続・ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
「──病室は──507号室です」
「……分かりました」
臨月の妻は悪阻が酷く──メグルは、一人で「かつての旅仲間」の見舞に出向いていた。
マーニャでの戦いから、もう既に4年以上が経過していたがこの間メグルは只の一度も会う事が無かった。
その奇妙な「病状」をメグルは聞かされてから居ても経ってもいられず、駆け付けた。
「……ミアっ……」
病室の扉を開け、「その人物」の名を呼んだメグルの手が凍り付く。
ベッドに寝ていたのは、自分の知る少女ではなかった。
髪は真っ白になり、ところどころ抜け落ちてしまっている。
肌は破れた羊皮紙のように皺が出来てしまっており、目は──静かに閉じていた。
それでも、メグルがやってくると薄っすらと目を開けた。
「……来てくれたんですね、メグルさん」
「……ミア、なんだよな?」
思わず問いかけてしまう。
だが──穏やかな笑みは、最後に見た彼女と重なっていた。
メグルは言葉を失い──俯いた。
──目の前の老婆は、4年前にマーニャで共闘したミアその人である、と確信したからだ。
当時は10代だったミアが、たったの数年で此処まで老いることなど普通は考えられない。
だが、彼女を構成する細胞は──普通ではない。
「信じられないのも……無理は、ないですよね。会わない間に──こんな姿になってしまって」
「……なんで、こうなっちまったんだよ、ミア」
「万能細胞は──万能であっても”完全”ではなかったということです」
「ッ……」
「不完全なクローンの細胞は癌細胞と化した。気付いた時にはもう、どうしようもない段階まで進んでたんです」
何処か納得したように微笑みながらミアは告げる。
だが、だからこそ──メグルは納得できなかった。
誰よりも己の生き方に思い悩み、最後の最後でそれを見出し、自由な空に旅立ったはずの彼女の終わりが──こんなに早く訪れて良いはずはない、と。
「そこの棚の上、見てくれませんか?」
「……?」
メグルは病室の棚を見る。
そこには、メタモンのようなポケモンが寝息を立てていた。
「……これって、メタモン──」
「ゼノです」
「えっ」
「……ゼノの身体にも、限界が来てるんです。万能細胞に……寿命が来たんです。だから、今までの姿が保てなくなった」
「寿命──」
「……私の身体が急速に老化し始めたのは2年ほど前。成長は止まり、その後は──日に日に身体の機能が少しずつ衰えていきました。筋肉は薄くなって、骨は細くなって……今じゃあもう、まともに歩くこともできやしない」
「ッ……こんなのって、ねぇよ。何でお前が」
「メグルさん。そんな顔をしないでください。私はね──この4年間、ずっと──楽しかったんですよ」
「だとしても……何でもっと早く俺に言ってくれなかったんだ……ッ
ベッドのシーツを握り締めて、メグルは思わず声を荒げる。
だが──分かっていた。
彼女が足掻かなかったわけがないということ。
考えられる全てを試し、なお──ミアの衰えは止まらなかった、ということ。
だが、今のミアは──何処か満足気だった。
「……メグルさん。私の人生が、悲しいものだと思いますか?」
「え……?」
「きっと、他の人から見れば、私の人生はきっと悲劇に映るのだと思います。他でもない私自身が、メグルさんと会うまでの間、そう思っていたんですもの」
しわくちゃの手が──メグルの日焼けした手に重なる。
「……でも。私ね、今全然悲しくなんかないんです。貴方に会えて……アルカさんに会えて……ゼノに会えて……本当に楽しかった。私の人生は間違いなく喜劇だった、と言えますよ」
「ッ……俺、嫌だよ。もう一回くらい、ミアと一緒に……」
「……メグルさん。お子さんが、もうすぐ生まれるんですよね」
胸がつっかえるような思いをしながら、メグルは頷く。
「……男の子ですか? 女の子ですか?」
「……男の子だ」
「……なら、まずはメグルさんは──その子を大事にしてあげなきゃ。私みたいに、悲しい思いをさせたら、絶対にダメですから」
「……うん。分かってる……ッ」
「それに、アルカさんにも。そんな顔を見せるつもりですか? アルカさんは今から大変なんですから、貴方が頑張らないといけないんですよ」
「俺さ、分かってても、分かっててもやりきれねえよ」
シーツを握り締めて、メグルはミッシング・アイランドとマーニャでの日々を振り返る。
たくさんの事があった。楽しい事だけではなく、辛く、長く、苦しい戦いの連続だった。
だがそれでも、ミアが居たから切り抜けられた場面は数多い。
決して欠けてはならない仲間だった。
だから、戦いが終わった後、今度はセレクト団のしがらみから解き放たれて自由に何処かを飛び回っているだろう──と勝手に思っていた。
「……オマエとはしばらく会ってなかったけど。それでも、それでも……寂しいよ」
「……ふふ。嬉しいです、メグルさん」
「どうしようもないって思ってても、お前が納得してても──俺、やっぱり……」
「さっきも言った筈です。私の人生は決して、悲劇ではない。いいえ、誰にも悲劇だって言わせるつもりはありません」
ぱちり、とゼノの目が開く。
そしてゼノは──ふにゃふにゃと何か言うと、メグルに笑いかけた。
「私はカルミアの代わりでもなく、試作品492号でもなく──ただのミアとして生きて、ただのミアとして死ねる。こんなに幸せなこと、ないでしょう?」
「だとしても……俺、やっぱり納得できねえよ……」
「……私の旅路は、少しだけ早く終わりが来た。ただ、それだけの話なんです」
「ミア。世界を回る旅は──そんなに、楽しかったのか?」
「最高でした」
ありったけの笑顔をミアは返す。
メグルは──涙を拭う。拭いながら──頷いた。
「……そうか。それなら、良い」
「……頑張ってくださいね、メグルさん」
「また来るよ、ミア」
「……ええ」
しわくちゃの手を握る。
それでもまだ、彼女の手首は──脈を刻んでいた。
※※※
「行っちゃいましたね、メグルさん」
「メモモ」
「……やっぱりあの事は……黙っていて正解でしたね……セレクト団の遺産は──まだ、残ってる」
「メモ……」
「でも、それはもう私にどうにか出来るものではありませんから。どう転ぶかは”あの子”次第です」
ミアは──ゆっくり目を閉じた。
「……少し、眠くなっちゃいました。休みましょうか。ゼノ」
※※※
彼女の旅路は此処で終わり。
だが、それでも──種火はくすぶり、再び大きな炎となる。
きっとそれは、誰も思いもしなかった出会いから──始まる。
雨が降りしきる。
黒いフードを被った少女がゴミ捨て場で横たわっていた。
その少女の前に、白衣の女性が傘を差し出しながら問うた。
「──オマエ。何も覚えてないのか?」
「は、はい……」
「どっかで見たような顔してんな──まあ、いい。ん? そのノート……」
「はい、ノートに名前、書かれてて」
少女は持っていたボロボロのノートの表紙を見せた。
「ボク……”コゴメ”って言うみたいです」
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