百階層攻略後に日本に帰れる(かもしれない)ゲーム転移。 作:はめるん用
「司祭さま、オレたち平民の、それも農村の人間なんてのはもともとお偉いさん連中の奴隷と変わりません。いつだって一方的になんでもかんでも持っていかれるだけです。なら、なんでも奪うヤツよりは、いろんなものを与えてくれる人のところにいるほうがずっとマシってもんでしょう。ま、たまには顔見せぐらいしてくれると嬉しいのはそうですがね!」
いいんだ、それで……。
貴重な戦力を手放すのもアレなので、いろいろ考えてはいたんだけど。軽く説得を試みて、それで渋るようならさっさと脅迫すればいいやぐらいに考えていたけれど。どうやら相手側のほうが肝が太いというか、平和な日本で生きていた俺とは価値観が違うからなのか、あっさり受け入れている様子だ。
村人たちから見れば、隷属の紋章も右眼が赤くなるだけの化粧とかわらないということか。アストラとマルフィーサが渋い表情をしている理由は全力でわかりたくないけれど、仮に上に立つ者は民草の幸せのために〜なんて本気で考えている権力者が彼らの諦めっぷりを目にしたら嘆いたりするのかもしれない。仮定の話だよ?
滞りなく保護者の許可を得られたとはいえ、さすがにトンボ返りはどうかと思い村に一泊。ポックリ逝く前に若き日を思い出してハッスルしたいと頼み込んできた老夫婦をリカバーで元気にしてから英雄王の街へ帰ることに。
もっとこう、ゴタゴタして面倒なことになるのも覚悟していたから拍子抜けした気分だ。俺にとっては好都合ではあるんだが。もしも後半の攻略で生き残れそうにないと感じたら早目に紋章を消して解放してやるとしよう。それぐらいの優しさは俺だって持ち合わせている。
ほんで。
「ここの中継地は賑やかだな。帰りに寄ってみたいと提案されたときにも聞いていたが、想像より活気に満ちている」
「結構な頻度で旅人が利用する場所って話ですからね。俺っちも実際に自分の目で確かめたのは今回が初めてですが……物々交換に情報交換、素敵なひと時を販売している綺麗なお姉さんたちまでいますよ」
「私としては吟遊詩人の唄のほうが興味を惹かれるがな。まぁいい。適当に空いている家屋で寝泊まりさせてもらうとしよう。どうせ急ぎの旅というワケでもない、少しぐらい羽を伸ばしても問題なかろう」
と、自由行動を宣言したものの俺は夜に備えて眠る必要があるんだけどね。なんでも人が集まり活気が高まるほどモンスターの襲撃が発生しやすいのだとか。この辺りはたま〜にノスフェラトゥの集団が近くを通ることがあるらしく、中継点を利用する人たちは協力して夜間警備を行うらしい。
俺の立場的には奴隷に命令するだけのことだが、どうせミニマップの反応が気になって眠れないだろう。それに“ゲームでもサブイベントで買い物の品揃えが追加されるヤツあったなー”とか余計なこと考えちゃったからほぼ確実に襲撃が起こるんじゃないかと睨んでいる。マジごめん中継地を利用している旅人や行商人の皆さん。それなりに真面目に戦うから許してね。
特に興味を引くものがなかったからと早めに切り上げてきたグラナと、お姉様たちに狙われて早足で逃げてきたアルバを従え、迎撃用に組まれた防壁の側まで歩いていけば。
「あら、こんばんは! アナタたちも防衛戦に参加してくれるのね。今回はちょっとお客さんの数が多いみたいだけど、頑張って接客しましょ? そして……フフッ! フードで隠れていてもわかるわよ〜? その反応、後ろの司祭さんは私の姉妹の誰かと会ったことがあるでしょ!」
あいえー。
なんで〜アンナさんナンデ〜。
そりゃいるか蘇我入鹿。なんかのアイテムかスキルの説明文に赤い髪の行商人の一族が〜みたいな説明あったもん。え、それだけでゲーム世界転移で鉢合わせしてんの? え、怖。でもさすがはアンナさんと言えなくもないかもしれん。伊達にいろんな異界でイベントを開催したりダウンロードコンテンツの案内をしてないな。そう、コンビニでレジ打ちだってできる。アンナさんならね。
うーん、とりあえずなんか適当に言い訳しなきゃ不味いかな……。
◯□◯□ー
見せ掛けの平和な世の中、けしからん手段で金儲けを企む連中が跋扈する中でもアンナは正々堂々とした商売を誇りとしている商人である。
故に、奴隷制度についても犯罪抑止や貧困対策、雇用問題などなどの事情から一定の理解は示しつつ、己は手を出さないという方針を頑なに守っていた。命を商品として扱うことを許容してしまえば、辿り着く先は山賊などと同じ道になる可能性があるからだ。
そんなこだわりを抜きにしても怪しいフード姿が大勢の奴隷を引き連れているのを見れば訝しむのが普通じゃね? と言われればそれまでなのだが、とにかくその一団が中継地にやってきたときは本気で警戒をしていた。そして──奴隷たちの右眼の赤色が綺麗に澄んだ色をしていたことから、彼ら彼女らが命令による縛りを受けることなく自由に過ごしていることを確信した。
事情は知らないし探る気もないが、隷属の紋章が刻まれていても濁っていないのであれば完全な悪党という可能性は低い。なにより、奴隷たちの身に付けている装備などがアンナの鑑定眼に……いや、中継地に集まっていたほかの商人たちから見てもかなりの品質の物ばかり。護衛という意味合いもあるのだろうが、まぁ大事に雇用されているのだろうと判断したのだ。
「そうだな。私が世話になったのは子どものように身長が小さいアンナさんと、大人らしく落ち着いた雰囲気のアンナさんと、露骨に金銭にがめついアンナさんと……結構いるな……」
「あら、ずいぶん姉妹たちがお世話になっているみたいね? アンナ商会をご愛顧いただきありがとうございますお客様♪」
「さっきから気になってるんだけど、なんで司祭様は“さん”付けで呼んでるワケ? 街でもほかの人たちに敬称なんて付けたことないクセに」
「ちんまいほうのアンナさんから『わたしのことはアンナさんと呼ぶように!』と言われたからな。だから私はどこまでも偉そうにしている王族や貴族を呼び捨てにしたとしても、アンナさんは誰が相手でもアンナさんと呼ぶと決めている」
姉妹の誰かが胸を張ってフンスッ! と鼻を鳴らしている姿が容易に想像できる。それと同時に、そんな些細な注文を面白がりながらしっかり守っている司祭に対する評価を上げた。
「それで、状況は?」
「ノスフェラトゥの群れはこっちに狙いを定めているようね。ほら、ギラついた目の光がお行儀よく並んで向かってきているでしょ? のんびり歩いているからご来店までは時間がかかるようだけど、やっぱり数が多いからちょ〜っと面倒なことになりそうな予感がするわ」
「つまり出し惜しみをしていては中継地の者たちが寝不足になってしまうワケだな。よかろう。──トーチ」
司祭の掲げたトーチの杖を中心に光が広がる。これで明かりが消えてしまうのを気にしながら戦うことはなくなった……のだが。
「わーお」
「オイオイ、あの司祭どんだけ魔力高ぇんだよ」
「まさかここからあの位置のノスフェラトゥまで届くなんて」
「ってか、コレ中継地まで巻き込んでない?」
「端っこを寝床に選んだヤツはいまごろ混乱してるかもな」
銀の弓やロングボウを装備したスナイパーでも届かないほどの距離まで、なんならペガサスナイトやドラゴンナイトだって自由に空を飛べるほどの範囲が昼間のように明るくなっている。
「よし。さて、この中に射撃に自信のある者はいるか?」
「お、おう! それなら俺のクラスがスナイパーだが」
「そうか。なら、この腕輪を使うといい」
「あん? 腕輪ぁ? いったい中身はなんだって……オイオイ、あんたこんなモンどこで仕入れてんだ? つーか、本当に使っちまっていいのかよ。安モンじゃねぇだろコレ」
「問題ない。神竜の塔で手に入れた腕輪だから実質タダのようなものだ。それに、私が最高司祭のフリをしているロプト教団の教義にはこんな言葉がある。どんな出費も、死ななきゃ安い……とな」
「お、おぉ……? と、とにかくコイツを派手にブッ放して構わねぇんだな! よぉ〜し、そんじゃ遠慮なく使わせてもらうぜ!」
「あれは……ファイアーガン? いや、ちょっと。それ、軍隊相手とか、城攻めとか、砦に配置したりして使うような武器じゃない……確かに射撃が得意なら有効活用できるでしょうけど……しかも、当たり前のように何個も持ち歩いているのね……」
いま、この瞬間に限れば頼れる味方である。
だが、
神竜の塔から持ち帰られた不思議な力を宿す腕輪はある程度の品質までなら人間でも再現できる。騎馬、天馬、飛竜、カラクリ人形など、純粋な生命ではなく魔法生物としてそれらを召喚できる腕輪は、コストが高いものの量産が可能なレベルで仕組みが解析されているのだ。
だが、クインクレインやストーンヘッジ、ファイアーガンなどの兵器は違う。そもそも持ち帰られたサンプルの数が少なく、下手に分解することもできずにどの国も量産化に成功していない。現状では、それらの兵器は神竜の塔から持ち帰る以外に入手方法がないのである。
(確か、25階のボスフロアで幻影兵が使ってくるんだったかしら? でも腕輪をドロップしたなんて話は聞いたことが……それぞれの国に保管されている腕輪も、いつの時代のものかハッキリしてないって話だし……なにより、そんなトップクラスの探索者クランならもっと有名になってるわよね? 奴隷ばかりとか特徴的っていうレベルじゃないもの)
完全な悪党ではなさそうだが、こんな大型兵器を持ち歩いているなんてどう考えても普通ではない。ファイアーガンを任されたスナイパーやアーチャーたちはもちろん、周囲の者たちも思うところはある様子だが……とりあえずノスフェラトゥから中継地を守るのが先決だと見て見ぬふりをすることにしたらしい。
藪をつついて蛇を出す、あるいは君子危うきに近寄らず。または好奇心は猫を殺すでもいい。これから英雄王の街に向かうつもりではいるが、この司祭とは関わり合いにならないのが無難な選択である。と、頭の中の冷静な部分では理解しているのだ。ただ、商売というものはチャンスを目の前にして尻込みしているようでは大きな成功を掴むことができないというだけで。
もしかしたら。
もしかしたら、国宝級のお宝と巡り会えるかもしれない。神竜の塔の内部でドロップを狙えるというアイテムにも興味はあるし、姉妹繋がりで転がり込んできた縁をみすみす手放すのは勿体ない。
行商人の一族としてのプライドか、それとも怖いもの見たさか。とにかくアンナは司祭と話をしてみようと決断した。決断してしまった。そのせいで──まずは第30階層にて、神話や伝承で語られるような戦いに巻き込まれるとは知らずに。