「うへ~…あつい…あついよ~…」
『さすがにこれは…ちょっとキツイね…』
シャーレの外は、うだるような暑さだった。
少し先の道が蜃気楼で歪んで見え、歩くのが憂鬱になる。季節は夏真っ只中だから暑いのは仕方ないにしても、こんなにも外が暑いなら部室で書類仕事をしてたほうがマシだったか、と後悔が襲ってくる。
流れる汗がうっとおしくなり、持ってきておいたタオルで首筋を拭う。一度アビドスで遭難してから、タオルや水分を常備するようになったとはいえ、ここまでだと少し飲み物が足りなくなってくる。
財布をズボンのポケットから取り出し、中身を確認する。最近はずっと大人のカードで払っているから小銭があるか心配だったが、丁度数枚、2人分はあったので休憩ついでに自販機で飲み物を買おうとホシノに声をかける。
『ホシノ…あっちの自販機の近くでちょっと休もう…』
「うへぇ~…さんせ~…」
ホシノと一緒に自販機近くの木陰に気持ち急いで行く。さっきまでいたところだと日差しが強かったが、日陰に入ると中々涼しいなと実感する。
木々を揺らすそよ風が茹った体を冷まし、気持ちが和いでゆく。持ってきておいたハンカチで汗をぬぐい、溜まっていた熱をため息とともに吐き出す。
2人で少し休んでから自販機で飲み物を買いに行く。ホシノの分は如何するか少々悩んだが、塩分を摂らないと熱中症になってしまうかもしれないので、ここはスポーツドリンクにしておく。自分はいつもの銘柄のコーヒーがあったため、それを買うことにした。
自販機から帰ってきた後に項垂れているホシノを見つけ、なんとなく好奇心からペットボトルをホシノの首筋にそっと当ててみる。ぴとっ、と触れた瞬間、ホシノが飛び上がる。
「ひゃ!?…ちょっと先生?おじさんびっくりしたよ~。」
『あはは、ごめんごめん。はいホシノ。』
「うへ、ありがとう先生。」
恥ずかしそうな顔をした後、ホシノはペットボトルの蓋を開け、喉を鳴らしながら美味しそうにスポーツドリンクを飲む姿を横目に、お気に入りのコーヒーのプルタブを開ける。
少し力を入れると、カシュッ、と気持ちいい音が蝉の音と混ざり合って虚空に木霊する。いつもの豆の香りが鼻孔をくすぐり、変わらないその味に安心感を覚える。
首筋を掠めていくそよ風と、徐々に引いていく汗の感覚に、夏っぽいな、とふと思てしまった。こうして友達とくだらない会話をして、ジュースなんかを奢りあって、道端で座って将来の夢なんかを語り合って。夜は友達の家に行ってゲームして盛り上がって、そのまま家に泊めさせてもらって、将来の話やコイバナなんてしたりして。
『(…そんなこと、一度もなかったな。)』
「…んせ…先生?」
『ん…あぁ、どうしたの?ホシノ。』
気づいたら、ホシノが私のことをのぞき込んでいた。なんだか、デジャブを感じる光景だった。
「大丈夫?もしかしてバテちゃった?」
『あぁいや…大丈夫だよ。』
こうしてまた生徒に対して噓を吐く。今まで何回誤魔化したのだろう。こうして誤魔化す度に、心がささくれ立つ。でも、自分のこんな嫉妬を生徒に見せるわけにもいかないから。
だから、仕方ない。仕方ない。
「(先生のこと、助けさせてほしいな)」
ふと、この間のことを思い出した。
「その、さ」
「?」
「私が学生の時、こうやって人とジュース飲むとか、出来なかったから。」
「だから、その…新鮮でね。」
「…うへ、そうなんだ…」
…失敗した失敗した失敗した。なんで自分の心情を吐いたんだ?こんな顔を生徒にさせるなど、自分はどうしようもないものであるとつくづく思ってしまう。こんな弱みを生徒に見せるなど言語道断だ。考えれば考えるほど自己嫌悪の言葉が腹の底からあふれ出てくる。自分はやっぱり先生失格…
「なんか、嬉しいな。」
「…え?」
「先生がこうやって自分のことを教えてくれたこと、全然なかったしね。」
当たり前だ。こんな鬱屈した思いを抱えていることなど、だれにも知られたくなかった。自己嫌悪と羨望と劣等感をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような心の内など。知られてしまった瞬間に、向けられ慣れた失望の目が、また自分を貫くんじゃないかって。
でも、ホシノにだけは、なんとなく。理由はわからないけど。
向けられたくないな、と思った。
「そうだ。じゃあこのままエンジェル24でなにか買って、外で食べよーよ。」
「…?それは…その…」
「あれだよ、買い食いってやつ!おじさんちょっ~とお腹すいちゃったな~。」
「…うん、そうだね。そうしようか。」
「うへ~。これだけ暑いし、おじさんアイスがいいなー。あれ買おうよ。二人で分けれるやつ~。」
「私、あれ食べたことないんだよね。」
「そうなの?じゃあじゃあ~…」
過ごしやすかった避暑地を抜けて、シャーレのほうに足を進める。視界を歪める蜃気楼は変わらず、また首筋に汗が流れ始める。しかし、さっきまで重かった体が少し休んだからか軽くなった気がする。
涼んだだけ、それだけが理由じゃないと、そう思った。
はい。続きました。
需要あるかはわかりませんが、自己満で書いていこうと思います。