恋人は朝香果林   作:ジャガピー

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#5 幸せなユメを見ている

 

 

 

 

「晴くんは彼方ちゃんに嘘をつきました」

 

 バイトが終わり更衣室で着替え終わり出ると、また休憩室で僕を待ってたと言わんばかりに、彼方先輩は座っていたパイプ椅子から立ち上がって腕を組んでいる。

 

「私は怒っています」

 

「えぇ」

 

「彼女居ないって言ったこと」

 

 先日、2人でファミレスに行った時の事だろう。

 結局、色々あって彼方先輩には知られてしまったけれど。

 お疲れ様ー、仲良いわねうふふ。

 とパートの女の人が僕らの後ろを過ぎていく。

 

「彼方ちゃんの言うことを聞いてもらいます」

 

「ええ…」

 

「ちなみにこの後予定は?」

 

「特に無いですけど…」

 

 金曜日でも無いし、今日は果林さんとは予定は無い。

 この前の様なこともあるので、しっかり頭で反駁させて考える。

 

「じゃあこれ食べながら話そ?」

 

 そう言ってパイプ椅子に座り直すと、置いてあった袋をガサガサと漁り始める。

 中から色々なお菓子が出てくる。

 

「話すって言うのは…」

 

「んー?晴くんのあれやこれやを聞かせてもらおうって思って」

 

 ぽんぽんと隣のパイプ椅子を叩く。

 ここに座れと言うことらしい。

 

 少し考えて、僕は椅子に座った。

 別に予定もないし、あれやこれや聞かれたところで、恐らく彼方さんなら特に問題ないだろうと思ったから。

 果林さんの名誉なんかに関するところだけ伏せておけば、あとは大丈夫だろう。

 あくまで聞きたいのは僕のことらしいから。

 

「はいどーぞ」

 

 出されたのはチョコレートやキャラメル。

 彼方先輩は甘い系が好きらしい。

 こう言うものは、人の好みが大いに出るものだ。

 

「まぁなんと言うか、彼方ちゃんは晴くんのことをもっとよく知りたいって思っただけ」

 

 彼方さんは包装紙を器用にはがしている。

 

「はぁ…」

 

「ほら、果林ちゃんの友達で、晴くんの先輩でもあるからね。仲良くしたいの」

 

 そう言ってチョコレートを口に入れる。

 僕も釣られて、キャラメル味のクッキーを食べた。

 甘くて美味しい。

 

「今日も遥ちゃんはお友達の家らしいから。先輩の暇つぶしに付き合ってくれてありがとう」

 

「いえ、それならそうと言ってくれれば」

 

「晴くんと遥ちゃんは同じ学校みたいなんだけどなぁ。聞いてる感じ面識とかないみたいだし」

 

「それなりに生徒数も多いので」

 

「晴くんって、お姉ちゃんとか弟とかいたりする?」

 

「いえ、居ません」

 

「ふーん。晴くん、出身、この辺りじゃないでしょ?」

 

「え?」

 

「なんとなくね。東京の人っぽくないなぁって」

 

 普段眠そうにしているのに、本当によく人を見ている。

 

「はい。僕は、北海道に居ました」

 

「へー、じゃあ中学校とかはそっち?」

 

「いえ、小学校の途中で、神奈川の鎌倉に。その後中学校になって東京に来ました」

 

 色々な記憶が蘇る。

 お世辞にも、綺麗とは言えない記憶も。

 

「転勤とか?」

 

「そう言うのじゃないです」

 

「あ、」

 

 そこまで言うと、彼方さんは僕の顔を見て、

 

「言いたくないことなら、大丈夫だから」

 

 少し眉を下げた。

 やっぱり、彼方さんはよく人を見ている。

 それでいて、すごく優しくて。

 

「大丈夫です、彼方先輩なら」

 

「うん、」

 

「僕は小学生の時に両親を亡くして、鎌倉の児童養護施設に引き取られました」

 

 彼方さんは、黙っている。

 お菓子を食べていた手はピタリと泊まっている。

 

「その後養子に出されて、中学校はそこで。そして、今って感じです」

 

「ごめんね」

 

「え?」

 

「実は、気になってた理由が、この前のここでの事で、。ほら、晴くん魘されてたって言った日。あの日に、お母さん、お父さんって言ってたから」

 

 先日というと、ファミレスの日と同じであろう。

 確かに、あの日、夢を見た。 

 昔の、夢という過去の記憶。

 本当の両親を、無差別殺人者に殺されたこと。

 

「まぁ、もう顔は写真でしか思い出せませんし、声はもう忘れちゃいましたけど」

 

「果林ちゃん…」

 

「え?」

 

「果林ちゃんは知ってるの?」

 

 その名前に鼓動が一つ上がる。

 あの日、泣いて抱きしめてくれたこと。

 僕より辛そうに、僕より痛そうに。

 

「はい。知っています」

 

「そっか」

 

 彼方さんはそう言うと、再びチョコレートを手に取った。

 

「今の、ご両親っていうのは?」

 

「さぁ」

 

「え?」

 

「一人暮らしするとなった時に、もう連絡は必要ないと言われたので」

 

「それって」

 

「中学校は、あまり居場所が無かったので」

 

 そう言って僕は笑う。

 今の戸籍上の両親。出雲家のこと。

 それすらも、顔も声も忘れてしまった。

 

「どうして、一人暮らし?」

 

「もともと、中学校を卒業したら家を出る様に言われていました。元より、体裁を保つために養子に取られたっぽいので。東京に、結構大きめのお家だったので多分それなりに地位が高かったのかな」

 

 家の間取りは、かなり広かった気がする。

 ただ、僕はあの家のことをよく知らない。

 

「その親とは、養子に取られた日と、一人暮らしを始める時に、連絡はしなくていいと言われた時しか、会話らしい会話をしたことが無いので、よく知りません」

 

「え」

 

「ご飯も一緒に食べたことないので。自分で冷蔵庫を漁って作っていました」

 

「そんなの、おかしいよ」

 

「はい、おかしいって気づいたのは、果林さんに指摘されたからです。養子って、みんなこうなんだと思い込んでいたのを。彼方先輩も、ありがとうございます。そうやって僕のために、怒ってくれて」

 

 眉間に眉が寄っている。

 手は震えて、歯を噛み締めている。

 喜怒哀楽がはっきりするタイプの人では無いけれど、それでも、怒りという感情を感じる。

 

 果林さんも、怒ってくれた。

 僕のために、怒って、そして泣いてくれた。

 

 あの日の夜。

 同じように、果林さんに聞かれて。

 あの時は、僕の言動を常日頃からおかしいと感じていた果林さんに尋問されたに近いけれど。

 

 親とは会話をしないこと。

 食事を自分で作ること。

 掃除も洗濯も自分ですること。

 部屋が無く、廊下で布団を引いて眠っていたこと。

 

「でも、大丈夫です」

 

「別に苦しかっただけじゃ無いですよ?鎌倉にいた時は、すごく暖かくて、楽しかったから」

 

 両親を失って、喪失していた僕に、優しくしてくれた人もいる。

 

「養護施設の寮母さんとか、転校した小学校で、施設の近くに住んでいた一つ年下の友達とか。楽しい思い出もあります」

 

「へー。どんな人?」

 

「真白さんって名前で、シロさんって呼んでたんです。施設って言っても、僕がいた時は、僕1人だけだったんですけど」

 

 夏になると、湿り気のある風が吹いて、塩の香りがする。

 施設のある山を少し登れば、海がよく見えた。

 

「よく遊んでくれた子も居て、年は一つ下だったけれど、仲良くしてくれて。名前は…、しずくちゃんって言うんです」

 

「ーーーえ」

 

「家も近くて、よく遊んでくれました」

 

「鎌倉って、言ったっけ…?」

 

「はい。特に連絡先とか知ってるわけじゃ無いので、今どうしてるかは分かりませんけど」

 

 いつか、施設に帰ってお礼がしたい。

 明日に楽しみなんてなかった僕に、色々な景色を見せてくれたしずくちゃんに。

 帰る場所を失っていた僕に、居場所をくれたシロさんに。

 

 彼方先輩は、何か考え込んでいる。

 鎌倉、と言う部分に引っかかっているらしい。鎌食って…と何かを呟いている。

 

「先輩?」

 

「え、あぁ。ごめん。なんでも無いよー」

 

 そう言って、僕のほうに体を向けると、

 

「晴くんは、今幸せ?」

 

 そう聞かれる。

 僕は一度彼方先輩から目を切った。

 少し長めを息を吸うと、無機質な匂いがする。

 

 不幸だと、思う時もあった。

 両親を亡くして。

 養子先では、居場所がなかった。

 

 でも、何も辛く悲しいことだけじゃ無い。

 楽しくて、暖かく感じる時もあった。

 

 帰る場所をくれた人。

 明日を生きる意味をくれた人。

 そして、誰よりも僕を優しく信じてくれる人。

 

 ぼんやりと、そして鮮明になっていく記憶。

 去年の冬。果林さんに、同じように僕のことを話した日。

 

 晴太は、今の自分をどう思う?

 

 果林さんのその問いに、なんと答えたかは覚えていない。

 不幸だとか、悲しいとか、そんな、マイナスなことだったことは覚えているけれど。

 勝手に周りとの距離を取って、責められたような気分になって、自分を貶めて、報われないと空に閉じこもる。

 そんな僕を、殻から果林さんは引っ張り出してくれた。強引に、力づくで、それでいて優しく暖かく。

 

 晴太の不幸を、これから私が幸せに変えてあげる。

 

 そう言ってくれたあの日から。

 初めて見る景色。初めていく場所。初めて食べた物。

 そして、初めての感情も。

 

 鼓動がまた大きく跳ねる。

 血が巡り、体温が上がっていくのがわかる。

 果林さんのおかげで、僕は紛れもなく生きていると、そう感じられるから。

 

 

 

 好きです。果林さんとずっと一緒にいたいです。

 

 積もり積もって、感情が抑えきれなくなって思わず言ってしまったその言葉に、果林さんは優しく頷いて、それでいて意図も容易く、

 私もよ?

 と、返してくれたけれど。

 

 いまだに、これは何かの間違いで夢なんだろうかとか思う時もあるけど。

 果林さんとのこの関係を、絶対に離したくない。

 許されるなら、ずっと果林さんの隣に居たいとも。

 

 だから僕はきっと今は、ユメと言う現実の中で。

 

 

「はい、すごく幸せです」

 

 

 自信満々に、心配そうに見つめる彼方先輩に向かって放つ。

 下がった眉が、大きく上がっていく。

 

「うん。よかった」

 

 そして、僕のことをこうやって心配してくれる目の前の先輩のおかげでもある。

 

「彼方先輩も、いつもありがとうございます」

 

「うぇぇ?急になんだよー」

 

「あなたのおかげで、バイトも楽しいです」

 

 そう言って微笑むと、彼方先輩は顔を紅潮させて恥ずかしそうに目を伏せる。

 

 休憩室に人が入ってきた。

 早く帰れと、店長に諭されて慌てて僕たちは机の上を片付けると、店を出た。

 先輩と別れ、夜の道を1人で帰路に着く。

 空を見上げる。都会の薄暗い夜の空には、一番星が輝いていた。

 

 

 






基本的には、この小説はイチャラブがベースです。
こんな風に、随所で果林さんとの過去なんかをちょいちょい出しながら、2人のラブラブを進めていきたいと思ってます。
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