続・ポケモン廃人、知らん地方に転移した。【完結】 作:タク@DMP
ニンフィアの背中から、羽根のようにオーラのリボンが幾つも伸びる。
そして、首元のリボンは蝶の鱗翅の如き紋様が刻まれる。まさに神話に現れるフェアリーそのものだ。
「オージュエルが、純化していたとでもいうのか……!!」
メグルの視力を失った右目から、黒い稲光が迸る。同時にニンフィアの目からも黒い稲光が迸るのだった。
ふたりは、完全に精神を同調させ──痛みも、感覚も共有していた。
「悪いな、ニンフィア。今まで散々心配かけちまって」
「ふぃるふぃーっ!!」
気にするな、とニンフィアが鳴く。
今やるべき事は──目の前のムカつく敵を叩きのめす事。
岩を振り払ったオオヒメミコは体中から大量の羽根を飛ばし、それらをビットのように操作するとニンフィアを狙い撃つ。
「ふぃるふぃーっ!!」
しかし、ニンフィアがリボンでハートの字を描けば、目の前にハート型の障壁が現れ、”サイコイレイザー”の雨を全て受け止めてしまう。
跳ね返ったビームは全て綺麗にオオヒメミコの羽根にぶつかり、次々に撃ち落としていく。
「何故だッ……出力が……!! 落ちている!! あの程度の障壁、今の私ならば破壊できるはずだ……!!」
オオヒメミコの想定外だったのは、所詮は只の一般ポケモンでしかないニンフィアの展開したバリアを”サイコイレイザー”で破壊出来ない事であった。
そして、彼女は気付く。ニンフィアの足元から、溢れ出んばかりのフェアリーオーラが漏れ出していることを。
「……何コレ……すっごく、穏やかな気分……」
「心が落ち着くようです……これが、ニンフィアのギガオーライズ……!!」
倒れていたアルカとミアが起き上がる。
負っていた傷が急速に回復していく。そればかりか、緊張していた気分が解れていく。
ニンフィアを中心として、癒しの波動が辺りに充満しているのだ。そして、その影響を受けているのは他でもないオオヒメミコもだった。
「ふ、ふざけるな……この私が、こんなものに絆されて、攻撃の手を緩めたとでもいうのかッ!!」
「あっれー、おかしいなァ!! 感情、無ェんじゃなかったのか? 知らねえなら、教えてやるよ。ネットで感情無いとか書き込んだら、晒し者にされるんだぜ!!」
「ふぃるふぃるふぃるふぃー?」
メグルに続き、ニンフィアまでもが挑発するようにリボンを動かす。
オオヒメミコに残された選択肢は、ニンフィアが纏っているオーラを無理やりにでも引き剥がす事だった。
「ふざけるな!! ならば、そのオーラ諸共簒奪してくれるッ!!」
【オオヒメミコの しつらくえんのカルラ!!】
オオヒメミコが地面を踏み鳴らせば、羽根から大量の光が飛び出し、ニンフィアを撃ち抜く。
だが、ふわり、ふわりと妖精のような身のこなしでニンフィアは光の束を次々に躱してしまう。
まるで幻覚でも見せられているかのように、オオヒメミコの攻撃は当たらない。
ただでさえ戦意を削ぎ取られ、攻撃が弱体化している上に、向上したニンフィアの動きについていけていないのだ。
「……来るなッ!! 来るな、バケモノが!!」
そのニンフィアの逃げ場を塞ぐように”サイコイレイザー”が次々に放たれる。
だが、それさえもニンフィアはふわりふわりと紙一重で躱し、更に位置を調整して羽根の放ったレーザーを別の羽根に当てる程の余裕を見せる。
今のメグルとニンフィアには、レーザーが止まって見えていた。
信頼し合ったポケモンとトレーナー同士でしか起こり得ないシンクロ状態。それを極限まで突き詰めた結果、二人はスポーツ選手で言うゾーンに近い状態に入り込んでいた。
体感時間は遅くなり、素早いレーザーの包囲網さえも軌道を先読みして躱す事が出来る。
これは、ニンフィアが常に放っている癒しのオーラが関係している。この波動は、使い方によれば生命を活性化させ、その力を引き出す事が出来るのだ。
相手に使えば、戦意を削ぐデバフとして。自分に使えば、戦意を高揚させるバフとして、ニンフィアは自在にこれを使い分ける事が出来る。
「総て纏めて焼き尽くしてくれる──”ラクタパクシャ”!!」
【オオヒメミコの ラクタパクシャ!!】
羽根が赫熱化し、ニンフィアとメグル目掛けて飛ぶ。
「サイコパワー同士の押し合いだな!! ニンフィア、”サイコキネシス”!!」
「ふぃっ!!」
同時にニンフィアの目が紫色に光り、飛んでくる羽根のビットの制御を逆に奪ってみせる。
オオヒメミコはすぐさま障壁を展開したが──間に合わない。オオヒメミコの放った羽根は全て、他でもないオオヒメミコ自身に跳ね返っていく。
「迎撃ッ!!」
すぐさま別の羽根を展開して迎撃させるオオヒメミコだったが、既にその羽根も制御を奪われてしまっていた。
結果的に、オオヒメミコは自分の周囲を舞っていた羽根全てに攻撃される事になったのである。
「何故だ……フェーズ2に至った私が、押されている……!?」
「……やっぱ、お前には感情があるんだよ。そんで、お前はずっと怖かったんだ」
「怖い、だと……!? この私が……ッ!!」
「お前のオオワザを受けた時、お前の精神世界を見ていた。お前は──仲間と一緒に黒い羽虫みたいなポケモンと戦って──自分だけ生き残っちまった」
「──!!」
「……自分でも気づいてなかったみてーだな。無意識に俺達にそんな記憶を見せたのは……お前がずっと、その時の恐怖を覚えてたからだ!! 感情の無いはずのお前がな!!」
オオヒメミコは「違う、違う──!!」と、取り乱しながら後ずさる。
「何故お前達が、ブルードの事を──私の過去を知っている!! 私は、私は──狂ってなどいない!! 私は、機械だ!! システムだ!! 感情など持ち得ない!!」
「……何だよ。やっぱ感情、あるんじゃねーか」
「ふぃるふぃー」
ニンフィアが足を踏み鳴らす。
癒しのオーラが更に辺りを埋め尽くす。
「違う……違うッ!! 私は……使命を果たさねばならないのだッ!! 報いねばならないのだッ!! 文明を、再興し、保存し、管理し──もう私が何も失わなくて良い世界を作らねばならないのだッ!!」
「……お前がクローンを作ろうとした理由は……仲間がかつて全滅したから」
「違うッ!! 私は、使命を果たさなければならないだけだッ!!」
「分かるよ。俺も──怖かった。ずっと、仲間を失うのが」
「貴様に何が分かるッ!!」
オオヒメミコの身体から、ヌシポケモンがオーラ体となって姿を現す。
だが、それらも──顕現した瞬間に消えてしまうのだった。
「な、何故だ……!? オーラは私が掌握しているはずなのに……!! こうなれば──ッ!!」
羽根が舞いあがり、神鳥の形を成してニンフィアに襲い掛かる。
「この身体を燃やし尽くしてでも貴様らを葬る──”ごくさいしきのカルラ”!!」
【オオヒメミコの ごくさいしきのカルラ!!】
しかし。
それらも全て、ニンフィアが展開した障壁を貫くことは出来ない。
既に勝負は決していた。オオヒメミコでは、ニンフィアを倒す事は出来ない。そればかりか──
「ゼノッ……最後の力を振り絞って下さい!! ”ミッシングミストデリート”ッ!!」
オオヒメミコは気付かなかった。
背後から伏兵が迫っていることに。否、今度は気付かないのも無理は無かった。
ゼノは既に毒霧の姿に変わっており、オオヒメミコの周囲に纏わりついていたからだ。
「貴様ッ──!!」
【タイプ:ゼノの ミッシングミストデリート!!】
毒霧がオオヒメミコを飲みこみ、そして稲光がそこに落ちる。
ギガオーライズは解除され──オオヒメミコの身体からはオーラが拡散してしまうのだった。
「がぁっ……!!」
「メグルさん、後は頼みます……!!」
代償として、ゼノもまた、力を使い切って倒れてしまったのであるが──結局、オオヒメミコはニンフィアに傷ひとつ付ける事が出来ていない。
「……はぁ、はぁ……!! 何なんだ、貴様のギガオーライズは……!! 戦う事こそがポケモンの本能のはずなのに、あまりにも逆行している!!」
「なんて事は無ェ。こっちの防御力を上げて、相手の攻撃力下げて、相手が摩耗するまで耐え切る。古き良き耐久戦法だぜ」
「ふぃるふぃー」
「……コチョウ。お前が怖かったように、俺達も怖いんだ。仲間を、家族を喪うのが」
「ッ……!!」
「だからもうやめようぜ。こんな事は……誰も望んでなんていねーんだよ」
「分かったような口を利くな!!」
オオヒメミコの羽根が舞う。
それぞれがレーザーを撃ち放ち、ニンフィアを貫こうとする。
「”でんこうせっか”──からの──ッ!!」
だが、それを駿歩で躱し、針に糸を通すかのような跳躍で掻い潜り──ニンフィアは遂にオオヒメミコの真正面へ現れた。
即座に羽根を展開して盾を作り上げるオオヒメミコだったが──
「”はかいこうせん”ッ!!」
──接射された”はかいこうせん”を受け止める事は出来ない。
羽根も、美しい躰も、全てが焼き尽くされ──焦がされていく。
「あ、ああ、そうだ、あの時も……!!」
脳裏に過るのは──人造ポケモン達を引き連れ、”ブルード”を討伐しに出向いた時の記憶。
結果、彼女だけが死ぬ事も許されず、黒く焦がされ、惨めに残されることになった。
「私は、またしても……負けたのか……!!」
メグルとニンフィアは、もう戦えないオオヒメミコに歩み寄る。
羽根からは、炎が溢れ出していた。オーラが、最後に彼女の身体を燃やし尽くしていた。
フェーズ2の反動、そして代償は決して小さい物ではない。むしろ、元々が戦闘用の人造ポケモンではなかった彼女の限界を超えた運用だった。
その上で大ダメージを受けた彼女は、人造ポケモンとしての寿命を迎えつつあった。
(身体が……燃えている……私のオーラが、消えている……!! もう、長くは無いか……!!)
「コチョウ」
「ッ!」
びくり、とオオヒメミコは体を震わせ──宣う。
「壊すなら、壊せ……!! どうせ、この身体は、もう長くは持たん……!!」
「……壊したら、テメェから聞けねえ事がある」
「今更……何だ……ッ!!」
「お前達が伝説のポケモンを追ってた理由だ」
メグルの問に、オオヒメミコは目を見開いた。
「──結びつかねえんだよ。お前の言う管理生態系とやらは、マーニャの人やポケモンをクローン化していけば、時間は掛かるけどいずれは達成される」
「ッ……」
「でも、明らかに過剰戦力なREXや、伝説のポケモンを追う理由は何だ? 静かにコソコソやってれば、俺達に勘付かれる事も無かったのに、それをしなかった理由は?」
「……」
「メグルさん……!」
「コチョウ。お前は一体、
ミアは何か言いたげだったが──口を噤む。コチョウのやった事はさておいて、彼女の精神世界で見た「記憶の光景」の中には不自然なものがあったからだ。
彼女自身も腑に落ちなかったからだ。ワームホール公団の行動は、その目的に対し、あまりにも大掛かりになり過ぎた。
その結果、野望も暗躍も全て、こうして暴かれて阻止されることになった。
「REXなんて用意して、伝説のポケモンを捕まえようとした理由は何なんだ? お前は知ってるんじゃないのか? このマーニャに、何が起ころうとしてるのか!!」
「”ブルード”」
その言葉は──あの空間の中で聞こえた言葉だった。
「! ……それって」
「もうじきに、この星に脅威がやってくる」
「脅威──まさか」
「ブルードの接近を許せば、文明は愚か生態系が奴に飲み込まれる。そうなれば、私のこれまでの計画も全て水の泡だ」
「なあ教えろ!! ブルードって何なんだ!? お前の見せた精神世界に居た、あの羽虫の化物か!?」
「……」
オオヒメミコは黙りこくっていたが、ニンフィアが「観念しなさいよ」と言わんばかりにその鼻先を前脚で踏みつける。
今、彼女に抵抗する権利は残されていない。それを漸く理解したのか、オオヒメミコは話し始めた。
「この星に、迫っているのは……宇宙から来訪したポケモン。それを、私の時代では”ブルード”とコードネームを付けて呼んでいた」
「……宇宙から来たポケモン……オーラギアス……とは、また別だよな」
「あれはエサを求めて宇宙を彷徨う、星の狩人だ──正式名称はガルヴァチス」
「ガル……ヴァチス……?」
メグルの脳裏に過るのは、黒い靄に覆われた巨大な羽虫のポケモンだった。
「……宇宙からやってきたアレは、地上に降り立つなり自分と同じ種をばら撒き、生態系を壊滅させる。隕石で焦土と化した惑星を──完全に自分達のコロニーとする」
「ッ……」
「──アレに対抗できるのは……ヴォルカニドとブリザベオのみ。しかし、私の時代では、既にマーニャどころか人類文明は滅びていた。奴らを退ける手段は無い」
「待て、コチョウ!! その、ガルヴァチスがこの星にやってくるのは、いつだ──!?」
「……10日後」
「……おいおいマジかよ。この星の危機だってんなら、何で手を取り合う事が出来なかったんだ……!!」
「無理な話だ、サイゴクの英雄──我々の目的は、使命は決して交わらない……!! どちらにせよ、我々にヴォルカニドとブリザベオを手にすることは出来なかった」
ぐりん、とコチョウの頸が回る。
その視線の先には──ミアの姿があった。
「創造主たる私が、被造物たるお前に、全てを台無しにされるとは──試作品492号……私の敗けだ。お前を生み出したのを、今になって後悔しているよ」
「ええ、そうです、コチョウ。貴女は──負けたんです」
「……そうだ、私は負けたのだ」
羽根が粒子となって消えていく。
コチョウの身体は、限界を迎えていた。
「お前達の言う通り……私は怖かった……また、あの黒い虫に……この星が、蹂躙されるのが……無念だ……この星は、直に──」
「滅びやしねーよ、コチョウ」
「──ッ」
「俺達はお前の管理や導きなんて無くたって──生きていける。さっさと眠れ」
「……そう、か……私は、最初から……用済み、だったか──」
ふぅ、とコチョウの身体が粒子になって消滅していく。
「……私は好きにやった……後は、お前達の好きにするがいい」
消えゆくコチョウを眺めながらメグルは呟く。
「……最後まで勝手なヤローだ。全部押し付けて消えやがった」
問題は解決したわけではない。むしろ、宇宙から新たな脅威が迫りつつある。
それに対する恐怖が無いわけではない。だが──
「怖いけど……きっと、何とかなる。いや、何とかしてみせるよ。これまでずっと、そうだったからな」
「ふぃるふぃー」
ギガオーライズを解いた相棒が頷く。
──此処に、ワームホール公団との戦いは──終わったのである。
※※※
──程なくして国際警察の介入により、ワームホール公団は違法なクローン実験の温床となっていたことで一斉摘発を受ける事になった。
その際、当然のように地下のクローンファクトリーの存在も明るみになったわけだが──クローン人間の存在が世に出る事は無かった。
このマーニャには、自分がクローンである事を知らない人々やポケモンがあまりにも多すぎる。
「……きっと、知らない方が良い事もあると思うんです。もう、私のように……絶望する人は見たくないですから」
ミアは、後にそう語った。
いずれにせよ、クローンがもう二度と世に出る事は無い。
だが、果たしてこのマーニャで暮らす命の何割がクローンなのかは──誰も知る由は無い。
どちらにせよ、ワームホール公団は実質的な壊滅を迎える事になったのである。
だが、此処からは壮大な後始末。
否──本題の始まりだ。
話をしよう。
この星に──かつてない危機が迫りつつある。
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