二つの館 文字   作:万里支店

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一日目 act.1

 

【朝の館】

 

「九鬼くん。僕おなか減った」

 

 言うが速いか、如月は何恥じることもないと堂々とした態度で厨房へと歩いていった。

 

「おい! 子どもか、あんた!」

 

 後に続くか逡巡した九鬼だが、放っておくとなにをしでかすかわからない。仕方がなく追うことにした。

 その時、視界の端に映っていたディスプレイに変化があった。如月の名前の横に『厨房』と表示されたのだ。

 随分と凝っている。誰がどこに行ったのか、リアルタイムで把握出来るようになっている。それを信用するなら、他の面々は二階の自室の確認などを行っているようだった。

 

 如月に遅れて入った厨房は、館のホールに見合う立派なものだった。豊富な食材と多様な調理器具の容易された料理スペースと、清潔なクロスのひかれた長テーブルとセットの椅子が置かれた食事スペースに分かれている。

 普段自炊している九鬼ならば、やる気次第で本格的な料理にも挑戦できそうだ。

 うろうろしながら中を見回している如月を横目に、九鬼は包丁棚を確認した。牛刀。三徳。出刃。柳葉。筋引。薄刃。皮剥き。ペティナイフ。大小様々、用途別に用意してあるように見えるが、これは……。

 

「一人一本じゃないか、はははは」

 

 いつの間にか、背後に立っていた如月が陽気に笑う。

 

「教授。とりあえずこの厨房のチェックをお願いしていいかい? 例えば……」

 

 九鬼は、後ろ手にペティナイフを持ち出そうとしていた如月の手を覗き込んだ。

 

「そうやって隠せるような凶器がないか、とか。その包丁は置いてから」

「ちぇー」

 

 子どもっぽく口を尖らせる如月に、新人の保父のような気持ちで、諭すように言う。

 

「持ち帰っても仕方ないでしょ」

 

 すると、如月は意外なほど素直に刃物を片付けた。

 

「ごめんごめん。包丁を見てたら、はしゃいじゃった。で、何するって?」

「あなたはこの厨房にカメラとかマイクとかがないか、調べようと思って来たんですのね?」

 

 それは九鬼もしようと思っていたことだ。厨房なら、部屋に引きこもらない限りすべての人間が使用するはず。となれば必然、どこに何人来てもいいようにそれらの台数も増えるはずだ。

 

「僕はおなかが減ったから来ただけだよ?」

「子どもかァ!?」

 

 まるで悪びれる様子のない如月に、今日になって二度目となる裏返った大声。九鬼はここから帰れることが出来たらボイストレーニングを習慣化することを心に決めた。

 九鬼の狼狽などどこ吹く風と、如月はすぐさま切り替えたようだった。

 

「まあ、何があるかわからないから調べようか。これって殺人鬼のゲームなんでしょ?」

「そうですね」

「ははぁん。つまり九鬼くんはアレでしょ?」

 

 如月はにやりと口端を挙げた。

 

「殺人鬼が殺人に使うための、小道具みたいなものが仕込んであるんじゃないかって思ってるんでしょ? たとえば毒とか」

「そうですね。そういうのもあるかもしれない」

「じゃ、そういうのを全体的に調べてみるよ」

 

 そう言うと、如月は鼻歌交じりに近くの戸棚をトントンと叩きながら奥へと歩いていった。とでもではないが探しているようには見えない。思わず苦言を呈するところで、如月は音も高く大きな冷蔵庫を開け放った。

 

「おお、これはすごい」

 

 やや距離があるが、朗なかな如月の肩越しに九鬼にも中が伺えた。業務用とおぼしき冷蔵庫には所狭しと食材や調味料が詰め込まれていたのだ。

 上段を開けたままにし、如月は中段、下段と開けていく。

 

「お肉も魚も野菜もたくさんあるよ。一日にひとりずつ死んでいけば、一週間後にはこれかなり余るね」

 

 如月は軽く言いながら隣の戸棚を開けていった。そこには米やパンも入っているようだ。

 

「これ、新鮮なものだけじゃなく、保存の効くものもたくさんあるね」

「保存食?」

「うん。ビーフジャーキーとか。ということはあれだね。これは一週間以上の長丁場も想定してあるね」

「なるほど」

「ないしは、この食材を準備した人がおつまみ系が好きだったかだ」

 

 からからと笑う如月。九鬼は何度目かのため息を吐く。九鬼が感じている違和感、焦燥感、危機感。それらをどうやら如月は全く感じていないらしい。この温度差を早く埋めるべきとは思うが、現状そのための材料がないことがネックだった。

 如月はすべての異常事態を"テレビの撮影だから"で済ませている。たとえ徹底的な創作の末カメラが見付からなかったとしても、見付からないことは無いことの証明にはならない。

 

「おあつらえむきにお酒もあるね。これあれだね、深酒に見せかけて殺すとかもできちゃうね。ははは」

「ははははは。物騒なことを言うな」

「これは、殺す方法がたくさんありそうだねぇ」

 

 陽気に笑い、如月はビーフジャーキーを一掴み持ち出した。ジャケットの内ポケットに無造作に捩じ込むものだからシルエットが崩れてしまっているが、彼にそれを気にした様子はない。

 九鬼は如月の目を盗んで柳刃包丁を持ち出した。鞘があり、刃渡りも長く、軽いこの包丁は、いざというときの武器にはちょうど良いだろうと思えた。ズボンのベルトで腰に固定すれば、白衣の裾で隠せる。

 (イタズラ)に使うつもりはないし、使う議会などないに越したことはない。

 と同時に、いざという時には使うことを躊躇わないつもりであった。

 

 

【夜の館】

 

 夜の館の玄関ホールには、ディスプレイに残った文章を食い入るように見つめる女の姿があった。

 二十歳になるやならぬやのその女は、とても美しい容姿をしていた。さながら神が美しくあれと造ったかのような、邪なる神が人を魅了するべく型どったかのような、妖しい魅力のある女だった。

 銀の長髪をその背筋にピンと足らすその女は、藤見澤キリコ。先ごろから九鬼と睦まじく電話通信を繰り返していたのが彼女である。

 キリコは細いおとがいに精緻な手袋で包まれた指を当て、沈思黙考しているようだった。

 

 普段は凛とした響きの声を低く小さく唸らせ思考に沈む年下の従姉妹を、根津ちはるは気遣わしげに見ていた。

 根津ちはる。九鬼との電話でキリコにお姉さまと呼ばれていたのが彼女だ。艶めく黒髪をボブカットで纏め、大きな蝶が側頭上部にとまるデザインのカチューシャを着けている。自身の凄惨な体験からメンタルクリニックに勤めるちはるは、その観察眼からキリコがこの状況をどこか楽しみ、過度なストレスなど感じていないだろうことを察していた。

 大丈夫。キリコちゃんは昔から強くて賢い子だから。

 自分を安心させるように胸中で呟くと、横合いから声がかけられた。男の声だ。

 

「なんだか大変なことになってしまったね。よかったら、考えを纏めるのに付き合ってくれるかい?」

「あっ、はい。いいですよ」

 

 反射的に許容してから、ちはるは声の主を見た。

 柔和な顔に大きなメガネと黒いキャップを被った、非常に逞しい大柄な男だった。自衛隊か格闘家のように鍛えられた肉体を、誇示するかのように薄いタンクトップに包んだその男は、自己紹介を信じるなら富田(とみた)剛(たけし)。フリーのジャーナリストをしていると言う。

 ありがとう。と前置いてから、富田は話し始めた。ちはるとは一メートル少々離れている。話をするにはやや距離が開いているが、富田は、自分の体格が女性に与える威圧感、圧迫感を自覚していた。

 うろたえ浮き足立つ他の面々と違って落ち着いた様子のちはるに話しかけはしたが、異常事態の女性を無用に脅かすことは彼にとっても本意ではない。

 

「これ、僕らは夜の館と朝の館にいる二人の殺人鬼の名前を宣言して独房に送らないといけないんだよね?」

 富田は柔らかく、ゆっくりと続けた。

「だとすると、カードはしばらく使用しないほうがよさそうなんだよね」

「そうなんですか?」

「うん。たとえば両方の館の十六人全員がカードの宣言の内容まで管理しあいながら、ひとりずつ順番に独房に送るとするだろ?」

「殺人鬼もカードを持っているはずですし、自分の番になったら相殺するんじゃないですか?」

「それならそれでいいんだ。どちらにせよ、殺人鬼は独房に送られるか、カードを違う目的に使うわけだから。つまり全員を管理した上でカードを使えば、殺人鬼だけはいきなり特定できると思うんだよ」

 

 ちはるは富田の言葉を頭の中で噛み砕き、想像した。

 

「確かに、誤魔化すのは難しそうですね」

「うん。ただ……今回、片方の館が先に勝つと、もう片方の館の人たちはみんな死んじゃうってルールがある」

「そうですね。明言はされていませんけど、私もそういう想定でいいと思います」

 

 富田は頷いて続けた。

 

「それに自由にカードを使える状況だと、当てずっぽうで正解しちゃう可能性も残っているんだ。そんな偶発的な方法で殺人鬼が見付かっちゃうのは、つまり偶然いきなり八人もの人間が死んでしまうのは、どちらの館にとっても寝覚めが悪いと思うんだけどどうかな?」

「そうですね。つまりカードに使用制限を加えるんですね」

「うん。しばらくカードの使用については、朝の館と取り決めをして、使わないように話しておいたほうがいいと思う」

「了解よ」

 

 不意に、凛とした声が割り込んできた。

 

「その件は朝の館にも伝えておくわ。カードを使用したい時には私たちにも相談させるわね」

「あ、キリコちゃん。考え事は終わったの?」

「だいたいね。それで……」

 

 キリコはじろりと富田を見やった。閉鎖空間での異常事態に、ぽやぽやした印象のちはるに近付いてきた富田を警戒している。それは警察官を志すものとしての正義感であり、姉と慕う従姉妹を思ってのことであった。

 

「冨田さんは行動としては何をされるのかしら?」

 

 鋭い視線を向けられた富田は、反発することもなく答えた。

 

「ああ。まずはできることをするつもりだよ。僕ね、図書館とかを調べるのが得意なんだ。とにかく状況が知りたいから、ちょっと調べに行ってみようかと思ってね」

 

 キリコから向けられる猜疑心を理解しての、単独で離れる宣言である。このような非常時に不要に敵を作るつもりもない。キリコもちはるも、この事態に陥っても取り乱すふうでもなく、現状を受け入れた上で対策を考えている。状況を打破するには間違いなく彼女達の協力がいる。

 それに富田本来の気質としても、紳士なのである。

 

「いいですね。何か手がかりがあるかも」

 

 そんな二人の心中などまるで知らず、ちはるは穏やかに同意した。

 

「暗中模索だけどね。まずは一個一個調べるしかないと思うんだ」

「それじゃあ。わたしはまず皆さんと交遊を結びながら館の部屋を調べてみます」

 

 人当たりの柔らかいちはるには適任と言えるだろう。

 

「いいんじゃないかな。それじゃあ」

 

 富田はひとり、図書館へと向かった。

 

 ○

 

 富田は図書館と銘打たれた扉を開けた。室内は、なるほど確かに図書館である。

 

「これは……、すごいな」

 

 作られてからの年月を感じさせる古くも巨大な書架。それを隙間なく埋める本。本。本。館の一室にあることを思えば、不釣り合いなほど膨大な蔵書を湛えている。

 この部屋にも窓はなく、人工物による明かりしかないが、それはもしかしたら、時間を悟らせないことよりも、蔵書の日焼けを嫌ってかもしれない。そんなことを考えてしまった。

 

「全部を調べるのは現実的じゃないな。まずは手近なところから見てみよう」

 

 そうひとりごちてから、富田は入り口横の書架に手を伸ばした。一瞬、入り口の反対側、部屋の奥から調べようかと思ったが、やめた。蔵書の管理をしている人間の人となりを知らないのだ。裏をかこうなどとしても意味がない。

 ざっと背表紙の文字を目で追い、気になったものを手にとって数ページ読み、全体をパラパラとめくる。書架ごとにジャンルや筆者、国籍などで別れていることもなく、ただ無造作に詰め込んだかのような無秩序具合。

 なんの収穫もなく、富田の指先がインクで汚れていくだけの時間を過ごしていると、ふと目につくものがあった。

 

「うん? これは……」

 

 ひどく場違いなそれは、見間違いでも目の錯覚でもない。確かに週刊少年ジャンプだ。

 ジャンプを手に取った富田はハッとした顔で奥付を確認した。2013年12月21日発売の50号。それを確認すると、富田は今度は違う本を抜き取り、奥付を見た。1997年5月。1975年6月。1982年10月……。

 見る限り、このマンガ雑誌が一番新しく発刊されている。依然として今の月日を思い出せない犠牲者たちにとって、これは指標になりえるだろう。富田はジャンプを片手に、図書館を出た。

 

 

 富田が図書館に入るのを見送ると、キリコは再び思考の海に沈んでいた。ちはるは聞いているのかいないのかわからないキリコに一声かけ、自室を調べることにした。

 幾人かの視線を受けながら大階段を登り、自室と割り振られた部屋のドアを開ける。

 

「おじゃましまーす……」

 

 そーっとドアを開けて中に入る。ドアを開けると自動で室内灯が着いた。温かく、柔らかい色合いの優しい灯りだ。濃紺の絨毯が足音を殺す。

 

「うわぁ、なんだか良いホテルみたい」

 

 良いホテルに泊まった経験などないが、ちはるはなんとなくそう思った。大きなベッド。ルームランプ。ふかふかのソファとふかふかのクッション。トイレとシャワールームは別だ。

 足の細いテーブルに手を着いたとき、違和感を覚えた。床に固定されている。

 テーブルだけではない。ベッド横のナイトチェストも、ソファも、オットマンまでも、目につく家具は全てが床に固定されているようだった。

 

「凶器にならないようにかな?」

 

 ぐるりと室内を見ていると、視界の端に動くものがあった。ドアが閉じようとしている。反射的にドアを抑えると、目の前、ドアの内側に張り紙があった。

『この扉は中からは開けられず、外側からだけ開けられます。扉は起床時間になると自動的に開きます』

 ちはるはぎょっとして部屋を飛び出し、階下の従姉妹の元へ走った。

 

「キリコちゃーん! たいへんたいへーん!」

「どうしたのお姉さま」

 

 ちはるの慌てた声を聞くと、キリコはすぐさまちはるに駆け寄った。

 

「個室のドア、内側からは開かないみたいなの」

「そうなの?」

 

 ちはるはキリコを伴い自室へと戻った。そうして互いに閉じ込められる実験をし、確かに内側からは開かないことを確認しあった。

 どうやら扉は、三○秒ほどで閉まるらしい。

 

「外からしか開かない扉なんて、扉の役目を果たさないじゃない……。じゃあ、私もしくはお姉さまが一定時間どこにもいない場合、部屋を開けてみることにしましょう」

「そ、そうね。そういう取り決めをしましょう、うん。キリコちゃん賢いっ!」

「他の皆さんにも伝えておきましょう。もしも閉じ込められたら、内側から大声で叫ぶように」

「もしかしたら、もう閉じ込められている人がいるかもしれないから、今からでも一部屋ずつ回ってみたほうがいいかな」

 

 ちはるはキリコをホールに残し、パタパタと足早に掛けていった。ホールに残っていた人たちに身振り混じりで説明し、二階に上がって「閉じ込められている人いませんかー?」と聞いて回っている。

 キリコは黒電話の受話器を上げた。コール音をかさねていると、聞き慣れた声が応じる。九鬼だ。

 

「はい、朝の館」

「九鬼さん。部屋のドアに気を付けたほうがいいわ。中からは開けられない構造になっているみたいなの。開け放しておいても三○秒ほどで勝手に閉まるのも確認済みよ」

「勝手に閉じる上に、中からは開けられない。マジか」

「朝になると勝手に開くらしいわ」

「変な部屋だね。ああ、教授。ちょっと二階に行って、閉じ込められている人がいないか確認してきてください。ええ、お願いします……。

 失礼。もし閉じるときに扉の前に人が立っていたら、やっぱ潰れるのかな?」

「いいえ。私とお姉さまで確かめたけれど、誰かが抑えていた場合、三○秒を過ぎても開いたままになっていたわ。私の憶測を話すのはまだ早いのだけど、この館自体に人を殺す仕掛けはないのではないかしら? あくまで、殺すのは殺人鬼よ。みたいな」

「なるほど。確かにそういう可能性はあるかもしれない」

「それじゃ」

「うん。またね」

 

 受話器を下ろすと、ちょうどちはるが降りてきた。

 

「朝の館につたえてくれたの?」

「ええ。それで、お姉さま。私は質問してくるわ」

 

 キリコは控え室の扉を見据えた。

 

「私も一緒に行くね」

「いいえ。控え室にはひとりずつしか入れないみたいなの。モニターに追記されているわ」

「本当だ! 大丈夫なの? なにかあったら……」

 

 ちはるの声に強い緊張が籠る。

 

「多分、大丈夫よ。ひとりしか入れない控え室で私が殺されるようなことがあったら、それだけで犯人がわかってしまうもの。それに、お姉さまは私と富田さん以外の全員と話してきたのでしょう? なら、あの控え室には殺人鬼と呼ばれる人はいないはずだわ」

「…………」

 

 ちはるは納得しかねるようだった。キリコにもわかっている。ピエロが殺人鬼に便宜を図る可能性がある。控え室に罠が張られている可能性がある。ルールを無視してピエロが襲いかかってくる可能性がある。

 それでも、縮こまっていては状況は改善しない。

  

「うん、わかった。気をつけてね」

「ええ。ありがとう、お姉さま」

 

 ちはるの激励を背に、キリコは控え室の扉を力強く開け放った。

 中はとてもシンプルな構造をしていた。ホールと地続きの深紅の絨毯。広い部屋だが調度の類いはまるでなく、部屋の真ん中に豪奢な椅子が鎮座しているのみだ。

 そして椅子の正面の壁には大きなモニター。ホールにあるものと同じものだろうか。そこにあのピエロが映っていた。

 

「やあ、いらっしゃい。ゆっくり質問していってね」

「質問、ね」

 

 金属の悲鳴のような耳障りな声で、ピエロが言った。キリコは堂々とした所作で椅子に座り、足を組んで嘲るように返した。

 

「その質問の答えは、信用していいのかしら?」

「そんな質問でいいのかい? なら答えは……」

「早合点しないで頂戴。今のは独り言よ。独り言に答えるのは自由だけれど、それと質問の答えは別にくれるんでしょうね?」

「やれやれ。さっきのが独り言だとしても、今のは質問になるんじゃないのかい?」

 

 画面の中でピエロが肩をすくめた。

 

「ああだこうだと会話を伸ばされ、君にルール違反を犯させるのも忍びない。ルールを追加しよう。『控え室内で吐かれた言葉がYESかNOで返答可能な場合、文脈や声量、発声者の状態を問わず僕への質問とみなす』これは現時点でホールのモニターにも表示されている。さあ、心して発言してくれたまえ」

「…………」

 

 顔に出さず、キリコは内心で渋面を作る。享楽的なようでいて、意外と用心深い。

 

「ああ、言い忘れていたけど、個人名を出して○○さんは殺人鬼ですか? って聞くのは無しね。それじゃあすぐに終わって、楽しくないから」

 

 画面のピエロが両腕を交差させて大きく✕を描いた。小首を傾げケラケラと笑う。

 平常心を心掛けながら、キリコはため息を吐いた。電話先の九鬼と同じだ。ここの質問の答えは、ひとまず信じて指針にするしかない。会話が封じられて情報を引き出すことが出来なくなったが、それはもとより期待薄だったのだ。気持ちを切り替えよう。

 

「先ほどの文章にはひとつの館にひとりずつ殺人鬼がいるとは書いていなかったようなのだけど、ふたつの館にいる合計十六人の中に殺人鬼がふたりいるという考えで、間違いないのかしら?」

 

 ピエロはこれまでのふざけた様子すっぱり収め、遊びもなく、ただ一言で返した。

 

「YES」

 

 そうしてブツリという音とともに、モニターは暗転した。

 キリコはすぐさま立ち上がり、振り返りもせずに部屋を出た。

 

「あ、キリコちゃん!」

 

 ホールでは富田を中心に人が集まっていた。その中からちはるが駆け寄ってくる。どうやら一冊の本をみんなで見ていたようだ。

 

「大丈夫だった?」

「ええ。質問の内容と答えは、これから朝の館に電話するから、それを一緒に聞いてくれるかしら」

「うん。わかった」

 

 そうして受話器をあげると、応答側も近くにいたようで、すぐに九鬼の声が聞こえた。

 

「もしもし、九鬼さん」

「ああ、キリコちゃん」

「私、今控え室に行ってきたの」

「ああ、やっぱりキリコちゃんだったんだね。モニターに控え室での情報搾取を禁止する文言が増えたから、君じゃないかと思っていたよ」

「その点は謝るわ。ごめんなさい」

「いいさ。君がやらなければ俺が似たようなことをやっていただろうからね。それより、質問とその答えは?」

「質問は『ふたつの館にいる合計十六人の中に殺人鬼がふたりいるのか』で、答えは『YES』よ。だからそちらの館に殺人鬼がふたりいる可能性もあるわ」

「なるほど。俺もそこは気になっていたから、ちょうどよかった。ありがとう。俺も気になっていることがあるから、今度質問に行ってみるよ」

「その時は情報共有よろしくね」

「そうだね。だったら役割分担と行こうか。俺が館について調べるから、キリコちゃんたちは殺人鬼について調べてくれないか?」

「わかったわ。九鬼さんはやっぱり頼りになるわね」

 

 キリコが電話を終えようとすると、富田が近寄ってきた。

 

「キリコちゃん。実は、図書館で週刊少年ジャンプを見付けたんだ。ざっと調べた範囲では、一番新しく刊行されたのがこれだった。そのことも伝えて貰えるかな?」

「わかったわ。九鬼さん、聞こえたかしら?」

「うん。聞こえたよ。週刊少年ジャンプだね。こっちにも聞いてみるね。……え? わかりましたよ」

 

 九鬼の声が遠くなった。受話器の向こうで会話をしているらしい。

 

「ええと、キリコちゃん。そのジャンプでは、BLEACHはどこまで進んでいるかな?」

「ブリーチ?」

「うん。そういうマンガが掲載されているんだけど……」

 

 キリコが富田に確認しようとしていると、遠くから九鬼のものとは違う男性の声が聞こえてきた。

 

「まあ、僕、BLEACH読んでいないから、どこまで行ったか聞いてもわからないんだけどね。わはは」

「じゃあなんで聞いたんだよ!?」

「………………」

 

 初めて聞く九鬼の大声に、おちゃらけた如月の声。

 キリコは九鬼の心労を胸のなかで労りながら、そっと受話器をおろした。

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