続・ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
「……君が、ワームホールについて嗅ぎまわっている事は知っている。良くないなァ……そういうのは」
くっく、とノーゼンはあくまでも愉快そうに、そして努めて物腰柔らかに言った。
「好奇心を満たすのは良い。私もそう言う事はする。だが、好奇心ニャルマーを殺すというだろう? 世の中には首を突っ込んではいけない事がある」
「……ッ」
「故に! 小生にご教授願いたい。どうして我々の事を探っていたのか、をね?」
「自分の胸に手を当てて考えてみれば良いんじゃないデスか?」
「おっと、そう来たか。君は、自分に都合の悪い事を聞かれると人の所為にするのか。覚えておこう」
ぴき、ぱきぱき、と音を立てて足首から彼女の身体は凍っていく。
けたけた、と後ろではパルシェンの殻から覗く真珠型の本体が笑っている。
下手な事をすればパルシェンの攻撃が飛んでくる──
「いずれにせよ、君には消えて貰う。国際警察を利用し、君は見事にニセモノに引っ掛かり、小生たちの前に現れてくれたんだからね」
「……私は此処で消えるわけにはいかないのデスよ」
「おおう、威勢は良い。故に愉しみだ。君が、今わの際にどう藻掻き、命乞いするのかを」
この場から逃げ出す手段など無い。
クローバー自身、身体が麻痺してもう動かせないからだ。
しかし──せめて退路を塞ぐパルシェンさえどうにか出来れば、と考えていたその時だった。
「こきゅこきゅこきゅーんッ!!」
甲高い鳴き声と共に、パルシェンの身体にどす黒いオーラが叩き込まれる。
それが──”ナイトバースト”であることを悟ったクローバーは思わず顔をパッと輝かせた。
「ゾロアーク、来てくれたデスね!!」
「ぎゅぁあああああ!!」
黒い化け狐のポケモンは、クローバーの足元が凍っているのを見るなり、簡単には抜け出せない事を察する。
特防の低いパルシェンを一撃で倒す事には成功したが──それでもまだ、目の前のノーゼンは腰に大量のボールをぶら下げており、手持ちが残っている。
(……やるべき事は全部やった。思い残すことは無いデス。後は、私がここから逃げ出すだけ)
「……戦うしか、ない……!!」
「こきゅ……!!」
「おおう、察しが良い。凍った足を無理矢理抜くことは出来ないし、うっかり”かえんほうしゃ”なんて撃った日には大惨事だろうからね」
そう言ってノーゼンは次のボールを投げた。
そこから現れたのは──巨大なクラゲのようなポケモン。
青い身体に、白い髭を蓄えた王のような姿をしたそれは、ぼこぼこと水泡のような音を立ながら宙に浮かび上がる。
しかし直後、身体に稲光が迸り、全身は黄色に発光するのだった。
【ブルンゲル<マーニャのすがた> しびれクラゲポケモン 水/電気】
「ぶるぅんるるる」
「学者の間ではシーネットルと呼ばれる種類のブルンゲルさ。さあ、何処まで戦えるか小生に見せて貰おうか」
「ッ……ゾロアーク!! ”ちょうはつ”デスッ!!」
「……おっと、ブルンゲル特有の補助技を封じに来たか」
ブルンゲルというポケモンはイッシュ地方を中心に大量に生息するクラゲのポケモンだ。
人やポケモンを海の底に引きずり込むことでも良く知られる危険な種類でもある。
その恐ろしさは、なかなか倒れないしぶとさ、そしてあまりにも多種多様な補助技にあると言っても良い。
ましてやそれがマーニャ特有の種類ともなれば猶更だ。
「さあ、私の好奇心を君は満たしてくれるのかな? ブルンゲル、”ビリビリしょくしゅ”」
「ッ……!!」
ブルンゲルの触手が壁に向かって伸びる。
そして、次の瞬間には、ゾロアークを包囲するようにして天井、そして左右の壁から触手が伸びていく。
「こ、こんなの滅茶苦茶デス!! ゾロアーク、避けてくだサイ!」
「ブルンゲルの特性は”すりぬけ”! ありとあらゆる壁を貫通して君に攻撃出来るわけだ!!」
次々に襲い掛かる触手。
しかし、今度は足元からも触手が現れ、ゾロアークは足首を掴まれて転んでしまうのだった。
更に、そこに追い打ちと言わんばかりに電気が流され、ゾロアークの悲鳴が地下道に響き渡る。
「なんだ? これで終わりかい? ガッカリさせないでくれたまえ。小生はまだ、愉しめていないというのに!」
「ッ……ゾロアーク!! 怯まないで!! ”ナイトバースト”!!」
ゾロアークが地面に己の拳を叩きつける。
そこから大量の悪のオーラが溢れ出し、ブルンゲルに襲い掛かった。
しかし──それを正面から浴びても尚、巨大なクラゲの王は響いた様子が見られない。
「……通用しないさ。ブルンゲルは原種と違ってゴーストではなくなっているし……そう簡単には倒れはしないよ。”ねっとう”!!」
ブルンゲルの触手がゾロアークの手足に巻き付き、動きを止める。
そして、完全に動きを固定した上で、体内で沸騰させた高圧の熱湯を噴き出す。
顔面にそれを浴びせられたゾロアークはあまりの熱さに絶叫。
湯気と共に、焼けただれた顔が顕になるのだった。
「ゾ、ゾロアークッ……!!」
「ふぅむ。成程、成程成程! 小生の好奇心が満たされていく! 所詮は怪盗、逃げる、欺くといった戦いには強いが、正面切っての戦いは苦手だったと見える」
触手から更に電気が流れ──ゾロアークは今度こそ、地面に倒れ沈黙した。
それをボールに戻してやったクローバーは、もう自分の戦える手持ちがメタモンだけであることに気付く。
しかし──彼女が次のボールを投げる事は無かった。
「……故に、故に故に! 興味を失った。もう良い」
ボコッ、と音を立てて、クローバーの身体を水の泡が包み込む。
「……ごぼがっ……!?」
いきなり水の中に沈められたような感覚に、彼女は首を抑えた。
水圧も非常に高く、頭が割れてしまいそうな感覚を覚える。
「……元より、君の身体は出来るだけ綺麗な状態で残しておけ、との命令でね」
「ごぼっ、ごほっ、ごぼご──!?」
ブルンゲルの目が妖しく光っている。念動力で水を操り、彼女の身体を包み込んだのだ。
文字通りの水の牢獄。手持ちのポケモンが使えない今、危機を脱する手段は彼女には無かった。
その間にも、肺からは酸素が抜け、彼女は何も考えられなくなっていく。
(く、苦しい……!! 息が、出来ないッ……!! 腕が、動かない……!! た、助け──)
窒息寸前に追い込まれた彼女の脳裏に浮かんだのは──誰にも分かりはしない。
※※※
「──おいおい、大変な事になってんじゃねーか」
「……うん」
雨がざーざーと降りしきる中、彼らはホテルのテレビ中継でクローバーの行く末を見守っていた。
逃亡はしたものの、国際警察のスナイパーの手で彼女は負傷。”黄金のタマゴ”は無事に確保されたという。
元より彼女はコレを盗むつもりはなく、今回はあくまでも偽物の成敗をして、国際警察の面子を潰すためのものだったので、返却されるのは既定路線だったのだが──
「あいつ、結局俺達に情報くれず仕舞だったな……」
「仕方ないよ。ボク達何もやってないしね」
「……あの人は、そういうウソを吐く人ではないと思います」
「?」
ミアが目を伏せた。
カフェで少し話しただけではあったが──親身に自分の話を聞いて、その上でアドバイスをくれたクローバーを、ミアは憎むことが出来なくなっていた。
「……あの人は私とは違う。不可能を、可能に出来てしまうだけの力を持っている人です。きっと、戻ってきてくれます」
「そうだけどさ……やっぱ心配になっちゃうよ」
「ま、何で怪盗の心配を俺達がしてんだって話だけど──あんな顔されちゃあな」
辺りを沈黙が包み込む。
結局、自分たちにしてやれることは何一つないのだ。
この際情報を持ち帰ってくれるかどうかなど関係無い、と思ってしまっていることにメグルも気づいた。
仮にも一度共闘した相手だ。無碍にしてやることができない。
ゴン! ゴンゴンゴン!!
その時だった。
ホテルの窓を叩く音が聞こえてくる。
三人は思わずその方向を向いた。
「……クローバー……!!」
白い紳士服の彼女が、窓を叩いている。
すぐにミアは窓を開ける。
「クローバー!! 心配したんですよ……? 本当に無茶な事をして……」
「……」
クローバーは──何も言わず、微笑んだまま首を横に振った。
そして、ミアにUSBメモリを手渡す。
「クローバー……?」
怪盗は長居は無用、とばかりにホテルの窓からそのまま飛び降りていく。
すぐに、彼女は窓の外に顔を出したが、もうクローバーの姿は何処にも無かった。
「ミア……そのUSBが……」
「恐らくは、あの人が渡したかったものじゃないかと思います」
「良かった、クローバー、ちゃんと逃げ出せたんだ!」
「嵐のようにやってきて、嵐のように去っていったな……」
立つ鳥跡を濁さず。
最初に図々しく部屋の中に入ってきたのが嘘のように、彼女は何処かへと消えていった。
一先ず、危機を脱することは出来たのだろう、とメグルとアルカは安心して喜び合う。
「ま、次に会った時は問答無用で通報するけどな!」
「うん、捕まえてやるからねー! クローバー!」
窓を開け、雨が降りしきる町に二人は叫ぶ。
だが、ただ一人、ミアだけが──不安そうに街の景色を見ていた。
(……本当に、そうなのでしょうか……?)
何故、おしゃべりな彼女が最後に何も言わずUSBだけを持って去っていったのか。
何故、狙撃されて被弾したはずの彼女が、全くの無傷のままやってきたのか。
違和感がミアの中には募っていく。
そして、メグルとアルカも、それに気づいていないはずはない。
気付いてはいるが、敢えて触れていないだけなのだろう。
その可能性を言ってしまえば「本当」になってしまうような気がしたからだ。
だから彼らも触れずに、クローバーを送り出す事しか出来なかったのだろう、と考える。
「さぁてと、早速中身を見ようぜ」
「うん、貰えるものは貰っておかなきゃ」
「……そう、ですね」
(……クローバー、それが貴女の望んだことなら……私は……受け入れるしかないのでしょう)
アルカは自前のノートPCを取り出し、USBメモリを挿入する。
そこに入っていたのは文書ファイル。何かを調べてまとめたレポートが置かれていた。
その内容を要約すると──このような事が書かれていた。
※※※
『・ワームホール公団の悪事、およびその目的』
『彼らは、悪名高いセレクト団が前身である。理事長であるコチョウは、元々セレクト団の研究員の一人で、名前を変えてマーニャに潜伏していた。彼の野望は潰えていなかったのだ』
『その後も彼はクローン技術の研究をしており、ついに万能細胞を完成させることに成功する。結果、短期間の間にクローンを培養させ、成長させる技術を手に入れた。これは、生命倫理の観点から当然許される事ではない。しかし、あろうことかコチョウは更なる禁忌に手を染めた』
『クローン人間、およびクローンポケモンの兵器としての実用化である。彼は、使い捨ての利く駒としてクローンを危険な任務に派遣することを計画している』
『クローンは、同じ素体を元にしたものならば、記憶のバックアップを取って引き継ぐことも可能だ。これにより、学習の時間と手間を大幅に短縮した』
『とはいえ、まだ大量量産には至っていない。万能細胞の培養そのものに時間がかかるため、おいそれと彼もクローンを消耗出来ないのだ』
『彼が目指すのは──完全なるクローン兵団の実用化。そのために、不老不死のポケモンであるヴォルカニド、そしてブリザベオの細胞を狙っている』
『・ブリザベオの行方』
『ヴォルカニドがアグニード火山で覚醒し、何処かへ飛んでいったことがワームホール公団内部からの密告で分かった』
『しかし、ヴォルニカドが何処へ行ったのかは不明。あれだけの巨体を隠せる場所などあるはずもないのだが』
『一方、ブリザベオもヴォルカニドの覚醒に伴い、目覚めようとしている。周辺海域の水温が急激に下がり始めているのだ』
『その場所は──マニャカ海峡沖。そして、公団の予測では、3月20日にはブリザベオが覚醒し、海底から浮上するのではないかと言われている』
『彼らにヴォルカニドとブリザベオを渡してはいけない。その理由はもう分かるはずだ』
『ただし、彼らは狡猾であり、秘密を知る者を消しに行くだろう。彼らと戦うかどうかはよく考え、慎重になった方が良い。私とて、命の保証が無いので君達にこの情報を託すのだ』
『故に、このUSB内のファイルはコピー不可能、そして閲覧後、自動的に消去される。悪しからず』
──親愛なる友人たちへ。怪盗クローバー
※※※
「あああああ!! 本当に消えたんだけど、このファイルーッ!? 保存、保存保存ーッ!?」
全部を読み終わった後、本当に自動的に消去されたファイルを見て、アルカが絶叫する。
公団の悪事を告白できる証拠になるものが全部無くなってしまった。
更に、まだ一度読んでいただけなので、後で読み返して確かめる事すら出来はしない。
「それだけ危険な組織ということなのでしょう。尤も、セレクト団が前身である時点で分かり切っていたことですが」
「クローン兵団……って、ちょっと待て……マジで言ってるのか……!!」
「げ、激ヤバじゃん、倫理観とか無いの、このコチョウって人……!!」
「無いから、代わりの利くクローンなどというものを作っているのでは? そして……クローバーもこの情報を探った結果、消されかけたんじゃないでしょうか」
「……ヤバい事に首を突っ込んでんのはアイツも同じじゃねえか。何やってんだよ……」
彼女の性格を考えれば、正義感故に見過ごしておけなかった──というのが真相なのだろう。
しかし、自分もワームホール公団絡みで危ない目に遭っており、いつどうなるか分からないため、他に秘密を握らせておく人を探していた、とミアは考える。
「……」
セレクト団の事もあり、彼女はすぐさま飛び出してワームホール公団に殴り込みにいきたかった。
だが、そんな彼女を抑えたのは、USBメモリそのものに張りつけられていた付箋。そこに書かれていたメッセージだ。
『ミア、私のようになったらダメデスよ! クローバー』
「……余計なお世話ですよ」
ざぁざぁ、と雨が降り続ける。
彼女は今、何処で何をしているのか。もう、彼らに知る由は無い。
また自分達の前に現れるかどうかすら分からない。
※※※
「──死亡確認。亡骸をただちに運び込め。手筈通り、国際警察には彼女が逃亡した──と通告しろ」
目の前に横たわる溺死体を前に、心底つまらなさそうにノーゼンはインカム越しに言った。
虚ろに開いた瞳孔、だらんと弛緩した筋肉。
そして、完全に停止した心臓。彼女が息絶えたことは確実だった。
「残念だ……君でも小生の好奇心を満たすことは出来なかった。最期に見せた苦悶の表情、ユリに見せれば喜んでくれただろうか? ああ、そう考えると好奇心がまた膨れだす!」
間もなく、地下道に特殊スーツを纏った職員たちが現れ、もう動かない亡骸を抱えて運んで行く。
「……優れた身体能力。そして頭脳。君は……良い素体になってくれるはずだ。今度は……クローンとして、私の興味、そして好奇心を満たしてくれたまえ」
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