デスクに突っ伏していた頭を持ち上げる。
自分がなにをしていたか、寝ぼけた頭を働かせ意識を失う前の記憶を呼び起こす。そうだ、仕事の続きをしなくては。時刻を確認をするとまだ朝の5時だった。昨日はシャワーも浴びずに寝てしまったから、ひとまずシャワーでも浴びようと思い、着替えを取り出し脱衣所に向かう。
シャワーを浴びながら自分の体を見下ろす。あのときサオリに撃たれた時の傷…だけではない。それ以外にも切り傷や刺し傷、様々な傷跡がそこにはあった。この体を見るたび、嫌な記憶が思い出される。あの頃どうしようもなかった自分が、こうして生徒を導く立場に立つことになるとは。そんな考えを自己嫌悪と共に頭を振って払い、シャワーを止め浴室を出る。
「髪は…後ででいいか。」
脱衣所に置いておいたカッターシャツを着て、何時でも着れるようにしている連邦生徒会の制服に袖を通してから、スケジュールを確認する。今日はいつも通りの書類と、シャーレ近辺の外回りと…タブレットの充電ができていないから外回りは昼からかな、それと当番の子の確認もして。と、そんなことを考えているとき。
コンコン
ノックの音。そのあとすぐ、
「おはよー、先生。今日も一日、一緒に頑張ろうね~。」
『ん…。あぁおはよう、ホシノ。』
そうか、今日の当番はホシノか。
「いや~今日すごい雨だね~。」
外を見ると、ホシノの言う通り、土砂降りと言っていいほどの雨だった。時期的には雨が降るのはわかるが、ここまでの雨はなかなかない。これは予定を変更しなくては、とソファに座っているホシノにコーヒーを用意しつつ、心の中でつぶやく。
個人的にだが、雨はあまり好きではない。昔のことを思い出すから。あの時、一人当てもなく歩いていた、あの時のことを。
『そうだったんだ、大丈夫だった?はいコーヒー。』
「ありがとー先生、まあ帰るまでにはやむらしいしねー。」
『そっか…。今日は外回りしようと思ってたけど、やっぱりやめようかな。』
「そうだねー、これだけ雨だとねー。」
『そういえば、今日は来るのが早かったね。』
「あぁ、朝は雨がやんでたから、やんでるときに行こうと思ってね~。」
ホシノととりとめのない会話を続ける。やれ昨日の会議でアヤネちゃんをまた怒らせた。やれシロコちゃんがまた銀行強盗の計画を立ててたなど。こうして皆が青春を送れているという事実が、先生としてとても喜ばしくおもわず頬が緩んでしまう。これこそが先生の本懐だと。
…少しばかり羨ましい
「あれ先生、ちょっと髪濡れてない?」
『ん?あぁ。ちょっとね。さっきシャワー浴びてたから。』
「ちゃーんと拭かないと風邪ひいちゃうよ?」
少し考え事をしていたため気づかなかったが、いつの間にかホシノが不思議そうにこちらをのぞき込んでいた。確かにホシノの言う通り、これから業務に入るのに髪が濡れたままだとさすがに風邪を引いてしまうな。その前に拭こうとタオルがある部屋に体を向けようとすると、
「あ、そうだ先生、ちょっとまってて~。」
とホシノは思いついたかのように先にタオルのある部屋に向かってしまう。とりあえず言われた通り待っていると、
「おまたせー。」
と大きめのタオルを持って帰ってきた。そして、
「ふっふっふ、これで先生の頭を拭いてあげるよー。」
そういってホシノは私の髪を拭きだす。いつだろう、こうして人に髪を拭いてもらったのは。最近は仕事が忙しく髪を切る時間がないから男にしてはかなり長い髪を、頭頂部から丁寧に割れ物を扱うように拭いていく。その気持ちよさから、つい目を細めてしまう。
「お加減はどうですか~先生?気持ちいい?」
『ん…気持ちいいよ。』
「うへー、それは良かったよー。」
『(…そういえば。一回もされたことなんてないな。)』
思い返せば、あの時から、親にすらこうして拭いてもらったことはなかった。そう考えると、なんとなく変な感じがした。なんというか、くすぐったいような、何かがこみあげてくるような、温かいような。そんな感じが。
この感覚は、いったい何なのだろう。
「うへー、これでおっけーかな?」
思考に耽っている間に水気が拭き取れたのか、ホシノが持っていたタオルがふっと頭から離れる。なぜかはわからないが名残惜しさを感じた。
「そうだ、ついでにドライヤーもしたげるよ。」
『うん、ありがとうホシノ。』
「次からは気を付けてね?せんせー。」
毎回おじさんが拭くわけにもいかないしねー、とホシノはドライヤーで優しく髪を乾かしながら、冗談めかしてそんなことを言ってくる。指で髪を梳かれると、まるで頭を撫でられているようで、安心感からかさっきまで寝ていたというのに少し眠くなってきた。
ホシノが…そうか…。
「できれば、毎日拭いてほしいな。」
「…うぇ!?」
気づけば、そんな言葉を口にしていた。
「…うへー、それはー、その、ど、どういう意味かな?」
『あっ…いや…。なんでもない。』
ホシノはドライヤーの電源を切ってこちらを驚いたように見ていた。少し顔が紅潮しているような気がするが、いきなりこんなことを言うとそりゃあ怒りだってするかと、どこか他人事のように俯瞰していた。
うまく頭が働かない。今朝からだ。今までこんなに自分の感情を曝け出すことはなかった。このままではまずい。これ以上は、今まで積み上げてきた先生としての理想像が崩れてしまう。それだけは避けなければ。
「あの、先生、今日ちょっと変だよ?大丈夫?」
『うん…大丈夫…私は大丈夫…大丈夫だから…』
そんなわけがない。いつだって私は壊れるか壊れないかの瀬戸際だった。アビドスの時も、アリスの時もエデン条約の時もRABBIT小隊の時もあの時だって、常に綱渡りで、止まることもできず、ただただ走り続けていた。ずっと投げ出したかった。いつだって止まりたかった。
でも、託されたから。
あの時に、最後に、あの人から、託されたから。
だから、まだ頑張れる。まだ走れる。
だから…。
「せーんせ?」
ぐるぐると、終わりが見えない思考が急に断ち切られる。気づけば、ホシノが私の手を握っていた。小さいけど柔い手の感触と、どことなく優しい花のような香りが、いつの間にかこわばっていた体をゆっくり、じっくり溶かしていく。
「先生が何を考えてるのかはわからないけど…。きっと先生にとって、大事なことなんだよね?」
ホシノと目が合う。その2つの色彩に引き込まれる。自分の醜い中まで覗かれているような感覚になるが、不思議と何故か逸らすことができない。自分の心中など生徒に知られたくないのに、どこかこれを望んでいたような。そんな気がした。
「だからさ、先生。」
「話してくれなくてもいいから、私に先生のこと、助けさせてほしいな。」
「…そっか。」
ホシノの顔が、傷だらけの私の目の前にある。さっき感じた感覚がまた襲ってくる。くすぐったいような、胸が温かくなるような感覚。今まで感じたことなどないのに、なんだか、これが欲しかったかのような。わからない。わからない。わからない。
ホシノに聞けば、わかるのだろうか。
「…うん、わかった。ありがとうね、ホシノ。」
「いいよー先生。先生には色々助けてもらったからねぇ。そのお礼的な?」
「うん、じゃあ、今日の業務も頑張ろうか。」
「うへー、その前に朝ご飯食べにいかない?もちろん、先生の奢りで!」
「そうだね、よし、行こうか」
「先生は、朝はやっぱりご飯派?」
「そうだね…私はそうだな…」
いつかは聞いてみたいと、そう思った。
初投稿です。
ブルアカ復帰記念かつアニメ化記念に書きました。
言いたいことは一つ、
誰か続きかいて(懇願)