恋人は朝香果林   作:ジャガピー

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果林さんが空が赤いと言えば、空は赤になるのです。(哲学)


#2 始まる半同棲

 

 

 

 予定より少し早く果林さんと解散した僕は、午後4時を過ぎた時間にバイト先であるショッピングモール内のスーパーに入る。

 事務所に着くと、おはようございますと挨拶をして、着替えるためにロッカーのある更衣室に入り、制服のエプロンを着用する。

 

 まだ勤務開始時間まで時間を持て余しているので、休憩室に顔を出すと、パイプ椅子を引いて腰掛けた。

 特にやる事も無かったので、何となく鞄から持ってきた英単語帳をパラパラとめくった。

 左側に英単語。その下に単語の意味。隣のページに例文が載っているオーソドックスなもの。

 それらを付属でついた小さな赤シートで隠しながら3ページほど進めたところで、誰かの気配と耳元を何か擽る感覚がして振り返ると、特徴的な外はねの癖毛が鼻をくすぐった。

 

「晴くん何してるのー?」

 

 声をかけてきた女性。

 その人が誰かは、特徴的な癖のある外はねの茶髪で誰か理解できた。

 バイト先の先輩で、近江彼方さん。

 学校は、虹ヶ咲。果林さんと同じだったから印象に残って覚えている。

 

「彼方さんには何してる様に見えますか?」

 

「勉強ー」

 

 そう言って僕の耳元から離れると、隣に腰掛けた。

 彼方さんも着替え終わって、僕と同じエプロン姿だ。

 

「えらいねー」

 

「褒めても何も出ませんよ」

 

「じゃあもっと褒めればいいの?」

 

 そう言って僕の頭に手を乗せ撫でる。

 彼方さんの常套手段。

 僕が頼まれていた仕事なんかを終えると、いつもこうやって頭を撫でる。

 

「彼方さん受験生ですよね?」

 

「あー、今年からそうだねー」

 

「僕のこと感心してる場合じゃないですよ」

 

「えー」

 

 それはそれはめんどくさいと表情が物語っている。

 彼方さんは、勉強が得意なのだろうか。

 あまり、そう言う成績の話はしないのでよく分からないけれど、虹ヶ咲に入るくらいなので、それなりに勉強はできるはずだ。

 

「ふぁぁ…」

 

 彼方さんは大きな欠伸をする。

 これも、よく見る光景。

 いつも気怠そうで、眠そうで。

 おっとりとした印象を持たせる目尻に大きな瞳。

 その目に、欠伸から出た涙を蓄えている。

 彼女の隣にいると、僕も眠くなる。そんな独特な空気を持つバイト先の先輩。

 それでも、しっかりと働くし、僕に仕事内容のあれこれを教えてくれたのも彼方さんだ。

 

「時間まで寝てるから起こしてねぇ」

 

 机に伏せると、スゥスゥと寝息を立て始める。

 きめ細かい肌に長いまつ毛。

 だらしないのに目が行きがちだけれど、彼方さんは端正な顔立ちをしている。とそこまで考えて単語帳に目を戻す。

 人の寝顔を見て気持ちの悪い事を考えている自分に客観的になれたから。

 

 暫くして、タイムカードを押せる時間になってから、彼方さんを揺すり起こすと、今日もいつもの様にバイトに勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは、家のインターホンが鳴ったから。

 時刻は朝の8時。

 こんな朝早くに何用だと、訪問販売や宗教勧誘なら無視してやろうとディスプレイを除くと、果林さんが居た。

 

「え」

 

 一人暮らしの家に驚嘆の声が響く。

 だって、時間8時だし。

 こんな朝に果林さんが自分で起きて、ここまで歩いてくる事に驚愕してしまった。

 

 もう一度インターホンが鳴る。

 恐る恐る、返答すると、

 

「開けなさい」

 

 少しご機嫌斜めな声がインターホン越しに聞こえる。

 僕は慌てて玄関に行き、扉を開けた。

 

「何で一回で出ないのよ」

 

「えっと…」

 

 だって、天地がひっくり返る様なことが起きてますもの。

 

「入れてくれる?」

 

「は、はい」

 

 そう言って家に入れる。

 珍しく、スニーカーを履いていることに気がついた。

 それに服装も、いつもと雰囲気が違う。

 ジーンズにパーカーというラフないで立ちだ。

 

「今起きたの?」

 

「はい」

 

「寝癖ついてる」

 

 果林さんは僕の跳ねた寝癖をちょんちょんと触る。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「え?なにが?」

 

 座る様に促して、僕はポットに水を入れてお湯を沸かす。

 

「この後、出かけるわよ」

 

「今日お仕事は大丈夫なんですか?」

 

「今日はオフよ」

 

 インスタントのコーヒーをると、果林さんの前に置いた。

 ありがとうと、果林さんはそれを口につけた。

 

「出かけるって、どこに」

 

「家具店でしょ、雑貨屋さんに、服屋さんに」

 

「買い物ですか」

 

「ええ、その前に、色々と準備がいるのだけど」

 

 そう言って立ち上がると、鞄からメジャーを取り出して、僕の部屋のあちこちをそれで測り始めた。

 え、何されてるのこれ。

 

「あのー、果林さん?」

 

「気にしないで、測ってるだけだから」

 

「いや!気にしますよ!」

 

 果林さんは僕の方を見る。

 

「ちょっと、殺風景だなって思ってたのよ」

 

「僕の部屋ですか?」

 

「そうそう。初めて上がった時からあんまり物とか増えてないし、もしかしてあまり物欲ないタイプ?」

 

「人並みに…」

 

 そうか答えると、果林さんは再び部屋の計測に進む。

 え、それでさっきの答えが返ってきてないんだけれど。

 そんな僕に後ろ目で気づいたのか、果林さんはあれこれ測りながら話を続ける。

 

「快適空間にするために、棚とかソファとか増やそうかなって」

 

「へ」

 

「後はほら、お揃いのマグカップとか揃えたいなって。ここで使う歯ブラシとか、その他諸々生活必需品とかも欲しいし」

 

「ちょちょ、ちょっと待って果林さん」

 

「なに?」

 

「ここに住み着くみたいな言い方に聞こえるけど…」

 

「そうよ」

 

 頭で処理するのに多少の時間がかかる。

 あれこれってもしかして僕の家に置くものを買いに行くってこと?

 

「私達の過ごす部屋を快適にしたいって思うのは当然でしょ?」

 

 私達…その言葉で確信した。

 この人、ここで僕と一緒に住む気だ。

 

「そ、そんなの果林さん寮に住んでるでしょ!」

 

「ええそうね」

 

「学校とか親とか…そういうのどするの」

 

 虹ヶ咲の寮生は、門限があるとか聞いたこともある。

 いや、虹ヶ咲は女子校だし、それくらいしっかりしておかないと、何かあったらでは済まないし。

 そんな寮から、急に引っ越しまーすなんて言って学校や、特に親が許してくれるはずなんてない筈で。

 

「あぁ、大丈夫。ここに来るのは今日みたいな土日祝の休みの日だけ」

 

「え」

 

「休みの日は、外出届出せば帰らなくても済むの。休みの日だけ親御さんのところに帰ったりする子もいるくらいだし」

 

 そう言ってあれこれ測りながらスマホにメモしている。

 こうなった果林さんは、もう止められない。

 

「大丈夫、お金は私が出すから」

 

「そういう問題ですかねこれ」

 

「ほら、着替えなさい、行くわよ」

 

 果林さんはそう言ってパチンと手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 朝からのドタバタも過ぎ去り、僕たちはバスに乗っている。

 乗り込んだバスはお台場シティ行き。

 奥の席に果林さん、その隣に僕が腰掛ける。

 

 うん、近い。

 場所とか、じゃないよ?

 果林さんの距離が近い。

 別にそんなに狭いシートじゃないのに、しかも窓際なのに、僕の方にピッタリと付いてもたれてきているのだ。

 頭を僕の肩に置いて心地良さそうに目を閉じている。

 何をそんな呑気に…。

 こちとら、果林さんから漂ういい香りと果林さんの感触に心臓バクバクだというのに…。

 

「果林さん」

 

「なーに」

 

「これは一体」

 

「別にいいでしょー。今は2人なんだし」

 

 先日話したこと。

 僕と果林さんの恋人関係の事は黙っておこうという事を言っているのだろう。

 確かにその時、2人の時までは気にしないという話にもなったけど。

 

「もし、この場に虹ヶ咲の生徒がいたらどうするです」

 

「別に何ともないわよー」

 

「果林さん有名人なんですからバレちゃいますよ」

 

「誤魔化せば万事OKよ」

 

 そう言って今度は果林さんの細い手が僕の手をスリスリと撫でる。

 こそばゆい上に恥ずかしくて逃げようとすると、それを見越されたのかぎゅっと手を掴まれた。

 

「よ、良くないですこれ」

 

「大丈夫よ」

 

「モデル活動に支障出ますよ…」

 

「えー」

 

 恋愛禁止とか、そういう事ではないけれど、それでもモデルという活動をしている以上、そういう事に敏感なファンもいるだろう。

 よからぬ噂なんか立てられる可能性だってあるのだ。

 でも、果林さんはそんな事は意に介さずという姿勢。

 こうなって仕舞えば、果林さんは人の話聞かなくなるからなぁ。

 

 そんな、あまり危機感を持っていない果林さんにハラハラしながら、目的地についた。

 

 

「どっちがいい?」

 

 そう言って、家具店に入るなりソファを物色している。

 黒のシックな柄と、ネイビー色ののもの。

 

「殺風景だから、ワンポイントで色入れるのも考えたんだけれど、汚れとか目立つのも嫌よね」

 

「ぼくはどれでも」

 

「だめよ。こういうのって長く使うんだから」

 

 そう言って唸る。

 そのネイビーの横にある、少し高級感の感じるブルーのソファに目が行った。

 一目で、あ、果林さんっぽいって思った。

 

「あら、それにする?」

 

「え?」

 

「じっと見てたから」

 

 そう言ってメジャーを取り出すとあれこれ測り始めた。

 

「うん、サイズ的には全然置けそうね」

 

 これにしようそうしようと、早々決まり、その後ろにあるダンボールに梱包された新品在庫を台車に乗せた。

 

「次はタンスよ。ほら、私たちの快適空間のために行くわよ」

 

 そう言って、台車を押していく。

 これ、僕の家どうなるんだろうと、果林さんの背中を見ながら慌てて追いかけた。

 

 

 

 

「安いわね」

 

 先程の家具の配達手配を済ませて、一旦昼食を取り、今度は寝具コーナーにやってきた。

 代金は、「私の為でもあるし、私はお仕事してるから」と言って果林さんが払った。

 いくら何でも流石にと、討論になったけれど、果林さんは渋々折れて配達代は僕持ちというので落ち着いた。

 いくら安いもので厳選して選んでと言っても、それなりにお金はかかるものだ。

 なんだか申し訳ない気持ちにもなってきた。

 

「これにしよ」

 

 そう言って、大きめの枕を選んでいる。

 そうだ、そうだったと、そこでことの重大さに気づく。

 土日祝限定とは言え、一緒の空間で寝るという事に。

 

 でもそこで一つ疑問。 

 僕の家のベッド、下に収納ついてる結構いいやつなんだけど、あれシングル用なんだけど。

 

「あの、果林さん」

 

「なあに」

 

「寝るとこどーするの」

 

「私はあのベッドでもいいわよ?」

 

「え」

 

「詰めて寝れるでしょ?そこまで狭いベッドでもないし」

 

 うそでしょ。

 果林さんとくっついて寝るってこと?

 僕の理性、大丈夫じゃない。

 

「んー、あんまり寝苦しかったらダブルベット買えば済むでしょう。とりあえず今は様子見ね」

 

 それでもダブルベットなんだ。

 別れて、セパレートしてって選択肢ないんだ。

 

「次は調理器具に食器にマグカップね」

 

 枕を買い終え、雑貨屋さんに入る。

 マグカップを吟味している果林さんは、満足気で上機嫌だ。

 そんな果林を見ると、まぁいいかとも思えてしまう。

 

 いや、冷静考えれば良くないけど。

 僕の理性とか、果林さんの体裁とか。

 

 

 

 

「ねぇ、どれがいい?」

 

 夕方も近づいてきた時間。

 枕やマグカップの様な持って帰れるものをぶら下げながら入った店で僕は脂汗をかいている。

 

「あの、果林さん」

 

「なに?」

 

「僕、外に出て待ってる」

 

「えー、晴太に選んで欲しいのに」

 

 果林さん、ここはまずい。

 だってここは、ランジェリーショップですよ?

 女性が、下着を揃える場所ですよ?

 僕、捕まっちゃう。

 

「果林さん、僕通報されちゃう」

 

「大丈夫よー。明らかにあぁ付き添いだなって分かるから」

 

「何でそんな事わかるのさ」

 

「堂々としてなさい堂々と」

 

 そう言って、腕を引かれると奥の奥に連れられる。

 

「これとこれ、可愛いわね」

 

 ぼくのそんな気持ちはお構いなしに下着を選んでいる。

 色も含めて、いろんな形のものがある。

 

「ねぇ、どっちがいい?」

 

 そう言って見せてきたのは黒のレースのついた大人びたものと、ベージュで真ん中に可愛いリボンとフリルのついた可愛らしいタイプのもの。

 そんな二つのものを見ながら、果林さんの下着姿を想像して、ドクドクと鼓動が早くなる。

 

「こっち?」

 

「えっと」

 

「こっちかぁ」

 

 僕何も言ってないのに、心を読まれているらしい。

 

「まぁ、両方買えばいいか。後は何個か寮から持ってくるとして」

 

 そう言ってレジへ進んでいくのに慌てて追いかける。

 

「次はこっちね」

 

 そう言って、果林さんは僕の手を引き掴み、歩き出す。

 ここは、不特定多数人が居ていつ見られてもおかしくないので、本来なら止めなければいけないところなのだけれど、鼻歌を歌いながら楽しそうにしている果林さんを見て、すこしどうでも良くなってしまっている自分がいる。

 

 

 一人暮らしを始めた時は、最低限必要なものを親に買ってもらって、そこから増えも減りもせずだったのだけれど、今回で大規模な模様替えになりそうだ。

 枕や食器以外にも、クッションやぬいぐるみと言ったものまでも袋に詰め込んで、二人でぶら下げて持っている。

 

「とりあえず確保できたから今日はここまでね」

 

 暫く経って、時刻は16時半。

 少しフードコートで飲み物を飲みながら果林さんはそう言った。

 

「足りないと感じたものはその都度ね」

 

「お金、本当にいいの?」

 

「ええ、私が言い出した事だし、必要な設備投資よこれは」

 

「そ、そうですか」

 

「そうよ」

 

 

 果林さんは躊躇いもなく財布から福沢諭吉さんを取り出して払っていた。

 あまり、仕事の事を聞いた事は無いのだけれど、一体どれくらい稼いでいるのだろう。

 

「さぁ、帰りましょ」

 

そう言って立ち上がる。

 

「今日の夕食の準備も買わなきゃね」

 

 そして、一つ気になっていたことがある。

 今日は土曜日。明日は日曜日。

 つまりは、果林さんとの半同棲はいつから始まるものなのかということ。

 

 

「果林、まさか今日から?」

 

「当たり前じゃない。だから今日いっぱい買ったんでしょ?」

 

 

 僕の理性持つかな……

 と、これから始まる果林さんとの生活にで立ちはだかるであろう己との戦いに、不安になる。

 そんなこともつゆも知らず、買ったものをぶら下げながら果林さんは軽い足取りで朝乗ってきたバス停に足を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

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