百階層攻略後に日本に帰れる(かもしれない)ゲーム転移。   作:はめるん用

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神話が日常の一部になってしまった日(前編)

(おおっと。ご主人様の予測通り、帰り道はフロアのボスを倒すまで営業終了って感じね。そして……神聖にして冒すべからずって言葉はこういうときに使うんだろうな)

 

 巨大な竜の石像に祈りを捧げる踊り子たち、とでも表現するのが適切だろうか。

 

 髪の毛も含め薄緑を基調とした色合いの幻影兵たち。ただその輪郭はこれまでの階層で倒してきたモノとは違い、より人間らしさを感じるほどにハッキリとしている。

 戦場の熱のようなものは一切感じない。それでもリカールは本能で危険を──己の“死”がそこにあると理解してしまった。好奇心のままにスリルを求める生き方を楽しんでいたつもりだったが、()()を前にすればそれが世間知らずな子どものお遊びでしかなかったと思い知らされたのだ。

 

 銀の弓を握り締めるだけでは足りず、予備のキラーナイフの感触を確かめながら歯を食いしばりギリギリで平常心を保つ。

 背中が凍結してしまったと錯覚するほどの恐怖。だがそれでも心の底には一欠片の喜びが確かに存在する。自分はいま、神話に挑もうとしているのだと。

 

 

 

 

 祈りを中断した幻影兵たちが一斉に振り向き。

 

 赤く輝く宝石のようなものを掲げた瞬間。

 

 

『『ガァァァァラァァァァッ!!!!』』

 

 

 音の塊が爆発したかのような咆哮と共に、ノスフェラトゥなど比較にならないほどの巨体を持つ赤い竜が『実体化』した。

 

 

 

 

「ブレスには気をつけろ。攻撃力こそ鋼装備の中級職ほどしかないが、人間の守備力や魔防など意味を成さないからな。包囲されればリブローすら間に合わず灰となるかもしれん」

 

「それでは戦力を集中するのは愚策でありますな。散開してフロアの広さを最大限に利用するのがよろしいでしょう。ちなみに司祭殿、そのブレスとやらの対策について、具体的な指示などは」

 

「気合で避けるか根性で耐えろ。HPさえ残れば、あとは心さえ折れなければ簡単には死なんよ。もっとも、尻尾の叩き付けや齧られた場合はその限りではないだろうがね」

 

「いやここにきて精神論かいッ! ウチらにもブランダさんみたいに武器とかアイテムとか渡したりする場面ちゃうんか!?」

 

「そんな都合の良い物があるなら突入前に配っているよ。なに、気合と根性もそうバカにしたモノではない。クラス無しのレベル1だろうとその気になれば誰でも最大値を出せるのだからな」

 

「ハッ! モノは言い様やな。──よっしゃァァァァッ!! こちとら不遇の下積み時代を死んだように生きとったんや、いまさらドラゴンが出てきたぐらいで怯んだりせぇへんからなァァァァッ!!」

 

 蛮勇と侮るなかれ。本気で伝説を喰い破るつもりのアーリィが上げた雄叫びは、死を覚悟していた者たちを奮い立たせるには充分な効果があった。

 

 

 ◯▢◯▢ー

 

 

「すっげぇ……こんなの、村に帰って話しても誰も信じてくれないだろうな……正直、メチャクチャ怖いけど……オレだって、パラディンなんだ! これぐらいのことでビビってられるかッ!」

 

『ゴッ……ボァァァァッ!!』

 

「あ──ぐ、うぅ……ッ!?」

 

 それは、魔道士の放つファイアーとは別次元の炎。

 

 騎馬の機動力で無理やりブレスを掻い潜ろうとしたディナダンであったが、ステータスを無視して直接生命力を焼かれるという体験は初めてのことである。HPにはまだまだ余裕があるが、炎の中を突き進んでいるはずなのに全身の血液が失われ凍えてしまいそうな感覚に襲われていた。

 なにも知らずにこんな攻撃をまともに受けてしまえば。もしもなにか起きたとしても、ロプト教団のリーダーである司祭がきっと解決してくれるだろうという心の支えがなければ先に意識だけを焼き尽くされていたかもしれない。命を直接すり潰される恐怖は、ここまで積み重ねてきた勝利と自信など容易く粉砕してしまいそうであったが──。

 

「……かよ」

 

 技術的な話をされていたらお手上げだったかもしれない。

 

 だが、頼れるリーダーは言ったのだ。

 

 

 

 

「効くかよォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

 

 

 気合と根性でどうにかなる、と。

 

『ギャ……ッ!?』

 

(相手はブレスを吐くために首を上げてるッ! 動物ってのはだいたい、背中側は頑丈でも腹のほうは──ッ!!)

 

 火のブレスを恐れず突撃してくる姿に驚いたのか、火竜はディナダンが懐に潜り込むのを許してしまう。

 それを見逃すほど生温い環境で戦ってきたつもりはない。銀の剣に限界まで気迫を宿らせ、騎馬の突進力そのままに斬り付けた。

 

「クソッ……少し手が震えちまったか、フルパワーで叩き込めた感触じゃねーや。けど、オレの攻撃は届いたぞッ! パーシバルッ!!」

 

「ちょっと図体が大きいからって、ナメんじゃないわよッ!! でりゃぁぁぁぁッ!! ──よぉし、ユーウェインッ!!」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙もぉぉぉぉッ! 上等だよチクショウッ! とことんやってやるからなぁぁぁぁッ!! ディヴァインッ!!」

 

『ゴォ……アァ……ッ!?』

 

「「「よしッ! まず一匹ッ!!」」」

 

 

 

 

「ふぅむ。3人とも村の自警団どころか用心棒として活躍できそうなほど強くなっておりますなぁ。あるいは、竜といえどステータスそのものはそこまで高くないのか……どちらにせよ、やることは変わりませぬが」

 

「だったらいつまでもニヤニヤ笑ってないでさっさと突っ込みなさい。貴女ならブレスぐらい避けられるでしょ?」

 

「承知。いやぁ、戦いの前に恐れから手が震えるなど初めての経験でありますが……これはこれで、良い物ですなぁ? ──疾ッ!」

 

『ギッ!?』

 

「ははっ。ブレスを過信した結果ですかな? 接近戦の動きがあまりにも……お粗末ですなァッ!!」

 

「あまり調子に乗っていると痛い目にあうわよ。倒れ込んだところに下敷きになるだけでもこっちは致命傷になるかもしれないんだから、気をつけなさい。──もらったッ!!」

 

 速さに特化したソードマスターらしく、アンリは火のブレスが廣がるよりも先に火竜の足下まで駆け寄った。慌てたように鋭い爪を振り下ろすものの、低レベルの斧戦士のように単純な機動の攻撃をいまさらバカ正直に受け止めるような者はいない。

 強力なブレスと巨大な身体が脅威なのは事実。だがステータスが手の届く範囲であるなら恐れる必要はない。片腕を切り飛ばされて怯んだところに、グラナがウォーリアの奥義スキル『鬼神』を発動し勇者の斧による連撃を叩き込む。エースアタッカーふたりのコンビネーションをまともに受けてしまっては、さすがの火竜も耐えられなかったのかそのまま光の粒子となって消えていく。

 

 

 

 

「はっはっは! みんな、なかなかやるじゃないか。勇将の下に弱卒無し……クランのリーダーが勝てる前提の態度を崩さないんだ、メンバーも当然そうなって当たり前なんだろうねぇ。さて、あたしもこんな御大層な武器を任されたんだ。それ相応の活躍ってのを見せないと年長者としての面目が丸潰れだよ」

 

 一般に流通しているドラゴンキラーと比べて姿形こそ似ているが、人間の鍛冶屋によって量産されている物とはなにかが決定的に違う。

 極稀に神竜の塔で強化された幻影兵がドロップする物と比べても、ロプト教団のリーダーから渡された物のほうが上質なのは明らか。

 

 その辺りの事情について考えるのも面白そうではあるが……いまは竜狩りの誉れこそが最優先される。正体がなんであれ、仮にも剣の極意のスキルを持つソードマスターが本物のドラゴンキラーを渡されて活躍できないようでは無能と謗られても文句は言えない。

 

 ブランダほどの熟練者であれば、ステータスに頼らずとも奥義スキルをある程度自由に発動することができる。全身に、そして剣の切っ先にまで緑に輝く闘気を纏わせて────。

 

 

「流星剣・八段ッ!!」

 

『『『『グギャ────ッ!?!?』』』』

 

 

「おや、珍しい。まさか全部うまいこと必殺の一撃が入るとは思わなかったねぇ。ま、長く生きてりゃこんなこともあるか。さぁて、残りも手早く片付けてやるとしようかねぇ?」

 

 

 

 

「……アストラさん」

 

「アルバ、お前も気がついたか」

 

「はい……いくら準備をしっかり整えたとはいえ、これではあまりにも順調過ぎると思います。ブランダさんが活躍していることを差し引いても」

 

「そうだ。こちらが装備している武器……私の勇者の槍にしても、貴重品では有るが威力そのものは市販の銀の槍に一歩劣る程度でしかない。この程度の攻撃力で倒せる相手ならば、数百年もの間このフロアが攻略されないのは不自然だ」

 

 司祭の言葉を信じて火竜のブレスを受け止めて確かめたアストラの疑念。

 

 表の探索者クランでも上位ランクに位置する者たちであれば、HPの成長率が低いクラスでも30以上に達している者ばかりのはず。仮に成長がほかのステータスに偏ったとしても20にさえ届かないなどということは滅多に起こらないだろう。

 たしかに恐怖はあった。だが、ここまでの激戦を乗り越えてきたクランが手も足も出ないまま一方的に蹂躙されることなどあり得るのだろうか? 列島諸国から伝わる“窮鼠猫を噛む”という言葉が示すように、追い詰められた者は生きるために全力で抗うこともあるというのに。

 

「手応えからして火竜の守備力は15前後といったところか。ステータスだけなら鉄の盾を装備したアーマーナイトにすら劣る数値だ。加えて、技や速さも低いのか動きも鈍い」

 

「たぶんですけど、魔法防御はもっと低いと思います。相手の身体が大きいぶん、全力で魔力を込めても狙いを定める余裕がありますし……」

 

「多くのクランが未帰還となったフロアに生半可な覚悟で挑む者など普通に考えてありえない。まして、銀の装備すら用意できないようなクランでは第30階層までたどり着くことすらできんだろう。ならば」

 

 ふたりの視線はこの階層の真実を唯一知る者であろう司祭へと向けられる。負傷者が一度に多数出たときに備えて広範囲の味方をまとめて回復できるリザーブの杖を構えているが……その視線は祭壇の奥の方にある、より巨大な竜の石像に向けられていた。

 

「アストラさん、アレってやっぱり」

 

「悪い予感ほど当たるもの、らしいぞ?」

 

 

 ◯▢◯▢ー

 

 

 吟遊詩人らしくフォニムが不思議な楽器の力で支援してくれたこと、そしてドラゴンキラーを装備したブランダが張り切ったこともあり、幻影兵たちが変身した火竜の群れは全て討伐された。

 しかし、それに喜ぶ者はいない。何故なら両手に装備した魔法の指輪を、氷魔法フィンブルの青と風魔法ギガウィンドの緑の光を煌々と輝かせたまま竜の石像と対峙する司祭の姿が物語っているのだ。

 

 

 戦いはまだ終わっていない。

 

 

「みなッ! 気をつけるのじゃッ! 王が目覚めるぞッ! さっきまでのれんちゅーとは比べ物にならんほどちょー危険な相手じゃッ! ここからがマジも大マジの()()()()()()だぞいッ!!」

 

「王の目覚め、だと? おい、あの司祭の男といい貴様といい、いったいなにを知っているのか──ぬぉッ!? こ、これは……遺跡の至る所から炎が……竜の石像に、吸い込まれているのかッ!?」

 

「マルフィーサ様、わたしの後ろへッ!」

 

「ありがとう、ブラダマンテ。やはり先ほどの竜たちはフロアボスではなかったようですね。……竜の石像が、動き始めました」

 

 

 石像の前足に纏わりつく炎が真紅の鱗へと変化し、自由を取り戻したついでと言わんばかりに地面を叩きつける。いったいどれほどの力が込められていたのか、遺跡全体が振動して吹き出す炎がさらに勢いを増した。

 前足が完全に自由になり、後ろ足まで鱗が行き渡り、広げた翼からは炎の粒子が撒き散らされ、全ての炎を己に喰わせよと催促するかのように尻尾が遺跡の一部を粉砕する。

 

 やがて頭部まで完全に火竜としての姿を取り戻した『王』は、狂気を孕んだ真紅の瞳で探索者たちの存在を確認すると────。

 

 

「フィンブル……ギガウィンドッ!」

 

 

「オメェら全員伏せろォォォォッ!! 息を吸うなッ!! 余波だけで肺の中が焼け爛れるぞォォッ!!」

 

 普段のラキアからは想像もできないほどの絶叫。その警告を大袈裟だと思う者はひとりもいなかった。全員が一斉に、騎馬や天馬も腕輪の中に戻し、可能な限り地面を這うようにして襲い掛かる熱風に耐える。

 

(……これほど、とは。ご主人様が魔法でブレスを防いでくれているというのに、それでもこうしてジリジリとHPが、命が直に削られていく感覚に襲われる。これが、本物の竜の力ということでしょうか)

 

 直接炎の粒子を吸い込んでしまわないよう口元を隠しながら、少しでも情報を得ようとルカはほんの僅かに顔を上げて司祭と王の戦いを見つめていた。

 幻影兵たちが変身した竜が吐き出す火のブレスが火遊びに感じるほどの威力。それを氷と風の魔法を同時に使用して押し返す司祭の魔力もまた尋常ではない。

 

(ブレスに触れれば焼死。吹雪に巻き込まれれば凍死。まさに生命の存在を否定するレベルの攻防ですね。えぇ、こんなもの不可能に決まっています。それこそ伝説の神器でもなければ人間程度では勝負にすらなりません。全てを他人任せというのは少々、癪ではありますが……ここはご主人様が()()であることに期待するしかありませんね)

 

 

「ふむ、やればできるものだな。しかし……やれやれ、新品の指輪を使ったのだがね。やはりブレーダッドの力には耐えきれなかったか。星の力を宿したブレスを防いだのだから仕事量としては文句無しではあるが」

 

 熱風が途切れ司祭の声が聞こえたタイミングで皆が前を向けば、彼の両手にあった指輪が魔力の光と共にバラバラに砕け散っていた。

 普通の現象ではない。耐久値の限界を迎えた指輪は色味が失われひび割れることはあっても、あのように完全に崩壊することなど見たことも聞いたこともない。

 

(司祭様の魔力が高すぎて耐えられなかった? それともブレスを防いだから? 星の力を宿したって言ってたし、さっきの竜とはやっぱり別物なんだろうな。それに、なんとかの力に耐えられないっていうのは、もしかして限界を超えて魔力を解き放つ方法がある、ってコトだったり……!)

 

 好奇心と興奮が恐怖を打ち消しているのか、絶体絶命に近いほど追い込まれているとは思えないほどキラキラした瞳で司祭の活躍を喜んでいるアルバはともかく。

 ルカが願ったように、この場にいる全員が司祭に望みを託すことしかできない。石化していた竜を王と呼ぶなど、なんらかの事情を知っていた様子のジャーリーでさえも苦虫を噛み潰したような表情で見守るしかなかった。

 

 

「一応、年長者としての意地ってモンを見せるぐらいはしてもいいんだがね……あんたに借りてるこのドラゴンキラーってのは、その化け物にも効果はあるのかい?」

 

「無いことはない。それで倒せるかは別の話になるがね。ハッキリと言わせてもらえば、戦いの邪魔にしかならないので後ろに下がってくれたほうが助かるが」

 

「そうかい。なら素直に引っ込むとしようか。興味はあるが、それで他人の足を引っ張るなんてのは論外だからね。……老い先短いババァの気遣いを払い除けたんだ、簡単に命を投げ捨てるような真似なんてするんじゃないよ?」

 

「生憎と、私は臆病者だからね。ギリギリの攻防を楽しむ戦闘狂と違って勝てる戦いしかしない主義だよ。本音を言えば面倒事など全て他人に押し付けたいところだが……あまり怠けていると、全力での戦い方というものがわからなくなってしまうからな。たまにはこういうのも悪くないだろう」

 

 どこまでも普段と全く変わらない態度に、もはや安心を通り越して苦笑いすら出てくる者もいた。あぁ、コイツはまたなにかやらかすつもりなのだなと。

 こんな状況でさえ祈りよりも呆れの感情が湧き出てくるのも、考えようでは司祭に統率者としての素質が備わっていると言えないこともない。危機的状況でも平常心を保ち、如何なる困難でも打破できるものだと部下に思わせるのも立派な才能である。

 

 もっとも、皆を鼓舞するためでなく本気で面倒だと考えているのが伝わっているからこそ苦笑いをするしかないのだが。

 

 

「さて、それでは遠慮なく試させてもらうとしようか。悪く思うなよ、火竜の王。いまのお前を止めるには神器の力に頼るしかないのでね、魂ごと消滅したとしても……運が悪かったと思い諦めたまえ」

 

 奴隷たちの心はひとつ。

 

 それはもちろん伝説の武器を所有していると宣言したことに対する驚き──ではなく。やっぱり持ってたのか、という納得であった。

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