続・ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
相手が動いていようが、どれほど小さかろうが、ゼラには関係ない。必ず射抜き、そして墜とす。
情に流されず、そして情で失敗することが無い。
狙撃手は孤独だ。しかし、彼はそれを苦にすることがない心の強さを持つ。
体躯にコワモテな顔。そして狙撃手と言う肩書。そのいずれも、周囲の人間を畏怖させるには十二分なものだった。
それは学生時代からずっと同じで──彼自身も孤独を貫いた事もあって、尊敬を集めながらも彼は一人だった。
「うっひゃーっ、凄く強そうな人デス! よろしくデスよっ!」
「……ああ」
「? どうしたデス。私の顔に何か付いてるデス?」
人は、どうしても合理的な理由では説明できない瞬間がやってくる。
一目惚れだった。
そして何より──彼女は、ゼラを恐れず、そして避けなかった。
初めて出会ったのは、先輩後輩で組まされるペアのフィールドワーク課題の時。
やることなす事全てが常識外。見ている側は気が気でない。
「……ッさ、さっきの雷ってゼラ先パイのクワガノン──!?」
「遠くから見えた。危なっかしいヤツだ。ザングースの巣に突っ込むとはな」
「あ、あははは……で、でも信じてたデスよ! 先パイなら助けてくれるって!」
「あまりアテにするな」
だが、それが却って「守ってやりたい」という庇護欲を駆り立てる。
「もうっ、先パイはいつも一言少ないのデス! だから、怖がられるんデスよ!」
「……構わん」
「え?」
「……狙撃手は孤独だ。一人には慣れている」
「……それじゃあ、ゼラ先パイの良い所を知ってる人が居なくなっちゃうデス!」
「……」
そんなもの必要は無かった。
彼女さえ傍に居てくれれば、それで良い。
そうしていつしか彼女に心を乱されている事に気付いた時、ゼラは──己を狙撃手失格だと悔いた。
だからゼラは、卒業して彼女と別れる事になった時、心底安心したのだ。
もう──彼女に心を乱されることが無くなる、と。
「──俺は狙撃手だ。……狙撃手は銃があればそれで良い」
※※※
──3日後、カテドラル博物館には大量の警察車両が集まっていた。
刑事の1人が、スマホロトムを起動する。そこには、
「クローバー……! まさか警察アテに予告状を送り返してくるとは……!」
『来たる3日後、不躾な偽物に代わり、カテドラル博物館から”黄金のタマゴ”を頂戴いたします。 怪盗クローバー』
当然、この本物の予告状を公にするわけにはいかなかった。
国際警察が自分の囮捜査を認めることになるからである。わざわざ博物館と協力し、自分で偽物を用意してクローバーを誘き寄せるという”狂言怪盗”など、世間の批判は避けられない。
だが同時に狙い通りでもあった。プライドの高いクローバーは自分の偽物の存在を決して許しはしないのである。
「まさか本当に挑発に乗ってくれるとは、なんて、なんて、なんて分かりやすいヤツなんだ……! 今日がお前の最期の日だというのに……!」
──間もなく、警報が鳴り響く。
しかし、これは仕組まれたものだ。
偽物のクローバーが、博物館の屋根に立ち、大仰に名乗りを上げてみせる。
「レディーエーンス、ジェントルメーン!! 天才美少女怪盗・クローバーちゃんのショータイム、始まりDEATH!!」
「うーわぁ、わざとらしい語尾……だがこれで、ヤツもキレてやってくるはず──」
次の瞬間だった。
屋上で名乗りを上げ、手を大きく広げたニセモノの身体に、黒い何かが絡みつく。
すぐさま屋根上に隠れていた警官たちが辺りを警戒するが彼らの身体も金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
【カクレオンの かげうち!!】
「し、しまった……!! 誰か動けるヤツは居ないのか──!?」
全員は騒然とする。相手の影を縛って動けなくする超広範囲の”かげうち”だ。
しかし、誰も彼もが、そこに潜んでいるはずの何かを探し出す事が出来ない。
当然だ。今は暗闇。更にその場に下手人が居ても、擬態能力によって見つけ出すことなど出来はしない。
更に博物館の外に居た警察官たちは、突如目の前が真っ白な霧に覆われたような幻影に襲われ、動けなくなってしまうのだった。
「しまった、出たぞ!! 奴のゾロアークの幻影だ!!」
しばらくして、偽物の背中を何かが這い上がる。
「げろげろ」
月光に照らされたのは──カクレオン。クローバーの相棒だった。
すぐさま舌が長く伸び、偽物の仮面を剥ぎ取り、月光の元に晒し上げるのだった。
あまりにも鮮やか、そして手際の良すぎる連携。
そして寿命の短いニセモノであった。
仮面の下は、美少女などではなく、変声機を付けた中年男性。
すぐさまその顔がマスコミの報道ドローンロトムによって晒されることになる。
国際警察の囮作戦は、クローバーを捕える前に露呈する結果となってしまったのだ。
「偽物の出番はないのデスよ! 代わりに黄金のタマゴは私が頂くデス!」
(そしてすぐお返しするデスよ。タマゴに興味は無いデスからね!)
その頃、博物館全体の警備をゾロアークの幻影で麻痺させた本物のクローバーはダクトから侵入。
そして天井裏を通って”黄金のタマゴ”がある部屋に忍び込む。
当然、中にはレーザーセンサーが敷き詰められているはずだったが、事前にハッキングによって博物館全体の電源をシャットダウン。
後は部屋の中に大量に居る警察官だけだが──彼らも、ゾロアークの展開したイリュージョンにかかっていた。
「クソッ!! お前がクローバーか!!」
「違う!! 俺はクローバーじゃない!! お前がクローバーなんだろ!!」
【ゾロアーク ばけぎつねポケモン タイプ:悪】
【何百人の人に幻影を見せることで群れと住処を守った記録が残っている。】
(全く、いつも同じ方法に掛かってくれるとは、やりやすい限りデス)
クスクス、と笑うクローバーは慣れた手つきで展示ケースを解体すると、そのまま中の”黄金のタマゴ”をケース諸共手中に収めるのだった。
(これで囮捜査をした国際警察の評判はがた落ち。本物に”黄金のタマゴ”を盗まれて、面目丸つぶれデス!)
「ゴォオオオアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
その時だった。
館内に突如、爆音で生き物の咆哮の如き音声が響き渡る。
思わず耳を塞いだが──次の瞬間には、警官たちの視線が全て彼女の方を向いている事に気付いたのだった。
直感する。幻影が解除されたのだ、と。理由は分からない。
だが、先程の咆哮音声が館内に掛かった瞬間、警官たちの様子が変わったのは分かった。
「あっ……え?」
「居たぞッ!! あれが本物のクローバーだッ!!」
「Why!? 何で──ッ!?」
警官たちがクローバーを狙い飛び掛かってくる。
それを華麗な身のこなしで躱すと、予め確保していた天井裏の隠し通路から彼女は脱出を図る。
そのまま、そこに待機させておいたメタモンたちを自分に変身させて、共に飛び立つことで撹乱する──はずだった。
「ど、どうしたデス、メタモンズ……!?」
変身していたはずのメタモンたちが、皆泡を口から吹いて気絶してしまっている。これでは変身するどころではない。
(さっきの音声が原因!? そう言えば、ヌシポケモンの放つ咆哮はポケモンの特性や技の効果を打ち消し、更に怯ませるって……!)
しかし、今のは明らかにスピーカーから流された音源だ。
そうなると考えられるのは──
(──ワームホールの奴ら!! まさか、ヌシの咆哮を再現したのデス!?)
仕方なく、メタモンたちをボールに戻して彼女は窓を叩き割り、外へ飛び出す。
そのままデリバードを繰り出すと、外へと飛び出すのだった。
「デリバード、こうなったら超速で逃げ出すデスよ……ッ!
「でりー!!」
(地下ルートはこうなると使えない──ゼラ先パイが狙っているのは覚悟で、外へ行くしかない……!!)
”おいかぜ”を使い、デリバードは急加速。
屋根から追ってくる追手を”ふぶき”で凍結させ、その場から離脱する。
スコープで周辺を観察するが、狙撃手らしき姿は無く、スコープの反射特有の光も感知しない。
しかし──
ズドンッ!!
──落雷。
衝撃に、光。
そして耳を劈くような音。
遅れてやってくる焦げ臭い匂い。
一撃でデリバードは仕留められることになった。
落ちていく中、クローバーは下手人を悟る。
(ッ……ゼラ先パイ……!! やっぱり……!!)
そうなれば、デリバードをボールに戻し、今度は背中に仕込んでいたパラシュートを展開。
そのまま、ビルの屋上へと飛び移り、遮蔽物に隠れる。
しかし──その気になればゼラは何時でもクワガノンで空中を移動することで狙撃位置を変える事が出来る。射線が通るようになるのも時間の問題だ。
だが、クローバー視点では彼が今どこにいるのか分からない。
彼の狙撃手としての腕は常軌を逸している。此方から悟られない位置に居るに違いない。
(……私は、此処で捕まるわけにはいかないのデス……! 絶対に……!)
※※※
「……命中。次も当てる」
とある雑居ビルの屋上がゼラの狙撃位置だった。
今のでクローバーに位置は悟られた。
故に、素早く止まり木を下ろすとクワガノンに掴まって浮上。更に高い位置から、遮蔽物に隠れたクローバーを狙う。
(俺からは逃げられない。誰であっても)
ゼラの視力は──異常とも言える程に高い。
普段彼がサングラスを掛けているのは、その高すぎる視力故に脳への負担が強く、意図的にセーブしているからである。
故に、サングラスを外した彼は本気だ。スコープ越しとはいえ、今の彼は100メートルほど先で逃げているクローバーの姿を正確に捉え、帽子の下から見える唇の動きまで分かっていた。
(見える。見えている。お前の一挙一動。動揺しているのか? いや……その逃走ルートを選んだんだ。デリバードを堕とされる事も想定済みなんだろう?)
ゼラは遮蔽物に隠れた彼女を狙い撃てる位置まで移動する。
その表情、息遣いまでハッキリと分かる場所まで。
(真っ向勝負では俺はお前には勝てないだろう。俺の位置を悟ったゾロアークが俺を幻影に掛けるだろうからな。だが……射程範囲に入らない限り、そして俺の姿に気付かない限り、ゾロアークは俺を幻影に掛ける事が出来ない)
一瞬で考えを駆け巡らせ、最善の位置である高台にゼラは降り立つ。
そして、止まり木を構え、いつものように超遠距離狙撃を行う。
(チェックメイト。今度はお前にスタン弾を放つ)
「クワガノン。圧縮”10まんボルト弾”装填」
さあどう動く? とゼラは考えつつもその一撃に全神経を集中させる。
120メートル先の目標であっても、ブレの補正を加味し、ゼラは正確に獲物を狙い落す事が出来る。
彼女が場所を移動しようとして動いたその瞬間、射落とす。
(お終いだ、怪盗──む)
怪盗の口元が見えた。
何かを呟いているようだった。合図か? とゼラは警戒を強める。
彼は読唇術も心得ていた。故に、彼女が何を言っているのか、この距離からでも分かる。
どちらにしても自分の勝利は揺るがない。止まり木に付いた引き金を引き、クワガノンに合図を送るだけだ。
「ロック・オ──ン──ッ!?」
「──」
ズドンッ!!
落雷の如き音が鳴り響く。
「……、バカ、な……!?」
雷鳴弾はすんでの所で逸れて──遮蔽物に命中した。
「ッ……!? ……!?」
引き金は引いた。
目標の位置も分かっていた。
狙えば当たるはずだった。
しかし──弾は外れた。
気が付けばもう、そこにクローバーの姿は無かった。
信じられなかった。
決して情に流されず、仕事を失敗しない。
自己評価も、そして他者からの評価も揺らがなかった。
その彼が生まれて初めて精神的な動揺で──失敗した。
「何故……!!」
「ッシャァァ!?」
「……すまない、クワガノン……俺は、狙撃手失格だ」
「シャアアア!! ッシャアアアア!?」
「……クソッ……!! 分かっている……逃げられた……!!」
ゼラは崩れ落ち、そして拳を叩きつける。
彼の読唇術は正確だ。母音どころか、子音すら完璧に把握できるほどだ。
だが──それ故に読み取れてしまっていた。
そればかりか、クローバーは明らかに
「俺の位置が分かっていたのか……?」
彼女が逃走する前に発した言葉を再度噛み締める。
──すきですよ ぜらせんぱい
「ッ……バジル……
彼は愕然とした。
サイレンの音が──雨音に掻き消されようとしていた。
クローバーが居た場所には、”黄金のタマゴ”が残されていた。
※※※
違う名前で各地を渡り歩いた。
学生時代に使っていた”バジル”すら仮初の名前だ。
だが──楽しかった、と彼女は振り返る。
(ゴメンね、先パイ……)
奥手でウブなことなど分かっていた。分かっていて揶揄う日々が続いた。
だが、それでも誠実で頼りになる彼に、他でもないバジル自身も惹かれていた。
結局彼が卒業するまでに言い出すことは出来なかった。出来るはずが無かった。
自分は怪盗で、彼は正義のポケモンレンジャーになる男だ。
その狙撃の腕で、これからも多くの人やポケモンを救わなければならないのだ。
だからバジルは嘘を吐いた。彼にも、そして自分の気持ちにも。
これでゼラにはバジルがクローバーであることは悟られるだろう。
しかし、もうどこにも存在しないのだ。”バジル”という少女は。
(先パイの気持ち、弄んで……先パイが私の事、好きなの利用して……あ、あはは、私、サイテーだ……)
地下道を潜り抜け、彼女は息を切らせて壁に手を突いた。
雨が地下に流れ込んでおり、なかなか前に進めない。
(ああ、でも、失敗したってことは……先パイ……本当に……私の事、好きで……)
ぽた、ぽたぽた、と地面に雫が落ちる。
他に手段があったのではないか、というミアの問が脳裏に過る。
だが既に遅きに失したのだ。クローバーは──今度こそ失恋した。
(私、何やってんダロ……一族の掟、怪盗の誇り、それを貫き、守る事に、躊躇いなんて無かったはずなのに)
──世界各地に散らばる、危険な宝。それを盗み出し、適切に”処理”する。それが我が一族……そして、お嬢様に与えられた使命なのです。
──スゴい!! スゴいデスよ、爺や!! もしかして、死んだ
──はい……しかし、この先は引き返せませんよ? 良いのですね?
無鉄砲で、何でも出来た気がする、怪盗になりたてのあの頃の自分をぶん殴ってやりかった。
──だって、私がやらないと……いけないんデショ? それってすっごく、Coolってカンジじゃない!?
「……はははっ、ほんっと……安請け合いも、恋も、するモンじゃないデスね……」
他の手持ちは逃れられただろうか、とクローバーはぼんやりした頭で考える。
体力と気力、そのどちらも消耗が激しい。
何より、デリバードが堕とされた時点で彼女も少なからず感電しており、身体の自由は奪われていた。
だが、この古い地下通路は事前調査で発見した穴場だ。
追手はもう来られない──
「おや? 小生が一番乗りとは……実に幸運、そして実に興味深い! 面白きことは愉しきことだ」
──ぽちゃ、ぽちゃ、と水音。
クローバーは足を止める。
現れたのは──翠色の瞳をした瘦せ型の男。
しかし、その服装を見て、クローバーは固まる。
緑色の制服に”WH”というロゴの刻まれたマーク。
その全てが、自分が最も警戒していた組織に相手が所属していることを意味していた。
「お前は……ワームホール公団の……ッ!!」
「小生はノーゼン。人生とは長い暇つぶしに過ぎない──故に未知を既知にするのが小生の愉しみだ」
【”ワームホール四天王”ノーゼン】
逃げようとしたが、もう遅かった。クローバーの足元は凍り付いており、動くことは出来なかった。
彼女の背後には巨大な二枚貝のようなポケモンが浮かんでいた。
「故に故に! 是非、小生と、その善き友であるパルシェンにご教授願いたいところだ! ……満身創痍の怪盗は、どう藻掻いてくれるのかを」
「厄介なのに、捕まったデス……!!」
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