて」
゛物足りない? 枕を変えようか?゛
「そ、そうじゃなくてね? えっと……人肌が、恋しいなーなんて」
心細げな上目遣い。普段は眠たげな瞳が、全く別の感情で揺れている。シーツをきゅっと握りしめるその手がなんともいじらしかった。
先生はたまらずベッドに身を投げる。ホシノの身体は軽く浮いて、ひゃあ、と悲鳴を上げているうちに先生の腕に収まっていた。
それから瞬きをして自分の状態にホシノが気付く。今度の悲鳴はうひゃあ……と上ずっていた。
「ひゃ、ひゃあ……先生、だ、大胆だねえ……」
゛私もちょうど仮眠を取ろうと思っていたんだ゛
「それは、ちょうどいいねえ……」
アホ毛がしゅるしゅると先生のあごをくすぐる。小柄なホシノは先生に抱きしめられると、すっぽりとその胸の中に入り込んでしまう。互いにシャツがしわになってしまうことなど気にもしていなかった。
゛そう。そういえば最近抱き枕を探していたのだけれど、あまりいいのが見つからないんだよねえ。ホシノ、おすすめとかある?゛
「おすすめ、おすすめかぁー」
互いの体温が心地よい。特にホシノの身体はぽかぽかと温かく、お日様の香りがして先生は既に少しばかり眠りに誘われていた。だからそれは先生にとって、眠る前のなんでもない雑談でしかなかった。
けれどホシノにとっては、もっと違った意味のある物で。自分の肩よりも広い、筋肉の詰まった胸板にごしごしと額を擦りつけ、意を決したようにゆっくりと先生を見上げた。
「せーんせ。ここにちょうど抱きしめやすい大きさで、ぽかぽか温かくて、仕事も手伝ってくれる抱き枕があるんだけど……なーんて」
゛……お買い上げです゛
「わ、先生、腕の力強いよー。うへへー、おじさん潰れちゃうってばあ」
゛駄目?゛
「……ううん。もっと強く抱きしめてくれていいよ。今のおじさんは先生の抱き枕だから……ね?」
゛……なんて尊いんだぁ゛
「うへへ。……先生の匂いだぁ。温かい……おじさんもすぐ寝ちゃいそう……」
゛おやすみ、ホシノ゛
「はぁい、お休みなさい。先生」
それから静かな寝息が二つ聞こえ始めるまでに、そう時間は掛からなかった。