恋人は朝香果林   作:ジャガピー

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果林さん好きによる、果林さん好きのための物語。


#1 恋人は朝香果林

 

 

 

 

 

 目が覚めて、昨日の出来事が現実なのか夢だったのかを考えながら僕、出雲晴太は鳴り響く携帯電話のアラームを消した。

 

 春休みが終わって、今日からまた学校が始まる。

 歯を磨き終え、1DKのキッチンに立ち、昨日の煮物の残り物とインスタントの味噌汁に茶碗一杯分の白米をよそい、食卓についた。

 欠伸をしながらそれらを胃に入れて、身支度を整える。

 着慣れた制服に身を包み、携帯電話を充電器から抜き取ると、アパートから出る。

 

 季節は春。

 暖かいかと思えば肌寒いを繰り返す何とも微妙な気温を幾らか繰り返す季節でもある。

 こう言うときの体温管理は難しい。

 ヒートテックを着れば暑いし、思い切って半袖を着てみれば寒い。

 暑いのも寒いのも嫌いだから、どうにか丁度いい感じにならないかと毎年考えている気がする。

 

 しかし、悪いところばかり言っているが、良いところもある。

 景観が美しいところ。

 桜も綺麗だし、冬に枯れ佇んで居た木々たちが色づき始める。

 人はこの景観を見て、新年度の始まりを予感させるのだ。

 

 

 学校に着くと、大きな断幕が垂れ下がっている。

 東雲学園へようこそ、と書かれたそれを視界に校舎に入る。

 あらかじめ知らされていた、新しい2年生のクラスに入り、席に着く。

 始業式なる、何のためにあるのかも分からないそれにうつつながら参加して、早めに学校が終わる。

 

 ずっと今日考えていた事を整理する。

 夢、にしては昨日の情景から言葉一つとっても鮮明に覚え過ぎているのだ。

 でも夢じゃなければ、ほんとどうしたものかと、若干パニックになる訳なのだけれど。

 

 バス停から歩いて数分、朝出てきたいつものアパートの前に着くと…見慣れた後ろ姿があった。

 

 鼓動が大きく跳ねる。

 さっきまで考えていたものの渦中の人。

 黒色のブレザーにグレーのストライプのスカート。

 ここから近い、お台場の虹ヶ咲学園高校の…今年から3年生。

 

「あら晴太、おかえりなさい」

 

 そう言って、僕の目の前まで来ると顔を覗き込む。

 ふわりといい香りがする。

 ウルフカットの青みの黒髪が風に揺れる。

 

 名前は、朝香果林。

 

「今日は迷わずに来れたわ」

 

「そ、そうですか」

 

「何回も来れば慣れるものね」

 

「あの果林さん…」

 

「なに?」

 

「今日は…どの様な用で…」

 

 僕のその言葉に拍子を抜かれたのか、ポカンと口を開けた。

 可愛い…ってそう言う話じゃなくて。

 

「用が無くちゃ来ちゃいけない?」

 

 少し不服そうに首を傾げた。

 そんな表情も可愛い…じゃ無くて、今僕は昨日の事が現実なのかはたまた気色の悪い妄想に囚われた挙句の夢の中の出来事だったのか、それを明らかにしなければならない訳で。

 

 あからさまに不服そうに口を窄めて僕を見る。

 

「どうしたの?変よ?」

 

「へ、変とは…」

 

「それ、なんか他人行儀な感じが」

 

 そう言うと、果林さんは細く長い手で僕の左頬をぐいっとつねった。

 あれ、僕っていつもどんな感じでこの人と接していたっけ。普段の状態がわからなくなってしまっている。

 

 それもこれも、今日の朝から夢なのか現実なのかと、自分だけでは答えの出せない事に考えを張り巡らせているからである。

 

 しかしその答えは、早々に出ることになった。

 

 

 

「昨日、恋人同士になったのに余所余所しくなってどうするの」

 

 

 昨日の出来事はどうやら現実だった様だと…、僕は心の中で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

「これ、この新作フラペチーノが飲みたかったのよ」

 

 そう言って彼女は、器用に生クリームと液体を啜る。

 喫茶店に来た僕たちは、今彼女が飲んでいる新作の桜味フラペチーノとやらを飲んでいる。

 僕も同じものを飲んでいるが、こう言ったものはいつも最後にクリームが残って損した気分になる。

 僕だけなのだろうか。

 

 店内はそれなりに混雑している。

 背広を着た社会人らしき人も大学生らしき人も種類は疎らだ。

 ちゅうちゅうと美味しそうに飲む果林さん。

 入り口付近の席に座っているせいか、店に入ってくる人や出て行く人の多くが、そんな果林さんを横目で見ていく。

 

 今一度、目の前の朝香果林という女性について考えてみた。

 虹ヶ咲学園高校の三年生で、僕の一つ年上。

 外見的な事を言えば、小さな顔、大きな目に透き通った青い瞳に男である僕と変わらない身長にスラっと長い手足と首。

 誰がどう見ても、美少女というであろうルックスに、大学生と間違えてしまう様な大人びた佇まいと雰囲気を持っている。

 そんな彼女は、そう言った特徴を最大限に活かしているのが、モデルとして活動しているという事。

 読者モデル…所謂読モというやつで、お給料までも貰っている本格的なものなのだ。

 

 そう言ったものを含めて、果林さんは良く注目の的になる。

 こう言う不特定多数が集まる場所では特にそうで、男性は勿論なのだけれど、女性の方が果林さんを一瞥する数が多い気がする。

 

「ねぇ、美味しい?」

 

「え、はい。美味しいです」

 

「でしょ?甘いものは人を幸福にするのよ」

 

 1人の男が果林さんを見て、次に僕を疑と言う感情の籠った目で見る。

 まぁ、これも仕方ない。

 そりゃ、モデル活動する様な人と一緒に居るのが僕なのだから。

 心の中で大きなため息を吐く。

 果林さんと出会って1年ほどが経つけれど、2人でいるときはいつもこうだ。

 カウンターで並びながらジロジロと僕を見定める様に見るその視線に耐えられなくなり、堪らず外の方を見た。

 薄らと窓に映る僕の童顔が目に入る。

 童顔に、貧相な身体付きに根暗な性格。

 趣味は専らインドアで、好きな事はゲームとアニメ鑑賞に読書。異世界に転生でもしないかなとか、そんなあり得もしない妄想をする、男。

 

 いや、もうちょいマシかもしれない。

 ポイ捨ては悪だとか、ながらスマホはしてはいけないとか、そう言う事は分かっているから、うん、常識はあるはずだ。うん。

 だから、そんなに卑下する事もないかもしれないけれど、けれどやっぱり…どこからどう見ても釣り合ってないだろう。

 

 その対象が、目の前の朝香果林という人間だから。

 

 チラリと先程のカウンターに目をやると、僕たちをジッと見ていた男はもう興味が無くなったのか、一緒にいる友達らしき男の人と楽しそうに話して商品が出てくるのを待っていた。

 まぁ、僕を弟か何かだと結論づけたのだろうと推測できるのだけれど。

 

 その結論虚しく、誰でも聞けば天地がひっくり返る事実なのだけれど、僕は目の前の朝香果林さんと恋人関係なのである。

 

 他人が聞けば、妄想だの夢から醒めろだの言うだろう。

 わかる。その気持ちは大いに分かる。

 僕だって、もし側から見るだけの人ならば、こいつ大丈夫か?という気持ちにもなるし…逆になんだか慰めたくなるくらいになるのだけれど。

 

 実際、朝起きた時は、夢だったのでは?と半日疑っていたほどだ。

 けれど、果林さんの言動や行動から見れば、これは間違いなく現実だと分かる。

 

 いや、皆んな気持ちわかってくれるはずだ。

 例えれば、テレビや雑誌に出る芸能人とお付き合い始めましたなんてことになれば、よっぽど自分に自信のある人でない限りは、次の日朝起きた時にやっぱり夢だったんじゃね?と疑うはずだ。

 

 昨日、それまでに色々なことがあって、それが積もり積もって、感情がぐちゃぐちゃになって、とち狂って「好きです」なんて、今考えれば発狂してコンクリに頭を打ちつけてしまいそうな事を言ってしまった訳で…、言った瞬間に「あ、終わったな」なんて思ったけれど。

 

 何言ってんだこいつって、思われるかもしれないけど、大丈夫、僕自身も何がどうなってこうなったのか分かってない。

 いまだに、誰かに催眠術かなにかで幻覚見せられてんじゃない?なんて思ったりもしているくらいなんだから。

 

 でも、最大の謎が、昨日の出来事で何で果林さんも拒否しなかったんだろうって事で。

 そこ、そこが最大の謎なのだ。

 何故、僕の告白を受け入れてしまっているのか。

 

 いや、まぁこの1年でそれなりに交友を築かせてもらって、「生理的に無理ね」なんて最悪なことにはなっては居ないだろうなとは思っていたけれど。

 

 やっぱり間違えましたなんて、笑顔で言ってくれた方が、納得できる。納得だけだけど。その他もろもろの感情や羞恥心なんかが限界突破してしまうけれど。

 

 でも、果林さんが僕と恋人関係だなんて、恥をかかせてしまう。

 何かの間違いでこんなことになってしまっているとしても、今この瞬間、実際に恋人という関係には違いない様なので、さすれば彼女に恥をかかせてはいけないという気持ちになっている。

 

 ましてや、モデルだ。

 不特定多数に認知される活動をしている上、それにお給料まで発生しているらしいのだから、余計にイメージダウンは避けなければならない。

 

「美味しかったわね」

 

 新作がお気に召したのか、店を出てからずっと楽しげだ。

 足取りも軽い上に満足げな表情もしている。

 

 僕の家から20分ほどの場所、江東区の潮風の散歩道なる場所を歩き抜け、東雲水辺公園に入ると休憩という名を打ってベンチに腰掛けた。

 桜が綺麗に咲いている。

 気温も暖かく、風が心地がいい。

 こんな、頭を悩ませる状況でなければ、うとうと眠くなる様な気持ちになるのだけれど。

 これもそれも、自分が招いたことなのだから。

 

 そんな事を考えていると、果林さんは座っている僕との距離を詰めて、ぴたりと肩と肩が付く。

 そして、ベンチに置いた僕の手の上にスルリと手を重ねてきた。

 その行動にびっくりして、思わず飛び退いてしまう。

 

「あ…」

 

 果林さんのその声にどう反応していいやら分からず、少しの間が空く。

 その間に耐えきれず、もう一度座り直す。

 拳一つ分の距離を空けて。

 

「果林さん」

 

「?」

 

「その、僕たちの関係は…黙ってたほうがいいと思うんです」

 

「……どうして?」

 

「果林さん、モデルしてるしあまり目立ちすぎるのも良くないかなって…」

 

 その言葉に、果林さんは俯く。

 表情は、横顔ゆえに判断しづらい。

 

「……そう」

 

 少し間を置いて、そう返事する。

 

「まぁ、僕たちは学校も違うから、そんなに構える必要もないと思うけど一応…って事で」

 

 この関係がいつまで続くかは分からない。

 果林さんの気まぐれで、僕と恋人関係になってくれているのなら、それまでだし。

 果林さんの本心は、分からないけれど。

 

「それ…」

 

「え?」

 

「別に2人の時は、隠さなくてもいいのよね」

 

 2人の時…というと、まさに今という事だろう。

 辺りを見渡すと、虹ヶ咲の生徒も東雲の生徒も居ない上、僕たちに気にかけていそうな人もいない。

 

「は、はい」

 

「そう…ならいいか」

 

 そう言って、今度もまた僕の手の上に果林さんの手を乗せてくる。

 離れようとするけれど、今度は逃がさないと、強く握られる。

 

「あ、あの…」

 

「2人の時はいいって話でしょ?」

 

 そう、そうだけど…僕の心臓がもたない。

 

「今日、バイト?」

 

「はい…」

 

「そう、残念」

 

 何が残念なのかは分からない。

 でも、慣れないながら、果林さんの細く長い手の感触を感じれるのは、今だけかもしれないという事で、味わっておこうなんて気持ちの悪い思考で少し冷静になれた。

 

 その後、少し2人で話をしてお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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